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犯罪者の慚愧  作者: 井澤文生
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序章の序章

「そうだなあ、まずはアイちゃんに説明してもらおうか。どうやって、深井尊が死んだと分かったのかな?」

 母はソファーに座る真っ白ちゃんを睨みつけながら聞いた。

「うーん、それを説明すると知らない人達が混乱すると思います。始めから順を追って説明するべきかと」

「つまり?」

「深井尊がどうやって死んだのか。発見した時の様子をお願いします、ママ」

 そして真っ白ちゃんはまた八重歯を見せて笑った。母は少しの間考えてから、説明をし始めた。

「第一発見者は深井尊の四男、深井毅。家に入ると部屋は荒らされていて、居間へ行くと深井尊が首を吊っていた。急いで降ろそうとしたが、諦めたらしい。誰がどう見たって、あの人は死んでいたそうだ。

 今日は、親戚の集まりがあってね。警察には連絡せず、まずそろそろ集まってくるであろう親戚達を待つ事にしたそうだ。それでみんなが集まって、冷静に考えたのさ。みんなでね。そしたら或る事に気付いたんだ。深井尊が首を吊った高さが、異常に高かったんだ。彼の足元に台が置かれていたんだけど、その台とつま先は十センチ程離れていた。台から十センチも離れているのに、どうやって首を吊ると云うのさ? みんな同じ結論になったよ。深井尊は何者かに殺された、とね。

 そこでまず疑われたのは四男の深井毅。だが、彼には深井尊を殺す動機がなかった。例え自分の父親を殺したとしても、当主の座は当然長男へ行く。それに四男は父親と仲が良かった。父親が死んだと知って、他の親戚と同じ様にあからさまに悲しそうな顔をした訳じゃない。只ずっと呆然とした顔をしながら、ひたすら神に祈っていたよ。魂がどこかに行ってしまったかの様にね——魂がどこかに行ったのは彼の父親なのだけど。

 それに彼は右足を骨折していた。その他にも色々理由はあるが、云う必要はないかな。私達は結論付けた。深井尊の四男、深井毅は犯人ではない。

 そこで次に疑われたのは、家に侵入して来た奴だ。つまりは強盗野郎だ。

 テーブルの上に睡眠薬とお茶の入ったコップが置かれていてね。強盗野郎がその睡眠薬をお義父さんに飲ませて、その後に自殺と見せかけて殺したのでは、という話になった。でも物が壊されたり、荒らされているだけで、何も盗まれていなかった。

 どういう事だろうとみんなで悩んでいた所、世から電話が来て、今に至る。こういう所だね。じゃあ、説明してくれるかな? アイちゃん」

 説明し終わった母は、前のめりになり、テーブルの上に肘を乗せた。

「良いですよ。でもその前に、一つだけ質問をしても?」

 左手の人差し指を出して真っ白ちゃんは云った。母は頷いて、

「どうぞ、何なりと」

 と満足した顔で云った。真っ白ちゃんが話してくれるのを相当楽しみにしていたらしい。まあ、色々な人達に妨害されたからね。そうなるのも分からなくはない。

「深井尊が自殺をしたとは考えなかったのですか?」

 嬉しそうな顔は一変し、不愉快そうな表情になった。

「深井尊は自殺を思い詰める程の悩みを持っていない。寧ろ、持った事がない。彼は楽観主義者で、更に自分中心に物事を考えていた。気に入らない奴は自分の気が済むまで潰し、全てを自分の思い通りにしていた。思い通りに行かなくても、『まーいっか、仕方ない』で済ませていた。あの男が自殺をするなんて、あり得ない。それに、云ったでしょう? 足元にあった台とつま先からは十センチの隙間があった」

 確かに、おじいちゃんはそんな人だった。それに母と同様、怒ると物凄く怖い。

「そうですか。あり得ない、ねえ」

 真っ白ちゃんはニヤニヤにやけながらそう云った。それはまるで、おじいちゃんが自殺したのだと云っている様だった。しかし、深井尊に自殺は不可能だ。

「それじゃ、僕の説明ね。どうやって僕が、深井尊の死を知ったのか。

 まず僕は、午後の授業をサボっている。サボタージュ、結構楽しかったよ。砂遊びが大好きだからさ、僕。自己紹介でも云ったでしょ? 砂場遊び大好き。みんなが犯罪大好きなのと同じ様な感じだよ。それで優くんに捕まるまでずっと、僕は彼処で遊んでいた。つまり僕は、深井家を見張っていたと云っても良い。

 僕が公園に着いたのは午後一時。記憶力は良い方だから、信用しても良いよ。

 僕はずっと遊んでいて、三十分後におじいちゃんが家から出て来て、どこかへ行った。帰って来たのは、更に三十分後の午後二時。正確に云うと午後二時二分。袋の中身は多分、お茶だね。麦茶のパッケージだったよ、あれは。だって麦茶のパッケージって、物凄く派手で特徴的でしょ? 後何か小さい箱が入ってた。それが何かまでは分からなかったけど、何かの薬品の様だったよ。持っていたビニール袋を見て、おじいちゃんが薬局へ行っていた事が分かった。近所に或る『パーフェクト薬局』ってあるでしょ? 彼処の袋だった。

 二十五分後にお兄さんがやって来た。その人が多分、深井毅。お兄さんはそのまま家へ入って行って、更に二十分後にゾロゾロと色んな人達が入って行った。その後すぐに僕は優くんに捕まっちゃって、今に至る。

 未だに不思議な事があるんだけど、あのお兄さんは何でみんなより先にあの家へ行ったの? 手にケーキの箱を持ってたけど、そのせい?」

「アイスケーキを買って来たからだと云っていた」

「うん、納得。すっきりしたよ。じゃ、もう少し詳しく話すね。まだみんな分かっていない様だから」

 真っ白ちゃんは大きく咳払いをしてから、また話し出した。

「袋に入っていた薬品はきっと、睡眠薬だね。おじいちゃんが何で麦茶と睡眠薬を買いに行ったのか。不思議じゃない? 強盗に命令されたとも云えるね。でも、こうは考えられない? おじいちゃんが自殺をした、と。

 まあまあ、ママ。落ち着いて。おじいちゃんが自殺をする様な人じゃないのは、さっき聞いたから。

 でも僕、知ってるよ? 君達って普通の人より、躯が頑丈なんでしょ? だから簡単には死ねない。何だか浮世離れしているけど、そうなんでしょ? まあ、そうなんだよ。躯が頑丈なんだ。だからロープで首を吊っても、暫く息をし続けているかもしれない。普通の人だったら一瞬で死んでしまうけど、君達はどうか分からない。

 今日は親戚での会議があった。早めに来る人も居るだろうから、例え首を吊ったとしても、助けられてしまう可能性がある。そう考えたおじいちゃんは、睡眠薬を大量に飲んでから首を吊った。念には念を、だね。そう云う事だよ」

 真っ白ちゃんの推理は何だか浮世離れな感じだった。でも確かに、僕ら一族は躯が異常に頑丈で簡単には死なない事で、一部の人達の間では有名だった。睡眠薬を利用してから首を吊った。その可能性は大いにある。しかし……。

「じゃあ、何で台とつま先の間に十センチもの隙間があったんだ?」

 そう、その謎が残っていた。それに、おじいちゃんが自殺したとなると、何故は部屋は荒らされていたんだ?

「台の謎は簡単だよ。あの毅っていうお兄さんが、足元にあった台を別の台と取り替えれば良い。骨折した人でも簡単に出来る事だよ。元々の台はどこかにポイッと投げ出せば良い。部屋は荒れていたんだから、元の場所になくても、誰も不思議には思わない。元々の台を隠す為に、部屋荒らしたのかもしれない。それは本人に聞かなきゃ」

「成る程……その可能性は高いな。でも、その推理は私が教えた情報からの推理だろう? 君は一体どうやって深井尊が死んだと知ったんだ?」

 不思議そうに母は聞く。

「おじいちゃんが睡眠薬を飲んでから首を吊ったのが砂場から見えた。只それだけですよ、ママ。推理は必要ないでしょ?」

 真っ白ちゃんが「自殺はあり得ない」と云った時ににやけていた理由が分かり、また毅おじさんは最有力容疑者になった。

「しかし、何で毅くんは台を変えたり、部屋を荒らしたりしたんだ?」

「んー、これは僕の推測ですけど、お兄さんはおじいちゃんが自殺をしたと云う事を、隠そうとしたのでは?」

 まあそれしかないだろう。部室内のみんな(ストーカー以外)は頷いた。

「でも……あの自殺なんて一番あり得なさそうな人が、何故自殺なんか?」

 母のこの言葉は殆ど独り言だった。しかし、それが最大の謎と云っても良い。自殺なんて一番縁遠いあのおじいちゃんが、自殺と云う道へ走るとはとても考えられない。

「それは親戚の会議で話し合えば良いでしょ。僕は関係ありません。まあ、大体の予想はつくけど」

 真っ白ちゃんの最後の台詞を聞き逃さなかった母は、その予想が何なのかをしつこく聞き続けた。母の要求にとうとう折れた真っ白ちゃんは、溜め息を吐いてから話しだした。

「おじいちゃんは自分中心に物事を考えていて、気に入らない奴は自分の気が済むまで潰し、全てを自分の思い通りにしていた。誰からか恨みを買うのは当たり前でしょ」

「いや、例えそうだとしても、あの人は躯を鍛えていて、物凄く強かったンだ。だから誰も逆らわなかったし、恨んでいても復讐する事が出来なかった」

「人はいずれ年を取り、衰える。どんなに凄くて強い野球選手でも、何時かはボールが打てなくなる。おじいちゃんはきっと、強いフリをしていただけで、実は弱くなっちゃったんじゃない? そして自分の命を狙っている奴の存在に気付いたか、予想外な事が発生して怖くなった。そして誰かに殺されるぐらいなら、自分で死のうと考えた。とか? 自殺の動機は本人に聞かないと分からないよ。聞けないけどね。死人に口無し、だから。でもおじいちゃん、プライド高そうだから、遺書は見つからないかもね」

 そして会議はあっさりと終わった。

「何でおじいちゃんの死の謎を、あっさりと解いちゃうンですか、真っ白ちゃん!!? 推理小説で話を進めて行くつもりなのなら、死の謎をもう少し延ばさないと面白くないのに! なんて勿体ない事を!! もうこの先、誰も読まないよ! 死の謎、解けちゃったんだもん!」

 僕は驚きのあまり、発狂してしまう。非日常な謎をこよなく愛する僕にとっては、あまりにも早すぎる解決だった。

「だって、勿体ぶって話を延ばしてたら、君のママが怒っちゃうでしょ?」

 お母さんッ!! 声に出しては云えないけど、一生恨むよ!!?

「第一、誰もここまで読まないと思うよ? だってこの小説、自己満足の為に書かれてるンだよ? 百パーセント趣味で書かれた小説だよ? 誰が読むってんだよ。保護者ぐらいでしょ」

「自虐ネタは止めてください! 自分が傷つくだけです!」

「いいや真っ白ちゃん。正確には、保護者も読まない、だよ。誰がこんな訳の分からない、謎ですらないのに謎だと自惚れている、謎解き小説もどきを読むんだよ!」

「博士、面白がって話に加わらなくて良いよ。みんな一旦落ち着こう」

 この先の話をどう進めようか、慌てていたみんなが落ち着いた所でタイミング良く、学校の下校チャイムが鳴った。

「あっ、帰る時間だ。じゃ、バイビ―」

 会議の途中から話を聞かずに帰る準備をしていた中島を始めに、みんなは帰る仕度を始め、急いで部室を出て行った。


 あっさりと解かれてしまったおじいちゃんの死の謎は、真っ白ちゃんの云う通りだった。毅おじさんのその後は、云わないでおこう。只云えるのは、酷い目に合った、と云う事だろう。おじいちゃんの自殺の理由を知っていた、というのを風の噂で聞いた事がある。

 人の死が絡んでいる事件に巻き込まれるのは、もうこれで終わり。そう思ってがっかりしていたが、そうでもなかった。これはまだ序章の序章。

 本当の事件は、これから起こるのだ。

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