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龍介くんの日常  作者: 桐生初
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身勝手な愛情

「河本、奥さん連れて、研究室に入った!」


寅彦から無線で連絡が入った。

研究室は窓という窓全てが雨戸で締め切られている為、龍介達はリビングから突入したのだが、間取りやリフォームの様子から見て、奥さんの寝室は研究室の続き部屋だから、龍介や真行寺が研究室に駆けつけるよりも早く入れてしまう。


研究室のドアには鍵が閉められた。


「開けなさい!」


真行寺が扉を叩きながら怒鳴るが、河本は頑なに拒んだ。


「嫌だ!敏子は僕が治す!」


龍介が道具を使って開けた時、河本はもう既に例の実験を開始してしまっていた。

敏子は目を閉じ、眠っているのか全く動かず、酸素マスクの様な物をされている。


「近付いたら、敏子を殺して僕も死ぬぞ!」


河本は包丁を手にして、そう叫んだ。


「止めなさい!身体への負担は計り知れないんだぞ!」


真行寺が止めたが、河本は聞かない。


「もう遅い!ほら敏子、目を開けてご覧。」


確かに敏子は若返って行く。

病人の顔色ではなくなって行って行き、目を開けた。

だが敏子はとても悲しそうな目で河本を見ていた。

辛そうで、やりきれない、そんな感じの顔に見えた。

河本がマスクを外すと、河本に向かって、何か言った。


『あなた…。もうやめて…。』


そう口が動いた様に見えた時、発作の様な物を起こした。

身体全体が痙攣する様に震え出し、胸を押さえて倒れてしまった。


「敏子!?敏子~!」


河本が包丁を捨て、敏子を抱き起こそうとしたので、柏木と若いのが河本を拘束し、龍介達3人が敏子の救命措置を行おうとしたが、敏子は痙攣が収まると同時に事切れてしまった。

心臓が停止してしまったのだ。


「救急車要請しますか!?」


瑠璃が無線で聞いて来た。

真行寺は辛そうに河本にも聞こえる様に答えた。


「手遅れだ…。完全に心肺停止状態だ。図書館御用達の柊木医師に連絡してくれ。」


「ーはい…。」


「そんな…。敏子!敏子お!」


半狂乱になって泣き叫ぶ河本の拘束を解けと、真行寺が目で合図し、柏木達が河本を離すと、河本は敏子に駆け寄り、抱きかかえた。


「ごめんね、敏子…。身体辛かったんだね…言ってくれればいいのに…。」


敏子は河本の腕の中で、急速に年を取って行き、元に戻って行った。


「若くて健康な子は2時間も持ったんだって…。なんで敏子は直ぐ戻っちゃうんだろうね…。もっと研究しないとダメだったな…。」


河本はすっかり大人しくなったが、様子もおかしくなりだした。

胸を押さえ、呼吸出来なくなっている。

敏子から離し、再び救命措置を行ったが、見る間も無く、河本も心肺停止状態となり、死んでしまった。


「そんな…。」


ショックを受ける龍介と亀一を一辺に抱きかかえ、真行寺も辛そうに言った。


「河本も一緒に体験していた事だから…。目に見えてはわからなかったが、一緒に若返っていたんだろうな…。やはり、相当な負担がかかってる様だ。まりもちゃんも検査させた方がいいかもしれない。私と柏木君で後はやるから、君たち2人は車に戻っていなさい。」


龍介と亀一は首を縦には振らなかった。


「仕事する…。どうしてこうなったのか、ちゃんと調べたい。」


龍介がそう言うと、亀一も同意見だという様に頷いた。


「ー分かった。」


真行寺は龍介と一緒に隣室から持ってきた毛布で遺体を覆い、亀一はマスクと繋がれていたパソコンを調べ始めた。


「ーグランパ…。この人、この実験、凄え回数やってます…。100回近い…。」


「そんなにか…。それじゃあ、負担も相当なもんになるんだろうな…。」


龍介は亀一に言われ、実験記録を読み始め、亀一は機材や薬品、その他の仕組みを見始めた。


「ざっと見ると、グランパの言った通り、細胞を活性化させるって言われてるハーブや薬品を最大限まで濃度を上げて、匂いと一緒に吸引させてたみたいです。それからこのプログラミング…。これで段階的に畳とかの匂い出して…。この頭に繋いでたのはなんだろう…。」


押収品を詰め込みつつ、応援を頼んでいた柏木が首を傾げながら、亀一の死角にある箱を指差した。


「それに繋がってない?」


「あ、そうですね。」


開けた亀一は驚きの声を上げた。


「これ…。カミオカンデの小さい版だ…。」


真行寺も覗き込む。


「素粒子かね?」


「ですね…。はああ…。簡単に言っちまうと、これで粒子のぶつかり合い作って、光速を作り出して、局所的なタイムトラベルをさせたのかもしれません。脳が思い出した所まで戻すっていう…。」


「倫理的に問題が無い事をやれば、ノーベル賞物の様な実験だったんだな…。」


「そのようですね。」


実験記録を読んでいた龍介が真行寺を呼んだ。


「初めの内、50回位は自分の身体で実験してたみたいだ。吸入の方だけみたいだけど、吸入量を増やして行って、徐々に時間が延びて、1時間位持つ様になった所で、敏子さんにやり始めた。でも、10分足らずで元に戻ってしまうから、敏子さんにはそのタイムトラベル効果も付けて、やり続けたみたいだ。」


真行寺が少しほっとした顔をした。


「それじゃ、実験は健康体の中年で100回以上しないと死なねえんだな…。まりもちゃんは大丈夫かな…。」


龍介も亀一もほっとして期待を込めて頷くと、白衣の医師が入って来て、突然言った。


「おう。大丈夫だぜ。真行寺顧問、薬ちゃんと飲んでるんでしょうね?」


「飲んでるよ。いきなり嫌な事言う奴だな。」


龍介がそれを聞いた途端、泣きそうな顔になった。


「グランパ、どっか悪いの!?」


「どっかって程じゃない。血圧が高いだけだよ。なんせ爺さんだからな。竜朗みたいな不死身の男じゃなきゃ、不具合位出て当たり前だから。そんな顔するなよ~。」


「そう。他は至って健康体のお爺さんだ。小僧、うちの姪が世話んなったな。ありがとな。」


「ああ、いえ…。柊木、どうですか?」


「今寄って来て、うちの診療所行かせて検査してるが、まあ、大丈夫だろう。あいつ、身体だけは頑丈に出来てるし、起きた途端凄え勢いで食ってたし。心配ねえよ。」


「それは良かった…。」


「顧問、相変わらずですねえ。全部心配しちまうのね。」


「いいから、お前はそのご夫婦の検視をしてくれ。」


「へいへい。」


毛布を取って、柊木医師が固まった。


様子が変なので、なんの気無しに見たそこに居た人間全員も、顔色を失くしてしまった。


河本と敏子は、ミイラの様な皺くちゃの老人の様になっていたからだ。


柊木は無かった事にしたいかの様に、死体に毛布をバサッと被せて、引き攣った笑みを浮かべた。


「ううーん、細胞に無茶させっとこんな事になっちまうのかなあ。あはははは。」


柏木が連れて来た若いのが涙目で呟いた。


「やっぱXファイルだ…。怖えよお…。」


真行寺も同様に引き攣った笑みを浮かべ、柊木医師に言った。


「寅次郎の所に、この辺の機材と一緒に運んで貰って、一緒に解剖すっか。」


「そうさせて下さい…。1人は嫌です…。はははは…。」


「だよな。はははは…。」


もう笑うしか無い状態である。

この間の四次元空間の様な、あり得ない事満載の世界で起きた事なら兎も角、現実世界で瞬く間にミイラ化してしまう遺体など、適当な感じで流さないと、気が狂いそうだ。


龍介達が出ると、警察官が周囲を囲んで見えなくしており、真行寺を見る度に、緊張した面持ちで敬礼していた。

3人はこっそり出て、運搬を警察と柏木に任せて、カイエンに乗り込み、真行寺に送られて家に向かった。


「なんだか後味悪いな…。」


亀一が言うと、全員が無言で頷いた。


「可哀想ね…。良かれと思ってやった事が、奥さんも自分の命も失う事になるなんて…。」


瑠璃が言うと、真行寺が静かに言った。


「でも、元に戻したい気持ちは分かるが、それは身勝手な事ではないのかな。」


龍介が暫く考えてから自信無さげな調子で言った。


「ーあれだけ何十回と実験しても、結局治す事は出来なかったんだから…。それより、障害を持ってしまった奥さんを大事にして暮らすべきだったって事?」


「そうだね。あの家の中や、奥さんの様子を見る限り、治す事に一生懸命なる余り、奥さんの世話そのものや、リハビリは怠りがちだった様だ。

それに、あの亡くなる前の敏子さんの顔と、もうやめてと動いた口…。

本人は望んでいなかった。

ただ、河本が、以前の様な健康体の敏子さんに執着していただけ、そんな風に見えてね。」


「ーそうだね…。身体も辛かったろうし、どうして今の自分じゃダメなのか、認めてくれないのかって思ったかもしれないな…。」


「うん。」


珍しく寅彦が会話に入って来た。

寅彦はこの手の会話に率先して入って来る事は、普段はしない。


「身勝手な、押し付けの愛情だったって事ですね。」


「うん。流石寅。愛する人を持っていると違うね。」


真行寺が言うと、真っ赤になって、また黙ってしまった。




加納家に戻ると、鸞がしずかと紅茶を飲みながら、何故か寅彦があげたぬいぐるみを抱いたまま、それをポチに狙われているのを必死に守りつつ、しずかと話しながら、双子と遊ぶという、龍介の様な神業をしながらリビングのソファーに座っていた。


「どうした…。」


寅彦が聞くと言葉に詰まり、うつむきながら言った。


「お仕事お疲れ様って言いたかったのと、謝りたくて…。」


何となくそのまま帰りたくなくて付いて来てしまった瑠璃と亀一に、真行寺と龍介までニタニタと嬉しそうになっているが、当の寅彦は照れているのか、仏頂面のまま突っ立っている。


「ほら。鸞ちゃんね、ラズベリータルト焼いて来てくれたのよ?切ってお部屋に運んであげるから、2人でゆっくりお話ししながら食べなさい。」


しずかがそう言って席を立つと、龍介達も無言でニタニタしたまま2人を押して、寅彦の部屋に押し込んだ。




寅彦の部屋に入り、程なくしてラズベリータルトと紅茶が運ばれて来ると、寅彦は鸞の抱いているぬいぐるみを見て、ボソッと言った。


「なんでそれ持って来てんだ。」


「ああ、いや、なんか連れて来ちゃって…。そう言えば、道行く人に見られた様な…。」


幾ら綺麗でも、中学生にもなった女の子がこんな大きなピンク色のぬいぐるみを抱いて歩いていたら、普通見られるだろう。

寅彦が想像して笑うと、鸞はぬいぐるみを置き、きちんと頭を下げて謝った。


「お仕事バカにする様な事言って、本当にごめんなさい…。寅が私の体力とか、全部考えて判断してくれたのに…。これからは寅の言う事、ちゃんと聞きます。」


寅彦は鸞の頭をゴシゴシと撫でた。

鸞が顔を上げると、笑っていた。


「分かってくれりゃいいよ。これ食っていい?」


「うん。食べて、食べて。」


「ところで…。喧嘩したって、組長に言ったのか?」


「ー朝4時に叩き起こして、案の定、お前が悪いって怒られました…。」


「おま、お前、あの人朝4時に叩き起こすなよ…。」


「そうは思ってもつい…。父1人、子1人で来たのでどうも直ぐ頼っちゃって…。昔、突入中に怖い夢見たって泣きながら電話しちゃった事もあったわね…。」


「突入中に!?どうしたんだ、組長。」


「それが我が父ながら凄いなあと思ったんだけど、鸞、大丈夫だ、夢だからな。夢で怖い思いした事は絶対本当にはならねえんだ…丸!右から来るぞ!バンバンと銃声。それで切るのかと思いきや、私が泣き止むまで慰めながら、指示だの、銃声だの…。」


想像を絶する凄い光景だ。


「凄えな…。流石組長だ…。」


「無駄に器用なのよねえ…。」


「いや、無駄じゃねえだろ…。だから鸞も龍並みに器用なんだな…。」


「どうなのかしら…。」




勿論、部屋の外で立ち聞きしていた龍介達。


「凄えな、京極組長…。」


思わず全員で感心しきりである。

龍介がそう言うと、亀一が感心しつつも言った。


「いや、龍もやりそうだぜ?」


「そうかあ?にしても、良かった、良かった。円満解決だな。」


龍介が嬉しそうに言うと、亀一が不思議そうに言った。


「鸞ちゃんて、割に素直なんだな。もっと姫なのかと思った。」


それには瑠璃が反論した。


「そんな事無いよ?鸞ちゃんはとっても素直だし、結構気を遣っちゃうタイプよ?」


「へえ…。」




翌日の新聞には、河本が、妻に対し、医師免許も無しに民間療法を行い、死なせ、自身もその毒で死亡したのが発見されたと小さく出ていただけだった。











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