実験の理由
キングバーガーに入り、注文した品が目の前に並び、寅彦と瑠璃が無心で食べ始めると、龍介はノートを取り出し、みんなに食べる様言ってから話し始めた。
「2人が調べてくれた事、時系列で纏めてみた。
質問があったら、その都度言って。
まず、あそこの家主、河本修は10年前、東西大学の理工学部研究室の助手をしていたが、当時としては画期的なCPUを発明。
それで独立して、あそこに自宅兼会社を設立。
そのCPUで一生遊んで暮らせる額が稼げたせいか、発明したCPUが時代遅れになり、稼げなくなっても、無職。
子供無しで、奥さんと2人暮らし。
で、5年前、奥さんが脳梗塞で倒れた。
まだ34歳だったんだが、医療記録から推察すると、後遺症で半身麻痺と認知症の様な症状が出ている様だ。
その為、自宅をバリアフリーに改築。
ここまでいい?」
みんな頷くので、続ける。
「で、その奥さんだが、大野タエさん、つまり、柊木のお婆ちゃんの姪だった。」
「えっ?親戚だったの?そんな人居るなんて、お母さんから聞いた事無かったよ?」
寅彦が口をモゴモゴさせながら答えた。
「俺たちが調べられる範囲だと、そういう細かい事情は分かんねえ。柊木がお袋さんに聞いとけ。」
「うん、分かった。」
龍介が一応と言って、奥さんの名前を教えた。
「今、河本敏子、旧姓は戸内敏子さんね。分かった。ありがとう。」
「じゃ、続けます。
市曽が言っていた近所から苦情が出たっていうゴミは大量のスイカの皮やトウモロコシの残骸、大量のい草のカスみたいな物だった。
警察が出動した異臭は、それらを一気に燃やしたかららしい。
これまでに購入したのも、畳表が100枚、スイカ20箱、トウモロコシ20箱、蚊取り線香100枚入りが1ダースもあるから、匂いのエキスを取った残骸なんだろうな。
きいっちゃん、ここまででどう?」
「ーつまり…、河本敏子さんは、柊木の婆ちゃんの家に行き、同じ体験をしていて、尚且つ、それがとてもいい思い出なのか、あるいは、最後の思い出なのか。
いずれにせよ、匂いってのは、記憶を呼び覚ます効果はあると言われている。
河本修っておっさんは、敏子さんの記憶を呼び覚まして…、認知症のような症状を治そうと、匂いにプラスして柊木が体験したみてえな段階を踏んで、情景が思い出せる様なシステムを加え、その匂いに反応する人間にだけ身体がタイムスリップを起こす様にした…。
と考えられるが、んな話聞いた事ねえし、どうやるんだかも見当がつかねえがな。」
「やっぱそういう事か。
因みに、見取り図から行くと、あそこんちの排気口が、丁度柊木や市曽が通った所の上にある。
実験中に通っちまって、被害に遭ったと考えられるかな。」
「だろうな。
でも、もし俺が立てた仮説の通りだとしたら、この実験は結局は失敗だ。
柊木は2時間で元に戻っちまったし、脳に変化は見られねえ。
認知症症状には効かねえだろう。」
「ー切実に元に戻って欲しいんだろうけどな…。しかし、無関係の人間に被害が出るのは洒落にならねえ。なんとかしないと。」
「なんとかとは?」
ずっと黙って聞いていたすずが聞くと、龍介は少し黙った後言った。
「警察に、爺ちゃんの関係で知り合いが居るんだ。その人に爺ちゃん経由で話してみるよ。」
電車に乗ると、亀一が苦笑しながら龍介を小突いて言った。
「真行寺グランパだろ?警察じゃなくて。」
「だって言えねえだろうがよ…。」
「まあな。乗り込む時は混ぜろよ?どんな事やってんだか見てえからな。」
「へいへい。」
鸞が美しい目で龍介をじっと見つめている。
「ら、鸞ちゃん…、あの…人手は足りそうだから…。」
「約束が違うわよ、龍介君。突入の時は入れてくれるって言ったじゃない。」
「いや、だから、あの…。」
今度は寅彦にまで責められる。
「なんだよ。なんの話だ。鸞に危ねえマネさせたら、俺が組長に怒られんだろうが。龍、突入なんかに入れたら承知しねえからな。」
「いや、あの…。」
「龍介君?男子に二言無しでしょう?橋田さん、綺麗にしてきいっちゃんに勧めてあげよう思ってたのに、そういう事ならしないわよ?」
「いや!それは困る!なんとかやって!?」
今度は亀一が絡んで来た。
「なんだ龍。なんの話だ。俺はしずかちゃん以外の女に興味なんか無えぞ。」
「うわあ…。」
「おい、龍。鸞はダメだからな。」
「龍介君?話が違うわよ。」
「龍、説明しろ。」
困り果てた龍介は、瑠璃の手を掴むと、途中駅で停まった電車の、閉まりかけたドアから2人で出てしまった。
3人が窓ガラスを叩いて怒っている。
電車が発車してしまうと、瑠璃がキョトンとした目で龍介を見上げた後、クスっと笑った。
「龍でも困る事あるのね。」
「ああいうのは困る…。」
「で、どうするの?」
「ああ…。どうしようかな…。」
「明日は土曜日で学校休みだからのんびり帰ろうか。」
「いや、帰ったら寅が居る…。あ、そうだ。ついでだ。グランパの家に泊まろう。」
「私も?」
「お前も。瑠璃が居た方が話も早いし。」
「うん!行く!」
真行寺の家に行き、大歓迎された後、今回の一件を話し終えた時、折良く、まりもから電話がかかって来た。
何かちょっとでも気になる事があったら連絡する様に言っておいたのだ。
「どうだ、体調。変わり無いか?」
「あ、それも報告しといた方がいいかなと思って電話したの。なんか凄いお腹空くのよ。」
「そうか…。あれだけ短時間でちっこくなったり、元に戻ったりした訳だから、見えない所で、相当消耗はしてるのかもな。沢山食って、ゆっくり休んだ方がいい。」
「うん。分かった。
あとね、なんか頭の回転がいいかもしれないの。
数学の問題集が凄い勢いでスラスラ解けちゃったり、お母さんが部屋に入って来る前に、入って来るの分かっちゃったり。
頭冴えきってる感じで、自分でも怖いわ。」
スピーカーにしているので、真行寺も瑠璃も聞いている。
真行寺が小声で言った。
「細胞が活性化された事に寄って、若返ったのかもしれん。脳も活性化されたのかもな。」
龍介はそのまま、まりもに伝えた上で言った。
「それがずっと続くか注意しててくれ。それもアレの影響だろうから。」
「うん。分かった。でも、私は兎も角、敏子さんには続くといいね。認知症症状に効きそうだもの。」
「そうだな…。でも優しいんだな、柊木は。こんな迷惑被ったのに。」
「そんな事無いよ。迷惑被ったのは、すずの言った通り、加納君達だよ。ありがとう。
それにさ、お母さんから話聞いて、とてもじゃないけど、私、被害者なんて言えない。敏子さんには治って欲しい。」
「どうした。」
「お母さん、なかなか話さなかったけど、今日の話したらやっと話しだして…。
お婆ちゃんは、お母さんのお母さんなんだけど、お婆ちゃんには妹が居て、敏子さんはその人の子供で、敏子さんのお母さんは病気でずっと入院してて亡くなったから、敏子さんと一緒に小さい頃からずっと、お婆ちゃんに育てられたんだって。」
「じゃあ、姉妹みたいなもんだった訳か。」
「そうなの。それで、東京出てから全然寄り付かなくなったうちのお母さんとは反対に、敏子さんは河本さんと結婚してからも、ちょくちょくお婆ちゃんの様子見に行ってたりしてたらしいのね。」
「なるほど…。恩も感じてたし、大好きだったんだな。柊木のお婆ちゃんが。」
「そうみたい。で、真夏に河本さんとお婆ちゃんの家に行って、私と同じ様にもてなされた後、目の前でお婆ちゃん亡くなったんですって。ぽっくり。朝起きたら、亡くなってたんですって。」
「いい死に方だな…。」
「だよね。でも、敏子さんは凄いショック受けちゃって、精神的にものすごいストレスになっちゃったのかな。
その1年後に脳梗塞起こしたの。
でも、その時はまだ、認知症症状も出てなかったし、半身麻痺も無かったんだって。
ところがなの。」
「ー家を取り壊したって言ってたな?それか?」
「そう。私の叔父さん、つまり、うちのお母さんのお兄さんね。
その人が、3年前に、あの家売り払うって言い出したのよ。
河本さんは、敏子さんがとても大切にしていた家だから、それなら自分に買い取らせてくれって言ったらしいんだけど、河本さん、働いてもいないし、胡散臭いって、叔父さんはすんごく嫌ってて、信用せず、他人に売って、あの家は取り壊され、今は大きな道路に。」
「2度目の精神的ショックか…。」
「うん。自殺未遂したみたい…。
杖をついて、病院の屋上に上がって、飛び降りたらしいの。
それで今の状態になっちゃって、河本さんはあんた達が敏子をこんな風にしたんだって凄く怒って、縁を切ってきたので、お母さんも敏子さんの話はタブーにするしか無かったみたい…。」
「そうだったのか…。辛い話だな。教えてくれて有難う。」
「そんな、とんでもない。」
「でも柊木、だからって、お前が責任感じて小さくなる必要なんか無いんだからな。不具合が出たらすぐ言えよ?」
「あ、ありがとお…。優しいいい~!素敵~!もう唐沢さんの物でも、マザコンでもいい~!」
「だから俺はマザコンじゃねえって言ってんだろうがああ!」
「はっ!また言っちゃった!?ごめんなさい~!!」
電話を切ると、真行寺は声に出して笑った。
「また随分と面白い友達が出来たもんだな、龍介。心の声が出ちまうのか。」
「その様で…。ダダ漏れなんだよ…。でも、ダダ漏れて来る事がちっとも悪い事じゃねえから、相当いい奴だとは思うけどね。」
「そうか…。」
「大丈夫かな、アイツ。」
「恐らく大丈夫だろう。
永遠にそれが続くなら、河本も、そう頻繁に実験したりしないだろうしな…。
そうか…。
河本という男は、敏子さんが元気でお婆ちゃんの家に2人で遊びに行っていた頃に戻したいんだな…。
認知症の介護は大変だろうし、分かる様な気もするが…。」
「うん…。」
「しかし、柊木まりもさんはまだ若いから、食べれば回復出来るだろうが、そこまで弱っている人が、何度もそんな事をしていたら、体力が持つかな…。」
言われてみれば、その通りだ。
龍介と瑠璃にも不安がよぎった。




