四十四話
烈刀士。それは太古の昔にヴィアドラを築き上げた戦士集団、戦神と共に敵を退けしヴィアドラの守護者にして最強の戦士であり、彼らはモノノフと呼ばれた。
その烈刀士の神聖な場所として〝龍人の祠〟がある。祠には戦神の御神体である神刀が祀られていて、烈刀士になる者達はその御神体である神刀の前でモノノフの心定めをする。これが烈刀士になるための儀式だっだ。
龍人の祠は、蒼龍ノ國より徒歩で一週間ほど東へ進んだ妖魔の森の湖にあり、そこへ行くためには妖魔との戦闘は避けられないのが事実で人も住んでいない。
サンは荷物を背負い直し、何度か深呼吸をした。
風季の最初の月、銀風月はヴィアドラの中でも最も寒い時期だが、寒さは銀風と言われるほど凍りついた風と共に西へ行ったようで、蕾をつけた木々の森はどこか活き活きと見えた。この森を抜けると妖魔の森だ。
隣にいるカゲツも、森を見ながら同じように深呼吸している。俺だけじゃない。妖魔との戦いなんて経験がないのだから緊張して当たり前だ。
「楽しみだよね。これからようやく烈刀士になりにいくっていうのに、わざわざ死に場所に足を運ぶんだからさ」
後ろから納得いかなそうにジゲンが口吻を洩らす。
「どうしてこう試練試練って堅いお偉いさんはやりたがるのか。お前ら、死ぬなよ。ありきたりで不吉な言葉だが、死ぬなよ」
サンとカゲツは二人揃って苦笑いを見せる。
「師範代、素敵な言葉ですよ」
カゲツの言葉にジゲンは笑って見せるが、目にはありありと不安そうな光が現れていた。そんなジゲンも糸を切るように手を払った。
「いけほら。ちんたらしてる時間はないんだろう。急がないと儀式に間に合わなくなる」
二人と一人は短く別れの挨拶を交わす。サンとカゲツは下生えが生え始めただけの森の中へと足を踏み入れて行く。サンはある拍子に振り返ってみたが、そこにはどこを見ても同じような木々が乱立しているだけだった。
「もう迷ったかもしれないぞ」
カゲツが踏み出した足を止めて振り返る。顔は笑っていない。
「幸先悪すぎるでしょ。冗談は腹八分目にしておくって決めてるからもういいかな。遅れる、行くよ」
サンは、結構本気なんだけどな、という言葉を呑み込み、カゲツと肩を並べて森の中を進んだ。
一日目は何もなかった。ほとんど会話もない。目がさめると、小鳥の囀りが辺りに飛び交い、鬼なんてこの前に見た一体だけだったんじゃないか、なんて考えるくらいに平和な朝を迎えた。
地面には勢いを見せ始めた下生えが広がり、寝るには少しこそばゆい。草を踏み倒して作った空間に、カゲツも寝ている。こいつは相も変わらず朝が遅いな。
サンは立ち上がると細長い包みを取り出した。長さは腕よりも少し長いそれを持つと、隣にいるカゲツをちらっと見やる。うん、寝てるな。
そろそろと風呂敷に包まれた包みを開ける。本来なら、五爪城の式典の時に下賜されるはずだったが、今回は各道場の師範から渡すことになったこれは、真剣だ。
銘は刀匠天ノ濤徹の一対振り〝心・通〟。長さは六・五メネン。片腕ほどの少し短めで、姿は中央に強い反りがあり、鋒大きく雄雄しい姿をしている。重さで斬る姿は無色流のためだけに誂えられたような刀だ。
こんなにまじまじと刀を見たのは初めてかもしれない。刀身の地肌を木漏れ日に翳して見てみると、夜空の星全てが詰め込まれたかの如く、小さな砂の粒のような輝きが見てとれた。重ねは厚く、二刀流用であるため短くとも少し重めとなっている。これも、無色流の流れるように切る剣術にはもってこいな造りだった。これを打った天ノ濤徹という人は、無色流のしかも二刀流のことを詳しく知っているのかもしれない。師匠の刀もこんな感じだったっけ。まさか、テットウさんじゃあるまいし、やっぱり蒼龍ノ國にも立派な刀匠がいるんだ。
「あれだね、子供がおもちゃを貰った時ってそうなるよね」
いつもの聞き慣れた物言いが草の間から聞こえてきて、サンは鼻で笑ってみせる。
「そりゃ嬉しいに決まってるだろ。真剣だぞ。これで一つ認められたってわけだろ。刀も嬉しいけど、俺はそっちの方が嬉しいんだ」
ごそごそと横でカゲツが起き上がり、自分の刀を取り出して同じように自分の刀を眺める。カゲツは目だけをちらっと向けて、銘は何だって? と聞いてきた。
「天ノ濤徹、心・通」
「心通り? それが刀の銘なのか?」
サンはそうだよ、と答えてカゲツにも同じ質問を返した。
「刀匠は一緒なんだね。銘は〝叢雲斬〟。雲斬ってどうするんだよって感じ」
「変わった名前つけるんだなこの刀匠。だけど、キリ師範の話じゃ金で買えないって言ってたぞ」
カゲツが胡散臭そうに刀を眺める。
「お前、昔は刀は魂だって言ってたくらい崇高なものだったんだぞ。今、お前自分の魂疑ったぞ」
「歴史博士さんありがとうございます。でも余計なお世話かな」カゲツは伸びをして立ち上がるとサンを見下ろす。
「先に行ってるから、ゆっくり寝てるといいよ」
そう言ってカゲツはわざとらしく嫌味な笑いを見せてから一人で歩いていく。サンはその背中を見て目玉をぐるりとさせた。
「お前の嫌味も腹八分目にしておきたいんだけど」
閑散としながらも、命の息吹を抱える森を三日間進むと森が切れて、やがて乾いた岩場に出てきた。岩場の向こうにはまたもや森がある。だが、それは常緑種にしては鬱蒼とし過ぎた木々が茂っていて、節くれ立って捻じ曲がった姿は近寄りたくないものを漂わせている。森の先は暗くてよく見えない。
太陽の位置を確認して方角が間違っていないことを確認した二人は、昔は川だったのかもしれない乾いた岩場を渡った。
目の前に広がる鬱蒼とした森の切れ目にやって来て、何も言わずに二人は足を止めて顔を見合わせた。カゲツが足を半歩下げて、森の方へ手を向けた。
俺に行けというのかこいつは。
「異国じゃ女性を先に行かせる習慣があるって聞いてね」
「は? 俺が女ってどういうことだよ」
「びびってるじゃないか」
びびってない、そう言いかけたところでカゲツが進もうとするので、サンは一歩跳んで森の中に入った。
「びびってないから俺は女じゃない。ヴィアドラでは危ないところは男が率先して行くんだぞ? 女を守るために」
サンはわざとらしく「ってことは」と何かに気づいたふりをしてカゲツを見る。
「はいはい、俺が女って言いたいんだろうけどね、びびってたお前を元気付けようとしただけだから。俺はびびってない」
サンが笑うと、森の中から甲高い笑い声が重ねるように聞こえてきて、サンとカゲツは声を失った笑顔のまま森の外へ出た。
「一応聞いとくけど、今のお前じゃないよな」
「あんな笑い方しない。あれは妖魔だぞ。師匠が斬り伏せたところに居合わせたことがあって知ってるんだ。間違いじゃない」
カゲツは荷物を降ろして、刀を風呂敷から取り出すと腰に差した。サンも黙って同じように腰に差す。
二人は互いの出で立ちを見ながら満足そうに鼻を鳴らす。
「まぁ、いいんじゃないか? お前似合ってるぞ」
「だろうね。お前は、まだ木刀二本差しの方が似合うかもね」
サンが口を開いたのを制止するかのように、カゲツは顔の前で手をひらひらとさせて、眉を下げた。
「悪い悪い、本気じゃない。だって考えても見てよ。この先に相手をしたことのない妖魔がいるんだ。そもそもあいつらに剣術なんて通用するのか?」
サンは臆することなく記憶を掘り返してみた。師匠は確かに無色流の吊り劔の構えから斬り伏せていた。
「できるはずだ。無色流なら」
カゲツは頭を振ってから、明け透けに嫌そうに森を見る。「俺が行くかなぁ」
「無理すんな見栄っ張り」
サンはそう言って、片方の刀〝心〟の鍔に親指をかけて森の中へと入って行った。




