番外編 龍介×アレックス その4
患者を見て、その症状を聞いた亀一は確信を持った。
「この急激な症状から見ても、砒素だと思います。」
「ヒソ…。聞いた事が無い毒物だ。して治療法は?」
「兎に角、体内の砒素濃度を下げなければ改善はされません。
俺達の世界には薬がありますが、ここには無いんでしょうし、俺は薬は作れない。
ただ、ラットの実験ではニンニクを食べさせると、体内の砒素濃度が40%下がったというデータがあるようです。
ニンニク食べさせてみますか。」
「分かった。直ぐにやらせてみよう。」
アンソニーが医者に話しに行き、戻って来ると、アレックス達との待ち合わせ場所に向かいながら聞いた。
「砒素とは、どの様な毒物なのだ。人が作り出したものか?」
「いえ。鉱物などに含まれています。それを抽出した物が砒素ですね。元素ですから、地球には元々あるものです。」
「恐ろしいものがあるのだな。」
「そうなんですよね…。少量使う分には、農薬代わりになって、虫の付かない作物が採れるんですが、量を間違えると、こういう事に…。」
アレックス達が途中まで迎えに出てくれ、道の途中で会えた。
「どうだった、キイチ。」
「やはり砒素の可能性が高いので、ニンニクを摂らせる様、お伝えして頂きました。」
「そうか。こっちは龍が、ワイバーンに入るには、防護服というものが必要だと言うんで、今、革細工屋に行く所だ。」
「そっか。ビニール素材なんか無えもんな。」
「そうなんだ。1番近いのが革じゃないかって話で。でも、きいっちゃん、酸素はどうしよう。防護服には酸素供給、浄化システムが付いてんだろ?」
「ああ~、そうだな。困ったな…。すみません。鍛冶屋さんは…?」
アレックスが手を叩いた。
「アイツが役に立つぜ!おかしな金属の発明品作るのが趣味の奴だ!金も持ってるしな!」
ダリルとアンソニーも手を叩いた。
「カール様ですね!?では早速、キイチは私が。」
言うなりダリルは自分の大鷹に亀一を乗せて、ペガサスに向けて飛び立った。
「なんだ。こっちの佐々木の方が役に立つじゃありませんか。」
「俺は役に立たない男だとは言ってないぜ?少々陰気だけどな。」
龍介が防護服の設計図の様な物を作り、それを頼むと3人は暇になってしまった。
近くの酒場の様な所に入り、アレックスは龍介の為に、ミルクとローストビーフを頼んでくれ、イリイにも肉をやった。
「やっぱりイリイは生肉なんですね。」
「ああ。」
「いただきます。」
なかなか歯ごたえのあるローストビーフに悪戦苦闘しながら、龍介はふと思い出した。
「腹をくくれないのですか。アレックスさんは。」
「う…。」
アレックスの顔色が悪くなり、アンソニーが笑い出している。
「そうなのだ、リュウ。
この方は、その昔、この世界を平和に治め、一つになさったアレキサンダー王の子孫であり、また生まれ変わり。
もうそれは周知の事実。
しかも、何度も世界の危機を、命を投げ打って救っていらっしゃるのだ。
兄上のダリル様も、はなからそのおつもりで、アレックス様が少しでも治めやすい様にと、領土を拡大し、義父のリチャード獅子王も、アレックス様に獅子国を譲ると申されておるのに、この方はいつまでも賞金稼ぎで、食うや食わずの生活をしておられる。」
「はああ…。そういう事でしたか…。」
「そちからもなんとか申せ。」
「うーん…。まあ、その内、時期が来るんじゃないんですか。アレックスさんが世界の王にならないとダメだなあみたいな事が。」
今度はアンソニーが拍子抜けした間抜け面になり、アレックスが笑い出した。
「流石俺だ。アンソニー、そういう事だ。もう少し勘弁してくれ。」
「なんとまあ…。あーあ。」
「ところでアンソニーさんは魔法使い?」
「左様。」
「魔法ってどれ位のところまで出来るんですか。」
「なかなか難しい質問をする。
まあ、かなり大雑把に言えば、生きとし生けるものの気、大地の力、そして無数に存在する精霊、そういったものの全ての力を少しづつ借りてやっておる。
魔法が原因でない物は、有を無には出来ぬし、無を有にする事も適わぬ。」
「奥が深いんですね。禅問答みてえだな。」
「かもしれぬな。して、禅問答とはなんだ。」
「ああ、えっと、俺たちの世界での麒麟国には仏教という宗教がありまして。」
「宗教?」
「え?もしかして、ここには宗教が無い?神様とか、仏様とかを祀って、教義があって、その教えに従って生きましょう、生活しましょうみたいなもんなんですが。」
「無いな。神は居られると皆思っておるが、それで教えがどうこうとか、生き方、生活の仕方まで神の名で制約が設けられるという事は無い。」
「そうなんだ…。それは却って健全でいいことかもしれない。要するに、そういうもんに頼らなくても、生きていけるって事だもんな…。」
「それで、禅問答とは?」
「ああ、その宗教にも沢山種類があって、その中に禅宗というのがあり、お坊さん同士が真理や悟りを追求する為に、問答をするんですが、なかなか奥が深くて難解なんです。」
「ほう。面白そうだ。」
「アンソニーさんは合ってるかもしれませんね。」
その頃亀一は切れていた。
勿論、相手はカールである。
「だっから分かんねえ人だなあ!こういうもん作りてえから、溶接してくれって言ってんだろう!?」
「だから、使用用途がサッパリ分からないって言ってるじゃないか!それが分からなきゃ作れないよ!」
「今説明しただろう!馬鹿なのか、この人はあ!」
「だってサンソのキョウキュウがなんて、何の話だか、全然分からないよ!」
「だっからああああ〜!」
とうとう亀一がトンカチを振り上げだしたので、ダリルが笑いながら間に入った。
「カール様。
我々は知らない内に、空気中の酸素という物質を吸って生き永らえているのだと、今キイチが説明してくれたではありませんか。
息が出来ないと死ぬというのは、つまり酸素が不足するからなのですよ。
防護服と申す物は、空気を吸わない為のものですから、中で酸素を供給しなくてはならないと…。」
「ーだったら初めからそう言えばいいじゃない。
ダリルの説明なら分かるよ。
君の説明じゃ分かんないよ。
なんなの、頭良さそうなフリしちゃって、難しい単語並べて、難しく説明しちゃって!」
「俺はそんな事した覚えは無え!俺の周りの人間は、これで十分分かるんだよ!あんたそっくりの佐々木だって分かるんだぜ!あんた佐々木よりバカなのかああ!」
「人をバカバカ言うんじゃないの!僕はこれでも、一国の主なんだよ!」
「こんなのが国王じゃペガサスは滅びるぜ!さっさとアレックスさんに治めて貰えええ!」
「何をこのおお!」
とうとうカールまでトンカチを振り上げる始末。
ーうーん…。凄まじく相性が悪いな…。どうしようかな…。
皮細工屋で、注文した防護服が出来上がった頃、ダリルに連れられ、亀一も戻って来た。
「キイチ、これはどうした…。」
アレックスが亀一の額の膨らみを触った。
「あのバカ国王とやり合いました。」
「ええ?カールと?」
「はい…。あのバカ…。なんなんだ、あのバカ…。どうしてあんなバカ…。」
もうバカしか言わないので、ダリルが苦笑しながら代わりに話した。
「凄まじい相性の悪さなんですよ。
どういう訳か、カール様には、キイチの話が丸で通じなくて、キイチは腹を立てるし、カール様も怒り出すしで、止めてはいたんですが、とうとうやりあってしまいました。
でも、キイチはかなり軽症です。
たんこぶだけですからね。
カール様はキイチに殴られ、吹っ飛んでしまい、痛い痛いと大騒ぎして、寝込んでしまわれましたが。」
「弱っちいんだよ!あの人!あんなんで国が守れんのかああ!」
龍介が情けなさそうに目を伏せながら言った。
「きいっちゃん、こんな所でまでカリカリすんなよ…。」
「だってさあ!」
アレックスが微笑みながら亀一の頭を撫でた。
「悪かったな。大変な思いさせて。で、出来たか?」
「はい。出来ました。これで酸素は完璧です。」
「こっちも出来てる。被害が1番最初に出た地域や、その原因もある程度、兄上の文で分かった。行こう。」
マリアンヌが乗るミリイには龍介が乗せて貰い、イリイには亀一が。アンソニーはいつもの様にダリルの大鷹に乗り、ワイバーンの近くまで行った。
上空からとはいえ、イリイ達も危険なのではないかという事で、念のため、被害の出ていない区域でマリアンヌとアンソニーの2人とイリイ達を待たせ、ワイバーンの被害が1番最初に出た地域を目指した。
「うわあ、重いな、これは…。」
革を幾重にも重ねた防護服に加え、顔部分はガラスだから、相当な重さになる。
騎士のダリルでさえ、そうぼやいてしまう防護服を着て、革細工屋の職人が気を利かせて付けてくれた剣のホルターに龍介達はパタパタ竹刀を開いた状態で差し、アレックス達も各々の剣を差した。
「その剣は変わっているな。麒麟国の剣術の修行用の竹刀というものに似ているが、竹刀で叩かれた位で大の男は気絶しそうに無いんだが、特別なものなのか?」
歩きながらアレックスに聞かれ、龍介が説明始めた。
「そうです。これはパタパタ竹刀と言って、用が無い時はぐにゃぐにゃの形状なりますが、一振りすればこの形になり、特殊な金属を使っているので、思い切り打ち込めば、普通の人間なら骨が折れます。」
骨も折れず、無傷だった、もはや人間とは思えない京極の父を思い出し、隣の亀一が苦笑している。
「ほう。いい職人がいるんだな。」
「あー、職人さんでは無く、作ってくれたのは、俺の父です。仕事柄、武器の様な物を沢山開発しているんです。」
「仕事柄?」
「んー、そうだな。ここで言うと、騎士なんてかっこ良くは無いけど、軍人で分かりますか?」
「ああ。わかるよ。」
「その軍人なんです。
俺達の世界では、文明が発達し過ぎて、この地球上に住めなくなりそうなので、宇宙に新たな住処を作る研究、開発をしているんです。
細かい事は省きますが、その開発を邪魔する人も出て来るので、武器も必要となり、武器も作っていて、これは俺たちに護身用に作ってくれたんです。」
「そうか。立派な父を持っているのだな。」
龍介は苦笑しながら首を傾げ、亀一は笑い出した。
「どうした?」
「いえ…。やってる事は立派なんですが、性格がその…。」
「では俺の父上と一緒だな。」
龍介達はエミール元国王思い出した。
確かに結構変わっている感じがした。
「その父君が俺に似ているのか?」
「いえ。その父は育ての親で、実の父は別に居りまして…。」
龍介がまた説明を始めた時、丁度、被害が1番最初に出たという、丘のある村に着いた。
村にはもう、人は一人もおらず、荒れ果てた感じだ。
そして、そこにある丘は異様な丘だった。
木も草も一本も生えていない。
「あの丘はなんですか?」
龍介が聞くと、ダリルが答えた。
「竜国が治めた時から既に、あの形であるんだ。
ワイバーンで残っていた重臣共の話では、毒のある石があるから近寄らない方がいいとか言うので、住人には立ち入り禁止にしたんだが、先程、アデル様が隠居している重臣共を取り調べて下さった結果、あの丘の中に空洞があり、その中でその毒を抽出して、人を殺す毒を作り、密かに輸出していたらしい。」
「じゃあ、その毒が今もあるって事ですね?」
亀一が聞くと、ダリルは首を横に振った。
「それが無いと言うんだ。アデル様がかなり厳しく問いただして下さった様なのだが、本当に無いらしい。全部使ってしまって、そのままワイバーン国が無くなったので、もう作る者は居ないし、倉庫は空の筈だと。」
アレックスが丘を見ながら言った。
「だったら、出入り口があるのかと、兄上も聞いて下さったんだが、出入り口は塞いでしまい、無いそうだ。掘って入るしか無い。」
アレックス達はなるべく脆そうな部分を探し、掘り始めた。
掘り始めると、取れた石を見て、亀一が言った。
「これは、輝コバルト鉱だ…。これから砒素が採れるんですよ。」
「なるほどな…。」
アレックスは頷きながら、一応持って来たシャベルで一際大きく掘っている。
暫く掘ると、やっと中に入れるだけの穴が開いた。
確かに中は、大きな空間が広がっており、薬品を精製する様な機械も置いてあり、壁は何かを使って削り取って大きくした様な跡がある。
「中から掘って、原料を採取してたのか…。」
ダリルが壁を見ながらそう言った時、アレックスを始め、4人全員で、緊迫した顔つきで剣に手をかけた。
奥の暗闇の中から、何か大きな物が重たい何かを引きずりながら、ドシンドシンと大きな足音を立て、近付いて来たからだ。
ソレが姿を現した時、龍介と亀一は、見間違いかと、思わず目を擦ってしまった。
それは体長20メートル越す、大きな尾を持つ、恐竜の様な大きな口の生物だった。
ソレは、アレックス達を見るなり、いきなり液体を吐き掛けて来た。
4人は咄嗟に身を翻して避けたが、簡易的な毒物検査液を持っていた亀一が、その液体にかけると、瞬く間に反応した。
「砒素かどうかは定かではありませんが、コイツが吐いているのは、毒性のかなり強いものです。」
アレックスは龍介と亀一を庇う様にして前に立って言った。
「なるほどな…。砒素だとしたら全て辻褄が合う。
ここの土にコイツが吐き、それが外へ地中から出て行く。
この丘の直ぐそばには川が流れている。
その川はこの村の生活用水だし、ユミル国に繋がっている川と合流している。」
亀一が深刻な顔で言った。
その間も、恐竜の様な巨大生物は、液体を吹き掛け続けている。
「この防護服でも、流石に被り続けたら持ちません。それこの反応時間から言って、凄い濃度です。」
アレックスは龍介達庇う為に既に少し被ってしまっていた。
「仕方ない。一度戻ろう。ダリル、退却だ。」




