番外編 龍介×アレックス その2
アレックスはイリイから降り立つなり、龍介と亀一のパタパタ竹刀を持つ手を掴んだ。
凄い力で、龍介を持ってしても、振り払えない。
しかも、その顔が…。
「お父さん!?」
侍達が一様に驚く。
「なんとアの字殿!隠し子がおられたのか!」
今度はアレックスが驚く。
「誤解を招くような事を言うな!俺は子供は居ない!それにこんなデッカいガキ、俺が10位の時の子って事になっちまうだろうが!」
アの字と呼ばれたアレックスという男は、確かに龍介に似ていて、そして、大人なだけに、ぱっと見、龍彦によく似ていた。
しかし、よく見れば、彼は彫りの深い、外人の顔をしている。
似てはいるが、違う。
そして、話す言語は、龍介達の耳には、イギリス英語に聞こえた。
龍介はイギリス英語で謝った。
「すみません…。父によく似てらしたものですから…。」
アレックスは、龍介を澄んだ瞳でじっと見つめると笑った。
「確かに、君は俺と似ているな。その上、竜国の言葉まで知っているのか。何者だか知らないが、取り敢えず俺と話をするか、それとも俺と手合わせするか、どちらかにして貰おう。」
龍介も亀一も、この男には勝てる気がしなかった。
腰に下げた恐ろしく大きな剣を使える程の技量を持ち、龍介と亀一も難なく押さえられる腕力もある。
その上、この目。
真っ直ぐで、数々の修羅場を信念に基づきくぐってきた、そんな強い目に見えた。
「お話しをさせて下さい。」
「よし。じゃあ、場所を移そう。」
アレックスは3人を雑貨商の親父の店に連れて行った。
龍介が店内にある物を見ながら言った。
「やっぱ俺たちが知ってる江戸時代じゃねえな…。ここまで色んな国の物は入ってなかったろう。あの侍達も流暢な英語喋ってたし。」
「長岡の言ってた通り、パラレルワールドの大昔って事かな。」
悟が言うと、亀一も頷いた。
「多分な。」
店の主人と話していたアレックスが振り返って3人に声をかけた。
「こっちだ。」
奥の部屋に3人を入れて座らせると、アレックスはテーブルに世界地図を出した。
「さて。どこから来たんだ。」
龍介達は、地図を覗き込んで驚いた。
ヨーロッパからアメリカまで、全て地続きだし、日本の様な島国も無い。
あるのは、ウロボロスいう、まん丸の島だけだ。
「相当昔なのかな…。」
3人で呟きながら更に見て行くと、国の名前も全く違う。
竜国に獅子国、麒麟国にアーヴァンク、ペガサス…。
「ファンタジーだな、ネーミングが…。竜国ってのがアの字さんの国だとすると、イギリスなのかな…。」
龍介が思わず言うと、亀一も言った。
「そうだよ。大体、アの字さんが乗って来た鷹だって、ファンタジーじゃねえかよ。なんだよ、あの大きさ。」
アレックスに疑われるのは得策でないので、亀一と龍介はイギリス英語で喋っていた。
頬杖をついて、2人の会話を聞いていたアレックスは、面白そうに微笑んだ。
「ファンタジー?聞いた事が無い単語だな。それから俺はアの字では無く、アレックスだ。そしてさっきの大鷹はイリイという名だ。神聖な大鷹なので、あの大きさになる。」
「はあ…。」
やっぱりファンタジーの世界だと思いながら、龍介は話し始めた。
「実は俺たちは、この世界からは来ていません。
遠い未来で、しかもこことは別の世界から来ました。
おいそれとは信じられないかもしれませんが、タイムマシンという、過去を遡って行ける機械と、パラレルワールド装置という、別の世界に行ける装置の両方が誤作動してしまい、ここへ来てしまった様です。
取り敢えず、僕達は、こちらの世界に影響を与えない内に、元の時代の世界に帰らなければなりません。
そのためにはタイムマシンが必要です。
通常だと、タイムマシンは着いた先で自分達のすぐ近くにあるものなんですが、今回は何故か、側に無かったんです。
ですから、そのタイムマシンを探しに行かないとならないんです。」
長い説明だったが、アレックスは黙って聞いていた。
そして、意外な事に、全て受け入れてくれてしまった。
「じゃあ、そのタイムマシンとやらを探しに行こう。」
面食らったのは、龍介達だ。
何の疑問も持たず、信じてくれた上、タイムマシンも一緒に探してくれるという。
「い、いいんですか…。」
龍介が聞き、亀一も言った。
「信じてくれるんですか…。こんな荒唐無稽な話…。」
「聞き慣れない単語ではあるが、荒唐無稽とは思わねえな。魔法なんかが当たり前に存在する世界だからな。ここは。」
びっくりして固まる龍介達を笑う。
「君達の方が余程頭が硬そうだぜ?じゃあ、行こうか。」
すると、雑貨商の主人が顔を出した。
「どうした、オヤジ。」
「旦那…。その子達、お告げの子なんじゃねえんかな…。」
「なんだ、お告げって。」
主人はアレックスを押し退け、部屋に入って来ると勝手に座り、勢い込んで話し始めた。
「お前さん方、遠い未来の別世界から来たって言ったよな?」
「はあ…。」
「今、入ってきた情報と依頼だ。旦那も座って。」
「なんだ。」
アレックスが渋々座ると、主人は地図上のウロボロスという島を指差した。
「ここにな。ジュノーっていう魔導師が住んでんだ。以前は本当に悪い奴で、世界を滅ぼそうとしたんだが、この旦那が改心させてよう。今じゃ人助けしかしねえ。まあ、罪人だから、牢獄からは出ねえけどな。でも、自分から出ないつってんだ。」
やはり、魔法が当たり前に存在する世界のようだ。
「でな。この魔導師が、数日前、3人の異世界から来た少年が、この旦那と一緒に世界を救うって予言をしたのよ。世界に何が起きるのか、それはジュノーもちょっと分かんなかったらしいんだけども。で、依頼だ、旦那。」
「俺は暫く仕事はしないと言っただろう。」
「んな事言ったって、旦那にしか出来ねえ事なんだよ。誰も引き受けやしねえよ、こんな事。坊主達も聞け。この間滅んだワイバーンて国な。ここな。」
地図上の一つの国を指差す主人。
そこは獅子国、竜国と仲良く真っ二つに分けられていた。
「ここで謎の疫病が流行ってんだ。住民全員が身体中に水泡が出来て苦しみながら死んじまった。
医者が総出で原因探っても分からねえ。
調査で行ってた人間も死んじまった。
ワイバーンの呪いで、あの怨みの花が復活しちまったんじゃねえかって、えれえ騒ぎだ。
竜国も獅子国もお手上げ状態。」
「怨みの花は全てを灰にするんだ。それは症状が全く違うし、怨みの花自体、獅子国と竜国で燃やして根絶やしにした筈だろう。」
「んまあ、そうなんだけどよ。その先があんのよ。
んでね、この隣接国のユミル国。
ここでも被害が出始めたんだよ。
この川沿いの一帯の住人がバタバタと同じ症状で倒れ出してんだって。
人間だけじゃねえ。牛や馬もだ。」
龍介が地図を見ながら聞いた。
「この1番初めに疫病が流行った元ワイバーンという国と、このユミル国で被害が出た地域は、川で繋がってますね。」
「おう。そうなのよ。」
「俺たちの世界では、そういう場合、飲み水や土壌汚染が原因と考え、産業廃棄物の不法投棄を疑います。」
主人の目が鳩が豆鉄砲をくらった様になってしまった。
「さ、サンギョウハイキブツ…?フホウトウキ…?なんだい、そりゃあ…。」
「このワイバーンという国は何をやってたんですか。」
「悪い事。」
「悪い事にも色々あると思いますが…。」
主人のすっとぼけた答えに戸惑う龍介を見て、アレックスが笑いながら間に入った。
「お告げなんかどうだっていい。君たちは元の世界に帰らないと。親や嫁さんが心配してるだろう。」
「よ、嫁はいません。まだ14ですから。」
龍介が驚き顔で返事をすると、アレックスは意外という顔をした。
「14と言ったら、ここじゃ大抵結婚してるか、自活してる。」
「そうなんですか…。」
それまで黙っていた亀一が言った。
「嫁に決めた人は居ますが、しかし、ご心配には及びません。こういったタイムスリップの場合、こちらで何日過ごそうとも、消えた時の時間に戻っていますので、家族にも、嫁候補にも心配はかけない仕組みになっています。」
「へえ。便利なものだな。」
亀一は悟を指差しながら、続けて言った。
「ーで、すみません。こいつは竜国の言葉が話せないので、えーっと、なんんだっけ?鹿国だっけ?ここ。」
主人がムッとして訂正する。
「麒麟国だぜ!覚えとけ!」
「ああ、すみません。麒麟国の言葉でしばらく話しますが、いいですか?」
「ああ、どうぞ。」
アレックスはもう龍介達を疑っていないようだ。
というか、初めて会った時から、疑っては居ない様に思える。
パッと見て、瞬時に判断したのかもしれない。
人を見抜く力も持ち合わせているらしい。
「これは、さっき佐々木が言った様に、この間のと同じ、望まれたタイムスリップじゃねえかと俺は思う。」
亀一が言うと、悟が戸惑いながら頷きつつ聞いた。
「ていうか、僕、全然話わからんなかったんだけど。」
龍介がざっと説明した後言った。
「実は俺もきいっちゃんと同意見だ。ここの人達に環境破壊って感覚は無い。文明はまだ発達してねぇようだが、水質汚染、土壌汚染が出てるって事は、それなりには発達してる。なのに、その毒性を知らなかったら、確かに世界の危機になる。」
「うん。僕も協力する事に賛成。」
「きいっちゃんもだな?ほぼあんたの知識頼みになるぜ?いいんだな?」
「元よりそのつもりだ。」
「よし。」
龍介はアレックスを見つめてはっきり言った。
「この件を解決するお手伝いをしてから、タイムマシンを探して戻ります。」
アレックスが返事をする前に、話を聞いていた主人が、目を輝かせて言った。
「旦那!こいつら男気あるぜ!旦那みてえ!やっぱ、隠し子じゃねえの⁈」
「あのなぁ…。まあいい。本当にいいのか?」
「はい。」
アレックスはニヤリと笑った。
「助かるぜ。色々知ってそうだしな。」
詳しい話に移ろうとした時、伝書カラスがいつも通り、雑に新聞を窓から放り込んだ。
「ったく伝書カラスは仕事が雑だわ、配達サボるわ…。」
主人がブツブツいいながら、新聞を広げ、顔色を変えた。
「こりゃ、大変だ。さっき言った国だけじゃねえやな!。世界中で同じ症状で人が死に始めたぜ!これは急がねえと!」




