作戦開始
翌日、真行寺は亀一達に召集をかけた。
昨日作戦本部にした公園で待ち合わせ、亀一と寅彦と合流したが、寅彦は見るからに不機嫌そうな顔している。
鸞には連絡していないが、鸞の事なら今日動くと勘付いて、寅彦を見張るなりして来そうだと思っていた。
しかし居ないという事は、寅彦もそれを阻止しようと、なんらかのアクションを起こし、揉めたかなんかで機嫌が悪くなっているのだろういう察しは容易に着く。
元はと言えば、龍介が鸞に押されて、軽く約束してしまったのが発端ではある。
責任を感じた龍介は、恐る恐る聞いた。
「寅…。ごめん…。鸞ちゃん…?」
「龍が悪い訳じゃねえよ。約束って言ったって、鸞が勝手に決めた様なもんじゃねえか。」
「いや、いいって言っちまった様なもんだから…。で、どした…。」
「あの我儘娘…。危ねえからダメだって言ってんのに、聞かねえし、遊びじゃねえんだって言ったら、遊びでしょうって言うからこっちもカチンと来て、朝っぱらから大喧嘩だ。」
寅彦と鸞は今まで喧嘩なんかした事は無い。
「ーごめんな…。仲直りは…。」
「してねえ。怒ったまんま出て来た。」
「……。」
一方、亀一は真行寺と瑠璃にコソコソと昨夜の事情聴取を始めていた。
「どうだったんです?。いわば唐沢と初お泊りでしょう?」
真行寺の顔が曇りまくり、瑠璃は薄ら笑いを浮かべて、目を逸らした。
「何があった…。」
瑠璃に聞くが、乾いた笑いをするだけなので、真行寺が話し始めた。
「私もそう思ったから、妻の若い時の浴衣をね、風呂上がりの瑠璃ちゃんに着せたんだよ。メイドに頼んで、髪型もアップにさせて、かなり魅力的に仕上がった…。」
「いい感じじゃないですか。そんで?」
「2人で一緒に寝かせてみようかと思ってね。元龍彦としずかちゃんの寝室に放り込んでみた…。ダブルベット一つしか無いし…。」
「大胆な作戦に出ましたね。それで?」
すると、瑠璃が漸く話し出した。
「ーそういう髪型にすると綺麗だね、よく似合うよって言って…。」
「言って?」
「にっこり笑って、手を繋いでベットに横になり…。」
「いい感じじゃねえか!そんで!?」
「お休みって言った直後にスースーといい寝息が…。」
「なっ…、なんか無えの!?ちょっと見つめ合うとか、ドキドキしてそうとか、視線がいやらしいとか、手に汗握ってるとか!」
「無いです。何にも。全くのゼロ。皆無。きっと私に魅力が無いのよお…。」
真行寺が焦った様子で、瑠璃の頭をガシガシと撫でまくりながら言った。
「そんな事は全く無いんだよと、今朝からずっと言っているだろう!?瑠璃ちゃんは本当に可愛くて魅力的で、私も龍介位若ければという位だと!」
なんか引っかかったが、亀一もフォローに加わった。
「そうだよ!龍がおかしいんだって!煩悩が無え男だから!」
「俺に何が無えって?」
背後で龍介の声がし、バッと振り返ると、真行寺から借りたらしいジーンズとラグジャーを着て、いつも通りの格好良さで立っていた。
いつも通りに爽やかに清々しいのも、妙に腹が立つ。
「全くお前という男はあああ~!」
「なんなんだよ。俺がなんかしたあ?」
しかし、龍介のせいでは無い。
元を辿れば、悪いのは竜朗だ。
「ーなんでもない…。気にすんな…。」
そして、亀一は改めて瑠璃を見て、いきなり笑い出した。
「おま、お前、似合い過ぎてて、全然気が付かなかったけど、なんでメイドコスプレしてんの!?」
「これでも比較的地味な制服だっていうのをお借りしてきたのよお!似合い過ぎてて気づかないってなんなのよお!」
すると真行寺が言った。
「いや、本当によく似合って、大変可愛らしい。雇いたいぐらいだ。」
「ええ!?グランパんちのメイドさんて、本当にこの格好してるんですか!?」
「そうだよ。」
「なんで!?」
「男のロマンなんだよ、きいっちゃん。」
「若干変態臭がしない事も無い様な…。」
「なんだあ?」
「いえ、別に…。」
そして龍介も無邪気に言う。
「凄え可愛いだろ?この服、貰っとけって言ったんだ。見て見て、きいっちゃん。写真撮っちゃった。俺のマックの壁紙にすんだ~。」
瑠璃をとても可愛いと思っているのはよく伝わってくるのだが、祖父の血筋なのか、若干の変態臭に加え、ポチと扱いが変わらない。
ポチの写真もこうやって撮っては、亀一に見せ、龍介のマックブックの壁紙にしたり、待ち受けにしたりしている。
それと同じ感じで言うものだから、亀一は複雑だった。
「龍…、唐沢はポチみてえなペットじゃなくて、お前の彼女なんだから…。」
「ポチはペットじゃなくて、家族なんだよ!瑠璃も俺の次期家族!同じだろう!」
ーああああ…。不毛だ…。煩悩が無いと、人間、こんな事なっちまうのか…。
公園にしゃがみ込んで悲壮感に暮れていた真行寺だったが、気分をどうにか変えて立ち上がった。
「では仕事に移ろう。河本のやっている事は同情には値するが、実際ここは学校の通学路であり、まりもちゃんの様な被害が出なくても、めまいを起こして気絶するなんて事も起きている。止めて貰わねばなるまい。」
「はい。」
全員が納得したの確認し、作戦の説明に移った。
「作戦としては、私が事情聴取に正面から訪ねてみる。一応警察関係ではあるのでね。それで素直に、この危険な実験をやめてくれるとなったら、逮捕。全て押収。取り調べとなる。しかし、それで門前払い、或いは抵抗にあったら、龍介ときいっちゃんが所定の場所から突入する事。合図をするから、それまでは潜んでいる様に。寅と瑠璃ちゃんはサポートに回ってくれ。では、盗聴器と監視カメラの設置。寅と瑠璃ちゃんは、図書館に連絡して数人回してもらってくれ。作業は私の車の中で。」
昨日、龍介の指示で、寅彦が探り出したこの家の見取り図を元に、真行寺に指示されながら盗聴器と監視カメラを換気口や建物の隙間から入れて、実験室っぽい所やリビング、玄関などに設置した。
龍太郎が作った、超小型のG84ーき(ガッツリ発信器)と、フランスでしずかが使った小型カメラ、MDMーOC(目玉おやじカメラ)という高性能且つその小ささとコードレスという便利さで、設置も簡単だった。
「映像、音声、来ました。」
本部となった真行寺のカイエンから寅彦が無線で報告。
「よし。じゃあ、行ってみるか。」
真行寺は龍介と亀一を配置に着かせた。
その頃鸞は、パリはまだ午前4時だというのに、京極とチャットをしていた。
つまり京極は叩き起こされた訳である。
「あんだよ…。」
髪もちょっとボサボサで、白いシャツをだらしなく着てと、いかにも寝起きだが、それでもサマになってかっこいいから不思議な男である。
不機嫌そうにゴロワースを咥えて火を点けると、パソコン越しに鸞を見つめた。
「寅と喧嘩でもしたのかあ?」
「う…。」
相変わらずこの人は、鸞の顔を見ただけでなんでも言い当ててしまう様だ。
「痴話喧嘩位で、親父に泣きついてくんじゃねえよ。」
「どしたの!?寅ちゃん何かしたの!?」
隣で寝ていたっぽい加奈が、慌てた様子で入って来た。
こちらも髪の毛ボサボサだが、水色のワンピースの様なネグリジェを着て、年齢を感じさせず、なんだか可愛らしい。
「寅じゃねえだろ。お前が我儘言ったんだろ、鸞。」
「ーはい…。」
「何やったんだ。」
鸞は事件の概略を話し、龍介に強引に突入の際は入れてくれるよう頼んだと言った。
「そしたら、寅が危ないから駄目だ。私がかすり傷でも負ったら、組長に顔向け出来ないとか大人みたいな事言って行かせてくれないので、つい…。」
「つい、なんつったんだ。」
「どうせ遊びじゃないって言っちゃった…。」
京極は怒った目をして鸞を見据えた。
「遊びじゃねえだろ。
真行寺顧問がやってる国の仕事だし、寅はそれでバイト料を貰ってる。
報酬が発生してる時点で、既に遊びじゃねえんだ。
真行寺顧問も仕事は定年後とはいえ、顧問やってた人間がやるって事で分かるだろ。
機密に関わりもするし、結構危険な場合もあるんだよ。
お前は寅だけじゃなく、真行寺顧問の仕事までバカにしたんだ。」
「はい…。仰る通りです…。」
「で?」
「どうしたらいいの?謝って許して貰える…?」
「謝るしか無えだろ。誠心誠意謝れ。俺は知らねえ。」
「知らねえってお父さん!」
「知るかよ。そんな考え無しの娘に育てた覚えは無えよ。全く情けない。切るぞ。」
加奈が割り込んで来た。
「鸞ちゃん、大丈夫よ。言葉のアヤってよくある事だもん。若い内は特に。寅ちゃんが許してくれなかったら、私からも言うから。」
すると、京極は加奈の頭を小突いてバサッと布団を掛けてしまった。
「子供の喧嘩に親が出るんじゃねえ。加奈は黙っとけ。
いいか、鸞。
お前が一方的に悪いんだからな。
俺は寅にお前の事頼んでる。
寅は真行寺顧問の仕事内容を鑑みて、危険と判断したんだ。
今後も寅には従え。」
「でもお父さん…。今回のは、へんな虫とか、巨大トカゲとか生命の危険に直結するような感じじゃないでしょう…?」
「確かにお前には畳だの蚊取り線香の匂いだのの記憶は無え。だから、大葉とか言う男同様…。」
何故か京極の頭の中でも、龍介と同じ変換が起きたらしい。
「お父さん、市曽君…。」
「ああ、そうだっけ。それ同様、めまいだの気絶するだの起きる可能性がある。お前が身体弱いって知ってる寅にしてみたら、大葉は気絶してすぐ回復しても、鸞には不具合が残るかもなんて事も考えてくれたんだろう。」
「そっか…。」
「そう。だから寅には従え。分かったな。」
「はい…。」
「んじゃ寝る。」
「起こしてごめんなさい。」
ブチっとチャットが切られ、鸞は大きな溜息を吐いて、京極家の元京極の部屋の天井を見つめた。
木が格子状に組まれた、かなり凝った天井で、京極は気管支炎で寝込むと、いつもこの天井を眺めていたと言っていた。
「なんか悟れるかしら…。」
ベットに横になり、天井を眺め続けてみる。
「だ、駄目だわ…。眠くなってきちゃった…。」
それもそのはずだ。
朝の5時から加納家の前で張り込んでいたのだから。
それに昨日は結構遅くまで調査の為帰宅しなかった。
体力の無い鸞は、もう既に疲労が蓄積されてしまっている。
「そっか…。多分今頃作戦開始だものね…。それもこれも折り込み済みだったのね、寅…。本当にごめんなさい…。」
反省仕切りで呟きながら、寅彦に買って貰ったピンクのうさぎのぬいぐるみを抱いている内に、眠ってしまった。
「はっくしょい!」
寅彦が盛大なくしゃみをした。
「大丈夫?アレルギーあったっけ?」
瑠璃に心配されて、首を捻る。
「いや…。無えな…。」
「鸞ちゃんが、ごめんなさいって謝ってるのかも。」
「そうかあ?」
「そうだよ、きっと。」
寅彦が鼻をすすりながら、カイエンの外の監視カメラに映る柏木と見知らぬ若い人1人に気付き、瑠璃がドアを開けた。
「ご苦労様です。」
「そっちこそ。悪いね。これ、Xファイルか、うちか微妙なラインなのに。」
「やっぱそうですか。」
柏木は若いのを促してカイエンに入りながら言った。
「うん。でもかなり不可思議な現象だから、まあ一応Xファイル管轄かなあって事でね。」
瑠璃が真行寺に柏木の到着を告げると、無線から真行寺が呼び鈴を押した音がした。
いよいよ作戦開始だ。
「公安警察の者です。」
龍介と亀一は驚いた顔で顔を見合わせた。
「内調じゃねえの?」
龍介が言うと、亀一も首を傾げながら自信なさ気に答えた。
「まあ…、多分だけど、国家公安委員会も上部組織は内閣府だからじゃねえの…?公安調査庁は法務省だけど…。まあ、大まかに言うと、そういう感じになるんじゃ…?」
「ああ…。でもなんか聞いてると、国家公安委員会も、公安調査庁も、結局は爺ちゃん達の配下的位置だもんな。そこから情報が集まってくるわけだし…。」
「だろ?自衛隊の防衛省情報本部もそうだし、京極さん達みてえな外務省情報通信課の上にある、存在すら知られてねえ情報局ってのも、結局報告上げんのは、内調の図書館だろ。」
「ああ、そうだね。」
「そうそう。最終的には、内調の中でも、その上にある、先生達の図書館つー組織に全部流れてるし、統括してるって事なんだろ。」
「なるほど。だけど、一般人に内調とは言えないから、なんとなく知られている公安と名乗ったわけだ。」
「じゃねえかなあ。聞いてみよ、後で。」
「ん。」
ややこしい話だが、一般人に名前だけという感じで知られている日本の諜報組織の情報は、全く知られていない、日本には無い事になっている情報局と連携して、同じく存在しない事になっている図書館が全て知っているという事になるわけだ。
2人は再び無線に集中した。
暫くして、河本が玄関を開けた様だ。
「公安…?なんですか…。」
河本は面食らっている。
それはそうだろう。
スパイなどとは無縁の一般市民のところにいきなり公安が現れたら、誰だってびっくりする。
「こちらである実験をされていますね?その実験に寄る被害が先日、先々日と立て続けに起きています。お話を伺わせて下さい。」
「被害ってどんな被害です…。」
「めまいを起こして気絶してしまった少年と、身体が突然8歳児になってしまった少女が出ました。ここは通学路ですので…。」
真行寺が話し終える前に、河本は興奮した様子で、真行寺に食ってかかるように問い詰め始めた。
「8歳児に!?その子の様子は!?元に戻ってしまいましたか!?そのままですか!?その子に会わせて下さい!」
「幸運な事に2時間程で元に戻りました。当日は異様な空腹感と、細胞の活性化に寄る影響か、著しい脳の活性化が認められましたが、先ほど確認した所、昨夜からずっとまだ眠り続けている様です。かなり体力を消耗するのではありませんか。彼女に異常が出なければ良いが、それでもあなたは厳密には、人に危害を及ぼしたとみなされ、逮捕対象となります。ご同行下さい。」
「い、嫌だ…。敏子は置いては行けない…。これを止めるわけにはいかないんだ…。」
監視カメラの玄関の映像には、後ずさる河本の腕を真行寺が掴んだのが見えた。
「よく考えてみなさい。14歳の健康な女の子ですら、翌日の昼過ぎまで眠り続けて起きられない程の体力の消耗がある実験だぞ。こんな事を続けていて、病身の敏子さんが持つのか。」
「う、うるさい!あんたには関係無いんだ!ほっといてくれ!」
河本がスプレーの様な物を手にした。
真行寺は素早くガスマスクを装着。
河本は舌打ちすると、スプレー缶を投げ捨て、奥へと走り出した。
「ガスマスク装着後、突入だ。」
真行寺の指示で、龍介と亀一はガスマスクを装着しながら、リビングの窓から侵入し、柏木達も行った。




