表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍介くんの日常  作者: 桐生初
76/148

意地でも守る

怪しげな男が出てから一月が経ち、春休み直前になった。


龍介は瑠璃が心配で、セーラの散歩も一緒にするようにしていた。

その日も約束の時間の午後5時にポチを連れて瑠璃のマンションへ行くと、セーラがリードを着けた状態で、一匹でウロウロしていた。


「セーラ?!なんで家に居ないんだ!瑠璃は!?」


必ず家まで行くから待っている様に言ったのに、今日はそれでは申し訳ないと思ったのか、何かあったのか、状況から行くと、マンションの前でセーラと待っていた様に思える。


龍介が声をかけると、セーラが龍介に駆け寄って来て、落ち着かない様子で何かを訴え始めた。


「瑠璃どうした!?何かあったのか!?」


どうもそうらしい。

龍介はセーラのリードも持って、マンションの周りを、瞬きも忘れて探し回った。

マンションの植え込みの前に来た時、ポチがジャンプして何かを咥え、龍介に見せた。


「これは瑠璃の…。」


瑠璃がよく着けている、苺柄のシュシュだった。

ポチは必ずそれを瑠璃の長い髪からそーっと外し、遊んでは龍介に怒られているから、覚えていたのかもしれない。

丁度瑠璃の背の高さ位の所に引っかかっていた様だ。


龍介は植え込みの中に入った。

暫く地面を見ながら進むと、陶器で出来たピンクや水色の花束の様なブローチが落ちていた。

それはイギリス土産で龍介が瑠璃に買って来た物だ。

瑠璃はとても気に入ってくれて、いつもプライベートで着る真っ白なコートに着けていてくれていた。

それが、金具部分が壊れて落ちている。


龍介はブローチを手に取り、観察した。


「何かに引っ掛けて、金具が歪んで外れたんだな…。どこに引っ掛けた…。」


ここはマンションの敷地の端っこで、龍介の目の前には、2メートル位の植え込みの木が鬱蒼と茂っている。

その向こうは、コンクリートの崖の様になっていて、龍介達の間でも、なんだか分からない謎な場所になっていた。

そのコンクリートの崖は、3階建ての小さなビル位の大きさはあるが、出入り口も窓も何も無い。

アンテナも立って居ないし、人間が住んだり、働いている所では無さそうなのだが、しかし、用途も不明という物だった。

マンションとその謎のコンクリートの塊の間に塀は無く、あるのは植え込みだけだ。


龍介は目の前の植え込みをじっと見つめた。


木の枝が変な具合に折れ、葉が一杯落ちている場所があった。

龍介はその部分の植え込みの木の中を手探りで触ってみた。

手触りがコンクリートの壁から、鉄の感触に変わった。

更に触っていくと、蝶番の様な金具に当たった。

龍介は植え込みの木を押し分け、そこを見た。


「扉だ…。」


ドアノブはあるが、鍵は電子ロックの様で、捻ってもビクともしない。

扉も頑丈で、かなりの厚さの様で、おいそれとは破れそうに無い。


扉の下の方で、セーラが鼻をクンクンさせながら、何かを懸命に咥えて引っ張っている。


「なんかあったか?」


しゃがんで見てみると、扉に挟まる形で、手提げ袋の取っ手の様な物が見えていた。


瑠璃がセーラの散歩の時に持って歩いていた袋と同じ赤いギンガムチェックだった。


「瑠璃はここに連れ込まれたんだ…。」


龍介は急いでその場から竜朗に電話しながら、瑠璃の母に伝えに行った。


ところが竜朗の反応は意外な物だった。


「ーそっか…。分かった。こっちで処理する。この電話、瑠璃ちゃんの母ちゃんに渡してくれ。そんで龍は戻って来い。」


「戻って来いだあ!?爺ちゃん!瑠璃はあんな訳分かんねえトコに連れ込まれたんだぜ!?」


「あそこはうちの管轄だ。龍でも手え出しちゃなんねえ。危ねえんだよ。ほら。瑠璃ちゃんの母ちゃんに代わってくれ。」


龍介は納得が行かないながらも、渋々瑠璃の母に電話を渡した。


小声で竜朗と話した後、瑠璃の母は龍介に礼を言いながら電話を返した。


「おばさん…。」


「本当に有難う、龍君。瑠璃は大丈夫だから、おじいちゃまの言う事聞いて、待っていてね?」


「だけど、そこに居るって分かってんのに!?。」


「うん…。でも、そこに居るとあなたが突き止めてくれたから、もう大丈夫なの…。直ぐに助けて頂けるわ…。」


そう言いながらも、瑠璃の母は泣き崩れた。


瑠璃が今、どんなに怖い思いをしているか…。


龍介がこれだけ居ても立っても居られない不安で一杯になっているのだから、母親である瑠璃の母は、もっとそう思っている事だろう。


龍介は瑠璃の母の前にしゃがみ込んで言い切った。


「おばさん、瑠璃は俺が助ける。」


瑠璃の母はハッとなって、慌てた様子で龍介の腕を掴んだ。


「ダメ!本当に危ないの!あそこは、元細菌兵器工場なんです!中からは絶対漏れないそうだけど、中に入ってしまっては…!」


「なんだろうが、俺が行きます。逆にそんな所に閉じ込められたんだから、瑠璃の方が危険だ。絶対無傷で瑠璃連れ帰る。」


「龍君!」


止める間も無く、龍介はセーラを置いて足早に立ち去ってしまった。




龍介は、先ほどの電子ロックを携帯のカメラに収めると、全速力で自宅に帰って、部屋に入り、音楽をかけ、そのまま窓からロープで真下にある寅彦の部屋の前まで一気に降りて、窓を叩いた。

寅彦が驚いた顔で窓を開けると、素早く入って来て、携帯の写真を見せながらいきなり言った。


「この電子ロック開けられるか。」


「あー…。ああ。多分開けられると思う…。」


「5分後に出る。宜しく。」


「龍、何があったんだよ。」


「行く道で説明するから。」


そう言うと、またロープで素早く自室に登って行ってしまった。


「どうしたんだ…。珍しく切羽詰まった顔してたな…。」


龍介は二階の物置から防護服を取り出し、急いでパッキングし、防弾ベストを身に付け、いつもの赤いダウンでそれを隠し、パタパタ竹刀とビームサーベルの確認をすると、部屋の押入れから自分のスニーカーを出した。

どんな状況下でも困らない様にと、昔から自分の部屋にも外履きは置いておくというのが、加納家のセオリーだった。


再び寅彦の部屋に降りると、寅彦も押入れからスニーカーを出している所だった。


「しずかちゃんや先生に見つかると困るんだろ?」


龍介がやっと少し笑った。


「流石寅。」


「そのセリフは電子ロックが開いた時にしてくれ。」


「寅。念の為、瑠璃の家のマンションの辺りの監視カメラ映像って見られるか?」


「ああ、警察が設置したのがあったな。すぐハッキング出来る。」


寅彦は本当に直ぐ、瑠璃のマンション前の画像を出してくれた。


マンション前は何の動きも無い。


「じゃあ、この謎のコンクリートの塊の周りはどう?」


「おう。」


やはり、何も無い。

図書館の黒いSUV車も止まっていないし、人がうろついている様子も無い。


「やっぱり直ぐ動かねえんじゃねえかよ…。」


「唐沢に何かあったのか?」


「瑠璃は…、ここに連れ込まれてるんだ。」


「そういう事だったのか…。」




2人が寅彦の部屋からそっと出て、裏口から出ようとした所で、全く気配の無かった竜朗の声がした。


「龍。駄目だっつったろ。」


龍介は立ち止まって振り返ったが、今までした事の無い、反抗的な目で竜朗を見つめてきた。


「爺ちゃんが助けるって言っといて、なんの動きも無えじゃねえかよ。」


「瑠璃ちゃんの母ちゃんから聞いたろ?あそこは元とは言え、細菌兵器工場なんだよ。何があるか分からねえんだ。助けに行く方もそれ相応の準備していかなきゃなんねえし、そうしなきゃ瑠璃ちゃんの命だって危ねえんだ。」


「……。」


「龍。おめえが瑠璃ちゃん心配する気持ちはよく分かってるつもりだ。龍と待ち合わせしてた矢先じゃ、責任も感じてんだろ。だが、助けに行ったおめえに、もしもの事があったりしてみろ。瑠璃ちゃんどんなに悲しむか…。」


「爺ちゃん!」


龍介は怒鳴りつけるように竜朗の言葉を遮り、強い目で言った。


「瑠璃は俺が守るんだ!あいつにそう約束したんだよ!なのに守ってもやれず、今1人で怖い思いさせてるんだ!せめて今直ぐ俺が行かなきゃ、正真正銘の約束破りになっちまうだろうが!」


竜朗は深いため息をつくと、仕方なさそうに笑った。


「防護服、ちゃんと2つ入れたんだろうな。」


「おう。」


「んじゃ行って来な。」


「ん。」


龍介と寅彦が出て行くと、竜朗は電話をかけ始めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ