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Belief of Soul〜愛・犠の刀〜  作者: 彗暉
第七章 動き出す者達
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二十五話

 ヴィアドラの遥か南のドノハデウス地方から世界に手を伸ばす黒と赤の太陽がある。

 空さえ嫉妬する海を我が物顔で見下ろし聳える城塞都市グラトゥムス。バルダス帝国の心臓であり、剣と盾にもなるその首都に聳える城塞は、剣さながらの塔を連ならせ、盾さながら海と陸に拒絶を示し構えている。外壁はすべて漆黒の艶やかなバルダス綱によって覆われていて、その表面は鏡のように鮮明に空を、海を、城下町を写していた。

 そのバルダス城塞の頂点に近いバルコニーに、布と革、僅かなバルダス鋼で仕立てられた黒色の軍服を纏う若い女が、鋭い眼光で城塞の下で行われている式典を見下ろし、片手に持っていたグラスの中身をひっくり返した。腰まである赤銅色の髪をかきあげて、軍人らしい姿勢のまま宙に霧散していくグラスの中身を目で追う。

 隣にいる男が同じようにそれを目で追う。女よりも胸についている勲章の数は少なく、黒の軍服にある赤と金の装飾も少ない。その男が耳打ちするようにわずかに女に話しかける。

「退屈でございますか、ミュルダス皇女殿下?」

 黙っているミュルダスにさらに重ねようと口を開いた男よりも早く、ミュルダスが自然に口を開く。

「お前の嫌味には満足しているよ、ガンダルス将軍補佐」

 ガンダルスはがっしりとした体を仰け反らせて大げさに笑ってみせる。

「嫌味は今から言うところでしたのに、先に言われるとは。ミュルダス大将軍様」

 ミュルダスは鼻で笑うとガンダルスを見上げた。

「父上も私が嫌がるのを承知で任命したのだろう。私の築き上げたものを自分自身に壊させるのだから、さぞや愉しんでおられるはずだ。だが、思いのほか——」ミュルダスは目を細めて意地悪く笑みを作る。「——大将軍か。響は悪くないな」

 ガンダルスは眉を上げて驚いてみせる。

「まぁ、無念ですな。ヴィアドラとの貿易はうまく行っていたのですが」

「少々向こうでの流血沙汰は問題になっていたが、商会には保証金を出していた。あと少し時間があればもっと良い関係が築けると思ったのだがな」

 ミュルダスはバルダス鋼の磨かれたバルコニーに寄りかかり腕を組んだ。

「皇帝陛下が報復を望むとは思いませんでした。もっと良い関係とは、友好的にと言う意味ですか?」

 ガンダルスは気を疑うように懐疑的な目で訊く。ミュルダスはグラスに赤い酒を注ぐと、空に透かしてその色を眺める。

「まさか、もっと良い支配ができると思ったのだ。父上のやり方では、ただ敵を作るだけ。そうであろう? 先を見せて、共についてこさせるのだ。〝私〟の後ろを歩かせるのなら、今の父上のやり方はお前のような良い家臣を生まない」

 ガンダルスは誇り高いと言わんばかりにミュルダスに慇懃な礼をする。

「だが、父上も必死だな。たかが商会の人間が殺されたぐらいの理由で報復という名の戦争を仕掛けさせるとは」

「えぇ。現に権力者達はその焦りとしか見えない判断に不安の声を上げています。ですが、皇帝陛下の本当の理由は――」

 ミュルダスがさっとガンダルスの顔の前に手を突き出す。

「みなまで言わなくともわかる。私を首都から遠ざけたいだけだ。父上が指揮するモルゲンレーテの不可解な動きに対する対処として動かした軍力は、一国を相手にする規模。モルゲンレーテの動きに乗じて父上は戦争を次の段階へ進める気だ。私を行かせないのは手柄を立てさせたくないから。だが、国にも残しておきたくない。そこでヴィアドラへの報復を勅命したのだ。あわよくば、私が失敗し危機を父上が解決する。自分は手柄を立てて私の影響力を下げる狙い。さて、どちらが一杯食わされるか」ミュルダスは鋭い眼光で首都を見渡す。「私が出航した後の手筈は信じて良いのだな」

「わたくしの右腕で次期将軍補佐にしようと思っている男です。この戦いの意味も理解していて忠義に厚い。ご安心を」

「忠義か。どの程度だ」

「彼の御方に謁見されました」

 ミュルダスは細くはない鋭い輝きを持つ目を僅かに瞠いた。

「驚きでありましょう? 彼の御方に身を捧げた者です。信用に足る男です」

 ミュルダスは再び鋭い眼光に戻り地面を見下ろす。

「なら安心だ。それでは、私も式典に行くとするか」

 ガンダルスの礼に会釈で応えたミュルダスは、バルコニーから室内に戻った。

 式典の会場はバルダス城塞の麓にある広間で行われていた。普段は軍が整列し格闘訓練が行われる広場だが、見事な装飾の真っ白な机が乱れなく並べられ、立食形式がとられていた。

 ミュルダスは城塞から広場に繋がる幅の広い階段を一段下りる度に、数多くの階級の人間の挨拶に会釈をしては、短い挨拶を交わす。

 階段の下に着くと、そこには周囲の目を気にすることなく腰を少し折って片手を差し伸べて立つ若い男がいた。ミュルダスと同じ軍服、勲章の数、歳までもが同じこの男をミュルダスは知っていた。皇族の血を持たぬ生え抜きの軍人で幼馴染であり、かつ将軍であるカタロスだった。

 ミュルダスはカタロスの手を取ることもなく、一瞬目を走らせただけで脇を通り過ぎる。カタロスは頭をあげると、めげる様子を一切見せることなくミュルダスの隣をついて歩く。

「おいミュルダス、それはないだろう。二時間遅れの壇場に一人で上がるのは正気じゃないぞ」

 ミュルダスは鼻で愉しむように笑った。

「非難には慣れているよカタロス。そんな人間をわざわざエスコートする変わり者こそ心配するがな」

「心配をしてくれるのか? 俺は近衛兵戦士長、最高の戦士だから大丈夫。皇帝陛下の娘嫌いなんて怖くないね」

 壇上しながら、ミュルダスは真意を汲み取れない目でカタロスを見る。カタロスはその目に真剣な光を湛え、釘を刺すかのように静かに言う。

「皇帝陛下の近衛兵。だが、バルダス思想を守るのが俺の役目。そのためならなんでも消し去る」

 そう言ってカタロスはミュルダスに微笑むと、数歩下がる。まるで恋人へ向けるような熱の入った視線に、ミュルダスは言葉の真意を探る鋭い眼光で応えた。

 壇上の前に広がるグラスを持った広場の人間は、二十歳の幼馴染の男女のやりとりを祝福するかのように微笑んでいた。

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