無実の証明
「セイ、どうだった? ねえ、ねえ」
シゲは、ノートパソコンを大事そうに抱え込みながら、興奮気味に問いかけてきた。
「母に本当かどうか聞いたのですが、教えてくれませんでした」
僕の精神は、酷く消耗していた。呼吸をするのも辛い。
「ええ、そんなあ〜」
真っ白ちゃんは酷く落胆した様子だった。部長とキノコも肩を落としている。
「多分お母さん、怒ってますよ。おじいちゃんが死んだって云った、先輩の学年と名前を教えろって云われましたよ」
「わあ、あーちゃんヤバいやん!! 殺されちゃう!! なんてね〜、そんな訳ないやろ。冗談、冗談。あーちゃん、怖くなって夜中に漏らさないでね」
「そんなんで漏らす訳ないでしょ、お馬鹿」
シゲは小さな真っ白ちゃんにもたれ掛かろうとするが、真っ白ちゃんはそれをさっと避け、膨れっ面でシゲを睨みつける。
僕の忠告を真に受けていない様子だ。
「いや、冗談じゃありません。小学生の頃、僕を虐めてた奴が居たんですけど、そいつの個人情報が何処からか流出しちゃって、悪用されちゃったんです。悪用した奴は捕まりましたが、情報が何処から流れたのかは未だに不明のままです。きっと、両親が流したんですよ! 両親は物凄く怖くて、更に恐ろしい事に、色々な事を知っているんです。僕が何か悪い事をこっそりしても、すぐにバレちゃうんです」
「うひゃー、あーちゃんガチでヤバい!! 漏らしても良いから、うちに泊って行って?」
涙目になりながら、シゲは次期部長・真っ白ちゃんを抱きしめながら問いかけた。真剣なシゲに対して、真っ白ちゃんは苦笑している。
「帰れるならね」
恐ろしい声が聞こえたかと思うと、部室の扉が急に開かれ、そこに僕の母親が現れた。僕は幼い頃、良く母親に怒られたが、母の今の声は聞いた事のない程、とても恐ろしい物だ。言葉を出す事さえ、恐ろしい。
「お、お母さん、どうしてここに……」
真っ白ちゃんじゃなくて、僕が漏らしてしまいそうだ。
「おじいちゃんがピンピンで元気なのに、死んだって云われたとしても、お母さんは無視するぜ? 大人だからね。只の餓鬼が騒いで云ってる冗談として受け入れるよ。でもおじいちゃんが本当に死んでしまって、そこで何も知らない筈の子が死んだと云っているのなら、無視する事が出来ると思う? どう思う? 二年生のアイちゃん」
悪戯な笑みを顔に浮かべながら母は彼女に問う。まるで地獄に巣食う極悪人を統べる、大悪魔の様な笑みだ。
「うーん、そうですねえ。僕だったら、知らない筈なのにそう云っていた子が、おじいちゃんが殺したんじゃないかって、疑いますね。どうです? そう思いましたか、ママ」
砂場遊びを楽しむ高校生、真っ白ちゃんこと真白曖は母の様子に少しも動揺しなかったし、漏らさなかった。只の知り合いと話している、という雰囲気だ。只のお喋り。彼女は僕よりかは、遥かに心が強い様だ。
「ええ、正解。大正解。大体の人はそう考えるだろうね」
母はあの不気味な笑みを変えず、正解した真っ白ちゃんの為に拍手をした。そして、部室の壁を意味もなく見つめ、言葉を続けた。
「どうするかみんなで相談し合って、確かめようって事にしたンだ。君がお義父さんを殺したのか、それともそうでないのか。
「丁度良いんじゃない? ここは犯罪研究部。私達関係者じゃ、どうしても推理が主観的になってしまう。犯罪研究部に、このお嬢さんが犯人なのか、そうでないのか証明し、そして深井世の祖父殺害の犯人を捜して欲しい。良いかな? 御礼はちゃんと出すつもりだよ」
秒針の音がチクタクと、静かになった部屋に響き渡る。
「分かりました。その依頼、我々『犯罪研究部』が承ります!」
沈黙を破る様に部長は叫ぶと、頬を赤く染め、口角を上げながら、大きな眼鏡の位置を右手の人差し指で直してみせた。随分と嬉しそうだ。
「おじいちゃんは死んだ」と云っていた真っ白ちゃんの言葉が『正しかった』と証明されたのと同時に、僕達は彼女が祖父殺しの犯人なのかどうか、証明しなければならなくなってしまった。
——ああ、面白くなってきた。
真っ白ちゃんこと真白曖ちゃんは、セイ君のおじいちゃんを殺したのか否か!
今後に乞うご期待ください。




