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Belief of Soul〜愛・犠の刀〜  作者: 彗暉
第五章 夕黒
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十七話

 今朝届いた港便と陸便の手紙を手早く配達鞄に詰め込むと、鞄を斜めにかけて郵便屋から飛び出した。

 今日も快晴だ。冷たい空気を肺の中に詰め込んだサンは、白い息を鼻から出して気合いを入れて走りだす。

 師匠も今日は仕事だと言っていた。俺も負けていられない。

 師匠とあの丘の家に戻ってからは、やることがいっぱいだった。雨漏りの修繕に家の中の掃除、二人だけではやはり長い時間がかかる。土の期の雪土月には雪が降り、氷土月になれば雪のせいで町への往復は大変になるから、色々と備蓄しなければならない。稼ぎもぎりぎりなのだ。ロジウスおじさん達は滞在すればいいと言ってくれるが、甘えるわけにはいかない。

 最後の配達場所は格式の高そうな異国風酒場だった。こじんまりとしていて、止まり木のあるカウンター席、四人掛けの食卓には刺繍の施されたテーブルクロスなるものが敷かれ、贅沢な雰囲気があった。

 昼間だというのに、人気は多い。飲んでいるというよりかは、商談のように感じられた。

 港に近いこともあって外国人が多い。金色に近い茶色の髪に、肌が白い人達はヴィアドラよりもずっと西の人達だ。服は革と綿で繕われたものを着ていて、細かい金属の装飾や、色とりどりの布や刺繍を施したものが多く、着物とは似ても似つかない派手で整った装いだ。この人達は大抵、西方の人達だ。

 それに対して、肌が黒く毛も濃くて、癖っ毛の多い黒髪の人達は、ペイポースト商国という、はるか南の島国の人達で、服はゆったりとした薄手のものが多い。ネックレスやピアスなどと呼ばれる黄金に宝石をはめ込んだ節操の無い装飾を多く身につけていて、声がでかい。あまり近づきたくない。

 あまり近づきたくない外国人といえば、バルダス帝国の商人がぴかいちだ。目立つ赤銅色の髪の毛と、朝日のような橙色の目をしていて、いつも人を見下すような冷たさを湛えているのだ。背筋を伸ばして黒と赤の天鵞絨のコートに身を包んだ毅然としたその姿は、商人というよりも軍人のように見えた。この酒場にはそのバルダス帝国の商会の人間が多くいる。

 息が緊張で詰まりそうになるのを、ため息で追いやりながら店番に手紙を渡していると、バルダスの商人の苦々しい吐き捨てるような話し声が聞こえてくる。ちらりと目をやると、四人が空になった杯をよそに話している。

「まただ。我々の商会の者が二人やられた。そのうち一人はまだここに来て日が浅いというのに」

 別の一人が腕を組み唸る。「ここの律士とやらはあてにできないな。用心棒も使えないやつらばかりだ」

「だが、皇女様が話を通してくれたそうではないか。先日、蒼龍軍の者から被害状況の調査が入ってきたぞ」

「それなら私のところにも来た。殿下なりの尽力をして下さってはいるように感じられるが……。やはり私達からしたら命がかかっているからな」

「まったくだ。やられた二人ではおさまらないのは明白だというのに、税は高い」

「皇帝陛下はヴィアドラとの貿易は望んでいないからな。我々を守ってくださるのは皇女殿下のみと言ったところか」

「ここの用心棒は大したこともないのに、金だけはせびるから困ったものだ。まったく、使えないのやつらだ」

 その時、椅子を引く音が部屋に響き、空気が重く静まった。皆バルダスの商人の話を聞いていたのだ。

 店番が手紙の宛名と店内をと視線を短く走らせる。その目が一点に止まり、店番の面倒そうな顔を見たサンもそちらを振り返った。立ち上がったのはあの人斬り、カゲムネだった。

 師匠から奪ったお得意先キンザンの仕事のおかげか、相当羽振りがいいのだろう。戦装束には蒼龍軍顔負けの煌びやかな兎と双子月の刺繍が所狭しと施されている。師匠とは違い、袴ではなくたっつけ袴だ。どうやら最近の流行りの格好らしい。

「すこしかゆい話が聞こえてなぁ。あんた方、こまっちょるようだが、どうだ、俺を雇わんか」

 目を細めて、何が愉快か笑みを浮かべてカゲムネは言った。

 バルダス商会の一人が腕を組んだまま、カゲムネの足元から腰に差した刀まで味わうように眺めてから鼻で嗤う。

「我らが探しているのは腕の立つ者だ。まだ若いのに、さぞや詐欺めいた契約で稼いだんだろう」

 バルダス商会の一人が低い声で言う。カゲムネが口の端をねっとりと上げた。

「んなら言うてみぃ、値段言うてみい」

「十半と、一人ごとに十半と言ったところか」

 カゲムネは高い引き笑いを鼻ですると刀の鍔を触る。バルダス商会の人間だけではなく、他の人間もその行為に過敏に反応した。店番はカウンターの下に手を伸ばし、バルダス商会の人間は懐に手を入れた。

 刀はやすやすと抜くものじゃない。キリさんがシブキさんにそう言っていた。相手を斬る覚悟がある時だけ抜くのだと。

「あんたらなめとるね。そんなら、その隠してる玩具すべて相手にしてやってもいいんよ」

 玩具? なんだそれ。カゲムネを嘲笑うバルダス商会の人はカゲムネの強さを知らないから笑っていられるんだ。

 バルダス商会の四人は席を立ち表へ出ようとする。

「君ね、いくら棒振りが得意だからって自信が過ぎないかね。ま、痛みを知らなければ子供は成長しないのも事実か」

「そこまで言うなら、我々全員の尖火槍を弾いて見せてくれないか。死んでも泣かないでくれよ」

 カゲムネは手をひらひらとさせて応えると通りに出た。

 カゲムネとバルダス商会の四人は十歩程離れて立った。何が始まるのか、物騒なことだけは確かだと理解した通りの人間達は距離をとり、カゲムネ達を残して空間が生まれた。

 カゲムネは声高々に何をやるつもりなのか観客に説明し、刀の柄に手を触れた。柔らかく握ったその手に焦りは見られず、ただ時を待つ静かな殺気を漂わせている。

 バルダス商会の人間が、コートの下から肘から下半分ほどの長さの棒を取り出した。黒い金属質で先の方は細い筒になっている。相手を指差すように手の甲を上にして握ったそれを、文字通り指差す格好でカゲムネに向ける。

 突如、金属を軽く叩いたような軽快な音がし、黒い金属の筒の先から白い光の粒が僅かに吹き上がった。

 勝ち誇ったバルダス商会の男達の笑みが驚愕に変わる。全員がカゲムネを見る。

 カゲムネはすでに刀を抜いていて、僅かに膝を落とし振った後の格好で止まっていた。

「それだけかぁその玩具は。おそいおそい。たった四発くらいじゃ見なくても弾けるからに」

「このやろう!」

 再び四人の手に持つ黒い金属の先端から一斉に白い燐光が上がる。それを何度も繰り返す。カゲムネは硬質な物を弾く音を立てながら、刀を閃かせている。巧みな腕の動きは速く力強く、読めない。

 サンの足元に何かが落ちてそれを手に取る。わずかな熱をおびた金属質の針だった。螺旋模様が尖った先端から描かれ、後半は渦巻きネジのようだ。そうか、尖火槍と呼ばれるあの黒い金属からはこれが放たれているんだ。

 目にも止まらぬ速さでほとんど音もなく打ち出される針のようなものを、カゲムネは剣で弾いている。

「化け物め!」

 バルダス商会の一人が我慢ならない様子で喚く。

 四人の手に持った物、尖火槍と呼ばれたそれが金属質のかちゃかちゃとした音を立てているだけで、先ほどのように筒の先から白い光は出ていない。商会の一人が、腰の帯から円柱型の金属質のものを取り出すと、筒型の方に嵌っていたのだろう同じ円柱型のものと交換し、再びカゲムネに向ける。

 高速で軽快な金属音が鳴り連なり、その度に筒の先から白い燐光が上がる。カゲムネは含んだ笑みを浮かべながらそれらすべてを弾いた。

「無駄無駄。どうだい、今なら俺にいくらだす?」

 バルダスの商人の一人が、仲間達を止めると、一歩進み出てカゲムネを眺める。先ほどの嘲る光は湛えられていなかった。

「お前は、安くはなさそうだ。今夜の護衛に」観客達はその値段を聞きたくて仕方がないと言うように耳を済ませて固まる。「阡半だす」

 サンはその金額にくらくらしそうになった。思わず笑いたくなる。阡半なんてあったら、二年は贅沢に暮らせる。それをたった一晩の護衛で稼ぐ?

「なんてこった。今夜はだめだ。キンザンのおやっさんの仕事があるからに」カゲムネは額に手を置いて残念そうに頭を掻き、刀をおさめる。

「なんだ、お前はキンザン商会の用心棒か。ならばお前が二本差しか?」

 カゲムネの目に冷たいものが宿る。

「刀二本差してるように見えるんかいあんた。二本差しなんて古い古い。その二本差しから奪いとった仕事しちょるんよ。この意味わかるな」

 バルダス商会の四人は尖火槍を腰に戻した。「なんだ、キンザン商会には二本差しがいると聞いていたのでな。てっきり今夜の護衛はそいつかと思っていたが。それなら今夜の護衛はあんたか。心配なさそうだ」

 カゲムネは眉を一つはね上げる。「そういうことか。今夜はあんたらとの」カゲムネは含み笑いを見せる。「くるか夕黒。楽しくなりそうからに」

 そう言ってカゲムネはカシとの試合のときに見せた真剣な面持ちで街の中に消えて行った。


 サンはロジウスの家に着くと、罪深き椅子に深く腰掛けた。

「あら、お勤めご苦労様ですわね」ツバキが紅茶を淹れて居間に入ってくる。

 サンは自慢げに頷き笑顔を見せた。ツバキおばさんの淹れてくれる紅茶は林檎の香りがするのだ。香りだけの飲み物なんて、最初はなんのためにあるのかわからなかったけど、今ではわかる。この椅子に沈むように腰掛け、紅茶と一緒にひと時を楽しむのだ。

 五分もせずに飲み干すと、サンは立ち上がった。

 ツバキが小さく笑ってサンを見る。「やっぱり男の子ね。一休みしたかと思ったらもう出かける気でいるんだから」

「なんでわかったの? あ、今日って師匠は帰ってこないんだったよね」

「そう聞いていますよ」

「なら安心か」

「どうかしましたか?」

 今夜は夕黒が出るかもしれないから、町の外にいる用心棒は安心だ、なんて言った後に家を出ようものなら止められちゃうだろうな。

「ううん。ただ、修行の成果を上げる時間が増えたと思って。これから修行してくる!」

「あんまり遅くならないようになさいね」

 サンは手を振ってロジウスの家を出ると、木刀を腰に差して港の方を走った。無色の商人や、外国の商人は港で商談をすることが多い。または大きな屋敷の中でだ。

 そこまで考えてサンはハッとした。カゲムネが用心棒としてつくのはキンザン商会なのかバルダスなのか、わからない。だったら、港とキンザン商会に続く道で待っていればいいか。

 サンは商人達がよく歩く道を行ったり来たりしながら、カゲムネらしき人物を探して回った。夕どきになり、ようやくその姿を見つけだす。

 豪華な着物の戦装束を纏ったカゲムネが、少人数の用心棒とともに、キンザンを囲んで通りを歩いてきたのが見えた。用心棒はカゲムネの他にも四人もいて、すぐに逃げられるようになのか、キンザン会長は輿を使っていなかった。普通の人斬りならまだしも、カゲムネみたいな剣気使いからしたら、輿は動かない的同然だろう。

 サンは人混みの中に隠れながらキンザンの集団を追った。すると、一本の通りに出てすぐに違和感を感じた。あの時と一緒だ。師匠を初めて見たときと同じ、通りの人の気配が薄く、気づけば人一人いなかった。

 夕焼けの朧で薄い西陽が、長屋の黒い瓦に反射していた。戸は全て閉められていて、異様な静けさが漂う。

 物陰に隠れて様子を見守っていると、先頭を歩いていたカゲムネが足を止める。他の用心棒も足を止め、あたりを見回す。キンザンは腕を袖の中に入れて、堂々とその場に立っている。四人の用心棒が刀を抜き、刃の光が反射する。カゲムネが刀を抜き、中段で構えた。カゲムネの視線の先に一人、誰かが立っている。

 漆黒の戦装束を纏った男だ。被った笠も漆黒。手に持った一本の刀が夕陽を反射して笑うように光る。

 夕黒だ。

 説明はいらなかった。その姿と纏う雰囲気だけでそれだとわかった。カゲムネが四人に顎で行けと指示し、四人は不快そうにじりじりと近づいて行く。

 突如、夕黒が走り出す格好で固まり、地面に倒れそうになる。だが、倒れることはなく、地面すれすれで飛ぶように数十歩の距離を埋め、瞬く間に四人を斬り伏せた。四人は血を流す間も無く地面に倒れ、動かなくなった。

 あの常人とは思えない動きは、間違いなく剣気によるものだった。剣気による人の動きの変化は読み取れる。カゲムネの方を見ると、同じことに懸念を抱いたのか、真剣な面持ちで張り詰めた糸のように構えを崩さない。近づけば、斬られる。物陰にいるサンですらそう思い息を殺した。

 キンザン会長、今のうちに逃げればいいのに。サンは心の中で不思議に思った。キンザンは先ほどと変わらず、むしろ夕黒の正体が明かされるのを待つかのように動かず、カゲムネと夕黒の対峙を鋭く傍観している。

 夕黒が動いたように見えた。風に揺られる柳のように危なげに。

 夕黒が地面に倒れそうなほど前傾になり、尋常ならざる速さでカゲムネに接近した。

 カゲムネが刀を閃かせ、剣気が地面を穿ち、夕黒を襲う。夕黒は跳び上がりそれを躱すと、落下の勢いそのままにカゲムネに刀を振り下ろす。

 両者の剣を凌ぎ、躱し躱されの剣術同士がぶつかり合う。

 サンから見て二人は互角のように見えた。一刀流同士の戦いはそのまま危うげな均衡を保つと思われたが、カゲムネがキンザンの方に飛び退った。

 いつ斬られたのか、カゲムネが重たそうに垂らした片腕からは血が滴っていた。カゲムネがキンザンに何かを話している。キンザンはカゲムネの肩を軽く叩くと、前に出ようとするが、それをカゲムネが引き止める。その顔は興奮と渇望の笑みに染まっていた。

「まだだ。終わっちゃおらん。夕黒! あんたには感謝しとこうかねぇ。久方ぶりに血沸き立ってるからに!」

 そう言ってカゲムネは風を纏ったかのように荒々しく夕黒に踏み込み、刀を振るう。だが、夕黒は慈悲もなくその一撃を柄で打って弾くと、無防備になったカゲムネの首に一太刀浴びせ、身を翻した。

 夕黒の背後で、カゲムネは血を吐きながら笑い、地面に崩れ落ちた。

 キンザンは貫禄あるどっしりとした立ち姿で夕黒を迎える。二人は短く言葉をやりとりし、キンザンはその場に正座した。顔には苦さを楽しむような笑みを湛えている。敗北を味わい、それを愉しむ、そんな笑みだ。

 夕黒が刀を上段に構えた。色濃くなった夕陽に身を燃やす刃は、一滴の血すら纏っていなかった。紅い光に笑う刃がキンザンの首に振り落とされ、通りが影に覆われる。太陽が山の向こうに落ちたのだった。


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