煩悩復活か!?
瑠璃は龍介が明日からまたイギリスに行ってしまう事もあって、コンサートの後の食事の席で、思い切って再び、嫁にする発言について聞いてみた。
すると龍介は、今度は真っ赤ではなく、真っ青になり、瑠璃を酷く不安そうな目で見つめた。
ーか…可愛い!捨てられた子猫みたい!
捨てられた子犬になったり、子猫になったり、龍介という男も忙しい。
龍介は迷った挙句、不安そうに小さな声で聞いてきた。
「ー迷惑…だった…?」
「へっ!?どうして!?そんな事無い!」
「ホント…?」
「ホントよ!そうなったら、どんなに幸せかななんて…うふふふふ!」
とうとう怪しげな笑いまで出て、顔は完全に崩れたが、龍介は心底ほっとした様に笑った。
「良かった…。」
「でも、どうして急に…?」
一応、期待外れのおかしな答えが返って来る事も覚悟しつつ聞いてみる。
「ー瑠璃と一緒に居るのって、きいっちゃん達と居るのと違ってさ…。
なんかほっとするっていうか、幸せな感じがして、フワフワと楽しいんだ…。
だから、まだまだ先なんだろうけど、将来結婚するとしたら瑠璃がいいななんて事を、この間佐々木に言われてからぼんやりと思ってたんだけど…。
この間のマッドサイエンティストがあんな事言いやがったら、なんかあの…。」
「うん。」
期待と不安で心臓が爆発しそうになりながら続きを促す。
「凄え嫌だって思ったんだ。瑠璃を他の男に取られるのが…。」
ーやったああ~!これは喜んでいいんだよね!?
「だからって、お付き合いとかってえのは、よく分かんねえんだけど。」
ーガクッ。
「でも、こういうのもお付き合いに入んのかな?鸞ちゃんと寅ってこんな感じなんだろ?」
「そ、そうね…。」
すると龍介は眩しいくらいに無邪気に笑った。
なんだか雲行きが怪しくなってきたような気がしないでもない。
「龍、あのさ…。んと…。私の事好き…?」
「うん。大好き。」
ーこれはなんか違うんじゃないかしらあ!?ママ大好き!ポチ大好き!に近くない!?
「ど、どういう感じで…?長岡君達と同じ感じ?」
「いや、ちょっと違う。きいっちゃんとは結婚してえとは思わねえもん。」
ーそれはいくらなんでも気持ち悪いからやめてえ!
瑠璃の顔色が急に悪くなったので、心配そうに見る。
瑠璃は気を取り直して、質問を再開した。
「結婚したいと思ってくれる位、好きなんだよね…?」
「うん。」
「じゃ、じゃあ、龍にとって結婚てどんな感じ?」
「一緒に住んで、家族になるって事だろ?」
「そ、それはそうなんだけど、その愛してるとかそういう、あの…、恋愛感情みたいなものがあるから夫婦なのでは…。」
「れ…恋愛感情…。」
また顔色が悪くなる龍介。
ーやっぱりそこは分からないのねえ~!?
瑠璃まで顔色が悪くなる。
龍介は困り果て、泣きそうな顔で瑠璃を見つめた。
「他の奴に渡したくないじゃダメ?結婚するまでに努力して、そういうの分かる様になるから、他の男の所に行かないで貰えないか…。」
ー努力で分かるのおおお~!?やっぱりお母さんが正しかったよおお~!
例の龍介の煩悩を取り戻せプロジェクトで、1番頼りにされていた瑠璃の母は、話を聞くと、きっぱり言っていた。
『直ぐにこっちで何かしてというのは、無理だと思いますねえ…。まあ、その内滝浴びのご利益も抜けるでしょうから、気長にお待ちになったら如何でしょう?でも女の子の母親としては、煩悩無しの男の子の方が安心かしらあ?なんちゃって。』
と。
それでも瑠璃を他の男に渡したくないというのは、今までの龍介からすると、結構な成長かもしれない。
そう考える事にして、瑠璃は微笑んだ。
「うん。それでいい。私待ってる。龍に愛してもらえる様になるの。」
「ああ。瑠璃だけ見てる。」
ーあああ!もうこの一言で全部吹き飛んだ!もうなんでもいい!私!。
瑠璃の顔はまた崩壊してしまった。
龍介達がイギリスに行って1週間後、煩悩を取り戻せプロジェクトの会合が開かれた。
瑠璃が幸せそうに語る報告に、朱雀は喜んだが、竜朗と亀一、悟は微妙な顔をしている。
「瑠璃ちゃん…。まあ、確かに今までのお友達感覚よりは、多少、瑠璃ちゃんの事、女の子として見るようになって、意識も純粋に友達でない感じになってきちゃあいるが、煩悩には程遠くねえかい?」
竜朗が言うと、悟も頷いた。
「そうそう。ぶっちゃけ言ってしまうと、年齢相応のスケベ心というか、そういうのは全くないよね。」
亀一も唸りながら続けて言った。
「そう…。恋愛感情というんでも無く、なんつーんだ…。恋愛感情って、そもそも身勝手なもんでしょう?先生。」
「おう。よくわかってんじゃねえか。」
「はい!恋してますから!」
力を込めて自信を持って返事をする亀一に一同失笑。
亀一は咳払いをして一睨みしてからまた話し始めた。
「それがなんか唐沢が見聞きした龍の様子聞いてると、仏様的っつーか、なんていうんでしょうね、家族愛っていうか。」
「ん、そうだな。そういう感じだぜ…って、仏様的!?やっぱ洗い流しちまったからあああ~!!」
頭を抱える竜朗を亀一が若干呆れ顔で見つめる。
「だからそれはもう分かってるじゃないですか。修験道みてえな滝浴びさせといて、今更何言ってんです。大体、なんでんな事させたんですか。」
「ー俺は夏場行くと必ずやんのよ。まあ、4日位なんだけども。で、サッパリすんだな。だから龍がどんな感じって聞くからサッパリすんだって言ったら、俺もやりたいって言うんで…。あまり深く考えもせず…。」
「先生ともあろう方が深く考えないなんて…。」
「ごめん…。」
朱雀が懸命にフォローに入った。
「でも、着実に戻っては来てるんじゃないかなって僕思うんですよ、おじいちゃん。」
「そうかい?」
「うん。だって龍って、不思議な程、独占欲って無いでしょ?でも、唐沢さんは他の人に取られるのは嫌、龍だけの物でいて欲しいって思うって事は、珍しいっていうか、僕そういう事、龍が言うなんて初めて聞きました。」
「あ…、そういやそうだな…。あの子は欲がなさ過ぎだった…。独占欲ってのも、欲だもんな。」
「そうそう。だからこのまま唐沢さんが龍と仲良くしててあげれば、自然と煩悩も戻って来るんじゃないかなって思うんです。」
ここは加納家だ。
龍介達が行くとなると、加納家に住まわされるようになってしまった佳吾が、静かに動かずに銅像の様に自分で淹れた紅茶を飲んで、一緒に居た。
あまりに静かなので、本当に銅像と認知しかかった時、漸く口を開いた。
「まあ、加納の短絡的な思い付きで及ぼした年齢不相応な悪影響は、確かに改善はされているように思えるな。
そして龍介君自身も、はっきりと分からなくても、恋愛感情を努力して分かろうとしたい旨、瑠璃ちゃんに言ったという事は、問題意識は持っている。
またそのらしくない自信無さげな、不安な様子からすると、自分のそういった気持ちに戸惑ってもいるのかもしれない。
つまり、既に恋愛感情が芽生えているのに、気付いていないだけという可能性もある。」
「んじゃ吉行の目から見ると!?」
「回復はしているだろう。気長に長い目で見たまえ。貴様の様に、結婚出来ない年齢でよそ様の大事なお嬢さんを妊娠させ、大学に入った時には既に1歳の子の父親なんていう煩悩の塊より、余程マシだ。」
竜朗の過去を知らない亀一以外は驚いて言葉も無い。
しかし、よくよく考えてみたら、厳密に計算すれば、龍太郎は竜朗と18歳しか年が離れて居ないという事は、お腹の中に居た時間を合わせると、そういう事になる。
「おじいちゃん、そうだったんですかあ…。ドスケベだったから、洗い流す必要があるんですね…。」
「朱雀!?そうじゃねえよ!?俺は煩悩有り余らせてるから滝浴びしてる訳じゃねえのよ!?」
誰も信じてくれないのは一目瞭然である。
竜朗は悲しそうに、佳吾がついでに淹れてくれた紅茶をすすった。
龍介は帰国すると、直ぐに瑠璃にお土産を持って会いに行った。
佳吾や朱雀の言った通り、やはりいい兆候なのかもしれない。
「会いたかったぜ、瑠璃!」
と、無邪気且つ素直な物言いで、全くドキドキとかが無いのが、ほぼ幼稚園児なので、気にならない事も無いが。




