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Belief of Soul〜愛・犠の刀〜  作者: 彗暉
第九章 厳しい修行の始まり
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二十九話

 その日の朝は早かった。いつもなら、皆がいない間に一足早く道場に入り鍛錬をするが、今日は違う。

 師範のキリさん、師範代のジゲンさん、カイロウさんにシブキさんまでもが集まり、稽古場に門下生の全員が集められた。十人しかいない門下生の多くは寝癖すら直していないし、道場の戦装束は着崩れている。中には座りながら揺れている者もいる。きっと寝ているに違いない。

「今日集まってもらったのには理由がある」キリが木刀を二本手に持ちながら言う。「ヴィアドラの元老院が戦技大会を開くことを決定した」

 数人の門下生がざわついた。だが、サンとカゲツは冷静だった。

 サンはカゲツを横目で確認する。落ち着き払い、師範の話しの先を待っているようだ。

「危惧する者もおるであろうが、安心せい。戦争が始まるわけではない。だが、北で戦っている烈刀士不足が嘆かれておってな。戦技大会を催し、新たな烈刀士達を見出すのが真意であろう。烈刀士を拝任するのはとても名誉なことだ。〝守るために戦う〟ヴィアドラの信念のその頂点に君臨する者達、モノノフとして生きることができる」

 キリが少し間をおいて皆の顔を見渡す。一人一人の目を見て気持ちを汲みとるように。

「だが、お前達は誇りには疎いであろう。それは致し方ない。〈無色流〉の門をくぐった時の心境は違えど求めるものは同じ、〝金〟のため。それは仕方ない。道場は軍へと上がるための養成所に等しいからだ。家族に仕送りできるほどの金が得たいがために技を磨き、安定した収入を得るために軍へ入る。だがな、ヴィアドラ人としての誇りを忘れてはいけない。なんのために力をつけるのか、大切なものを守るのは金ではないということを覚えておいてほしい」キリは木刀で床をとんとんと突いた。今にも眠りこけそうな門下生達を見て残念そうに小さく息を吐く。「それがしは元老院に戦技大会へ申請をした。ここから出場できるのは一人だけ。出場者は蒼龍軍への道を約束しよう。力が認められれば烈刀士への道も開かれるかもしれん。烈刀士は過酷だが、拝任すれば裕福に暮らせるだけの金が家族に支払われる。今日からお前達には過酷な修行を行ってもらう。毎日午前中はそれをこなし、午後からは己の思う技を磨け。一つ忘れるな。なんのために戦うのか、なんのために強さを求めるのか。それが無い者は破門だ。修行に耐えられぬ者も、破門だ」

 そう言うと、キリは一番年嵩の門下生に前に出てくるように示す。キリは門下生に、自分が持っていた木刀の一本を手渡した。

「なぜ力を求める。己が信念をのべ、それがしから一本とってみせよ」

 門下生は乾く口から何か言葉を出そうと視線を巡らせる。目やにを拭って目をぱちくりさせた。木刀を握る手はなんども感触を確かめるように握り直している。

「とっつぁんを認めさせるために力が必要なんべさ」

 門下生は気迫を籠めた声とともにキリに打ちかかる。いなされると同時に腹に一発受けて、後ろに吹き飛ぶと受け身も取らずに転がり庭に落ちた。腹を押さえて動けないでいる。

 キリが同じように門下生を指差して相手をしていく。皆同様に飛ばされて無様に稽古場から庭へと落とされていった。

 カゲツが指名され、緊張した面持ちで前に出る。キリに信念を訊かれ、カゲツは一瞬、サンに目を向ける。

 サンはその目を不思議そうに見返した。なんで俺を見るんだ? しかも、ちょっと怒ってないか。

「負けないため。俺の存在を証明するため」

 そう言ってカゲツはキリに斬りかかる。他の門下生よりも長く攻防を続けるも同様に飛ばされた。稽古場を転がるも必死に体勢を立て直し縁側で止まる。その様子を見て、キリが満足そうに小さく微笑んだ。

 最後に残ったサンは自分からキリの前に立った。俺とカゲツは最年少だ。だからって弱いわけじゃない。なんのために強くなるか。

「守るために犠牲を払うのは守れていないのと同じだと思う。残された人は悲しみだけが残るから。だから、犠牲を払わないために強くなる」

 サンは飛び出すように木刀で斬りかかる。一刀流だがそれでも負けるわけにはいかない。

 カシの死、犠牲、守るため、本当の強さ。それらを頭の中で繰り返しながら木刀を振るう。気がつけば怒りに燃えていた。少しも焦ることなくいなすキリに対しての怒りか、自分の弱さか、わからないままに木刀を振るい、腹に強烈で鈍く重い衝撃を感じて体から力が抜ける。地面すら感じないその状況を理解するよりも早く、地面に体を打って気づく。皆と同じように飛ばされたことを。そうか、俺も負けたんだ。

「よいか、これからの修行は実戦と同じだ。手加減はない。今までしっかりとやってきたのであれば基礎はできておろう」


 朝飯を食べて握り飯を持つと、師範代ジゲンに連れられて門下生は町を出て山を登った。その山の中には崖があり、下は深い川になっている。その崖の上に来ると、ようやくジゲンは休憩だと告げた。

 サンは崖の下を見る。川は流れているが冷たいのは確実だ。こんなところで修行か。周りをみると、皆会話をしたくないのか地面を見たり、足袋を締め直したりしている。

 ジゲンが手を叩き注目を集める。その顔は悪戯な笑みを湛えている。

「おっし、休憩終わり。そんじゃ紹介したい人がいる」

 ジゲンは雪の積もった淋しい森の中に声をかける。

「ども」

 そう言って出てきた男は蒼龍軍の戦装束に身を包んでいた。

「こいつは川ノ家の流だ」

「ども、ナガレと申します。今日から海桜組第五班頭キリ殿に頼まれて、そこのバカの補佐をさせていただきます。んまぁ、君たちが死なないようにするための補佐だと思ってください。それ以外は何もする気ないので質問とかそういうのやめてください」

 ナガレさんはヴィアドラ人に多い髪を後ろで一つに結えた姿をしている。線は細く丸眼鏡をかけていて三白眼のやる気のない男といった印象だ。かったるそうに話す声音からは、すぐに怒りそうな雰囲気も感じた。皆もナガレさんに会釈をするだけで目を見ようとはしない。

 修行のために行う内容の説明が始まり、その驚愕の内容に門下生全員が息を呑んだ。

 崖の下にナガレが配置につくとそれは始まった。ジゲンが門下生の一人を相手どって剣術で押していき、こともあろうか無慈悲に崖下に突き落としたのだ。門下生は悲鳴とともに崖下に消えていった。

「っと、こんな感じの死を感じるための修行だ。いいか、丁度十人いるから二人一組になって、相手を崖下に落とせ。制限時間以内に落とせなかったら俺が二人とも落とすから。いいか、下手したら死ぬぞ。本気でやれ。死にたくなければ相手を落とせ。嫌なら帰れ。それじゃ相手と組んで始めろ」

 普段なら仲のいい人間達でさっと集まるのに、今回ばかりは誰も集まらない。俺も例外ではなく、三年も共にしてきた者を崖下に落とすのは考えるだけで気分が悪い。それに、選べばお前を落とす、いや、殺すといっているようなものなのだ。なんだこの修行は。

 サンは振り向いてぎょっとして固まった。カゲツが近くまできて物でも見るような目で俺を見ているのだ。

「な、なに?」

「俺はお前と組む」

「なんで俺」

「理由がいるのかい? 足が震えてるんじゃないか?」

 その言葉に何かが弾けて勝手に言葉が出る。

「震えてない。いいよ、俺が相手だ」

 ジゲンが声をあげる。

「なかなか決まらないみたいだから俺が決める。決まったら号令で始めろよ」

 俺とカゲツ以外は強制的に組まされ、修行が始まった。だが、仲間を落とせるわけもなく、すべての組が崖の下に落とされた。

 カゲツは本気で俺を落とそうとしてきた。必死にそれに抗っていると、突然見えない衝撃に襲われて、恐怖から声も出ないまま、成す術なく崖から宙に放り出される。風を切る音の中、息もできずに落ちていく。川面がどんどん近づいてきて、目を瞑る。今朝味わったばかりの鈍痛に匹敵する痛みに意識が遠のきそうになった。水面に上がろうとするも、水が意思を持ったかのように体に纏わりついてくる。抗おうと必死にもがいていると、水が体から離れ、気付けば河岸にいた。

 寒さか恐怖か、震える門下生達の間をナガレが歩く。

「誰も怪我はなし。はい」

 そう言って川の水が巨大な手となって門下生達の足を掴み、男達の情けない悲鳴が崖上の方へと連れていかれる。今度はあっと言う間に崖の上に戻されていた。

「よし、少しここであったまって、それから再開な」

 ジゲンさんが大きな焚火の側で湯を沸かしながら言った。門下生達は震えながら焚火の周りに集まり白湯を啜って体を暖める。恐怖と怒りに満ちた目でジゲンさんを睨む門下生さえいた。

 それもそうだ、こんな無茶なこと、本当に死んでしまう。

 ジゲンが立ち上がり、門下生を見下ろす。

「なんでこんなことを? って顔してるな。教えてやる。秘術は知ってるよな。気を練り上げて発揮する技のことだ。秘術には二種類ある。身体能力全般をあげる剣気、気に形を与えて顕現させる闘気。剣気はこれだ」

 ジゲンが中腰になって構えると、手刀で人一人分の太さはある木を切り倒して見せた。切り口は半ば叩き切ったようで、雪を舞い上がらせて木が地面に倒れる。門下生達は口をあんぐり開けて倒れた木を呆けて眺めた。

「腕の周りに剣気をまとい、剣気であげた身体能力を持って腕を振るう。そうすれば見えない刃にもなる。闘気はお前達を崖にあげたナガレのような技だ。気を剣気としてではなく、想像によって外に顕現させるのが闘気だ。多くは火、水、風の姿に似ることがある。ナガレは闘気使いの中でも上級者だから、自然の水に自分の闘気を混ぜ込み操ることもできるんだ。だから、お前達が何度水に落ちようが溺れ死ぬことはない、崖もそんな高さじゃないし落ちて死ぬこともない」

 ジゲンは立ち上がる。

「信念とそれを貫こうとする意志があれば、死に直面することによってそれらの力は花開く。それじゃ、続き始めるぞ」

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