三十六話
予選はあっという間に過ぎ去った。一回勝てば本戦出場ということで、とりあえずは俺もカゲツも本戦出場へと進むことになった。
本戦の出場者は十二人。四つの國からそれぞれ三人ずつだ。蒼龍は俺とカゲツ、そして、
「まさか君達が出場するとはね。金でも積んだのかな。田舎の土地を差し出してきたのかい?」
この男、ヒョウカイだ。悪気はないとでも言いたいのか、目を純粋に輝かせて言いやがるのだ。隣にいるカゲツは明け透けに嫌な顔をしてヒョウカイを睨んでいる。カゲツの中では、田舎者と馬鹿にする奴は問答無用で悪人なのだろう。
「予選での君達の戦いを見たけど、ムシキの人間が剣気を使えるとは思わなくてね。すごいじゃないか、見直したよ。もしかして、闘気も使えたり?」
ヒョウカイの最後の問いを聞いてサンとカゲツは笑みを作った。
「さぁ、どうだろうね。ヒョウタンだっけ? お前も剣気を使えないと俺たちには勝てないと思うけど、お前こそ剣気を使えるのかい?」
ヒョウカイはさっと顔を赤くして何かをぶちまけようと口をもぐつかせたが、すぐに気を鎮めて礼をする。
「いやいや、僕は君達には負けないよ。というより、もし君達と戦うならどちらか一方だからね。僕は特戦枠出場だから。それじゃ、どちらか決勝で。ま、夢のまた夢だろうけどね、一応覚えておいてあげるからさ、せいぜい頑張ってね」
サンは食べ終わった団子の串をヒョウカイに投げつけた。串は届くことなくあっけなく地面に落ちた。
「なんだよ、あいつ特戦枠かよ」
サンの言葉にカゲツも不満そうに口吻を洩らすが、冷静だった。
「なら、あいつは俺たちよりも強いと予選の時に判断されているわけだね。さすが名家なだけあるな」
「おいおい、いきなり手の裏ひっくり返して敵のこと褒めるのかよ」
「褒めたわけじゃない、事実だけ言ったんだ。漣家は蒼龍を建てた名家の一つで、四國一と謳われる〈龍天流〉の開設者。師範は漣総本家の長、漣・氷雪。今の蒼龍軍総士が分家の長、漣・豪氷。つまり、蒼龍の武の頂点にいるのが漣家ってことだよ」
「へー。お偉いさんの息子ってわけね」
カゲツは肩をあげて、わざとらしく「友達にはなれないね」と言った。
二人は本戦の表を見た。本当だ、特戦枠にヒョウカイの名前がある。
特戦枠とは、予選中に技量が他の者達よりもはるかに卓越していると判断された者たちだ。戦技大会の真の目的は、出場者の力量を測ることだから、力が見れないうちに試合が終わるのを防ぐために、特別強いと判断された者同士を充てがう特戦枠が設けられているのだった。特戦枠は四枠で、四國から一名ずつ出場していた。ヒョウカイは白鬼の人間とやり合うようだ。
「俺、あいつと同じだ。最初の相手は白鬼だ」
「ふーん。俺は巖亀が相手みたいだ」
サンとカゲツは目を合わせる。
「負けんなよ」
「それは自分自身に言ってあげたほうがいいんじゃないかな」
サンは笑ってカゲツを小突いた。
一戦目は皇燕と巖亀の選手の戦いだった。皇燕は闘気を操るのに優れていて、シーナさんにも劣らない火炎を繰り出して戦っていた。巖亀は岩の國ということもあり、やはり防御に徹していて、相手を疲労させる作戦だったようだが、その前に焼け焦げた。死んだんじゃないかというような惨たらしい状況だったが、降参しなかったのだから仕方ないだろう。
二戦目に入ると会場は熱狂に渦巻き、戦闘を行う円形型の広場を取り囲む観客席からは、文字通り湯気が立ち上っていた。みな揃って土期の寒さを忘れたかのようだ。
サンは会場の案内役に呼ばれて木刀を握り、薄暗い場所に立って目をつむっていた。頭上から観客の熱気に満ちた歓声が伝わってくる。
真剣勝負だ。見られているなんて考えるな。これに勝って実力を示すんだ。
「では、出場者は入場してください。堂々と、誇り高く」
サンは目を開けると案内役に頷いて応えた。すでに案内役は俺など眼中にないと言わんばかりに、霊通石ごしの相手と忙しそうにやりとりしている。
そう、今の俺はひとりだ。
入り口を抜けると、外の眩しさで目玉が引きつるような痛みに襲われた。観客の歓声は大きく重厚で、今にも押しつぶされそうな恐怖を抱かせた。慌てて目を開けて周囲に目を走らせる。
どれくらいの人がいるのだろう。無色の港町にいる人間を全員ここに詰め込んでも足りないかもしれない。千人近くいるのだろうか。気が遠くなるほどのその数が、かえって緊張をどこかへやってくれた。
反対側の入場口から、俺と同じように進み出てくる青年がいた。本戦最初の対戦者であるその青年は、黒字に白い刺繍で六本の腕を持つ、厳しい形相をした白鬼が描かれていた。波打つ頑強な筋肉に、カッと見ひらき睨みつける形相は恐ろしい。
白鬼の人間は皆そろって頭を丸めている。戦衣装もより動きやすくしているのか、羽織は纏わず簡素だ。籠手ははめずに、幅の広い袖で手先が隠れていた。あれでは手の動きが読みづらい。
「双方構え!」
審判の轟く号令に、サンは木刀二本を抜き放つ。白鬼の者もサッと拳を握り、手の内側を上に向けて腰に添えた。いかにも体術使いといった出で立ちだ。
二人は頭をわずかに下げる。そして、
「はじめ!」
審判の声と同時に頭をあげると、すでに相手の姿はなかった。危険を感じ取り、咄嗟に全身に剣気を巡らす。ほぼ同時に左の脇腹に強烈な重みを感じ、頭から下の感覚が霧散する。気づけば地面を転がっていた。剣気を巡らせていなければ、今頃脇腹の骨はぐちゃぐちゃになっていたに違いない。
立ち上がるよりも早く相手を探す。先ほどまで自分が立っていたところに、高々と片足をあげて相手が立っていた。見事な姿だ。俺なら二秒ともたずに体勢を崩すだろう。
そんな呑気なことを考えている自分に苦笑して、吊り劔の構えをとる。
「拙者はビャケンと申す」
優しそうだが芯のある声で、白鬼の者は言った。サンは歳もそう違わないであろうビャケンの目を見て同じように答えた。
「拙者はサン」拙者などと言ったのは初めてだ。そういえば師匠は自分のこと拙者って言ってたな。少しは師匠に近づいた証拠かな?
「にやついている暇はないと思え」
ビャケンは腰を落として構えると、再び両方の拳を腰に添えて地面に倒れこむようにして駆け出した。
その速さにサンは思わず笑いそうになる。
反則だろ、その速さ。
サンは剣気を巡らせた木刀で蹴りを受け止め、拳から繰り出される突きをいなした。これが精一杯だ。近づかれたらなすすべもない。このまま防御に徹していれば追い詰められる。
それからも相手の速さに翻弄されて、とにかく防御に徹するしかなかった。無色流の花弁のように身を翻して腰を落とし躱すことなどできない。悔しさと苛立ちが、防御に徹しているからなのか、不甲斐ない自分になのかわからないまま募る。険悪な声が観客から向けられる。なぜだろうか、なぜこんなにも苛立ちがつのるのか。
サンはビャケンの蹴りを初めて花弁のようにひらりと躱し、反撃の一太刀を見舞う。
ビャケンも攻撃に徹していたから反応が遅れたのか、サンのそれを飛び退るように回避した。その隙を見過ごすわけにはいかない。
考えるよりも体が追撃に向かい、ビャケンに近づいてゆく。ビャケンはこちらを見ないで蹴りを敢行した。その蹴りを再び躱して攻撃を入れ込もうと木刀を振るい、サンは後悔を噛みしめる。
ビャケンは思いもよらない体の動きで攻撃を躱すと、腕を打ち据えてくる。続いて脇腹、太腿に手を針のようにして突いてきた。突かれた箇所に力が入らず、ただ木刀を向けることしかできない。ビャケンの拳がまっすぐと十二分な速さと重さを持ってみぞおちにめり込むのを、こりゃだめだと思いながら眺め、天地わからぬままに転がった。
痛みに悶え、わけのわからない光った虫が視界を駆け巡る中、みぞおちにめり込むビャケンの拳の姿がなんども頭の中を回っていた。
拳は、俺の体に触れていなかった。あいつは拳に剣気をまとわせているんだ。身体の力を剣気で高めて、その体を剣気で守る。あいつは拳に集中させることで守りと攻撃を両立させているのか。しかも拳の形になっていたようだ。だけど、あんなに堅い拳を作るのには、相当な剣気を集めているに違いない。なら、かならずどこかが薄いはず。
サンはよれよれと立ち上がった。驚きの歓声が自分に送られているのがわかる。ビャケンはその歓声の居心地が悪いのか、顔を顰めて構えをとる。一撃で決めると言わんばかりに片方の拳を後ろに引き絞り、もう片方は俺を指差すように向けている。
吊り劔をしたら、躱した後に攻撃することはバレバレだろう。
サンは無謀にも、剣気を纏った速さでビャケンに近く。ビャケンは理解できないと言いたげに眉を寄せたが、無慈悲に強烈な一撃を繰り出してきた。サンはそれを躱すと、剣を振るうふりをしてビャケンの横をすり抜けて相手の後ろに回る。ビャケンは躱されるとは思っていなかったのか、完全に踏み込んだ状態で意識だけをこちらに向けているようだった。
ここだ!
サンは剣気を一気に集めて足腰に巡らし、体がねじ切れそうな感覚とともに再びビャケンに近づく。ビャケンは先ほどよりも正確に反撃を敢行しようと、体勢を戻して攻撃を合わせるように構えた。サンはビャケンよりも腕一本分届かない距離で突きを繰り出す。狙うはビャケンのみぞおち。
木刀は腕一本分の距離を開けて何もない空間を突いてとまった。同時に、ビャケンは唐突にみぞおちに何かを食らったかのように突き飛ばされて動かなくなった。サンは確かな手応えを感じた手元から、木刀を延長するかのように先から伸びる蜃気楼のような透明の刃を見る。
できた。あいつが拳にまとわせているなら、木刀にもまとわせることができるはずだ。なら、ビャケンの拳のように、木刀をまとうようにして剣気で木刀を作ることもできるんじゃないだろうか。これぞまさに怪我の功名、ビャケンの拳を食らった甲斐があったというものだ。
だけど、この形を維持する集中力はとんでもなく大変だ。呼吸すら忘れるほどで、集中しているにもかかわらず剣気の刃は悲しくも霧散していった。
体に重りがまとわりついたかの如く倦怠感がやってきて、サンは片膝を地面につきそうになる。やっとのことで木刀を支えにして立ち続ける。相手を倒しても、立っていなければ勝利とは見なされない。
歯を食いしばり、もはや何も考えずに突き飛ばされて動かなくなったビャケンを穴があくほどに見つめた。
「勝者、サン!」
会場がどっと歓声に沸いた。救護の者たちが走ってきてビャケンを運んでいく。
終わったんだ。勝ったんだ。これが、最初の一勝。先に待っている戦いの数と、乗り越えた嬉しさが混ざり合い、なんとも言えない笑いがこみ上げてきた。
勝ったんだ、俺、初めてちゃんと勝ったんだ。
歓声はいつしか早く引っ込めという言葉に変わっていたが、心の熱が冷めることはなかった。




