表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Belief of Soul〜愛・犠の刀〜  作者: 彗暉
第八章 新たな生活
27/107

二十七話

 朝日は清明とすべてを照らし一日の始まりを告げる。粛粛とした荘厳なその輝きはいつも心に沁みて不思議な安心感を抱かせる。特に土期は透き通る光だから好きだ。そう考えたサンは振るっていた木刀を上段でとめて朝日を眺める。

 土期の朝日が心に刺さるのは、色々な思い出があるからだ。夕黒事件、師匠の死。

「あれから三年か、サン」

 そう声をかけてきたのは〈無色流〉の師範キリさんの弟子で道場を預かっているジゲンと呼ばれる男だ。三十半ばで師範代へとなった実力者。

「おはようございます師範代。三年、もうそんなに経つんですね」

「今、十六か」

 そう、あれから三年、師匠が死にキリさんについてきて蒼龍ノ國の人間になって三年。蒼龍軍の学校に通い色々と学びながら、この道場で稽古と鍛錬を続けてきた。

「無色から来て勉学は大変だっただろう」

 ジゲンは道場の稽古場の縁側に座り、新聞に素早く目を走らせながら言った。

「いえ、読み書きはあっちで教わったのでそこまで苦労はしませんでした」

 ジゲンは満足げに頷いて庭に下りてくると、木刀を握ってサンの前に立つ。

 まさか、師範代が直々に稽古をつけてくれるのかな?

「いっちょやってみるか?」

「いいんですか? 師範に怒られませんか」

「もう仕事に行ったよ」

 サンは木刀を脇に垂らし吊り劔の構えをとる。この人は剣気を使える。師匠や、キリさんと同じなのだ。集中力を高めて呼吸がゆっくりとなり世界が静かになる。相手の目、関節、すべての動きを見すごしはしない。

「師範代からの直々の手ほどきとはね。無色の人間はよっぽど性根がずる賢いらしい。ジゲン師範代、おはようございます」

「カゲツか、お前も朝が早いな」ジゲンが端正な顔の細い顎を撫でて、笑みを作りながら二人を交互に見やる。

「お前たちでやってみるか」

 カゲツが驚いた顔でジゲンをみる。無理もない。師範のキリさんは、正式な稽古の時間以外での打ち合いは許可していない。剣の技は相手の命をとる道であり、その道は気安く歩いていいわけではないからだ。稽古も同様、打ち合い稽古は相手の命をとる気でやるもので、今のこの状況は決闘となんら変わりはない。

「なーに稽古だよ稽古。力関係には影響しないから。それに、無色と蒼龍の田舎者、どちらにも優劣なんてないっていうのが証明される良い機会にもなるしな」

 田舎者と言われたカゲツは一瞬頬を痙攣させると、黙ってサンに向き合い木刀を構える。「カゲツ、俺はべつにお前と闘いたいとは思って――」

 カゲツの真剣な顔をみて言葉を飲み込んだ。こいつは本気なんだ。昔からそうだ。蒼龍の学校に通っていたときから何かと突っかかってくる。卒業でようやく離れられると思ったら、同じ道場にくるなんて。

 サンは二刀の木刀を体の脇に垂らして吊り劔の構えをとる。

 そのとき、稽古場の戸が勢いよく開けられて大きな音を立てた。中庭の三人はそちらの方を見て硬直した。

「なにをしておる」キリが仁王立ちで三人に目を向ける。

 サンとカゲツはその目に耐えられず、反省の意を込めて地面に目を落とす。ジゲンは、あちゃーとふざけた態度で体をのけぞらせて笑って見せた。

「お前は師範代だろう。それがしが留守の間に規律を守らせるのがお前の責任でもあるんだぞ。サン、カゲツ、お前たちは仲が悪いのか?」

 サンとカゲツは一瞬目を合わせる。

「いいえ。すみませんでした」カゲツは頭を下げる。

 キリの視線にサンも同じように謝った。

「カゲツ、お前は今日親御さんがくるのであろう? そんなのでどうする」

 カゲツはなにも言わずに、キリがいなくなるまで頭を下げ続けた。

 午前の稽古が終わり、土期には珍しい晴れの中にそれはやって来た。道場に入るなり賑やかなその人達はカゲツの両親だ。二人とも痩せ型であっけらかんとしていて、ロジウス夫妻ぐらい老けていた。だが性質は対極にあるような人達のような気がした。

 ロジウスおじさん達は変わらずだ。おしどり夫婦ぶりが伝わる手紙が先日もきた。それでも、もう三年会っていない。

 カゲツは両親と会えたというのに、二人の後を黙ってついて荷物を持って他人のようにしている。両親はジゲンと話すので夢中なようだ。客室に入るとき、扉を閉めるカゲツと目があった。その目にはなにも感じていない、感じるのをとうの昔に諦めたかのような目だった。

 午後の稽古のために稽古場に向かっていると、客室から四人が出てきた。カゲツの両親は俺を見ると手を合わせて嬉しそうに話しかけてきた。どこの出身なのか、ここ海桜町で観光にちょうどいい店はどこかと聞いてきた。随分と賑やかな人達だ。カゲツは相変わらず淡々と荷物を玄関に運んでいる。

「それで、その団子屋さんはあなたの育った町にはあったの? 故郷の味っていいわよねぇ」カゲツの母親が宙に目を浮かべて想像するように言った。

「その団子屋はこっちで見つけたんです。俺は、田舎というか、無色出の人間なので、上等な店は知らなかったんですけど、なんかその団子屋は懐かしい味って感じで」

 カゲツの両親は目を丸くした。

「じゃああなたが無色からきたっていう逸材なのね。会えて光栄よぉ、カゲツとも仲良くしてやってね。カゲツ、仲良くしなさいね」

 カゲツは空返事をすると両親を見送ろうとせずに稽古場の方へと向かおうとする。

「あなた、カゲツをしごいてやってね。それじゃ、その団子屋さん楽しんでくるわ、無色は大変だったでしょうけど、頑張ってね」

 そう言って二人は陽気に話しながら出て行った。静かになった玄関でサンはため息つくと稽古場に向かおうと振り返る。先に向かったはずのカゲツが、腕を組んで俺を見ている。なにを考えているのかわからない目だ。

「カゲツのお父さんお母さん賑やかだね。いいね、ああいうの」

「うるさいだけさ」

 相変わらずカゲツの言葉は冷たい。それでもその言葉には引っかかるものがあって思わず言葉が飛び出る。

「両親がいるのは幸せじゃないか」

「いても不幸なことはあるんだよ。お前にはわからない」

 サンが言い返そうと口を開く前に、カゲツは踵を返して行ってしまった。飲み込む言葉もない。確かに、俺には血の繋がったカゲツのような両親はいないのだ。


 サンは午後の稽古の代わりに港に来ていた。海桜湾にて栄えている、ここ海桜町の港には無色の港町以上の商船が停泊していた。海は蒼龍軍が守っているため、船は一年中安定して来航するのだ。

 そうなると問題は陸に上ってくる外国人達だった。力を仕事にする人達は、ヴィアドラの人間よりも荒々しい。町の治安を守る律刑隊士こと律士がいるが、存在するだけで強力な抑止力となる蒼龍軍の特別巡回もある。今、港に来ているのはその特別巡回に見習いとして参加するためだった。こんな名誉なことはない。嬉しさと緊張、やる気にあふれているが、横を見てため息をつきたくなった。だが、ため息をつきたくなる原因の人間が先にため息をつく。

「なんでお前と特別巡回見習いなんだろうね。あ、でも反面教師としては無色の人間ほど立派にこなせる人はいないか」

 カゲツは腕を組んで、嘲弄の笑みを口に湛えながらサンを見た。

 俺だってこんなやり辛いのはごめんなんだけどな。それを口にするよりも早く、特別巡回の蒼龍軍の人間が到着し、二人は頭を下げる。

「今日はお世話になります。よろしくお願いします」

 カゲツが、笠を被り蒼龍軍の戦装束に身を包んだ男に礼をする。サンもそれに続く。

「なーに、堅くなってるとなめられるぞ。見習いだからって見習いらしくするな」

 笠をちょいとあげた男は師範代ジゲンだった。

「驚いた顔してるな。俺の推薦でお前達を今日の見習いにしたんだ。俺が監督するのは当然だろう?」

 なんだろうか。急に緊張がとけていく。

「サン、お前あからさまに気をぬくな、顔に出てるぞ。これでも俺は師範代であり、今は蒼龍軍の上官だぞ。わかる?」

「はい、ただ、その、慣れた人だったのでつい」

 ジゲンはサンの頭を軽く小突くと港沿いを指差す。

「それじゃ行くか」

 船から荷をおろす人足達は無色の人足とは打って変わって、一様にしっかりと防寒の効いた仕着せをまとっていた。船員達も土期の海は寒いのだろう。その国特有の衣装にのっとった防寒服を着ているが、やはり皆毛皮が多かった。見たこともない黄色と黒の縞模様のものだったり、真っ黒で艶やかなものだったり、逆に白かったり、肩のところに獣の顔の部分がついたものまで多岐に渡っていた。ふと、サンは去年と船の数に違いを感じてジゲンに訊いた。

「ジゲンさん。気のせいかもしれないんですけど、バルダス帝国の船が少ない気がします」

 ジゲンは満足そうに愉しそうに喉を鳴らす。

「よく気づいたな。去年も見習いやったのか?」

「いいえ。よく港に遊びにきていたので」

 サンは見習い用の装束を撫でながら緊張気味に答える。見習いの装束でも立派なものだ。戦装束は、上は着物で腰帯で留めるが、下はたっつき袴を改良していて動きやすく、足袋の部分は頑丈に仕立てられているために体術を阻害することはない。それだけな身なりは簡素で緊張などしないが、そこに袖なしの丈の長い羽織を纏うだけで、羽織を纏うだけの力を持つ人間なのだろうかと緊張に縛られる。蒼龍軍の刺繍はないが、それでも周りの目を引くほどの正式な装束を纏えばそうならざるをえない。今、俺は蒼龍軍の端くれをさせてもらっているのだ。隣を歩くカゲツも自分の姿を意識しているに違いない。やけに口が少ないのがその証拠だ。

 キリが一隻の大きな帆船を指差した。黒い帆には赤くて刺々しい太陽、光を模しているのか黄色の線が放射するように描かれている。あれはバルダス帝国の国章だ。

「今年来たのはあの一隻だけ。あそこの船長曰く、今年のバルダス商船はあれだけらしくてな。ぼろ儲けしているようだぞ」

 カゲツが違う一隻の船を指差した。カゲツも気になっていたようだ。あんな国旗は今まで見たことがないし、どうやら商船ではないようだった。

「あの船はモルゲンレーテ星教国という、ヴィアドラから山脈沿いに西へ進むとある国のだ。神秘や魔法といった、俺たちの剣気、闘気の秘術に近い力を使う連中だ。用心しろよ」

 サンはカゲツの方をみる。カゲツは港に目を走らせているが、サンの視線に気づくと、なんだよと聞きたげに見返してきた。全く知らない国の人間がきているというのに、カゲツは楽しくならないのだろうか。

「いいかお前ら、ああいう新参者には、昔からいる商人達は揺さぶりをかけに行ったりする。ありえない金額をふっかけたりな。それが原因で争いが起きる。傭兵連中が喧嘩したり、ヴィアドラのゴロツキどもが雇われて、商人の荷物を襲ったりな」

 路地の方へと入った矢先、一人の純白の長衣を着た男が数人の若い男達に囲まれていた。装飾の美しいあの長杖は役に立たないだろうな。

「言ったそばからか。あれが例のモルゲンレーテの星官だ。よし、いい機会だ。二人であの異人を救ってこい」

 サンとカゲツはジゲンの言葉に顔を見合わせた。

 どうする? と、きっと俺も同じ目をしていたに違いない。カゲツもそんな目をしていて、二人して目を逸らしてジゲンをみる。ジゲンは壁に寄りかかって、今にも襲われそうなモルゲンレーテの男の方を見ながら、鞘から外した小柄で果物の皮を剥いている。

 サンが先に一歩踏み出すと、カゲツはもっと広い一歩を踏み出して胸を張って大声を出した。

「おい、お前ら何をやっている!」

 その声を聞いたゴロツキ達は、一瞬逃げようと身をかがめたものの、カゲツとサンを見るなり余裕の笑みを浮かべ始めた。

 ゴロツキ達は歳もばらばらだが、俺達よりも二つ三つは上に見えた。

「なんだ、ひよっこちゃんかい」

 一番年嵩の男が太い腕を組みながらサン達に言った。

 後ろを振り返ると、ジゲンの姿はなくなっていた。俺達だけでどうにかしろってことなんだ。ジゲンさんは助けにはこないと思った方がいい。

 カゲツも同じ不安を抱いたのか、目が合った。カゲツは不機嫌そうに目を逸らす。こんな状況でもそんな態度をとるのか。

 サンは腰に差してある獲物を抜こうと柄に手をかける。ゴロツキの若い衆達が不安げに唾を飲む。

 年嵩の男が笑い声をあげた。大きくて虚勢を張るような作った笑い声だ。

「さぁ抜けよひよっこちゃん! 棒遊びに付き合ってやろうかい?」

 場違いな長衣を着ているモルゲンレーテの男がサン達ろゴロツキの間に進みでて杖を地面に突いた。

「このような無駄な争いは避けるべきです。人間同士で争うものではありません」

 カゲツが進みでる。

「おじさんは下がっていてください。外国の方が手を出した出されたの問題は単純ではありませんので。我々蒼龍軍にお任せください」

 その言葉を聞いた年嵩の男が腹を抱えて笑い始める。その態度に、ほかの若いゴロツキも笑う。だが意味はわかっていないようだ。

「〝我々蒼龍軍〟か! お前達見習いだろ。装束でわかるんだよ。その腰に差した物もおもちゃじゃないか。ほら、抜いて見せてみな」

 サンとカゲツは柄に手をかけているが、抜くのをためらった。それもそうだ、あの男が言うようにこれは真剣じゃない。真剣と同じく柄は海の海獣のざらざらとした上物の革、鍔も鎺も白銀師による伝統な上物だ。だが、

「黙って聞いていればこいつら。田舎者が!」

 カゲツが獲物を抜く。その刃は銀光閃く冷酷な美ではなく、竹光だった。

 ゴロツキ達が一斉に笑う。モルゲンレーテの男もその刀を不思議そうに見ている。サンも我慢ならず竹光を抜いた。ゴロツキ達の笑いが一層強くなるが、心は軽い、むしろ清々している。カゲツは歯を食いしばり悔しさを噛み殺しているようだけど。

 カゲツは走りこみ、モルゲンレーテの男の脇を通り過ぎる。年嵩の男に向かって横に一太刀振るうが、なんと年嵩の男はそれを白刃どりして見せた。カゲツの驚愕の硬直に蹴りを食らわして男は構えを取った。

「裏猫じゃあ俺は〝滅刃のシラハ〟って呼ばれてるんだぜ」

 なんてダサいんだろうか。三十近い大人が自分のこと二つ名もちなんだと自慢するとは。それよりもここにも裏猫があるのが驚きだが。

「カゲツ大丈夫か」サンはカゲツを立たせる。

 カゲツは気丈にもサンの手を払うが冷や汗を浮かべている。よくないところに一撃もらったらしい。

 今の一連の出来事に気を大きくしたのだろう。興奮した様子で若い衆達が囲んでくる。無駄に手首を回したり首を回したり、顎を軽くあげて尊大な態度で見てくる。五人は少し多いかもしれないが、こんなに腰も浮いているような相手なら立て直す時間を与えずにいけるかもしれない。

 サンはカゲツを置いて一人に斬りかかる。シラハの真似をして白刃どりを敢行した男は、しかし止められず上を向いた顔面に一撃をもらい悶絶に伏す。横からくる男の棍棒による一撃を凌ぐとそのまま別の男の足を払い、棍棒の男の再度振り上げた手首を素早く打ち据えて鳩尾に柄を打ち込む。足を払われて転んだ男の首に一つ打ち込み黙らせる。これで三人。

 シラハが唾を撒き散らして聞き取れない罵声とともに突っ込んできた。カゲツは歯を食いしばり竹光を支えに立っているが、戦闘は難しい。モルゲンレーテのおじさんは嘆き諭すような面持ちで事の成り行きを見守っている。あと三人も俺一人でやるしかない。

 吊り劔の構えをとり、突っ込んでくる二人の若い者を即座に打ち捨て、シラハと対峙する。

 白刃どりがしたいならさせてやる。

 サンは二本とも上段から振り下ろす。男は見事に白刃どりをして見せた。笑みを剥きだした男は嘲る。

「お前はバ――」

 そう言いかけた男の顎を下から天を貫くように蹴り上げる。

 この三年で俺が習ったのは勉学と剣術だけではないのだ。体術もまた重要と教えられていた。体を伸ばす鍛錬を欠かさず行い磨いた体術だ。

 男は意識を失って地面に崩れ落ちた。地面に倒れて悶絶するゴロツキ達を見回し、サンは腰に竹光をおさめる。カゲツは地面の一点だけを見てこの場に痛くないかのように黙り込んでいる。

「カゲツ、大丈夫?」

 カゲツは黙ったまま一つ頷いて竹光を鞘に納めた。

 拍手の音が聞こえて振り向くと、そこにはジゲンがいた。

「よくやった。連携は何もなかったが、問題は片付けた。サン、見事な動きだった。息も上がっていないし、かすり傷一つない。だが、カゲツを止められなかったのは駄目だな。カゲツ、お前は冷静さを失っていたな。冷静でなければ今まで積み上げたものは発揮されないぞ。覚えておけよ」

「問題は片付けた?」

 今まで黙っていたモルゲンレーテの男が信じられないと言った様子で眉間に皺を作りながら、倒れた者達に杖の尖についた宝石を当てていく。モルゲンレーテの男に触れられた者は何事もなかったかのように立ち上がり、痛かった部分をおそるおそる触り、互いに驚いた声をあげている。このモルゲンレーテの人は、ロジウスおじさんと同じ治療ができるのだ。

 モルゲンレーテの男はシラハの変なふうに曲がった顎に触れ、ひたいに手を置く。

「ここまでしなくても良かったのではないですか? 暴力には暴力、目には目を、そんなことをしていると心の平穏は見つかりません。だから争いが絶えぬのです」

 ジゲンは片方の眉をあげる。

「すまないな。ヴィアドラの古い言葉にこういうのがあってな。〝戦いのために生まれ〟」

「〝守るために生き、守るために戦う〟」モルゲンレーテの男が言葉取り上げる。

 ジゲンは再び眉をあげるが冷たい表情をしていた。

「言葉を知っているだけのようだな。ヴィアドラのモノノフは守るために戦うことに信念をおいている。それが生きるため、平和に繋がるからだ」

「野蛮な」

「平和ってのは争いのないことなのか?」

 両者は互いに譲らない視線をぶつけ合う。だが、モルゲンレーテの男が目をつむり、視線を外した。

「ヴィアドラは今もアルヴェ大陸を守るために戦ってくださっている。私の言葉はいささか軽率だったかと。赦していただけるのであればいいのですが」

「いいさ。国が違えば信じるものも変わるものだろう?」

 ジゲンはシラハに左腕の内側を出させた。そこにはいく筋もの切り傷がある。ジゲンはそこにもう一本切り傷をつける。

「今回は未遂だからな、これで許してやる。未遂が十本で、わかってるよな?」

 ジゲンのその言葉にシラハは何度も頷く。あの傷は罪の数だ。聞いていたが見たのは初めてだった。未遂だと左手に、犯すと右手にそれぞれ切り傷がつけられる。消えない罪の証だ。右手に五本ついたら斬首。左手に十本ついたら斬首。男の右手に何本なのかはわからなかったが、左手には五本ついていた。

 その傷をつける様子を嫌悪するかのように目を細め、モルゲンレーテの男は去って行った。

「初日からこんなことになるとはな。だが死人が出なくて良かったな」

 ジゲンはサンとカゲツの肩を軽く叩く。

 守るために戦う。師匠もそう言っていた。テットウさんも師匠はそうしたと。戦いのために生まれ、守るために生き、守るために戦うか。愛と犠とも関係があるんだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ