ただの剣士でも剣は持つ。
みんな、バカだと思う。
高校受験がどうとかで必死こいて勉強して、部活の大会がどうとかで泥だらけになって練習して。
全て社会の決まり事に沿って掌の上で走らされてるネズミみたいだって、誰も思っちゃいない。
そうゆうことを考えられる俺がバカじゃないって思うかというと、俺もバカだと思う。
こんなことを考えられるからって、人生楽しい訳じゃない。
みんなの行動がとても虚ろに見えて、それを見ている俺自身も虚ろに見えて。
何も楽しくない。面白くない。つまらない。バカみたい。
俺、吉澤裕太にはそんな負の感情が渦巻いていた。
「さあみんな、今日は転校生が来るって話聞いてるか?」
担任の佐藤先生が俺たち生徒に話しかける。
(転校生…どうせそこらの奴らとキャッキャキャッキャして楽しめるバカなんだろうな…)
そう考えている俺をよそに、周りは…
「転校生〜?どんな子だろ〜」
「子って…女子って決めつけんなよ」
「決めつけてないし〜」
とかざわざわ話をしていた。
「入っていいぞ」
ガラガラ…
「えっ!?イケメンじゃない?」
「うわーかわいい女子じゃねえのかよー?」
先生の指示に従って入ってきたのは、顔立ちの整った、背の高めの、俗に言う『イケメン』だった。
それもただかっこいいだけではない。本当にアイドルにいそうなかっこよさだった。
(これは………これから一週間は女子たちのヒソヒソ声を聞かされることになりそうだ…)
俺は、転校生を見ながらそんなことを思っていた。
さてと…どんな風な自己紹介をするか…。
前、心理学の本を読んだ時、人間の第一印象は、五割が顔やスタイルなどの視覚情報、四割が声などの聴覚情報、そして話した内容などはたったの一割しかない、という割合で印象づけられるという内容を読んだ。
(それが本当ならもう五割は好印象だな…)
そう考えていると、転校生は口を開いた。
「……えっと…どうも名前は…えっと”ホンマカイナ“です」
…ほんま…かい…な?
「え?」
「は?」
「いやそれ…」
「「ホンマかいな!?」」
関西人でもないのに俺以外のクラス全員が口を揃えて叫んだ。…俺も驚いたが。
クラス中の人間の頭上に『!?』が浮かんでいるように見える。
(にしても”ホンマ“の苗字に”カイナ“って名前…親テンション高すぎだろ…親たちもバカなんだろうな…。いや、激しくバカだ)
最近流行りのキラキラネームでもないのにここまでいじめられそうな名前があるものだろうか…。
転校生は先程から変わらぬ顔で
「えっと…こう書きます…あ、黒板いいですか?」
と言い、先生の了承を得たので黒板に『本間海那』と書いた。
どうやら冗談の可能性は潰えたらしい。
転校生の自己紹介は続く。
「えっと、田舎の学校から転校してきたんで…わからないこととか多いと思うんですけど…その…よろしくお願いします」
なんとも名前以外は普通の奴だ…。そう思っていた次の瞬間…
「あ、それと、俺、剣道やっているっていうか、剣士です。よろしくお願いします…」
と発言した。
は?
俺は困惑した。
剣士って…剣道やっているって事を言っているのであればそんなかっこいい言葉使わなくてもいいはずだ。
周りも多少困惑を見せていた。
「剣士…?」
「厨二病ってやつ?」
「普通に剣道やってるってだけでしょ…自分でも言ってたし」
周りはそれで納得するらしい。
しかし俺はどうしても気になった。
剣道をしている、というくだりを言い直したのだから、何かある気がした。
(少し聞いてみるか…)
俺は何となく興味を持った。
その事が、俺の人生を変えてしまうきっかけの一つだった。
「本間君!」
放課後、家に帰ろうとしている本間海那を捕まえた。
「僕、吉澤裕太。同じクラスの」
俺は、いつも他人と話すときには『僕』という一人称を使っている。
それと同時に、なんとなく優しい印象を受けるであろう口調で話す。
その方が目立たなそうだし、印象も少しは良くなるだろうと考えるからだ。
安易なのは自分でもわかっている。
「えっと…吉澤…………『裕太』って呼んで良い?俺の事も『海那』って呼んでほしいかな…」
(普通それ転校生側から言わねえだろ)
俺はそう思いながらも
「良いよ、海那。えっと…自己紹介の事なんだけど…」
どうやら家のある方向が同じらしい俺たちは、歩きながら話を始めた。
「剣士って剣道やってるって意味なんだよね」
「んーと…まあ…そんな感じ」
やはり何かある…。
「上手いの?」
自分でもこんな発言おかしいと理解しているが、海那の秘密らしき事には興味がある。
他のバカな奴らにはない何かを持っている気がする。
「…上手いよ」
海那は何故か神妙な顔つきで答えた。
そんな会話をしながら、俺たちは帰宅路の途中の橋まで来ていた。
…その時、後ろの方からドタバタと足音が聞こえた。
「何?」
俺は後ろを振り向きながら言った。
そして、左側から海那の声が聞こえた。
「やべ…見つかったわ…」
「みつ…か…た?」
俺は訳が分からず海那に聞いた。
「逃げるぞっ!!!」
海那は声を上げ、俺の手を引っ張った。
「え?…えぇぇぇ!?」
俺は本当に訳が分からなくなった。
追手をよく見ると、黒いスーツ姿の男達がものすごい勢いで追ってきている。三人だ。
そして、その男達がスーツの中に手を入れた。
映画やドラマなんかでよく見るその行動に、俺は男達がスーツから取り出そうとしているものを直感した。
「おい…おいおいおいおいおいおい!?」
案の定、男達が取り出したのは拳銃だった。
そして、なんの迷いも見せず発砲する。
パン!パン!パン!
3発目の玉が俺の耳のすぐ横を通って走り去っていった時、俺は海那に叫んだ。
「ちょ!ちょっと待て!?お前何した?何したんだ!?どうしてあんなのに追われてんだ!?」
「俺は悪くねえよ?」
「はぁ?」
「俺、剣道…つーか剣士やってるっつったろ?」
「言ってたな!」
「俺の師匠が多額の借金抱えててさ。」
「借金?」
「借りた相手が悪くて…。その…地域を牛耳ってたマフィアだったんだ」
「そ…それがあいつら?」
「そ。で、師匠は借金を俺に押し付けて逃げた」
「師匠最悪じゃねえか!!!!」
俺は『友達』用の偽りの口調を忘れて叫んだ。
「お前剣士って言ってたよな!?剣道やってるっていう発言からわざわざ言い直したって事はそれなりに何かあるんだよな!?」
間髪入れずに二つの確認を叫んだ俺に返ってきた答えは、こういったものだった。
「まあ、あいつらを倒せるぐらいには…」
「じゃあ頼…」
「でも剣がないんだよねぇ」
「……」
「竹刀とかあっても、竹刀じゃあいつら倒せんでしょ」
「でも真剣は持ってないんだよね?」
「いや、持ってたら銃刀法違反で捕まっちゃうだろ!?」
確かに…。ていうかそこで怒るなよ…。
よく考えれば今の俺は少し冷静でなくなっている。
いや、そもそもこの状況で『冷静でなくなっている』という思考を得られる事自体が奇跡であると言える。
いや、そもそもそもそんな思考を得られたところでこの危機的状況を打開する事は不可能であり…
「ちょっと待って」
「何?」
「別に僕逃げなくてよくない?なんも関係ないし」
「ごめん。多分俺が無理矢理一緒に逃げさせたからお前も標的だわぁ」
終わった。
そして、ちょうどその時放たれた銃弾が、俺の髪の毛を数本さらった。
「ひいぃ!?」
俺は情けない声を上げるが、別に死ぬのだから関係ない。
「これ振り切るの無理だわ…」
全力疾走しながらも海那は言った。
「じゃあ…もう…無理…?」
「逃げるのは無理だな」
終わった、と再認識する………と。
「…奥義があるんだ」
は?オウ…ギ?
「剣がない状況でも戦えるようって、代々受け継がれてきた奥義が」
「そんな剣道の技…あんの?」
「お前…俺が言ってたのが『ただの剣道』じゃないかもって思ったから近づいて来たんだろ?」
そういえばそうだった。
「ほんとは見られちゃいけねえけど、間違ってお前も連れて来ちゃったし…死ぬよりいいか」
独り言だったのだろう。
海那は呟いて、足を止めた。
俺は海那が止まった時に勢いが止まらずつまづいてしまった。
「海那…?」
「まあここで死んだら…師匠に復讐できねえからなぁ!!」
そう叫んで海那は右手を空を切るように右へ伸ばした。
その瞬間、信じられない事が起こった。
風が激しく吹いてくる。
その風が海那の右手に集まっていくのが目に見えるようにわかる。
そして、だんだんとできあげっていく…………………………『剣』。
少し空色を含んだ、透明な十字。
二匹の蛇が絡まりあって、太陽を見上げている意匠が施された、確かに実体と質量を持っているように見える、剣だった。
それに動揺したのであろうスーツ姿の男たちは、銃の先を海那に向ける。
そして、発砲。二発。
海那はきっと目を細め、そして………剣を振った。
銃弾だったもの二つが、真っ直ぐな断面を与えられ、飛んだ。
飛んで…飛んで…ものすごい速さで飛んで…そして俺の真上の松ぼっくりを持つ松の木に当たった。
折れた枝も少し押されて、そこに実った松ぼっくりは…
「ぶごっ!?」
俺に落ちた。数個。
海那はあっけにとられているスーツの男達に銃弾と見紛う速さで近づき、スーツの男全三人の腕を切った。
狙ってやった事だろう、腕は落ちなかった。
しかし切られた箇所からは赤い花が激しく咲き乱れ、男達の足元のコンクリートを一人ずつ半径二メートルほどをまばらに染めた。
そして、男達は倒れた。………死んだ?
「……」
俺はひどい顔をしていただろう。
声が出なかった。
人が切られる所、というのは初めて見た。
「裕太…一応死なない程度になってる。今すぐこいつらを人目のつかないところへ持ってくぞ」
海那はそういった。
「でも、出血多量で…」
「一応包帯の処理は今する。治療はこいつらの仲間がやってくれる」
そういって海那は包帯を取り出した。
「そんなの持ってるのかよ!?」
やっと出た声はそれだった。
「ほら、手伝えよ、命救ったんだぞ」
「お前のせいで死にそうになったんだよ…」
俺の言葉は聞こえていないようだった。
なにもかもが過ぎた後、俺と海那はまたあの橋にいた。
「君本当になんなの…」
俺は海那に言った。
「…剣士」
「でも剣を持ってないんだもんねぇ…」
「誰にも言うなよ?マジで」
「とりあえず警察に通…」
「やめろって言ってんだろ」
そんな会話をしながら、俺たちは帰宅路を進んだ。
果たして俺がこいつに声をかけたのは正しい事だったのだろうか?
ただ一つわかっているのは…
本間海那が今まで続いてきた俺の人生を転校初日にひん曲げるという最恐のスキルを持っている、という事だ。