龍介くん、作戦に失敗する
「きいっちゃん、1ついい?」
龍介は、期末テスト期間で暇な亀一と寅彦と3人で、加納家で遊んでいた。
この3人、テストだからと言って、改めて勉強する事は何も無いので、テスト期間中は、いいのんびりタイムになるのだった。
「なんだ?」
「なんで柊木にもタイムトラベル現象が起きたんだ。頭にミニカミオカンデは繋いでなかったろ?」
「俺も、正直よく分からん。
推測でしか言えないが、敏子さんと柊木は、大野タエさんに全く同じ出迎えられ方をしていて、それがすんごく嬉しかった、幸せだった、つまり同じ精神状態になったという事で、脳がシンクロし、敏子さんにしかやってないはずの事が、柊木にも起きたのかもしれねえ。
あともう1つは、敏子さんと柊木は血縁関係にあるから、よりシンクロしやすかったのかも…。
まあ、俺も分かんねえよ。
あのシステム、親父の話だと、寅次郎さんでさえ、100%解析出来てねえって話だし、偶然とか、執念とかも絡んでんのかもしれねえし。」
「はあ…。そうなんだ。」
「で?柊木どうだって?」
「もういいって気がすんだが、未だに毎日メール寄越すが、異常は無え様だ。事件が新聞に載って、近所のせいか、大葉も気にして連絡寄越すんだが…。」
「龍、市曽な…。」
「ああ、それ。精密検査しても、なんの異常も見られねえってさ。」
寅彦が心配そうに言った。
「柊木にもういいって言った方がいいんじゃねえか?人は悪くねえが、相当鈍そうな女だって、鸞が言ってたぜ?」
「そんな気はすんな…。」
「一緒にいる橋田が凄え苦労してるって。」
亀一が唸りながら言う。
「そりゃ可哀想だな。でも、来年のクラス替えで、鸞ちゃんとか唐沢が柊木と同じクラスになっても、また可哀想ではあるが…。女が4人しか居ねえってのも、大変だな…。」
すると寅彦がパソコンを引っ張り出しながら首を横に振った。
「それはまず無い。コレ見てみろ。」
どこからハッキングしたんだか、もう龍介達は聞かないが、生徒の親の名簿が出て来た。
「普通の家庭の子息も多いが、公安関係者、法務省、内閣府関係者が異様に多い。つまり、英は、うちの系統の人間の子息が行く学校って、暗黙の了解があるんだよ。」
「へえ…。そんで?」
「寄付金の額、見てみなさい。」
竜朗と真行寺の額の桁が一桁も多い。
「うえ…。何、コレ…。龍の爺さん達はなんでこんなに…?」
それには寅彦でなく、龍介が説明した。
「まあ、グランパは退職金の一部を俺が入学したからって事で寄付してくれたのかもしれねえが、爺ちゃんの方。
名前は爺ちゃんの名前にはなってるが、これが図書館から出てるとしたら?
俺達だけじゃなく、他の生徒達にしても、こっちの関係者は、過去の事件から見ても、狙われる可能性がある。
だから、英の警備は、私立とは言え、かなりのセキュリティーだろ?」
「はあはあ、成る程…。セキュリティー費用のための寄付でもあると…。じゃあ、クラス替えしても、俺達が固定なのは…?」
「多分だが、中でも、俺達は図書館関係者だからだろう。
他にもうちのクラスの奴、1年から一緒の奴の親は、図書館司書とか、海外駐在大使館員って、図書館と情報局の仮称の職種が尋常でなく多い。
固めておいた方が警備がしやすいから、そういう便宜も図って貰う為に、多額の寄付をしてると考えられないか。」
「成る程な。で、固定なのか…。」
そう言う亀一がなんとなく残念そうに見える。
龍介と寅彦は顔を見合わせた。
そういえば、鸞のプッシュと、学校で会うなり髪型をいじったりする指導の甲斐あって、最近すずは、美容院にも行く様になり、洗濯石鹸洗顔も辞め、勉強だけでなく、お洒落にも気を遣う様になって来ていた。
そうなると、かなり可愛い事も判明し、瑠璃と鸞には相手が居るせいもあり、少年達のアイドルになりつつある。
そのせいなのか、一応顔見知りだからなのかは判別がつかなかったが、最近、亀一は、時々すずと廊下で立ち話をしている事が増えてはいた。
「きいっちゃん…、橋田と同じクラスになりてえの…?」
龍介が遠慮がちに聞くと、真っ赤な顔で怒り出した。
「んな事ある訳ねえだろ!俺はしずかちゃん一筋なんだよ!」
龍介が悲しそうに、そして若干情けなさそうに説得し始めた。
「きいっちゃん…。母さん一筋ってそんな義理立てしなくていいからさあ…。」
「俺は、同い年の女には興味なんか無えええええ!!!」
なかなか手ごわい。
でも、ムキになる辺りがなんだか怪しい。
大体亀一がこういう風にムキになった時こそ、本音が隠されている事が多いというのも、長い付き合いの2人は知っている。
ではという事で、亀一が帰った途端、先ずは寅彦が鸞に電話してみたが…。
「寅。うちのお父さん式に言わせて貰えば、てめえ喧嘩売ってんのか、だわよ。」
「ーへ…。」
「へじゃないっつーのよ。
私は古文と日本史で悪戦苦闘中よ。
受験で詰め込んだだけで、フランスでも殆どやった事が無い教科だって、知らないとは言わせないわよ?
授業に付いて行くのでやっとだっつーのよ。
清少納言て女は、くだらない事ガチャガチャ言ってるし、なんでそんなツイッターみたいな事を訳してやんなきゃなんないのよ。
私はこんな女の、くだらない呟きにいいねしてやる様な気分じゃ無いっつーのよ。
という訳で、もうイライラメガマックスなの!
きいっちゃんとすずちゃんの恋路はテスト終わってからにして頂戴!」
ブチっと切られた。
「ダメだ…。清少納言でキレまくってる…。」
「それは分かる…。俺もどうしてあんなくだらねえ呟きを訳してやんなきゃなんねえのかも、文学的に優れてるって言われる理由も分かんねえし…。」
「まあ、俺も正直好きじぇねえけど…。唐沢どうだろ?日本史と古文は得意だろ?」
「でもその翌日の科学が全くダメだって、目が死んだイワシになってた…。」
「ーテスト終わってからにすっか…。」
「そうしよう…。」
一応テスト期間中は大人しくしている事にした。
ところが、期末テストが終わったら、すぐに夏休みである。
龍介はイギリスへ。
鸞と寅彦はフランスに行ってしまう。
現にせっかちな京極は、仕事のキリがいいからと、もう来てしまっている。
「あのね、お父さん…。私、きいっちゃんの新たな恋のお手伝いをしなくちゃならなくて…。」
ここは学校近くのカフェである。
鸞が寅彦の隣で言いづらそうに言うと、加奈は目を輝かせた。
「そうなの!?きいっちゃん、やっとしずかちゃん、諦めたの!?」
「諦められるかもって重大な側面なの、お母さん。」
「それは協力してあげたい所ね…。」
「でしょう?」
しかし、京極は不機嫌そうに、既に灰皿にうず高く積み上がったゴロワースをもみ消し、吸い殻が灰皿から落ちるのも気にせず言った。
「ほっとけ。」
「どおしてよお…。」
「きいっちゃんは、年が離れていようが、みんなに無理だって言われようが、ずっとしずかちゃん一筋で来てんだろ。
側からとやかく言って諦めさせても、結局は思いが残って、新しい相手とも上手く行くはずねえんだ。
諦めきれねえと、美化しちまうし、くだらねえ事で比べちまったりすんだよ。
自分でもうダメだって思うまでは、ほっといてやるのが親切なの。」
「そうなのお?」
すると、味方かと思っていた加奈まで京極側に傾きだしてしまった。
「それはあるわねえ…。」
百戦錬磨というか、色々あった2人にそう言われてしまうと、反論の仕様が無い。
一応、寅彦が頑張ってみる。
「でもさあ、加奈ちゃん。きいっちゃん、可哀想だろ?真行寺さんとしずかちゃんの仲には敵わねえ、龍太郎さんとだって、切っても切れねえ関係がある。入り込む隙間なんか何処にも無えじゃん。」
「確かにねえ…。でも、それでも諦められないって事はあるのよ。恭彦さんの言う通り、側から正論言っても、人の気持ちなんて都合良く動かせるものでは無いわ。」
黙ってしまった2人に、京極はレシートを取り、立ちながら言った。
「そういう事。ほら、行くぞ。明日から仕事詰まってんだよ。」
実際、京極の言う通りだった。
イギリス行きまでまだ時間のあった龍介は、瑠璃とすずの4人で出掛けようと亀一を誘ってみたが、逆効果だったらしく、烈火の如く怒り出してしまった。
「てめえらうるせえんだよ!俺はしずかちゃんに片思いだろうがなんだろうが、これでいいんだっつーの!ほっとけえ!このボケナスびいいい~!!!」
で、取りつく島も無い。
すずの名前を出すだけで怒る様になってしまった。
このままでは学校でも避ける様になってしまうかもしれない。
こうして、すずとくっつけてあげよう作戦は物の見事に粉砕した。
「そら怒るさ。」
迎えに来てくれた龍彦に飛行機の中で話すと、やはりそう言われた。
「そうなのか…。」
「そうだよ。本人だって、諦められるもんなら、諦めてえだろ。だけど、諦められなくて苦しんでるんだし、このまま引き下がるのはプライドも許さないみたいもんがあんじゃねえかな。」
龍介より先に、しずかの目が線になってしまった。
「あああ…。困るわ…。折角のチャンスを…。」
「果たしてチャンスなのか?そのすずちゃんて子は、きいっちゃんの事が好きそうなの?」
龍彦に聞かれ、龍介もハタと気が付いた。
「ああ…。考えてなかった…。」
「話聞いてると、彼女は、そういう事に興味無さそうな気がするんだけどな。お洒落にも気を遣わなかった所からも。」
「そうかもしんない…。」
「女の子版龍介だったりしてみろ?不毛だぞ?」
「なんなの、俺版て…。」
「まあ、置いといて。纏まる時には、ほっといたって纏まるんだから、暖かく見守ってあげなさい。」
「はい…。」
しずかが気をとり直して、不思議そうに聞いてきた。
「すずちゃんは、お洒落しないで、何か他に夢中なっている事でもあるの?」
「俺、中学入ってから、学年3位だろ?」
「そうね。」
「橋田がきいっちゃんと同点で、1位が2人だからなんだ。」
「おお!?全部満点がきいっちゃんの他に!?」
「そういう事。どうも勉強が趣味らしく、風呂と飯以外は主に勉強で、あっちこっちに神経が吹っ飛んでる柊木のせいで、余計身だしなみには神経が回らなかったらしい。」
「可哀想に…。でも、最近はちょっとやる様になったて事は、まりもちゃんは少しは落ち着いたの?」
「ーその分俺にメールが来てるらしい…。」
「あら…。」
「ほぼ無視してるから、別に俺はいいんだけどね。まあ、清少納言みてえなもんだろう。ツイートさせときゃいいんだよ。」
「んん?でも、もしかして、きいっちゃんとお話ししてたのは、それなのかしらね。お勉強の事…。」
「あ、かもしんない…。きいっちゃんが珍しく敬意を払って話してるから、そういう気が…とか思っちゃったけど…。考えてみたらそうだな…。そりゃ怒るし、ムキにもなるか…。」
「そういう事だな。珍しく作戦失敗だな、龍介。」
「はい。」
その頃、鸞はひたすら京極に清少納言について愚痴っていた。
「どうでもいいと思わない?清少納言がよく吠える犬に頭来ようが、子供が可愛いと思おうがさあ!」
加奈と寅彦は苦笑し、京極は無表情に相槌を打っている。
「俺もそうは思ったが、平安時代の人間がどんな生活してたかとか、楽しみはなんだったかって知るにはいい教本て事なんだろ。」
「知りたか無いわよお!んな事お!」
「そんでテストはどうだったんだよ。出来たのか?」
「平均点はどうにか…。」
「憎いんなら負けてんじゃねえよ。」
「まあそうね…。」
「アラン、マルトク動くぞ。」
実は、鸞は京極の事務所で電話で愚痴っており、京極は只今作戦真っ最中である。
公園で容疑者を監視しながら、指示を出しつつ、鸞と電話していた。
従って、寅彦達には、事務所内で話す鸞の声と、無線から聞こえて来る京極の返事と、両方が聞こえている訳だ。
「マルトク、ターゲットと接触。」
御手洗の声がし、浮浪者に化けて、ゴミ箱を漁っていたアランが言う。
「渡した。」
京極は電話片手に叫ぶ。
「確保だあ!」
そして容疑者達を確保しながら、鸞に言う。
「お前、少し日本史と古文やれ。見てやるから。」
「うん。ありがとお。」
「んじゃ切るぞ。」
「はーい。」
チームメンバーは見慣れた光景で、驚く事は無いが、面白そうに笑っている。
相変わらず器用な京極組長だった。




