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Belief of Soul〜愛・犠の刀〜  作者: 彗暉
第一章 初めてのぬくもり
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三話

 自分の走る足音が、ありえないほど大きく聞こえる。心臓が胸から出たがっているかのように異常に強く打ち響く。これは俺の心臓なのか?

 周囲には何も音はしないのに、音が聞こえたんじゃないかと立ち止まり耳をすませたくなってしまう。なんか聞こえなかったか、だれか見てるかもしれない、何かと理由をつけて止まりたくなる自分の心を叩きながら、ライガの後を走った。

 後ろの二人を振り返ると、ゴウダはいたって冷静で、振り返ったサンを見て何事かと問いかける目を向けてきた。弟のナンダはゴウダの背中に片手を置いて、絶えず周囲に目を走らせているが、その目は冷静ではないようだ。よかった、怖いのは俺だけじゃないようだ。

 前を走っていたライガが急に止まり、三人がライガの背中にぶつかる。ライガは舌打ちをして三人を振り返った。


「なんか変だぞ。静かすぎる」ライガはそう言って眉の間に皺を寄せて暗い鉱山の広場や、親達が寝泊まりしている丸太小屋を観察する。

「なんだありゃ」ライガがよく見ようと顔を前に突き出した。


 そう言い終わるのと同時に警鐘がやかましく鳴り響き、四人はその場でかがみ込む。まさかばれてしまったのだろうか?

 どうすればいいのかと三人の目が一斉にライガに向けられる。


「どうするんだ! 何か考えがあるんだろう? どうする!」ゴウダがライガに詰め寄る。


「うるせぇ今考えてんだよ! お前らも考えろっての」ライガは唇を噛みしめ地面に拳を突き立てた。


 親の声が警鐘の闇夜に響く。


「妖魔だ! 妖魔だぞ! 妖魔が侵入した!」


 普段聞かない親の慌てた声が事態の深刻さを物語っていた。妖魔なんて親以上に危険じゃないか。俺達に倒せるわけがない。

 親達が慌てた様子で各々の獲物を抜き建物から出てくる。中には足元がおぼつかないまま槍を持っている者もいる。

 ライガが一瞬ギラリと光る笑みを見せた。だがすぐに真顔に戻ると「こっちだ」と言って素早く移動を始めた。三人もそのあとを追う。

 昼間に商人たちがやってきた門とは別の門の所にやってくると、ライガが振り返り早口で話し始めた。


「いいか、俺達はついてる。妖魔のおかげでここの小屋の親達は出払ってる。見張りも走って行ったのが見えた。だが、じきに戻ってくる。最初に俺とサンが様子を見てくるから、お前らはその後に来い。ゴウダ、その短刀を渡せ」


 ゴウダは短刀をライガに渡そうとして手を引っ込めた。何かを考えるようにライガを見る。


「なんで短刀まで渡さなきゃならない?」


 ライガはわからないのかと言いたげに顔を歪ませる。「こっちに親はいないが、あっち側にいたらどうやって戦えって言うんだ?」


「ならば俺が行けばいい。俺はお前よりも力もあれば体もでかい。さっきのやつを殺したのも俺だ。それにお前が戻ってくる確証は――」


「わかったわかった。言い合ってる暇はねぇよ。なら、お前ら兄弟が先に行けよ。ま、俺を助けてくれた借りがあるしな。戻ってこいよ、お前ら兄弟を信じる」


 ゴウダはライガの肩を掴む。


「べつに疑ってるわけじゃなかった、ただ――」


「わかってるっての、行けよ、ほら、はやく」


 ゴウダとナンダが門の前の少しひらけた場所を小走りで進んでいく。頼む、見つからないでくれ。サンは息を噛みしめた。


「おい、サン、こっちだ」


「え?」


 サンは走る二人を見てからもう一度ライガを見る。俺の目にありありと浮かぶ疑問を読み取ったのか、ライガは手をパタパタと顔の前で振って笑う。


「こっちが本当に手薄な場所だっての。当然だろ?」


「だってさっき――」


 サンはゴウダ達の方をもう一度見る。順調に門にたどり着きそうだ。


「あっちだってそれなりに手薄だって。俺達はこっちだ、いいからこいよ」


 サンはライガに引っ張られるも、その手を振り払う。


「ライガ、そんなのだめだ」


 門の方から親の怒声が響き渡り、サンは振り返る。

 ゴウダとナンダが急いで小門の閂を外そうとしている。そこに走り寄る数人の親が見える。ゴウダが諦めたのか振り返り、弟のナンダを背中に回して庇うと、短刀を前に突き出した。


「間に合いっこねぇよ。行って四人で仲良く捕まるか? あいつらは運がなかった。俺達は違う。こい、サン」


 間違ってる、そんなの。間違ってる。だけど……。

 サンはライガの背中を追っていた。ライガは一つの櫓の柱を登り始める。サンもそれに続いた。ゴウダとナンダのことが頭から離れない。二人はどうなったんだ。


「この糞餓鬼が!」


 サンは後ろから聞こえる親の怒声に驚き手を滑らせた。内臓が宙に浮いた感覚と共に死を悟る。


「しっかりしろっての!」


 ライガがサンの手をなんとか掴む。ライガの手から滑り抜ける前に柱を掴み直す。親が投げた石か何かが背中にあたり、鈍い痛みにくらくらした。再び手を離しそうになったが、素早く登って行くライガに遅れることのほうが怖くてがむしゃらに登る。ライガが壁を乗り越えるのに続いて、サンも壁に足をかけるが、もう腕の力が限界だ。親の手が脚に触れるのを感じて、泣きべそをかきながら体を投げ捨てるように壁を越える。

 文字通り壁の上から外側に落下するが、何も掴めるものは無いし暗くて見えない。だけど、意外と地面は柔らかかった。


「しっかりしろってんだ……」


 ライガが悪態をつく。受け止めてくれたのだ。ライガはサンを無理やり立たせると、漆黒で輪郭もわからない森を目指して駆ける。

 門の方で声が上がり、振り向くと数個の提灯の明かりが揺れながら近づいてくるのが見えた。二人は闇雲に森の中を走った。ライガもサンも何かにつまづいては転び、そのたびにサンは止まり、サンが転ぶとライガはサンを無理やり立たせた。

 何も見えない森の中には至る所に低木が生い茂り、二人の頬や手足に傷を作った。

 サンは草に覆われた地面に足を取られながらも何度も振り返り、提灯の明かりが近づいてきているのを見て喘ぐ。

 二人の吐息には絶望が混じり始める。諦めるな、諦めるな。ライガが呼吸と共に言い続ける言葉のおかげで、サンも足を止めることなく走り続けられた。その時、サンの足に何かが巻きつき地面に倒れこむ。


「ライガ!」サンは目の前を走るライガに叫んだ。


 足に絡まっていたのは、縄の両端に石をくくりつけた猟具だった。解こうにも手元が見えなくてどうしようもない。情けないくらいに涙が出てくる。

 ライガが怒りまかせに諦めるなと言いながら、強引に縄を解こうとするも、固く結ばれる部分と緩まる部分がイタチごっこになって変わらない。

 後ろの方でさっきよりもはっきりと提灯の明かりが確認できる。幾つもの明かりが忙しく揺れている。サンは涙をかきむしるように拭い、ライガと一緒に諦めるなと呟きながら絡まった縄を引っ張る。だめだ、このままじゃ。無我夢中で立てた爪が反対に曲がり痛みが走り、指先が濡れてきて力が入らなくなる。


「だめだ、ほどけない。どうしよう、どうしようライガ」


 唐突にライガが黙り込み、静かに立ち上がった。サンはライガを見上げるが、表情が見えない。とてつもない恐怖と不安が心臓の早鐘とともに膨れあがる。止められないべそをかきながら、ぬめりけを帯びた指で縄を引っ掻く。置いていかれたくない、置いていかれたくない!


「ライガ、怖いよ、どうしようはずれない!」


 ライガがサンの向こう側、追ってくる親とは逆の方、自分達が逃げる方を見る。


「サン、みっともねーぞ。落ち着いてそれを解け。んで逃げろ。いつか俺もたどり着くからよ。そんじゃあな」


 ライガは、逃げる方向とは逆に歩き始める。


「ライガ?」


 ライガは深く息を吸い込むと、雄叫びをあげて提灯の明かりを目指して走り去って行ってしまった。

 サンは自分の泣きべその音と夜の虫の鳴き声を聞いて深呼吸をする。足に絡まった縄をゆっくりほどいていく。なんだ、こんなに簡単じゃないか。なんでこんなのに手こずったんだ。

 サンは立ち上がり、ライガの方へ足を踏み出す。一歩進み、動けなくなった。なんでだよ。それは無駄な問いだ。本心はわかってる。逃げたくて逃げたくてどうしようもないだけだ。ライガだって逃げろって言った。後でたどり着くって。そう、今逃げたってライガはくるさ。

 間違っている。

 そんな声が心の中から聞こえてくる。

 整えられない呼吸とともに溢れ出す涙を拭い、自分の足を叩く。動き出す足はすぐに小走りになった。それでもすぐに足が止まってしまう。


「ライガ、ライガ。諦めるな、諦めるな」


 サンは何度も走り、止まり、走る。

 親の声が聞こえた。咄嗟に木陰と茂みに隠れて見えたその光景に、涙も恐怖も止まった。

 提灯の揺れる明かりに照らされた、だれの顔かもわからないほど腫れ上がり、血が流れて胸も上下していない体が、力無くぐったりと木の下に転がっている。あれは、さっきまで一緒にいたライガだ。

 親達は森の先に提灯をかざして森の中を窺うと、やがて諦めたのかライガの脚に縄を括り付け始めた。


「何人死んだか報告しないといけないうえに、あの商人にも品が壊れたことを報告せにゃならんからな。面倒だが持って帰るぞ」


「あと一人は?」


「どうせ野垂れ死ぬか妖魔の餌食だ。十三になったら坑道送りになるような使い捨てさ。金にならんやつ放っておいたって怒られはせんだろ」


 親達が去った後、どれだけの時間が経ったのだろう。木漏れ日に気づき、虫がやかましく騒ぎ立てるのを聞いて、ようやく立ち上がった。涙は頬の上で涸れていた。悲しいはずなのに、自分でもどうしてかわからない。立ち上がる腰は、なぜか信じられないほど軽かった。

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