ああ、きいっちゃん…
瑠璃達が家の中に入ると、森の向こうからガヤガヤと人の声がして来た。
「おい、本当なんだろうな。人間の言葉が分かる熊なんて。」
「ほんとっすよ、アニキ。昨日ここで自殺した奴らの金目のもん獲ってた時、確かに見たんすから。メガネの中年男と喋って、言う事聞いて、洗濯物まで干してたんすよ。」
「まあ、本当だったらえらい金になる。全部連れてくぞ。」
「あの中年男はどうすんです。」
「バラしとけ。どうせこんな所に住んでる奴だ。死んだって誰も気付かねえよ。バラしたら、森ん中にでも捨てときゃあいいさ。」
声の質や足音から行くと、賊は5人居る。
話の内容や、殺す事をバラすという所から、ヤクザだと思われた。
「ふむ。ヤクザか。じゃあ、これで行こう。」
佳吾は左の懐から手を出し、右の懐と、腰のホルターから銃を出して、一丁、龍介に渡した。
「龍介君、これは気絶して、精々過去5年位の記憶を失くすだけの弾が入っている。身体に当たったら針が出て、薬剤が注入されるだけだから絶対死なない。これで奴らが何かやらかす前に全部眠らせよう。」
「分かりました。」
龍介は努めて冷静に銃を受け取りながら、内心驚きで一杯になっていた。
ーこの人は身体に幾つ銃を装備してるんだあ!?
ヤクザ達が姿を現わした。
「なんだてめ…。」
と言い終わらない内に、佳吾が撃ち出したので、龍介も撃ち、あっと言う間にヤクザ達は倒れてしまった。
ーいいんだろうか、これで…。
若干疑問に思わなくも無かったが、話しても無駄だし、ガタガタ揉めるよりはいいのかもしれないと思い直した。
「この人達、どうしますか。」
「そうだな。それこそ樹海のなかに入れておいてやろうか。」
「そうですね。」
そして二人で2人づつ片手で1人を引きずって、森の中に放り込んで、悠木の家に戻った。
引きずっていく時に見たが、佳吾は2発づつ撃っていた。
ーあの短時間で…。流石だな…。しかも急所微妙に外してるし…。
「叔父さんが来てくださったお陰で、苦労なく撃退できました。有難う御座います。」
「いやいや。」
佳吾は照れ笑いをすると、真面目な顔に戻り、悠木に言った。
「ああいう輩は多い。出来るなら、ここはもう離れた方がいいかもしれませんね。」
「そうですね…。もっと山奥に行きます。」
「そうした方がいいでしょう。」
改めて、佳吾と一緒に悠木に礼を言い、クマさん達に見送られ、3人で地元の美味しい物を食べてから帰宅した。
翌日はしずかと鸞が帰って来た。
もう夏休み終わりまであと数日しかないからだ。
佳吾はしずかのイギリス土産の大量の紅茶を貰い、嬉しそうに帰って行った。
「へえ、意外と話の分かる人なんだな。」
秘密基地に集まり、龍介が瑠璃の報告がてら佳吾の話をすると、亀一がそう言った。
「うん。あの人は本当はものすごく優しい人で、融通の利く人だと思う。あの堅苦しい感じは、カモフラージュって気がしねえでも無い。」
寅彦が頷いた。
「なるほどな。そういや組長が言ってたぜ。凄えいい上司なんだって。現場主義で。でも、責任は全て吉行さんが取るから、心置きなくやりたまえって言ってくれる人で、上司の鏡みてえな人だって。」
「だと思う。射撃の腕も凄えしな…。まあ、銃の所持量がドラえもん並みなのは驚いたが…。」
「数えなかったのかよ。」
「そんな、いくら甥っ子でも、身体触りまくるわけには行かねえだろお?」
亀一はもう会話に参加するのはやめてしまい、さっきから腕時計ばかり見ている。
「どうしたの?きいっちゃん。悟は大体10分遅れだよ?」
朱雀が不審気に聞くと、なにやら突然ニヤニヤしながら言った。
「いや、佐々木を待っているわけではない。ああ、時間だ。俺帰る。」
「は…?きいっちゃん、来てからまだ10分も経ってねえぞ?」
今度は龍介にまで不思議そうに言われたが、満面のいやらしい笑みで答えた。
「だって、しずかちゃんが土産持ってうち来んだもーん!」
「母さんは優子さんに会いに行くんだろ?」
「んな事あどうでもいいんだ!では帰る。」
そう言って、本当に帰ってしまった。
亀一と入れ違いに、今日も遅刻大魔王の悟が到着。
「きいっちゃんに会ったろ?」
龍介が聞くと、苦笑いをしながら答えた。
「うん。でも、とてもじゃないけど、気味が悪くて声掛けられなかったよ。」
「へ?なんで?」
「ニヤニヤと、凄いいやらしい笑い浮かべながら、猛スピードで自転車漕いでんだもん。何も見えてないよ、あの人。」
3人は容易に想像がついてしまい、悟同様、苦笑した。
「母さんがきいっちゃんち行くんだよ。」
「ああ、成る程ね。あ、唐沢さん、良くなったって?良かったね。どうやったの?」
「あの、クマさん達のお父さんに頼んだんだ。言ってみりゃ逆の薬だからさ。」
「ーああ!そうだよね!思いつかなかった!よく思いついたね!」
「俺じゃない。ポチだ。高級ささみでお礼しといたよ。」
「へえ。加納んちはワンコまで頭いいんだな…。あ、ねえ、前から不思議に思ってたんだけど、きいっちゃんて随分可愛いあだ名だよね。誰が付けたの?」
すると、寅彦と朱雀は笑い出し、龍介は仏頂面になって、そっぽを向いてしまった。
「何?なんなの?」
寅彦が笑いながら答えた。
「龍がさ、きいち君て言えなかったんだよ。きいっちゃ!になっちまってさ。で、可哀想だからっていう事で、きいっちゃんにしちまおうって事に。俺の寅彦もとらちこだったから、みんなに笑われて、幼児の龍も考えたのか、寅になったと。」
「へえ。じゃあ、寅之君は?」
「ユキは、加奈ちゃんがユキちゃんて言ってたから、それに乗っかっただけ。」
「へえ。影響力大だな、加納は。」
「う…。」
「でも良かったね。唐沢さん元に戻って。」
「ああ、有難う。」
「しかし、心配性なんだな。それだけ唐沢さんが大事って事なんだろうけど。」
少しは照れるかと思ったが、全く表情も変えず、うんと言い切った。
3人してちょっとガッカリ。
寅彦が気をとり直して、全く別の質問をした。
「そういや、夏目兄貴はどうしてんの?お巡りさんやってんのか?」
「ああ、そうだ。凄えんだよ、夏目さん!」
龍介が目を輝かせて、嬉しそうに話し始めた。
珍しい事なので、なんだろうと、3人も興味が湧く。
「この間、中3の男が、自殺に見せかけて、同級生から先生まで、何人も殺したって事件あったろ?あの事件、解決したんだ。」
「え?あの事件を?夏目兄貴が?」
その事件は、夏休みの初めに報道されて以来、ワイドショーでも、ニュースでもショッキングに取り上げられ続けていた。
中3だが、まだ14歳という、龍介達と同い年の少年が、邪魔と感じた同級生や学校の先生、更には自らの家族まで、自殺や事故に見せかけて殺したという信じ難い事件だった。
少年はサイコパスと呼ばれる人格障害で、これらの自殺や事故と片付けられた物を捜査し、少年が犯人と突き止め、逮捕したのは、警視庁に新しく出来た捜査五課という、猟奇殺人事件や異常事件を犯罪心理学の見地から専門に捜査する課だと報道されていた。
「じゃあ、捜査五課って所に入ったのか?」
「そうなんだ。お巡りさんやってた時に、あの犯人の少年が近くの中学に通ってたんだけど、そいつの同級生の女の子が自殺したって通報で、夏目さんが駆け付けて、その時に、そいつの挙動が怪しいって夏目さんが勘付いて、五課に持って行ったのがきっかけで解決したんだぜ?夏目さんが気付かなかったら、あいつ、未だに大手を振って歩いてたんだからな。凄えだろ?」
「それは凄いね…。」
3人で感心していると、我が事のように得意気に続けた。
「で、見込まれて、まだお巡りさん期間なのに、ヘッドハンティングされて、今、五課に居るんだ。」
「へえ…。じゃあ、今起きてる変な事件も、担当してんのかね?」
その一件で注目された捜査五課は、結構未解決事件の相談に乗ったり、捜査協力をしたりしていると、マスコミでも英雄の様に取り上げられている。
寅彦が言うと、やっぱり嬉しそうに答えた。
「多分な。」
「加納は本当にその夏目さんて人が好きなんだね。」
「うん。」
「加納も刑事さんになるの?」
「なりてえかな。今の所は。」
「そういう異常犯罪の?」
「出来れば。だって、なんでそんな異常な犯罪やらかすのか、不思議じゃねえ?」
しかし、寅彦は少々嫌そうな顔になった。
「まあねえ。でも、新聞には出てねえけど、凄え死体とか見なきゃなんないぜ?」
「それはそうなんだけどさ。」
でも、朱雀は無邪気に言う。
「でも、龍ってお巡りさん似合ってるよ。正義の味方のいいお巡りさんになりそう。」
確かにそれは言えている。
考えてみたら、小学生の時からずっと、人助けばかりしてる、子供版お巡りさんの様だ。
「あ、そうだ。うちのお父さんなんだけども。」
悟が急に難しい顔で言い出した。
「親父さんがどうかしたのか?」
龍介が聞くと、自分でも腑に落ちない様子で言った。
「なんかさ。この間、会社に電話したら、現場に直行直帰ですって言われたんだ。工場は確かに海老名にあるんだけど、僕、そこで見かけちゃったんだよ。夕方。お父さんを。」
早速パソコンを開いて聞く寅彦。
「そこってどこ。」
「横田基地から出て来たんだよ。」
「ん〜?」
聞いた3人も首を捻ってしまった。
ただ、龍介と寅彦には、なんとなくだが予想がついた。
正確に言うと、悟の父は、横田基地の地下にある蔵から出て来たのではないか。
しかし、何故悟の父が?とは思うので、首を捻ってしまったわけである。
「ーん〜、佐々木。もしかしたら、知ってはいかん類いかもしれねえ。詮索はオススメしない。」
龍介が言葉を濁しながら言うと、悟も大人になったのか、神妙な顔のまま頷いた。
「やっぱそう思う?それで僕も聞いてないんだ。」
ちょっとホッとしながら帰宅した龍介は、竜朗に聞いてみた。
「佐々木の親父さんて、やっぱり父さんを手伝ってんの?」
竜朗は意外と簡単に教えてくれた。
「おう。なんか怪しかったろ?タムマシンの時にしても、パラレルワールド装置の時にしても。」
「うん。全然驚かないし、疑わねえから、それが逆に妙だなとは思ってた。」
「だろう?。あいつはうちの鬼門でも、車の設計に関しちゃあエキスパートだ。宇宙で使う水素エンジン車や、軍事用の特殊車両なんかで手伝ってくれてんだ。」
「なるほどね。」
「まあ、あの頃は、悟が恐ろしかったからな。とてもじゃねえが、龍にも言えなかったが、今ならいいだろ。」
「うん。俺も今日びっくりしたんだけど、佐々木は親父さんが横田基地から出てくるのを見ちまったらしいんだけど、詮索はやめとけって言ったら、やっぱりそうか、だから聞かなかったって言ってた。」
「あいつも双子っちの世話で大人になったんだなあ。」
「じ、爺ちゃん…。それ関係あんのか…。」
「………。」
「爺ちゃん?」
「しずかちゃん、遅えなあ!ああ、腹減った!」
竜朗は、龍介不在中に、散々、悟達をこき使っていた事をなんとか正当化したいらしい。
「きいっちゃん、凄く暑いんだけど…。」
その頃しずかは、亀一にソファーでベッタリくっつかれていた。
「エアコン強くする?」
「いや、そういう問題でなくて、あなたが筋肉質だから、熱を放出して暑いのよ。」
「んな事言ったら、龍太郎さんだって、あのスケベオヤジだってそうじゃねえかよ!」
「んまあ、そうだけど…。」
「なんであの人達は良くて、俺はダメな訳!?」
それは当たり前の事なのだが、しずかは黙った。
「ん…。ごめん…。いいの…。」
「よし。」
優子が苦笑しながらクーラーを強めた。
蜜柑と苺が不思議そうな顔で見ている。




