おまけ
ルドルフは自分の部屋の窓から幸せそうに騒ぐ国民達を見ていました。
後ろでは召使いが呆れた声で彼を呼んでいます。
「王様、はやく衣装部屋に行って着替えて下さい。今日が一体何の日か分かっているんですか?」
この召使いは、昔、ルドルフの乳母をしていただけあって、ものすごく発言力があるのです。
「ビアンカは?」
「お妃様ならとっくに支度を終えていますよ! あとは王様の支度だけです。まさか今頃になってマリッジブルーなのですか?」
そうではありません。庶民の娘と結婚なんて、と渋る貴族達に今までの事を説明し、妃は国を救ってくれた彼女が一番相応しいと必死に説得したルドルフに、この日をブルーに思う理由などありません。
ルドルフが考えていたのは今までの一年のことでした。
寝ている間に毛むくじゃらの小人に変身させられた時のあの絶望感をルドルフは一生忘れられないでしょう。おまけに相手は怪しい怪物なのです。
勝ち誇って笑う怪物を見て、こんな奴に負けたのか、と悔しく思った気持ちは昨日のように思い出されます。
おまけに、従者以外の誰にも自分だと信じてもらえず、絶望して森の奥深くに身を隠したルドルフをいいことに、怪物はずっと王国を支配していたのです。ビアンカの話では、使用人は怪物に逆らうことのないように、あれに操られていたのでしょう。
その絶望から救ってくれたビアンカには感謝してもしきれません。
ビアンカに会ったのはまったくの偶然でした。
自分の城が心配で様子を見に行った時——ルドルフはよくそういう事をしていました——泣き声が聞こえ、気になって見てみたら、わらの山の中で美しい女の子が心底絶望した様子で泣いていたのです。それがビアンカでした。
その美しさにひかれ、ルドルフはついついビアンカに声をかけてくれたのです。
最初はこんな怪しい小人などが話しかけたら驚いて逃げてしまうのではないか、と思っていたのですが、彼女は元々素直な性格をしていたのか、全く警戒するそぶりもなく話をしてくれるビアンカに、ルドルフは一瞬でとりこになったのでした。それで、これがあの怪物の罠だと分かっていながらも、わらを金の糸につむいであげたのでした。とは言っても従者が影から怪物に知られないように動いてくれていたらしいのですが。
「……様? 王様!?」
懐かしい回想をしていると、耳元で召使いの怒った声がします。
「な、何だ?」
「お妃様が待ちくたびれてこちらに来ていますが、通してもよろしいですか?」
「よろしくない! すぐ着替える!」
慌てて衣装部屋に飛んでいくルドルフの後ろで、召使いがため息をつく声が聞こえます。
急いで着替えて部屋に戻ると、目の前にビアンカが立っていました。
その名にふさわしい、純白のドレスを着て。
ルドルフは嬉しさのあまり、ビアンカを抱きしめます。
「ル、ルドルフさま……、ドレスがしわになっちゃいます!」
それは大変です。ルドルフは小さく笑いながら、手を離しました。でも何だか物足りなくてビアンカの頭をいつものようになでます。ビアンカがくすぐったそうに笑いました。
「ルドルフさま、何かあったんですか?」
「ああ。あの一年間の事を考えていた」
「……そうですか」
それだけ言って、それ以上は何も聞かない。その優しさが、ルドルフには嬉しいものでした。
ルドルフは優しくビアンカに手を差し出しました。
「行こうか。国民達が待っている」
この国の王族の結婚式はお城の庭で、国民たちの前で行われるのです。
ビアンカは嬉しそうにうなずいてルドルフの手を取りました。
二人で手をつなぎながら中庭に出ます。そこにいたみんなが新しいお妃様を大きな歓声で迎えてくれました。
そして太陽も、二人を祝福するように黄金に輝いていたのでした。