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その日の仕事が終わり、使用人の部屋に帰ると、小さな椅子に小人がちょこんと座っていました。
「こんばんは、ビアンカさん」
小人はビアンカを見ると優しそうに笑います。
最後に会ってからちょうど一ヶ月。約束通り小人はビアンカの前に現れてくれたのです。
「小人さん!」
嬉しくなって駆け寄ると、小人は楽しそうに笑い、ビアンカの頭をなでてくれました。
でも、それもただ一時の事。小人はビアンカの荒れた手を見て眉をひそめます。
「下働きにしたのか。……警告したのに聞かなかったみたいだな」
小人が何を言ったのかビアンカには聞こえませんでしたが、その明らかに怒っているとわかる鋭い瞳が怖くてつい後ずさりをしてしまいます。
「こ、小人さん?」
その怯えた声で、小人はビアンカが怖がっている事に気づきました。
「ごめんね。王様は酷いことをするな、と思ったらつい……ね」
それでも小人の目は笑っていません。
「だ、大丈夫。お仕事は大変だけど、慣れればいいんだから。それより……」
ビアンカは、うつろな目をして機械的に働く同僚の事を話しました。すると、小人の目がさらに怒りに満ちます。
「王様はとっても悪いやつなんだろうね」
「わからないわ。あんまり会った事ないから」
王様を悪く言わないビアンカに、小人は苦笑いします。
「そうか。それより、私の名前は分かったかい?」
「……え?」
ぽかんとするビアンカに小人は呆れたように苦笑します。
「忘れてたんだね?」
図星を突かれてビアンカの顔が赤くなります。
ごめんなさい、とあやまると、小人は楽しそうに笑います。
「仕方がないね、九回までなら答えていいよ。私は今日から三日間来るからね。一日三回。どう?」
「あ、ありがとうございます!」
今日は即興でもいい、という事だったのでビアンカは考え込みました。
今日はまだ一日目。回数はまだたっぷりあります。
「えーっと、じゃあ『ジャック』とか?」
最初の答えに小人は首を横に振ります。どうやら外れてしまったようです。
「普通の名前じゃないのかな? 動物の名前とか? 『ヤギ』とか?」
「そこで何故その動物を選んだ!? ヒゲか! ヒゲなのか!?」
これも違うようです。
「……実は『タダノコビト』っていうのが名前とか?」
「そんなわけがないだろう!」
ビアンカの言葉に小人はお腹を抱えて大笑いします。
でもこれで九つのうち、三つの答えは言ってしまったのです。
「じゃあ明日を楽しみにしているからね」
小人はそう言って前と同じように窓からするりと出て行きました。