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Belief of Soul〜愛・犠の刀〜  作者: 彗暉
第十章 修行の成果
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三十二話

 サンは雪の上でふらつく足を、深く地面に突き立てて踏ん張ると、カゲツとの鍔迫り合いから離れようとして力をいなすべく、刹那の均衡が訪れる。一瞬にして体勢を崩したカゲツに、木刀を打ち込む。

 だが、カゲツもやられてばかりではなかった。ここ連日、二人は崖の上から落とし落とされを繰り返し、その度に死を感じていたが、カゲツが時折異様なほどに強い力を発揮することがあり、サンやジゲンを驚かせていたのだ。

 カゲツが振るう木刀とサンの木刀が再びぶつかり、気迫によって二人の周囲の雪が飛ばされる。同時に二人とも後ろに飛ばされて尻をつき、立ち上がると木刀に視線を向けた。

 妙に軽いと感じたわけだ。木刀はカゲツの木刀とぶつかった場所から折れていた。急いで再び構えをとって攻撃に備えるが、カゲツの木刀も同様に折れていて、カゲツもこちらの木刀を見て、攻めようか考えあぐねているようだった。

「今のってなんだ」サンは汗を拭って訊く。

「さぁね。ただ、力が跳ね返ってきたような変な感じだった。まさか、俺に剣気でも使ったんじゃないか? あの時だけのまぐれかと思ってたんだけどね」

 二人の間にジゲンが歩み出て、二人がぶつかり合った場所にできた地面のくぼみを見て面白そうに二人に目線を走らせる。そして、全員に手を止めて集まるようにと皆を呼び寄せた。

 一体なにが始まるのだろうか、なにをやらされるのだろうか、サン同様門下生が一様に不安の色を湛えていた。

「ついに現れたぞ! 修行の成果がな」

 ジゲンは満足そうに腕を組んで、にっこりとして門下生たちを見る。皆の表情は変わらなかった。そこでジゲンは衝撃で押しやられた雪面を指差した。

「これだ。いいか、気は同じ力がぶつかると霧散する。だが同じ力を押し続けると、こんなふうに弾けるんだ。ってことはだ、サンとカゲツの二人は、気を剣気として顕現させていたことになる。鍔迫り合いで同じ剣気をぶつけ合ったことによって、その力は暴走して弾けたんだ。おい、二人とも、気を纏っているときに何か感じなかったか? 気持ちの高ぶりが体の隅々まで広がるような、体が心のままになるようなやつだ」

 サンとカゲツは互いに目を合わせるがすぐに目を逸らして考える。

 サンは自信なさそうに「俺は、ただ負けたくないっていう怒りを感じてた、くらい」と言いカゲツをみる。カゲツもサンを見たがすぐに目を逸らした。

「俺は、そうですね。サンとは逆ですね。怒りではなく、ひどく冷静になるんです。そうすると相手の気が感じられるんです。おいてかれたくはない、なぜかそんな気持ちになって、気づけば今みたいになってて。やっぱりよくわからないですね」

 ジゲンは顎を撫でながら考えるように眉を寄せて、やがて答えを見つけたのか喉を低く鳴らした。

「サンに負けたくないということか? 死を目の前にして負けたくないと、相手と渡り合う覚悟と意志、それは戦いの中で必要になることだからな。いいぞ二人とも。だが剣気は体に漲らせるだけではまだまだ足りない。剣に乗せて顕現させられるようにしてみろ」ジゲンはサンとカゲツにそう言うと、集まった門下生の方を向いて鼓舞する。「他のやつらはもっと真面目にやってみろ。ヴィアドラ人なら皆、戦神の血が混じっているんだから秘術は使えるはずだ。いいか、死に直面しても捨てることのない魂の信念を貫くために足掻いて足掻いて足掻き苦しめ! そうすれば気が感じられる。自分の魂を知れ若い衆たち!」

 ジゲンは一人豪快に笑うと、また真顔に戻り修行の続きを促した。


 シーナさんとの修行は熾烈なものへと変わっていた。

 シーナさんの神秘は攻撃に長けていて、避けることで精一杯だった。だが、そのおかげで剣気の扱いが上手くなっているのも事実で、今しがた横で火球を食らって吹き飛んで行ったカゲツが静かに横に戻ってきた。

 剣気の使い方は様々で、今の俺ならば速く動けるようになったり、腕っぷしが強くなったりする。カゲツなんかは、剣気を身に纏い相手の気から生み出される剣気、闘気、シーナさんでいう神秘や魔法の力を軽減させることができたりする。

「大丈夫かよ」サンは横目でカゲツを見て言った。

「人より自分の心配したほうがいいんじゃないかな」カゲツが最後の方を吐き捨て気味に言い横に跳んだ。

 サンは目の前に迫り来る視界を覆うほどの火球が飛んできても、カゲツのようには避けなかった。

 いける。

 サンはありったけの気を集束させて剣気として腕と木刀に集中させ、腹の底から気迫を練り上げて木刀を振るう。爽快感にも感じられる感覚とともに、重い火球を切り裂く手応えを感じて思わず笑みを浮かべた。

「やるじゃない」

 シルティーナがまるで自分のことのように声をあげて近寄ってきた。

「俺がくらってたらどうなってたかわからないですよ、あんなでかいの」サンはちりちりと音と煙を立てる自分の戦装束を叩きながら言った。「だけど、今の感覚は今まで一番近く気を感じた。すごく、なんというか、心地がよかった」

「なんでもできちゃうような、でしょ」

 シーナさんは真剣な顔に笑みを作って俺を見た。その視線には昔を重ねて俺を見ているようなものを感じる。

「その感覚に呑み込まれてはだめってことを覚えておいて。その力はなんのためなのかを忘れないで」

 カゲツが体についた雪を払いながら二人に近づくと、肩をわざとらしくあげてみせる。

「俺には臆病者とでも言いますか?」

 シルティーナが笑う。

「ううん。だってあれが普通の動きだわ。あれは陽動のつもりだったし。けど、カゲツはそのあとの攻撃はしっかり無効化したでしょ?」

「そう、しました。サン、お前は見てなかったよな、本来なら避けるはずの攻撃を受けるなんてこと考えるんだからね」カゲツがサンを見て譲らないと言わんばかりにしっかりとした言葉で言った。「俺もあっちでお前くらいの攻撃を無効化してたんだ」

「君に使ったのは速さ重視だったから威力はなかったんだけど?」シーナが耳を引っ張るような口調で言った。「ともかく、サンの判断も意表を突くものだから価値はあるわ。二人とも良くやったわ。ヴィアドラ人はみんな君達みたいに秘術とかを使えるの?」

 二人は首をかしげる。

「軍人で強い人は大抵使えるって印象だけど。俺たちの師範も師範代も使えるし、師匠はもっとすごかった」

「確かに、軍人で強い人は何かしら使えるって聞きますね。蒼龍なら剣気、皇燕なら闘気みたいな印象もあったりしますよ。俺は田舎出身だったのでおとぎ話みたいなものかと思ってましたけど、意外といたりするものみたいです」

 シルティーナは感心したように頷いた。

「すごいわねヴィアドラ人は。だから恐れられるのね」二人の表情を見たシルティーナは顔の前で手をひらひらとさせる。「気にしないで。それより、二人ともオルスを使うことができるようになったなら、防衛に使うだけじゃなくて、攻撃に使わないともったいないわよ」

「それができればやってるんですけどね」サンはけらけらと笑ってみせる。

「サン、君がわたしの神秘を切り裂いたのは無効化じゃないわ。わたしの技を上回るオルスをぶつけられたからよ。だから、君の技は見えなかったけど、あれは攻撃を攻撃で打ち破ったってことだわ」

 サンは湧き上がるものに目を丸くさせてカゲツを見た。カゲツはそれを冷たい目で見返した。

「よかったね、自慢したいんだろ? だとしてもまた何やったかわかってないとかっておちでしょ」

「いいや、これが今回はわかるんだなこれが」サンは腕を組んで空を見上げる。「どんな感じかってきかないのか?」ちらりと視線だけをカゲツに向ける。

「自慢したいだけじゃないか、そんなの聞かなくたって俺だってできるさ」

「はいはい、二人ともそこまで。男の子っていつまでも男の子よね」シルティーナはなぜか森の方をみる。「アダーツィもそうだったわ。二人とも、次に付き合ってあげられる修行は、かなり後になっちゃうかも知れないわ。もしかしたら戦技大会の方が先になるかも。だから今日までやったことを忘れないでね」シルティーナは一歩前に出て二人の肩を掴み、目を覗き込む。「いい? 力は快感だわ。その力に呑み込まれてはだめだからね」

 二人は慇懃な礼と感謝を贈った。頭をあげるとカゲツがシルティーナに訊いた。

「そういえばシーナさんっていつも何してるんですか?」

 シルティーナは眉をあげてカゲツをみる。

「わたしがなにもしていないって感じね。別に毎日お団子食べてるわけでもないし、いろいろな生菓子の外見を楽しんで回ってるわけじゃないわ」シルティーナは恍惚に溶けたような目で宙を見る。

「ヴィアドラの文化っていいわね。好きだわ。あんな芸術的なお菓子は初めてだもん」シルティーナは二人の視線に気づいて咳払いすると腰に手を当てた。

「わたしは、まぁ、ヴィアドラの文化を調べてたのよ。それで、これからモルゲンレーテの本来の目的である前線への応援に行くの」

 カゲツの唾を飲み込む音を聞いたサンはカゲツをみる。カゲツは衝撃的な顔をしていた。まるで誰かの死を聞かされたかのような顔だ。

「そんな、前線って……」

「危ないところなのか?」

 サンのその言葉に信じられないと言った様子でカゲツは頭を振る。

「お前、少しは巷のこと知った方がいいと思うんだけど。学校で勉強もしたと思うんだけどね?」カゲツは真面目な顔に戻り説明口調で続けた。「少し前、烈刀士が甚大な被害を受けたって話があってね。前線の崩壊が危ぶまれてるんだよ。前線に行くって言うのは……つまり」

 カゲツはシーナに苦痛の視線を向けて言葉を詰まらせた。

「心配してくれるなんて優しいのね。前線の烈刀士さんたちは、見返りもなく助けようっていうモルゲンレーテを理解できなくて心に壁ができてるみたいだけどね。うまくやるわ。これでも結構強い方よ? 君達には赤ちゃんにハイハイの仕方を教えてあげてるようなものだったし」

「随分なものいいですね。俺たちは必死ですよ、文字通り死を感じていたんですか」そう言ったカゲツは出してしまった言葉を飲み込むかのように口をつぐんで、申し訳なさそうにシーナを見る。

「シーナさん、俺もすぐに前線に行きますよ。烈刀士になってからですがね」

「心強いのね。それじゃあ待ってるわ。サンは、律士になりたいんだったっけ。それだと、これが最後になるかもしれないわね」

 サンは急に胸の中に嫌な冷たさが広がるのを感じた。決して離したくないのに手から滑り抜けてゆく形ないもの。師匠の時にも感じたあれだ。

「死なないでくださいよ。立派な律士になっていい街にしたら、無色の町を案内してあげますから。良い茶屋を探しておきます」

「良い茶屋娘がいる所でなければいいんだけど」

 三人の笑いが雪に吸い込まれていく。

「それじゃあ、みんな元気でね」

「はい、シーナさんは戦神に選ばれたんです。ご武運を」

「今までありがとうございました。俺、強くなりますから」

 シルティーナは一つ微笑むと二人に背を向けて歩き始める。岩だと思っていたものが身を起こしサンとカゲツは驚いて思わず声をあげる。

「なんだよアダーツィか。アダーツィ、ご主人様をしっかり守るんだぞ!」

 サンの言葉に、黒狼アダーツィは人間のような鼻笑いで応えると、シルティーナとともに森の中へと消えて行った。

「カゲツ、お前、烈刀士になりたいのか?」

「関係ないだろ」

 カゲツはそそくさと背を向けて歩いて行ってしまう。

 そうか、カゲツにも俺と同じように目標があるんだ。戦技大会に出れるのは、無色流道場からは一人だけ。その座をかけて戦うのはきっとあいつだ。

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