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「どこへ行くんだ? ビアンカ」
いつも通りの優しい声にビアンカはつい足を止めてしまいます。
「私はお暇をいただきます。王様、お元気で」
ビアンカはそう言ってルドルフに頭を下げました。これ以上いると未練でいっぱいになってしまいそうです。
「待て!」
なのに、ルドルフは出て行こうとするビアンカの腕を掴みます。
「『白の娘』ビアンカ、あなたにはすべてを説明しなければいけない。座って」
ルドルフがそう命じると、使用人はてきぱきとお茶の用意をして、ふかふかの椅子にビアンカを案内しました。
「あ、あの……」
「お妃様、どうぞごゆっくり」
「へ?」
「王様、頑張って下さい」
「ああ! 頑張るよ!」
そう言って召使い達は二人を残して部屋から去っていきました。何が何だか分かりません。とりあえず妙に機嫌のいいルドルフにすすめられるまま、お茶を飲み、お菓子を食べます。
その間にルドルフが話してくれた事はビアンカが到底信じられない話でした。
一年前、変に知恵をつけた怪物が、王国を支配しようと、呪いを使って王であるルドルフを小人の姿に変え、おまけに名前も、本来の『ルドルフ』から『ルンペルシュティルツヒェン』に変てしまったというのです。
そして怪物はルドルフに『「白」の名を持つ娘がお前の名前を呼んでくれたら、お前の呪いは解けるだろう。そのかわり、事前に彼女に名前を教えて呼んでもらう事は許さん』と言い残したのだそうです。
それで、本物の王様だと召使い達に信じてもらえなくなったルドルフは、仕方なく幼なじみの従者と一緒に森の奥に隠れ住んでいたそうなのです。
自分の知らない所で変な事件に巻き込まれてしまっていたビアンカは笑うしかありません。
だったら従者が森で名前を呼んでいたのはなんだったのか、と尋ねると、ルドルフは目を見開きます。まさかそんな幸運が起こっていたなど、今の今まで気づかなかったと言います。
そして驚いた事に、この国の王様とその子供は、物を金に変える力が備わっているというのです。だから、それを知った怪物はルドルフを金を生み出す奴隷として自分に仕えさせようと探しまわっていたのだとか。
「あなたを巻き込んでしまった事は悪かったと思っている。申し訳ない事をした。どうお詫びしてもすまされないだろう」
ルドルフはそう言って頭を下げました。まさか王様に頭を下げられるとは思っていなかったビアンカは慌てます。
「か、顔を上げて下さい。私は怒ってなんかいませんから!」
「優しいな、あなたは」
ルドルフはそう言っていつものようにビアンカの頭をなでてくれます。
「それで、私は家に帰るのでしょうか」
「まさか」
即答で否定され、ビアンカは固まります。
「え、でも私の役目は終わって……」
「その事なんだが」
ルドルフは悪戯っぽい笑みを浮かべます。
「我が王国を救ってくれたあなたには感謝してもしきれない。それであなたに、お礼として女性として最高の位をあげようと思っているのだが」
それはどういう事でしょう。ビアンカはぽかんとします。ルドルフはそんなビアンカの姿を見て小さく笑いました。
「言い方を変えようか。あの怪物の策略に巻き込まれた少女を一目見た時から、私は彼女が気になって仕方がないんだ」
「え?」
「えっと……。だ、だから、『私と結婚してくれないか?』」
思いがけない発言にビアンカは目を見開きます。でもルドルフの表情は真剣で、顔も真っ赤。とても嘘を言っているようには思えません。
それに、もし名前を当てられなければ彼の妻になるという約束を素晴らしいものだと思ってしまうほど、ビアンカも彼にひかれていたのです。
「私でよければ喜んで、『ルドルフさま』」
そう言ってビアンカはゆっくりと彼の手を取りました。
ルドルフは一瞬驚いた顔をしましたが、嬉しそうな顔をして、ビアンカをぎゅうっと抱きしめました。
こうして王様と新しいお妃様は結婚して末永く幸せに暮らしましたとさ。
もしも、王様が怪物が化けた偽物だったら。
もしも、ルンペルシュティルツヒェンが本物の王様だったら。