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Belief of Soul〜愛・犠の刀〜  作者: 彗暉
第六章 夕黒の正体
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二十二話

 丘の上の家には多くの人が集まっていた。そのほとんどは一度は目にしたり話したことがある人達だった。八百屋のおじさんとおばさん、干物屋のおじさん。師匠とよく通った団子屋の女将さん。旅籠の番頭さん。皆、庭に生えた一本の樫の木の下に増えた岩の墓標に花を添えて帰ってゆく。

 ロジウスが肩をそっと抱き寄せてくる。その優しさに溢れた手の温もりすら、心にはなにも与えてくれない。

 なんでだよ、師匠。

 あの夜以来、ずっとその疑問だけが頭を回っていた。怒りすら沸くほどに。

 葬儀の参列者達が帰った後は、ロジウス夫妻とキリだけがサンに寄り添っていた。キリが樫の木につけられた真新しい多くのへこみを手の平でなぞる。

 キリが咳払いをした。

「サン、これからそれがしはテットウ殿のところへ行く。お前もくるか?」

 心が重く、口を開く気もなかった。ロジウスとツバキの視線を感じて、罪悪感の棘が疼く。みんな俺に気を遣っている。わかっていても、それでも黙っていた。

 なんで師匠は夕黒なんかになったんだ。守るために選んださだめ? なんだよそれ。

 肩を掴んでいるロジウスの手に力が入るのを感じた。慰めて、励ましてくれているのだろうが、顔を見上げる気にもなれない。見上げたら、何かにすがりつきたくて、それをしたら何かが溢れ出してしまう。

「実はな、ここ最近カシが痩せていたのには事情があった。治らぬ病を患っていたのだ。時間が無い中、何かを成し遂げたがったのかもしれんな。きっと、サン、お前さんのためかもしれない。あいつの意思を尊重して、怒らないで見送ってやれんか」

 サンは怒りの破片が口から飛び出すのを抑えることができなかった。

「俺のため? 死ぬようなことが俺のためだっていうの? なんだよそれ。俺はただ師匠といたかっただけなのに。俺はそう師匠に言ったのに、なにが俺のためだっていうんだよ」

 怒りに呼応して涙が溢れそうになるのを隠すように、サンは三人から目を逸らした。

 キリが刀を納めた箱を肩に担ぎサンを呼ぶ。

「それがしが説明できるやもしれんが、どうだ。話がてらテットウ殿のところに行くというのは」

 サンはなにも答えなかったが、キリは微塵も動揺するような素振りを見せることなく出発した。ロジウス達も帰ると言って去って行く。苛立ちを発散するように足を踏み出すとキリの後を追った。

 暫くはなにも話さなかった。キリが借りた馬車に乗り、人生初の馬車であることもどうでもよかった。キリの言う〝説明〟とやらを聞きたくて、だけど口を聞きたくない、自分でもよくわからない怒りに耐えるだけの時間が続いた。

 ようやくキリが口を開いたのは二日目の朝だった。軽快に進む馬車に揺られながら、降る雪を窓越しに見ていると、ふとキリが口を開いたのだった。

「兄上は無色を一つの國にすることを望んでおった。二十年前からな。四國の無意味な競争や、家名のしがらみから逃れ、ただ大切な者達と暮らすそんな國だ。お前も知っているだろうが、無色には色々な組という勢力がある。他国との貿易権利を我が物にしようと組同士の争いは絶えなくてな。その頂点とも言えるのが二十年前の戦争だ」

 キリは胡桃を片手で割ると、サンに差し出す。サンはそれには応えず、話の先を促すようにやる気のない目を向けて、再び窓の外に視線を移す。キリは胡桃を口に放り込んで続けた。

「だが、その戦争も紛争へ、やがて水面下で起こるようになり、おさまったように見えたのだが。ここ最近、バルダス帝国の商人だけを襲う連中が出てきてな。組織だった所業から組の仕業だと読んだ。だが、証拠がないためにその組を挙げることもできず、遂にバルダス商会は怒ってな、本国からの報復の勧告を持って帰ってきた。バルダスとの戦争になれば、儲かるのは商人、それ即ち組の利益となる。兄上はこの組のことを知っておったのだろう。戦争、それを杞憂に終わらせるために兄上は動いたと考えていい。組が乱立し、自分の利益だけを求めるが故に争いは絶えん。ならばどこかの組に統合されれば良い。兄上はそのために、どこかの組に加担して、その組を勝たせた」

 キリはため息をつく。

「迎謝祭のとき、夕黒は特定の勢力の組頭たちを襲った。その結果、このたった数日で権力を上げた組が出てきた。〝紅蛾〟の組だ。今じゃ市場を牛耳るまでに至った。だが、紅蛾が多くの組を吸収したおかげか、無色の争いがぴしゃりと止んだ。それどころか、莫大な資金と影響力を持った紅蛾を四國の元老院は無視できなくなった。それほどに力を持った組は、実質無色の支配者だ。そうなれば元老院への口出しも可能。無色はただの無色ではなく、貿易の拠点として発展し、兄上の望み通り、無色ノ國と認知されることであろう」

 キリはサンを横目で見て咳払いをする。

「結局、なにがお前のためかと言うと、國としてまとまった以上、そこには秩序が敷かれる。そこには人権が生まれる。人を人として見る社会が生まれるのだ。つまり、子供達には明るい未来が待っている。誰もが自由な人生を築ける可能性のある希望の未来」キリはサンの肩に手を置いた。

「兄上はそのために、夕黒という罪人となったのだ。自らを賭すその覚悟と貫いた信念、兄上を許してやろうではないか」

 結局、師匠も犠牲なったんじゃないか。なんでなんだよ、師匠は強かったじゃないか。犠牲にならない方法はなかったのか。俺と一緒に暮らす気はなかったのか。

 キリが懐かしむように重い息をつく。「兄上は本当にお前と暮らしたがっていたぞ。ロジウス殿の言う病さえなければ、お前と暮らす道を選んだはずだ。それがしがこの任に就かなければ、それが叶ったのかと思いがよぎるが」キリは窓の外をみて顎に力を入れる。「サン、すまぬ」

 サンはなにも答えられなかった。キリさんだって兄弟を斬りたくて斬ったわけじゃない。むしろ、ようやく仲直りできると思ってたはずなんだ。責められない。だからこそ、そんなことをさせた師匠に腹がたつ。犠牲になんかなる道を選んだから皆が悲しむんだ。そこに強さなんてあるのかよ。

 峠を越えたのだろう。馬車の傾きがゆるくなり、御者が小窓を開けて町が見えてきたことを告げた。

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