10
「ぐああああああーーーーーー!」
どこからか断末魔のような恐ろしい声が響いてきます。ビアンカは何が何だか分からず戸惑っていました。
「ビアンカ! 伏せて!」
小人の声がします。ビアンカは反射的にそれに従いました。
次の瞬間、ビアンカの部屋の扉が粉々に砕けました。
「おのれ! おのれルドルフ!」
そして城中に響き渡るような大声が聞こえてきました。この声は王様の声です。なのに、目の前にいたのは怪物の姿でした。
「ば、ばけもの……」
ビアンカはただ震える事しか出来ません。
「私の城で、よくも一年もの間、好き勝手してくれたな」
ビアンカの横で、冷たいが、どこか威厳のある声が聞こえてきました。その声は怒りに震えています。
隣を見ると、小人ではなく、美しい装いをした見目麗しい青年が剣を構えて立っていました。剣の切っ先は化け物に向いています。
「あ、あなたは?」
「私の名はルドルフ、この国の本当の王だ」
思わぬ返答にビアンカは目を見開きます。
「長き呪いから私を救ってくれて感謝する、ビアンカ嬢」
そう言って優しく微笑む姿は小人の時と同じです。当然でしょう。二人は同一人物なのですから。
「おのれ! 悪魔がお前に味方したようだな。でもそうはいかん! 貴様の目の前で『白の娘』を切り裂いてやる!」
怪物はそう言ってビアンカに向かってきます。ビアンカはただ悲鳴を上げる事しか出来ません。
「動くな」
ですが、ルドルフは素早く動き、怪物の喉に剣の切っ先をぴたりとあてました。
「く!」
「手紙で告げたはずだ。私のビアンカを傷つけようとしたらお前は金の延べ棒になる、と」
その瞬間、怪物の周りが美しい光に包まれます。
光が収まると、そこには金の延べ棒が一本置いてありました。
ルドルフはその延べ棒を持ってすたすたと入り口に歩いていきます。ついて来るように言われ、ビアンカもそれに続きます。
ルドルフは大きな部屋の扉を開け、中に入っていきました。
そうして暖炉の中に先ほどの延べ棒を放り込みます。
暖炉の中から恐ろしい悲鳴が聞こえてきましたが、それもすぐにやんでしまいました。
それをルドルフは冷たい目で見つめています。
「終わったか」
悲鳴がやむとルドルフは興味を失ったように暖炉から目をそらします。
あたりが騒がしくなってきました。次の瞬間、扉が開いて、ビアンカが一ヶ月前から一緒に働いている同僚や、お城の侍女達が入ってきました。いつもと違い、その目は生き生きとしています。きっとこれが本来の姿なのでしょう。
「王様!」
「お前達!」
ルドルフは目に涙を浮かべ、お城の召使い達と無事を喜び合います。そこにビアンカの居場所はありません。
ビアンカはそっと部屋から出て行こうと、ドアの取っ手に手をかけました。