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Belief of Soul〜愛・犠の刀〜  作者: 彗暉
第三章 強さ
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十話

 それからたっぷり、亀さながらゆっくりと慎重に鞄を運んだサンは、診療所の前でぱんぱんになった腕をさすりながら扉を叩いた。診療所は三階建で、長屋との間に建てられていた。

 他の建物とは雰囲気がまったく違う。町の建物は全て木造で組み上げられ、屋根は黒い瓦だが、診療所は土壁で石も積み上げた造りで、壁は白く塗られていた。土台は四角い石造りで、木造の棟が壁から突き出して並び、屋根は山のように傾斜している。小窓と扉は蔀でも引き戸でもなく、金属製の取っ手が付いているだけだ。引くか押すかして開けるらしい。

 医者が扉を開けて手招いた。引いて開けるのか。

 鞄を持ち上げると腕が痛んだ。もうこれ以上は運べないぞ。

「そこに置いといてくれ」医者は家の奥の方に顔を向けると、「ツバキ! お客さんだ、紅茶をくれないか」と声を張った。

 奥から女性の明るく柔らかな応答が聞こえてくる。

「そこに座って待っていなさい」

 そう言われた部屋は、見たこともないものばかりだった。棚は棚でも硝子が使われていたり、扉が診療所の扉のように引いて開けるものだったり、椅子も変だ。布団で作ったのか随分と尻に優しそうだ。壁には囲炉裏が埋め込まれたようなものがあり、火を焚べるのだろう。床には上等な着物のように刺繍が施された厚みのある布が、床一面に切れ目なく敷かれている。サンは草履を脱ぐとその布の上に降り立つ。なんて足に優しいんだ。どこでも寝れるぞ。

「いやいやこれを履いてくれ」

 医者が旅籠で見た草履のような、布で作られた部屋用の履物を出してきた。

 サンは指示された椅子に座ると、沈んでしまいそうになり慌てて立ち上がる。医者は眼鏡をかけようとしていた手を止めてサンを見た。

「なにか尻に轢いたのか?」

「い、いや。沈みそうになったんです」

 医者は笑って瓜二つの椅子に沈み込むように座って、自慢そうにサンに顔を向けた。サンもそれに倣って座ってみる。なんてことだ。こんな椅子を考えた人間はどれだけ怠惰に情熱を注いだんだろう。

「そうだ、自己紹介を忘れていたな。わたしの名前はロジウス・ペイルス。こっちは妻のツバキだ」

 湯気立つこれまた見たこともない白い光沢のある杯を机の上に置く女性を見ながら、随分と若い奥さんなんだなと思いながら、聞きなれない響きの名前が耳に引っかかる。

「ロジウス・ペイルス?」

「見ての通りわたしはヴィアドラの人間じゃないんだよ。ドノハデウス地方の出身でね」サンの顔を見たロジウスはつけ加える。「バルダス帝国の近くだ。もっとも、今はバルダス帝国領だと聞くが。ここからだと南西の方角にある地だな」

 それでバルダス帝国とやらはどこにあるんだろうか。サンはロジウスの続きを待って白い杯に口をつけるのを待った。

「わからないのか?」

 説明はないの? サンはそう言い返しそうになるのを抑え込み笑ってみせる。

「なにも知らないんです。最近ここがヴィアドラって場所だってことも知ったし。文字もろくに読めないし。だけど、最近は数字とか人の名前は読めるようになってきたかな」

 サンは紅茶をすすり、香りが茶とは別のものに驚くと同時に自分がなにをしているのか気づいて勢いよく椅子から立ち上がる。二人の驚いて見上げる目を交互にみながら姿勢を正すと、頭を下げた。

「師匠を助けてくれて、ありがとうございました!」

 一瞬の間の後、ロジウスは笑った。ツバキはその様子をみてサンに優しく微笑む。

「当然のことをしただけだ、わたしは医者だぞ。それにカシには借りがあったしな」ロジウスは優しく懐かしむように微笑む。「だが金は払ってもらう」

 ロジウスの笑いの中にぽろっと紛れたその言葉に、サンは自分の笑顔が冷めていないか心配になった。


 ロジウスの借りと言うのは、まだヴィアドラに流れ着いて間もないことの事だったそうだ。

 蒼龍ノ國(そうりゅうのくに)に流れ着くも、異人であるロジウスは受け入れてもらえず放浪し、四國(よんこく)のしがらみに縛られない――実際は四國(よんこく)に所属できないようなあぶれ者達が流れ着く場所――無色(むしき)にやってきたのだという。

 その中で一番大きいここ港町に腰を据えることに決めたロジウスは、診療所を開くことにした。その開くまでの間には色々な面倒ごとや争い事があったらしく、その時期にカシと出会い、無色(むしき)の生き方を教え、守ってくれたカシに借りがある。と、言うことらしく、なんとそれはかれこれ二十年も前のことらしかった。

「それで、ようやく今日借りを返したってわけでね。今日は安眠だよ」

「あらあら、わたしが毎朝起こしているのはどこの殿方でしたか」ツバキがくすくすと笑う。

 師匠には色々な過去があるのか。俺は師匠のなにも知らない気がする。実際なにも知らないのかも。

「あの方は本物のモノノフでございます。借りなどと思ってはおられませんよ」

「師匠が烈刀士(れっとうし)ってこと?」サンは紅茶をかき回すツバキに尋ねる。

 ロジウスが笑う。

「それならわたしも烈刀士だな」そう言ったロジウスは、ツバキの真面目な顔を見て笑いを引っ込めた。

「己をそう仰る方に、ろくな方はいませんよ」

「その通り」ロジウスは一息おくと真面目な顔でサンを見る。「モノノフは守るために戦う者のことだ。あいつはモノノフだ。この町を守り愛している」

 そしてロジウスは紅茶を机に置くと膝を叩いた。

「それでだ。カシの傷が癒えるまでここにいなさい。もちろん師匠のカシも一緒にな。そのほうがなにかあった時に安心だろうからな。あいつのことだから他に頼れる人間もいないだろ。どうだ、いそうか?」

 サンはさっと思い返すが、なにも記憶に引っかからなかった。

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