2話 商人ギルド
ここの街並みを一言で表すならば、中世ヨーロッパ風が一番しっくりくる。
石畳の道。石造りの家々。田んぼや畑一つない街並み。街を断絶するかのように流れる大きな運河には、ポツポツと人を運んでいる舟が見える。街を歩く人の多くは軽装だが、重そうな防具を着てる人、剣や杖などを持っている人がチラホラと見える。
街の中心部にはひときわ高い塔があり、異彩を放っている。塔のてっぺんには大きな時計がついている。時計台だろうか? 短い針は二時を指している。
この世界観に加えて魔法などがあれば、俺がイメージするファンタジー世界そのものだろう。
「この世界に魔法ってあるのか?」
俺は一人の少女に話しかける。苦しんでいた俺を助けてくれた恩人であり、この世界で初めて知り合った人物だ。名前はツバキ。
「あるよ。……はっ!」
--ぼっ
小さな音と共に、ツバキの手の上に小さな火の玉が出現する。
「おぉー、凄いな。今度魔法の使い方教えてくれよ」
「ははは……頼ってくれてるところ悪いんだけど、僕も魔法は苦手であんまり使えないんだ。剣で戦うの得意なんだけどね。だからほかの人に頼んだ方がいいよ」
ツバキは苦笑いを浮かべながら言った。ツバキの言葉に俺は合点がいった。ツバキは後方支援より前線で戦っている方がイメージが合うからだ。
「じゃあ今度、剣技とか教えてくれよ」
「うん、いいよ」
「約束だからな」
それから、しばらく他愛のない話をしながら歩いているとあっという間に目的地に到着した。そこは時計台だと俺が思っていた場所だった。遠くから見えた時も大きいなぁーとは思っていたが近くで見たら予想以上の大きさだった。
俺とツバキは時計台の近くにある石造りの大きな建物の中に入る。ツバキが言うにはここがギルド本部らしい。
「おぉー、ファンタジーっぽい」
入ってすぐに見えてきたのは受け付けだ。細長い机が横に伸びている。その机越しに等間隔で受付嬢と思われる女性が座っている。どの女性も清楚で落ち着いた雰囲気があり、美人だ。
右を見るとオシャレなバーがあった。カウンター席の向かい側にマスターらしき人物がいる。その奥の棚には大量のお酒が並んでいる。お客さんがたくさんいる割にお酒を飲んでいる人がいないところを見ると、昼は飯屋、夜はバーになるのだろうか?
「なにボーッとしてるの? タッキー置いていくよ?」
そう言うと『冒険者登録受け付け』と書かれた吊り看板がある場所に向かってツバキは歩き出した。
「タッキーってなんだよ」
「たつきだと言いずらいから、タッキーって呼ぶことにした。それに友達だったらあだ名で呼ぶの普通じゃない?」
「お、おう。そ、そんなことよりツバキもギルドに用があるって言ってたけど、なんの用事なんだ?」
堂々と友達宣言されたことに照れた俺は話題を変えることにした。
「あれ、もしかして照れてるの? 可愛いなー」
「あー、そうだ照れてる。照れてるよ! 友達って言われて嬉しかったからな! 悪いか」
「ううん、全然悪くないよ。僕も友達が出来て嬉しいもん」
ツバキははにかんだ笑顔で笑った。当たり前ではあるが、この世界には知り合いはいない。あのまま一人でいたら孤独死していたかもしれない。だから俺も友達が出来たことは嬉しく感じた。
「それで用事ってなんだ?」
「あー、うん。僕も十八歳になったから登録に来たの。つまりタッキーと目的は同じだよ」
「え、お前十八歳だったのか? てっきり年下だと思ってたよ」
だって身長は低いし、喋り方は子供っぽいし、ある部分は断崖絶壁だし……
まさか同い年とは思わなかった。
「む、失礼な。どこからどう見ても大人でしょ? ちゃんと毛も生えてるよ!」
それがどこの毛を差しているか聞かないことにしよう。そうしよう。
「すいません。登録をしにきました」
受付前で立ち話をしていたら邪魔になりそうなので、俺は立ち話を中断して受付嬢に話しかける。ウェーブのかかった白髪で、巨乳のお姉さんだ。
「ようこそ、商人ギルドへ。私の名前はラムエルです。階級は天使です」
「階級? 天使に階級なんてあるんですか?」
「ありますよ。天使社会は階級社会ですから。階級には上位、中位、下位とあり、天使である私は下位に属します」
そう言えばアズエルも階級について愚痴ってた気がする。話長くてほとんど聞き流してたけど。
「天使も大変なんですね」
「そうなんですよ! 毎日のようにセクハラされたりで……あ、すいません。愚痴なんて聞きたくないですよね」
「はい! 僕は聞きたいふぎゃー! タッキー何するの!」
俺はツバキの頭にチョップする。天使の愚痴はもうこりごりだ。
「ここで天使様が愚痴を言ったら、後で上司に怒られるんだぞ。ですよね、ラムエルさん?」
「あ、確かに……」
ラムエルは左手を皿にして右手でポンッと叩く。天使は変なやつばっかりなのか?
「……なら諦める」
ツバキは残念そうにうなだれる。あとでアズエルに聞いた愚痴を教えてやるか……と思ったけど内容覚えてないから無理だな、うん。
「それでは説明に入りますね」
ラムエルは気を取り直し、仕事モードに戻る。
「ここのギルドでは依頼を出すことができ、出された依頼はクエストとして受けることが出来ます。クエストを達成すれば報酬を貰えます」
ラムエルは一旦言葉を止めて引き出しから一枚の紙を取り出し、渡してきた。
「クエストには難易度が設定されます。高い順からS、A、B、C、Dとあります。当然ですが、難易度が高ければ高いほど危険性が高いので、こちらから受けるのに条件を二つ付けています」
「条件?」
「一つ目は上の難易度を受けるためには下位のクエストを一定数クリアする必要があります」
「それはつまり、Dを数十回クリアしないとCのクエストは受けられないってことですか?」
「その認識で間違いないです。詳しくは先ほど渡した紙に書いてあります」
なるほど、身の丈に合わないクエストを受けて死ぬ人を減らすための制度か。考えられてるな。
「二つ目は、冒険者登録していない人はクエストを受けられません」
「当然といえば当然ですね」
「ということで、今から冒険者登録を始めますね。まずは鑑定を行います。場所を移動するのでついてきてください」
そう言うとラムエルは立ち上がり、歩き出す。俺とツバキはラムエルのあとを追う。少し歩き、ラムエルは小部屋の前で足を止める。どうやら目的の場所に着いたらしい。
「鑑定は一人ずつ行います。個人情報保護のため、部屋に入れるのひとりだけです」
先行後攻を決めるジャンケンに勝った俺は先に小部屋に入った。