番外編 龍介×アレックス その3
主人の新聞を龍介が英語に訳しながら読み上げた。
「我が麒麟国でも、ワイバーン病の死者が出た。
症状は同様。
食欲もなくなり、身体に水泡が出来、苦しんで死に至った。
死亡した男性は、旧ワイバーン国に入った事はなく、同様の症状を訴える病人が100人を超えた。
殿様は、ワイバーン病の症状が出た者は直ちに医者に行き、隔離するようにとのお触れを出した。
病院へ行かぬ者があれば、役人に通報せよとも仰っている。
このワイバーン病の治療法はなく、医者は困り果てている。
又、我が国だけでなく、隣国のペガサスや遠く離れたアーヴァンク国でも病人が出ており、アーヴァンク国では200人に上っているらしい。」
アレックスが龍介を見つめた。
「小僧、さっき俺たちが知らねえ単語の物が原因だって言ってたな。つまり疫病では無いと?」
「はい。人を介して伝染する物ではありません。」
アレックスは難しい顔になった。
「それじゃ、隔離だのなんだのは混乱を引き起こすだけだな。小僧…ってのもなんだな。名前は?」
「俺は加納龍介。彼は長岡亀一。こいつは佐々木悟です。」
「確か、お前はリュウって呼ばれてたな?じゃあ、お前はリュウ。お前はキイチ。お前はササキな?」
「ササキってのは苗字なんですけど…。まあいいや。」
「リュウ、今の段階で分かる事と出来る事を説明してくれ。」
「そうですね…。旧ワイバーン国の地中になんらかの毒物が大量にあり、それで、土壌と河川が汚染され、要するに毒だらけになってしまった。
それで、その河川の水を飲んだり、その水や土で育った作物を食べたせいで、人間や家畜もその毒物に侵されたと考えられます。」
「では、麒麟国や、ペガサス、アーヴァンクでも病人が出てるのは?」
その質問には、主人が答えた。
「アレだ、旦那。
ワイバーンが滅んでから、あそこの産業っつったら農業しかねえってんで、農作物を大量に輸出してんだ。
アーヴァンクはあの暗い森がなくなって舗装された道が出来たから、1番多く輸入してる。
ワイバーン産は安くて、虫も付いてねえって、庶民には結構人気よ。
味はイマイチだから、俺は買わねえけどな。」
亀一が顔色を変えて言った。
「すぐ食べさせない様にしないとマズイ!どんどん死者が出ますよ!?
虫が付かないとか、その病人の症状を聞いていると、恐らく砒素が原因です!
少量なら命に別状は無いが、食べ続けたら、中毒を起こして死にます!」
「兄上と義父上に直ぐに手紙を書く。殿様とカールもだな。」
「アーヴァンクもだろ、旦那。」
「ああ、そうだ、叔父上にもか。となるとイリイだけじゃ無理だな。」
アレックスは窓の外から、屋根の上のイリイに声を掛けた。
「イリイ、ミリイを呼んでくれ。」
イリイはクウと返事をし、歌う様な声で囀った(さえずった)。
「綺麗な声だな。」
龍介が言うと、アレックスが笑った。
「だろう?子供を呼ぶ声なんだ。」
「あ、イリイにはお子さんが。」
アレックスと主人が吹き出した。
「この子、面白いね、旦那。」
「そうだな。言う事、やる事の割に、子供っぽい所があって可愛いな。」
こんな別世界でも、竜朗や龍太郎に言われるのと同じ事を言われてしまい、龍介は居心地悪そうに俯いた。
アレックスが忙しく手紙を書き始め、雑貨商の主人がパラレルワールドについて聞き、亀一が説明していると、雑貨商の屋根の上にドスンと大きな音と、振動が伝わった。
「もう、旦那あ!イリイたちはなんで屋根の上に来ちまうんだよ!この家、いつか潰れちまうぜ!?」
「仕方ないだろ?鳥だから高い所が好きなんだよ。」
アレックスはそう言いながら、窓から顔を出し、イリイとミリイを呼んだ。
二羽が降り立ち、アレックスは何故か驚いている。
「マリー。どうした。」
マリーと呼ばれた金髪の女性はアレックスの首に抱きつき、アレックスはそのまま窓からマリアンヌを抱きかかえて入れた。
「大変な事が起きているのでしょう?ですから参りましたのよ。じきにカレンも来ますわ。」
「ああ、それは助かる。」
アレックスはイリイとミリイの脚に手紙を結わき付け、行き先を言うと、龍介達にマリアンヌを紹介しようと向き直ったが、龍介達のポカンとした顔を見て、笑ってしまった。
「どうしたんだ。」
亀一がやっとという様子で言う。
「いや、あの…。その女性…。背も高いし、金髪だし、やっぱり彫りは深いので、そっくりとまで言わないんですが、龍の嫁候補によく似てらしてですね…。」
「へえ。そうなのか。龍だけでなく、嫁まで似てるとは面白いな。そこがパラレルワールドというやつなのかな?」
龍介がおずおずと聞いた。
「じゃあ、その方はアレックスさんのお嫁さん…?」
「そうだ。マリアンヌ。マリーと呼んでくれ。マリー、この俺に似ている子はリュウ。同じ背丈の遠眼鏡の子はキイチ。このカールそっくりなのはササキだ。」
「まあ、あの暴れてた子達でしょう?やっぱり仲良くおなりになったのね。」
「ああ。見ての通り、真っ直ぐないい目をしてるだろう?悪い奴じゃないと思って、話を聞いてみたんだ。」
「ほんとうね。」
きちんとは分からないが、ニュアンスで会話の内容がある程度分かって来た悟が龍介に通訳してくれという様に言った。
「あの、カールって人何?さっき知らせる相手的な中にも名前出てなかった?」
「そうだな。話の内容からすると、ペガサスの人じゃねえかって気がするが。」
龍介が聞く前に、2人の日本語の会話を聞いていた主人が言った。
「そうだ。流石旦那の息子。ペガサス国王だ。ボンクラカールって仇名のな。このマリー様の元亭主だよ。この旦那が奪い取っちまったのさ。」
日本語で教えてくれたので、悟は聞くなり、頭を抱えて地団駄踏んだ。
「ぬおおおお〜!こんなところでまで、唐沢さんを加納に取られるという図は変わらないのかああ〜!」
亀一が面白がって、アレックス達に通訳し始めた。
「佐々木は、俺たちの世界で、龍の嫁候補の、マリーさんによく似た可愛い顔した瑠璃って女の子が好きだったんですが、その子は龍が好きで、龍もその子を嫁と決めて、振られてしまって。
佐々木には未だに他に好きな子も出来なくて、そのカールさんて方と自分を重ね合わせてしまっているようです。」
「まあ。そうでしたの。」
「パラレルワールドだからなんだろ、キイチ。
さっき、こうだったら、ああだったらという選択肢や状況の差で生まれる別世界の事だって説明してくれてたよな。
つまり、存在している人間は変わらないって事なんじゃないのか?」
「そうです。アレックスさんは頭が良くて話の通りが良くていいな。その通りです。」
「じゃあ、時代は違う様だが、龍は俺で、瑠璃という子はマリーで、ササキはカールなんだな。」
「そうなりますね。」
「でもキイチの様な男には、俺はまだお目にかかってないぜ?」
「ああ…。もしかしたら、とうの昔に死んでるのかもしれませんよ?」
「そんなの残念過ぎる。どこかで生きてるといいな。」
大フクロウに乗ったカレンが来て、獅子国のリチャード宛ての手紙を託すと、龍介たちはまた驚いている。
「でっかいフクロウまでいんだな!きいっちゃん!」
「だなあ!あれも神聖なものっつーことかね!」
「楽しいね!ここ!」
「大鷹や大フクロウが居ない所からおみえになったのですか。」
マリアンヌが龍介達に聞いた。
フランス語訛りの英語に聞こえた。
アレックスが代わりに答える。
「龍達は、遠い未来の別世界から来たから、こことは全く違うらしい。文明は発達しているようだが、魔法は無い様だ。」
「まあ。ご不便でしょうね。」
本気で言っているらしいので、龍介達も微笑んでしまう。
「マリーさんはどこのお生まれなんですか?ペガサスって所なんですか。」
龍介が聞くと、マリアンヌも笑顔で首を横に振り、地図上の竜国と並ぶ大国、獅子国を指差した。
「ここですのよ。」
「ああ、それで、義父上…。つまり獅子国王はマリーさんのお父さん。」
「そういう事ですわ。リュウは頭もいいのですね。本当にアレックスの様ですわ。」
そしてフランス語訛りという事は、獅子国というのは、龍介達の世界のフランスに当たる様だ。
「さて。これからどうすりゃいい?」
アレックスが聞くと、先ず亀一が答えた。
「本当に砒素中毒なのかどうか、そこから調べないとだと思います。
毒物を限定しない事には、対処法も変わってきますから。
患者に会って症状で分かるはずなので、患者に会いたい。
その先は龍が言え。
補足があればする。」
龍介は頷き、後を続けた。
「先ずは、ワイバーンの何処に毒物が埋まっているのかを調べなければなりません。
土壌汚染、水質汚染は俺達の世界でも、簡単には綺麗に出来ないので、これ以上の被害の拡大を防ぐ為にも、ワイバーンの土地には立ち入り禁止。
ワイバーンから繋がっている河川の水も徹底して使用禁止にすべきです。」
「そこまでは国王達に伝えてある。後は?」
「その上で、何処の作物を食べた人の被害が大きいか、何処に住んでいた人から始まり、被害の差があるかどうか、それによって、毒物の埋まっている場所が分かるかもしれませんので、この辺りも調べなければなりません。」
「先ずは状況の把握って事だな。さて…。そろそろ来るだろう。」
言った側からまたも雑貨商の屋根の上にドスンドスンと、今度は4回もの音と揺れが生じた。
「もう!旦那あ!」
「悪いな、オヤジ。恐らくダリルとアンソニーがイリイ達と一緒に来たんだろう。でも、あと一羽は…。」
アレックスが窓から顔を覗かせると、4羽が窓の外に降り立った。
「初めっからそこに降り立ってくれよ…。」
主人の言葉に龍介が達が笑う。
「父上でしたか。」
「うむ!なんだか面白い子供が居るという話じゃし、アデルが国を空けるわけにいかんでのう!ワシが来た!」
「別に父上御自らいらして頂かなくても…。」
「事は世界の一大事と聞いたぞ!竜国にもワイバーン領の作物は輸入されておる!一大事じゃろうが!」
「子供が見たくていらしたくせに。」
「よいから早く見せろ!。」
エミール元国王は、玄関に回らず、窓から入って来てしまった。
ダリルとアンソニーはアレックスに挨拶をした後、苦笑しながら玄関に回っている。
そして、エミール元国王は龍介を見て、目をかっぴらいた。
「アレックス!隠し子ではないのか!?」
「ですから父上…。リュウは14ですよ。俺が7才の時の子になってしまうではありませんか。」
「いやあ、よく似ておるのう。面白い!実に面白い!」
「面白がってるだけなら、お帰り下さい。これから患者を調べ、ワイバーン領の調査に行かねばならず、忙しいんですから。」
龍介は自分をじっと見つめている、金髪の巻き毛の中年男性と向かい合っていた。
「アレックスさんのお父さん…。」
「なんじゃ。」
「アデルさんと仰る方は、アレックスさんのお兄さん?」
「そうじゃ。そして、私が2人の父じゃ。」
「つまり竜国の元国王でいらっしゃる?」
「そうじゃ。」
「つまり、アレックスさんは竜国の第2王子…。凄い地位の人なんじゃないのか…。世界地図は、ほぼ獅子国と竜国で出来てるし、しかも奥さんは獅子国の人…。世界を一つにまとめられそうな、凄い重要人物なんじゃないのか…?あの、アレックスさんはこんな所で何をしていらっしゃるんですか…。」
エミール元国王は笑い出し、アレックス以外の関係者は皆、笑い出してしまった。
「鋭いのう!リュウ!そちからも、いい加減腹をくくれと言ってやってくれ!」
「は…。」
アレックスはバツが悪そうに龍介の頭をぐいっと引き寄せた。
「病人見に行くんだろ。」
さっきから部屋に入ってから笑いっぱなしのアンソニーが言った。
「ならば二手に分かれましょうぞ。私とキイチが病人の元へ参ります。アレックス様とリュウはダリルと共に、その調査を。」
なんとなくニュアンスで、自分が頭数に入っていないと察知した悟が立ち上がって、遠慮がちに聞いた。
「あの…。僕は何したらいいの…。」
アンソニーとダリルは、悟を漸く見た。
だが見るなり、失礼な事に笑い出した。
「なんという事だ!ダリル!言う事までカール様そっくりではないか!」
「本当だな!多分役に立たないだろうと思っていたが、やっぱりダメそうだ!」
言葉は分からなくても、バカにされているのは薄々分かる。
悟がムスーっとし始めると、マリーが慌てて取りなした。
「失礼ですわよ?殿下と中身まで同じとは限りませんわよ。ね、ササキ。私とお義父様とここでお留守番して、あなた方の世界のお話を聞かせて下さいな。それも何かの役に立つかもしれませんわ。」
主人が通訳してくれると、悟の機嫌はみるみる内に良くなった。
「はい!ああ、やっぱりこっちの唐沢さんも優しいんだなあ。」




