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Belief of Soul〜愛・犠の刀〜  作者: 彗暉
第十二章 決勝
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四十話

 木造の救護室にはいくつもの寝台が並べられ、その一つに浅い呼吸で寝ているカゲツを見下ろしながら、サンはその肩に手を置いた。

 ジゲンや他の門下生はその二人の姿に水をさしたくないのか、少し離れたところから見守っていた。水差しと杯を載せた盆を持ってやってきた看護士は、その状況を見ると、寝台の横の卓上に置いてそっとその場を後にした。

 カゲツの顔色は白く生気が感じられない。それでも息はしている。カゲツの肩を握る手に力が入る。最後の一刀を交わしたときに伝わってきた言葉、負けるなよ、という言葉が心の中で暖かい波紋となって、今もすぐ近くに感じる。サンは一人、その声に答えるように挑戦的な笑みを浮かべた。

「決勝戦の時間だ、〈無色流(むしきりゅう)〉のサンはいるか?」

 ちょうどその時、案内役のおじさんの声が救護室の入り口から聞こえてきた。ジゲン達が言いにくそうに、時間だということを告げてくる。

 サンは立ち上がり、カゲツの肩を叩くと会場へと向かった。


 サンは薄暗い通路で、見慣れた入場扉の前に立ち、この先の会場で戦うテンライの動きを想像していた。あの雷撃は速すぎて見切れたものじゃない。なら、やっぱり羽衣を鎧として使うしかない。

 薄暗い中、一人気を鎮めて呼吸を整える。頭上から聞こえてくる歓声の厚みが増して、目の前の扉はその気配を厚く重くしていく。この歓声からして、どうやらテンライが入場したようだった。

 サンは深呼吸して肩を回す。体の調子は好調だ。カゲツとの試合の後、治療師の技のおかげで丸一日寝たと思うほど疲れはなくなり、体は試合前のようにぴんぴんしている。

「よし! 頃合いだ!」

 案内役のおじさんが片目を閉じて「あんたに賭けてるんだ、負けてくれるなよ」と言いながら扉を勢いよく開け放ち、夕暮れ時の橙の光が目を一瞬劈いてきた。すぐに目が慣れて、闘技場が目の前に現れる。

 奥の方で、左から差し込む西陽のその鋭く薄い陽光を、まるで自分のもののように全身に浴びながら両手を掲げて歓声に応える一人の青年がいた。テンライだ。

 サンは対戦相手を見据えながら、淡々と会場の真ん中を目指して歩いた。歓声などどうでもいい。俺はカゲツとの約束を果たすためにここにいる。

 サンのことなど気にしていないテンライは、サンが触れられるほど近づいてきたというのに尚も歓声に応えていた。審判の礼を促す声によってようやくサンを見る。

「よう、久しぶりだな」

 前に会ったのか? サンは顔を厳しくしながら、頭一つ分は背が高いテンライを見上げる。短く揃えられた芯のある髪に真っ直ぐで情熱的な光を湛えた目。男らしく締まった顎に同年代にしては鍛え上げられた実戦的な肉体は、闘いに慣れているようだった。何より気迫が凄まじい。左の頬に耳まで達する古傷が走っていて、戦装束から見える首元にも傷がある。きっと見えない袖の下にもあるのだろう。

 思わず目をそらしたくなる覇気に、サンは唾を飲み込んだ。

 自分よりも頭一つ背の高いテンライは、サンの厳しく見せている顔を見て、何を企んでいるのかわからない笑みを一つ作って見せた。

 審判の指示に従い、二人は離れてから礼をする。サンは二刀流吊り(つるぎ)の構えをとり、テンライの奇妙な構えを凝視した。反りが強く、幅が広めな木刀をやや下段に緩く構え、片手は曲げて背中に回すという見たこともない構えだ。

 審判の扇が振り下ろされて、歓声が太鼓のように空気を揺さぶりサンの気を締め直した。だが、両者は構えから一歩も動かない。

 その無の時間が何を意味するか。サンは緊張が張り詰めていくのを全身で感じ、頭のてっぺんが痺れるような感覚に陥っていく。その僅かな無の時間の間に練り上げた気を纏い、倒れるようにして地を駆けてテンライに近づく。テンライの切っ先がそよ風に揺れる葦のように僅かに揺れる。確実にこちらの動きを読んでいると本能で感じながらも、サンは二刀による巧みな斬撃を繰り出した。

 テンライはそれを最小の身の動きで躱し踏み込むと、サンの木刀を握る手と自分の手を重ねるようにして剣の技を受け止めた。

 鍔迫り合いよりも遥かに不利な状況にサンは衝撃を受け、せっかく練り上げた気を手放してしまった。テンライの太い腕に押さえつけられて動けない。テンライはサンの顔を見下ろして、またもや悪巧みに富んだ笑みを見せる。

無色(むしき)のサン。お前、まさか覚えてないのか。それはそれでおもしれぇ」テンライはサンの足を払い地面に放り投げる。「心配損だったか」

 テンライの突き出す手から光が見えた。そう思ったとき、体に衝撃が走り一瞬だけ視界が定まらなくなる。だが、すぐに歓声の音とともに感覚が戻ってきた。気絶していたようだ。頬に感じる硬い地面がそれを証明している。身を起こし前をみると、テンライの木刀に雷が宿ったかの如く、白い光が音を立てて暴れている。テンライはその木刀を構えてから振り払う。木刀を纏う雷が今か今かと音を立てて暴れた。そして、テンライはもう一度、今度は気迫の表情で一閃する。

 サンは僅かに練り上げた気を剣気の刃にすると、飛翔してくる雷の刃を斬り払った。飛び散る電気の音が空気を裂いて消えていく。

 すぐ横を見ると、木刀が地面に突き刺さっていた。テンライの放った刃は雷を纏わせた木刀そのものだったらしい。こんな好機見過ごすことはできない。サンは剣気によって尋常ならざる速さでテンライに近づき、再び二刀を振るう。テンライは大きな体の割に素早い動きでサンの太刀を躱し続けていく。

「なぁ、俺が言った通り、外の世界はなんでもあったろ」

 テンライのその言葉に、サンは言葉を失った。テンライが面白くてたまらないのか、俺を指差して笑っている。

「今、なんて」

 サンの声は喉を掠れるようにして空気に消えた。同時に、気を手放してしまい体に張り巡らせた剣気も消えた。テンライは、また会えてよかったぜ、と勝気な笑顔で言うと、雷の権化さながらに全身を蒼白く迸る雷で身を包み、空高く跳躍した。

 サンは為す術もなく、天から降り注ぐ破れた轟音と、真っ白な幾千の矢の如き光に包まれた。

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