人生のどん底
西暦 2015年 山田耕一、25歳
「君には他の仕事が合っているよ。協力するから、転職したらどうだろう。」
就職して3年目の25歳のある日、昼休みに上司から呼び出されて遠まわしにリストラを促された。
それと同時期に職場で僕が片思いしていた女性、平野美砂が、同じく職場のイケメンエリート上司、河野健と結婚した。
お二人は完璧に秘密の職場恋愛をされていたようで、まさにその結婚報告は、寝耳に水、青天の霹靂、イヤホンをつないだ途端音量マックスで度肝を抜かれる、そんな感じだった。職場では二人が一緒にいる姿や話をしているところさえも見た事が無かった。
僕のほかにもショックを受けていたのはたくさんの女性社員達だ。
河野健はルックスが非常に良いだけでなく、出世街道まっしぐらの仕事の出来る男で、その上、女性に対して非常に積極的に話しかける習性を持ち合わせており、口も、上手かった。
別に職場恋愛が禁止されていたわけでもないのに、あそこまで徹底的にお付き合いを隠す必要があったのか?
二人ともそれぞれにコンパや婚活イベントに、つい最近まで参加していたし、河野健などは独身最後の夜に他の若い女性社員たちと飲みに行って王様ゲームをしていたらしい。ふざけた奴だ。
そんな事とは露知らず、平野美砂としゃべれただけでも嬉しくて、ドキドキしていた自分の馬鹿さ加減に嫌気がさした。
あいつらに比べたら、みんなの前でイチャイチャするバカップルのほうがよっぽどましだ。
別に平野美砂が僕に気のある素振りをしたわけでもなければ、僕のほうも気になっているのに彼氏がいるのか確認した事も無かった。僕は平野美砂に好意を持っている事を素直に現すこともできないまま、ひとりで恋をして、ひとりで失恋した。
僕が平野美砂を好きになったきっかけは、彼女が素直に
「私に愛をください!」
とみんなのまえで明るくふざけて言っていた事がきっかけだった。その素直さが僕にはまぶしくて、心を射抜かれたような衝撃だった事を覚えている。僕の密かな片思いの始まりだった。そして、誰に知られるでもなく、ひっそりとその片思いは、幕を閉じた。
失恋と同時期に上司からすすめられるまま、転職し、失敗。
失業、ニート、引きこもり、家族からも腫れ物に触るような扱いを受けるようになった。
父は僕が23歳の時に膵臓癌で亡くなっていたから、一緒に暮らしている母と妹にとっても、一家の稼ぎ頭である僕の失業は経済的にも、精神的にもかなり追い詰められる事になっていた。
神様に対して
”なぜこの様な事が起きたのでしょうか?”
と、質問する日々だった。