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ビアンカは王都のはずれにある森の中で伸びをしていました。
今日は久しぶりの休日です。
昨日もビアンカは小人の名前を当てる事が出来ませんでした。困り果てたあげく、女性名まで出したので、またもや小人に大笑いされる結果になってしまったのです。
小人の名前を他人に聞いたらあの小人は気分を害するだろうか、と考えます。
でもそれはいけません。そうすれば、小人と会った事を内緒にするという彼との約束を破る事になってしまうのです。そしてそれは誠実ではありません。
だとしたらビアンカ自身で考えなくてはいけません。
考えながら散歩をしていると悲しそうな男の声が聞こえてきました。
「ああ! おかわいそうなルンペルシュティルツヒェン様!」
突然変な言葉が聞こえ、ビアンカは驚いて足を止めました。
そこにいたのは貴族の装いをした男と、あの小人がいました。男が天を仰ぐ格好をしているので、先ほどの言葉は彼が言ったのでしょう。
小人はそんな男に向かって、呆れ返ったようにため息をつきます。
「……何をやっているんだ」
「だってもしかしたら『白の娘』様がここに来るかもしれないではないですか。『白の娘』様にあなた様の名前を教えて差し上げているのです」
『白の娘』とはなんでしょう。ビアンカにはさっぱり分かりません。
「大体、ルンペルシュティルツヒェン様だって助けて欲しくないと思っているわけではないのでしょう? 『白の娘』様と賭けをしていると楽しそうに言っていたではありませんか」
「黙れ。なんにしても今日は忙しい。もしもの時のために彼女の部屋は用意しておけ」
「おお! 『白の娘』様をお迎えになるのですね」
「どのような結果になろうとも、な」
小人は不敵に唇の端をあげます。そうして貴族の男を連れて奥へ歩いていきました。
今のはなんなのでしょう。小人と貴族の男はビアンカの話をしていたのでしょうか。
確かにビアンカの名前の意味は『白』です。白くつややかな肌をした彼女を見て、すぐに母が名付けてくれた、とビアンカはいつも父から聞いています。そしてそれが嘘や膨張ではない事は母から聞いています。
だからと言って、自分は『白の娘』などと呼ばれているわけではありません。もしかしたら自慢好きの父が広めた二つ名なのかもしれませんが、ビアンカは聞いた事もありません。
それでも一つだけ確実な事がありました。
ビアンカは小人の名前を知ったのです。
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「さあ、私の名前は?」
小人はいつもと同じようにビアンカに優しく問いかけます。
「ヘンゼルかしら?」
小人は首を横に振ります。
「だったらヨハネス?」
小人はやはり首を横に振ります。
「あと一回だよ。答えられなければ、今すぐ君を連れて行く」
小人は楽しそうにそう言います。でもその目の奥にはどこか寂しそうな光が見えます。あの貴族の男の言う通り、小人は何かから助けて欲しいのでしょう。
ビアンカはごくりとつばを飲みます。そうして小人の目をしっかりと見つめました。
「あなたの名前は……『ルンペルシュティルツヒェン』ですね」
ビアンカがそう言った途端、お城の中がまばゆい光に包まれました。