ポチの提案…その結果は…?
翌日から3日間は、龍介も剣道部の合宿で留守をしていたが、瑠璃からは感謝と、お陰様で動物達の声が聞こえないと、嬉しそうなメールが来ていた。
しかし、合宿が終わって帰ると、珍しく瑠璃が加納家に来ており、竜朗と双子に慰められていた。
「瑠璃ちゃん、また今朝から聞こえ出しちまったそうだ。手間の割に効果が長続きしねえから、他の方法を考えた方が良さそうだな。」
竜朗が言うと、申し訳なさそうに頭を下げて謝った。
「ごめんなさい…。ずっと抱っこして走り回ってくれてたのに…。」
しかし何故か顔がにやけ始める。
苦笑する竜朗の横で、瑠璃に撫でられていたポチが不思議そうに瑠璃を見た。
「瑠璃ちゃん、どうしたの、そのしまりの無い顔は。」
「う…。ポチ…。そこ指摘しないで…。」
「ダメだった?あ、兄貴、お帰りなさーい!」
龍介に気付き、慌ててソファーから飛び降り、転んだが、めげずに撫でられるポチ。
「そっか…。他の方法か…。」
ポチが龍介をじっと見つめている。
「龍、あの…。」
瑠璃が言いづらそうに声を掛けた。
ポチの通訳をしてくれる様だが、竜朗の前では支障があるという事かもしれない。
「部屋行こうか。ポチもおいで。」
龍介の部屋に入ると、瑠璃がポチが言うままに通訳し始めた。
「爺ちゃんにも内緒にしてる人いるじゃん。兄貴が助けられたクマさん達のお父さん。」
「ーあ…、ああ!あの人か!そうか、あの人は動物に言葉分からせようとしたんだから、逆も出来るかもしれねえって事だな!?ポチ!」
「そうそう!ポチ、なんか出来そうな気がするんだ、その人。」
龍介が満面の笑みでポチの頭を撫でた。
「偉いぞ!ポチ!」
「えっへん!成功したら、ポチのお陰だからね!ササミ増量してね!?」
「分かったよ。高級ササミにしてやるから。」
「やったあ!」
龍介は通訳が終わると、瑠璃の頭を撫でた後、そっと抱きしめた。
ーはああああ!やったああ!ポチ!やったわ、あたし!
しかし、ポチは面白くない。
2人の足の間に懸命に入って、割こうとしながらブツブツ言っている。
「ダメえ!くっついちゃダメ!兄貴はポチの!」
瑠璃は通訳せず、龍介の腕の中でにやけた。
「必ず治すから…。」
「うん。ありがとう。」
「ダメえ!瑠璃ちゃん離れてよお!」
ーやだよ~ん。ポチはちょっと我慢しなさい。
しかし、やっぱり気付く。
ーこっちはこんなにドキドキしてるのに、龍は全然だわ…。
くっ付いているだけに、龍介がポチ同様の感覚で瑠璃を抱きしめているのは、肌で分かる。
その証拠に龍介は言った。
「ポチ、待ってなさい。次に抱っこしてあげるから。」
ーやっぱし!
龍介は瑠璃を離し、頭を撫でると、机の引き出しからクマのお父さんの悠木ゆずること、悠木譲治という男性から貰った連絡先のメモを出し、電話をかけた。
ポチは勇んで床に座った龍介の膝に乗る。
「久し振り!何か恩返し出来そうな事が起きたのかな!?」
「そうなんです。図々しくお願いのお電話をしてしまいました。」
と、瑠璃の状況を話す。
「僕にしてみたら、羨ましくはあるけど、でも大変だろうな…。話したい動物ばっかりじゃないしね。分かった。やれない事は無いと思う。2日程時間をくれないか。それまでに可能かどうかお返事する。」
「はい。勿論、それで結構です。」
「じゃ、2日後に連絡するね。」
「宜しくお願いします。」
そして真行寺の仕事をして2日が過ぎ、龍介が丁度家に居る時に、悠木から電話が来た。
「出来たと思う。これ打てば、必要以上に動物の言葉が分かってしまうって事は無いと思うんだ。」
「ありがとうございます。それで副作用とかは…。」
「無いと思う。特殊能力だけ消えるはずだ。」
「助かります。本当にすみません。」
「いやいや、それでさ、僕、この子達置いては長時間出られないんだけど、どうしたらいい?」
「取りに伺います。」
「1人で?」
「可能なら瑠璃も連れて行きたいですが…。」
「うん。出来たらそうして欲しいな。目の前で点滴で入れて貰いたいし。万が一って事が無いとは断言出来ないから…。」
「万が一ってなんですか!?」
悠木は龍介の剣幕に、電話なのに、怯えてしまっている。
「い、いや、ほら。そう弱い薬じゃないから、アレルギー反応とか色々ね…。その薬の中和剤も用意してるから、大丈夫だよ…。」
「ああ、良かった…。失礼いたしました。じゃあ…。」
真行寺や竜朗達も心配してくれているから、話せば連れて行ってくれるだろうが、話したら、クマさんへの実験などの事も当然ばれてしまう。
ここはデートだとか言って、2人で電車で青木ヶ原樹海の悠木の家まで行くしか無いだろう。
「明日、電車で伺います。」
「じゃ、駅まで迎えに行くね。」
瑠璃も都合がいいと言うので、翌日、剣道の稽古が終わると、龍介は瑠璃を迎えに家を出ようとしていた。
玄関で靴を履いていると、後ろに佳吾が立った。
佳吾も稽古をつけてくれていて、今日は佳吾の当番だったから、竜朗はまだ寝ている。
「富士五湖とは、デートにしては随分と遠い所まで行くね。」
「そうですね…。」
「自然が一杯で、動物が一杯。今、動物の声で悩まされている瑠璃ちゃんを連れて遊びに行くのは、少々難がありそうだ。」
「……。」
口調から言って、佳吾は龍介を責めているのでは無い。
ーこれは勘付かれているのか…。
「龍介君らしからぬ感じだ。という事は、目的はただ一つ。治療法を見付けたのではないのかね。それは富士五湖の方にある。」
やっぱりばれていた。
ーどうしよう…。
龍介は佳吾の言葉の続きを待った。
「しかし、加納にも義兄さんにも言わず、そんな遠くて不便な所に電車でデートだと言って行くという事は、その治療に関わる事は、隠しておかねばならないんだね。」
「ーはい…。」
「君は保身の為に隠し事をする様な子じゃない。悪い事で隠している訳でない事は分かっている。しかし、少々心配ではある。加納に言えないという事は、機密問題が絡んでいるんだろう?」
凄い洞察力だなと思いながら頷く。
「はい…。その人の生活をそのままにさせてあげたいんです…。」
「君が庇うという事は、その人も悪人では無いという事だね?」
「はい。そう思います。」
「では尚更心配だ。世の中にはそれを悪用しようとする人間が必ず居る。何事も無ければ良いが、君達が行っている間に何か事が起きないとは限らない。私は外務省の人間だ。国内の機密に関しては、目を光らせなくても済む立場でね。」
佳吾が微笑んだ。
「叔父さん…。」
「加納にも義兄さんにも言わない。勿論、国家も持ち出さない。万が一の時の為に話しておいてくれないだろうか。」
瑠璃は落胆しながら、佳吾の運転するマセラティの後部座席で揺られていた。
龍介と2人きり。
長旅。
もしかしたら、今日中に帰って来られないかも!?
なんて淡い期待は、佳吾が一緒に行ってくれる事で、泡と消えた。
「不安か?」
龍介が心配そうに、隣から瑠璃の顔を覗き込んだ。
龍介から聞いた悠木の薬には、意外と不安は無かった。
でも、ここは正直に言う訳に行かないので、頷くと、龍介は手を握った。
「嫌だったらやめよう。」
「ううん。大丈夫。」
佳吾がルームミラー越しに瑠璃に微笑んだ。
「早朝だから空いてる。すぐに着くから、少し寝て行きなさい。」
「はい。ありがとうございます。」
龍介が膝を叩いた。
「ええ!?お膝に抱っこ!?」
「ご要望ならするけど、この天井じゃいくらお前が小さくても、つっかえるだろ?枕にどうぞと言っている。」
「あ…。ありがとう…。」
お言葉に甘えて横になる。
ーむふふふ…。気持ちいい~。ちょっと固いけど…。あ、でも、お膝に抱っこもいいんだ…。今度お願いしちゃおっかなあ~!キャア~!私ったらあ~!
「ー瑠璃、顔どうした。崩れてるぞ。いいからお休み。」
「あ、はい…。」
最近はしまりの無い顔を龍介にまで突っ込まれる様になってしまった瑠璃だった。
暫くして、佳吾がルームミラー越しに龍介を鋭い目つきの笑顔という、いささか物騒な感じの表情で見た。
「瑠璃ちゃんは寝たかね。」
「はい。」
佳吾がニヤリと笑った。
ーん?なんだ?どしたんだろ、叔父さん…。
すると佳吾は、磁石のついたバッチの様な物を取り出し、運転席の窓を開けて、ドアに付けて、また窓を閉めると、ギアを変え、いきなり猛スピードで走り出した。
しかも、猛スピードのまま、他の車の隙間を縫う様に走っている。
運転技術もレーサー並みだし、まさしく映画のカーチェイスそのままだ。
しかも、その表情は嬉々として、少年の様に楽しげだ。
ーぬおおおお…。叔父さん、こういう運転が好きな人だったんだ…。
思わず瑠璃をがっちりホールドし、自分もドアに捕まりながら呆気に取られていると、楽しそうな表情のまま、佳吾が言った。
「さっきのバッチはね。情報局バッチなんだ。道路交通法無視して可だから、捕まる事は無いから安心してね。」
「は、はい…。」
ーいや、俺はそっちの心配じゃなくて、叔父さんの変貌ぶりに驚いてます…。
しかし、運転は本性が出るという。
佳吾の本性は、意外とせっかちで、乱暴者なのかもしれない事を龍介は初めて知った。
竜朗は、情報局との打ち合わせに来た人物を見て、目を丸くした。
佳吾が来るはずなのに、副局長の西条が部屋に入って来たからだ。
「あれえ!?吉行は!?」
「局長、今日はお休みですって。珍しいでしょう?」
口調がアレだが、西条は口髭を蓄え、少々小太りではあるが、イタリア製のスーツをビシッと着こなした、濃い顏のダンディーなおっさんである。
七不思議と言われているが、妻1人、娘3人と、ちゃんと家庭も築いている。
「ええ?なんで?朝から居なかったぜ?」
「有給が10年分手付かずで溜まってる方ですから、やっとお休み取る気になられたんだわあと思って、根掘り葉掘り聞いてません。」
「ふーん…。女?」
「まさかあ!」
「だよなあ。モテる癖に、ちっともなびかねえもんなあ。」
「女性は何かと面倒だと仰ってましたわよ?」
「だよな…。まさか龍と瑠璃ちゃんの折角のデートに付いてったりしてねえよな?」
「いくら心配症で潔癖症でも、そこまではなさらないんじゃないですかあ?龍介君の化石ぶりはよくご存知でしょうし。」
「だよなあ。」
付いて行っていた。
「着いたよ、瑠璃ちゃん。」
爽やかな笑顔で後部座席のドアを開ける佳吾に反して、龍介は疲れた顔で、若干髪が逆立っている。
「龍、どうしたの?重かった?ごめんね…。」
「違う…。お前のせいじゃない…。」
「何かな?龍介君。」
爽やかな笑顔。
ああ、楽しかったと顔に書いてあるかの様だ。
何も言える筈がない。
「いえ…。なんでもありません…。」
目を伏せる龍介を心配そうに見上げる瑠璃。
ーまた熟睡している間に何かが…。
やはり、これも聞かない方がいいのかもしれないとはなんとなく思った。
ここは樹海に入る手前の道路だ。
悠木がここを指定してきたので、待つ間、外の爽やかな空気を3人で吸っていた。
「ああ、ここの鳥さん達は田舎のせいか、のんびりしてていい…。」
笑顔で話していたのに、突然真っ青になって固まった。
「どした!?」
「き、昨日、樹海の中で自殺があったんですって…。わあわあ泣いて、首吊ったって…。まだ若いのにね…。お菓子位持ってなかったの?無いわよ、薬だけよ。なんだあ、つまんないのって、どこの小鳥も同じギャルだわあああ!」
可哀想になり、龍介と佳吾まで瑠璃の耳を塞ぎ、佳吾が思い出した様に、スーツのポケットから耳栓を出した。
「もしかしたらと思って、買って来たんだ。着けてみるかね?」
「あ、考えもしませんでした。ありがとうございます。」
瑠璃は耳栓をすると、笑顔で親指を立てた。
何も声を出さない犬やカラスの言葉も分かるので、全てが脳に直接響いてきているのかと思ってしまっていたが、鳴き声で分かってしまう方は、これで対処出来る様だ。
そこへ悠木が軽自動車で現れた。
挨拶を交わし、悠木の車に先導されて、悠木の家に行った。
クマさん達の大歓迎を受けると、瑠璃が微笑んだ。
「龍に会いたかったんですって。」
「ほんと?ありがとう。」
悠木は、瑠璃をベットに横にならせた。
「点滴にして、少しずつ入れていくね。ちょっとでもおかしいと思ったら、直ぐに言ってね。身体が熱くなるとか、逆に寒くなるとか、めまいとか、本当に些細な異変でも言ってね?我慢は絶対ダメ。」
「はい。」
点滴が順調に始まり、龍介と佳吾はクマさん達が淹れてくれたコーヒーを飲んでいた。
「上手に淹れるね。」
佳吾が褒めると、クマは嬉しそうに手を叩いた。
「叔父さんは大丈夫なんですね。こういうクマさん…。」
「まあ、メカニズムを龍介君から聞いていたしね。私はあるものは、ありのままに受け入れるしかないと思っているから…。」
「爺ちゃんはダメでした。無かった事にしたかったみてえ。」
「はははは。あいつはそうだろうな。」
瑠璃を見ると、楽しそうに笑っている。
「瑠璃、クマさん達、なんて言ってんだ。」
「龍介君来てくれて良かったね、あの叔父さんもいい人だね、コーヒー褒めてくれたんだからいい人だよって。ああ、可愛い会話だわ…。癒される…。」
悠木がしみじみと、幸せそうに言った。
「ーそっか…。僕がこうかなと思っていた事を言ってたんだね…。」
「はい。心が通じ合っている動物と人間だと、大体そんな感じに思います。私もセーラやポチが言ってる事って、ああ、やっぱりそうだったんだっていう事が大半です。龍もそうみたいだし。細かい事は、流石にこの能力が無いと分からないけど…。」
「だから君はその能力を無くしてもいいって思ったんだね。成る程な…。羨ましかったけど、それなら僕も必要無いかなって思えるな。」
「そうですよ。小鳥はギャルだし、カラスはチンピラだし、スケベな犬とか野良猫とかの声なんて聞かない方がいいです。でも、彼らは人間に頼らずに生きているから、それも仕方ないのかなって思う様になりましたけど…。」
「そうなんだ。小鳥はギャルで、カラスはチンピラ…。うーん、凄い納得しちゃうな。」
「でしょう?あ、あれ…?」
「どうした?」
龍介と佳吾が心配して駆け寄って来た。
「クマさん達の声が聞こえなくなった…。」
「外出てみるか?」
「うん…。」
丁度点滴も終わったので、龍介に手を取って貰い外に出た。
小鳥のさえずりが聞こえるが、瑠璃は笑った。
「分かんない!何言ってるのか!」
「やった!治ったんだ!」
「わーい!」
みんな笑顔になり、龍介と瑠璃が礼を言おうとした時だった。
佳吾が、クマさん達と悠木を庇う様に後ろ手にし、懐に手を入れて、身構えた。
龍介も堅い表情でポケットに手を入れてパタパタ竹刀を出して、グニャグニャのまま握りしめている。
「龍?」
「誰か来る。中入ってろ。」
佳吾が冷静に言った。
「君もだ、龍介君。私はその為に来ている。」
「いや、出来ません。悠木さん、瑠璃とクマさん達と中に入って、動かないで。」
佳吾は怒るかと思ったが、苦笑しただけだった。
「本当に龍彦に似てしまったなあ。」
何故か懐かしそうに笑っている。
「お父さん?」
「そう。まあ、その内話そう。」




