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龍介くんの日常  作者: 桐生初
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爺ちゃん、もっと泣く

クリスマス前なので、龍介はしずかとロンドンの街に買い物に出た後、最近メールが来ない竜朗が心配になってメールしてみた。

来た時は毎日の様に、元気か、稽古してるかなどとメールを寄越していたのに、ここ数日は何の音沙汰も無い。

蜜柑と苺の面倒を見るのに疲れ切っているのではないかと、心配になってしまったのだ。

今、日本は午前2時位だから起きて居ないだろうとは思ったが、取り敢えずしてみた。


すると、電話が鳴った。


「爺ちゃん!?起きてたのか!」


「龍ううう~!元気かああ~!?」


「爺ちゃんこそ大丈夫かよ。メールも来ねえし、苺と蜜柑でくたびれ果ててんじゃねえかと…。」


「い、いや…。んな事あ無えよ…。」


竜朗としては龍介に泣きついて、龍介だけでも帰って来させるのは簡単だったが、それをやってしまっては、折角の親子水入らずの邪魔をしてしまう。

それだけはしたくないので、必死に否定した。


「いや、うちでさあ、亀一とか瑠璃ちゃんがクリスマスパーティーしてくれる事になってよ。その準備で色々な。」


「そうなんだ…。大丈夫?2人は…。また好き勝手やって困らせてるんじゃ…。」


図星だが、そうだと言ったら優しい龍介は帰ってきてしまう。


「大丈夫だよ!亀一も瑠璃ちゃんもチョコチョコ来てくれるしな!瑠璃ちゃんなんか双子っちの扱いが本当に上手いぜ!?嫁に貰うなら瑠璃ちゃんだな!」


「嫁って爺ちゃんも気が早えな。全然ピンと来ねえよ。」


「う…。」


洗い流してしまった煩悩はまだ復活しない様だ。


「どしたあ?」


「いや、いや、なんでも無えよ…。」


痛みまくる竜朗の良心。


「ところでなんでまだ起きてたの?」


「ああ、今日は吉行が来てんだ。そのまま飲んでてこんな時間。」


「大叔父さん、お酒飲むのか…。」


「飲むよ。凄え強くて、全く変わらず、ネクタイも緩めず微動だにせず飲んでるけどな。」


なんだか堅苦しい飲み会であるが、竜朗は慣れているから気にならないのだろうか。


「そっか。稽古も無えし?」


「暇なのよ。そっちはどうだい。」


「楽しくのんびりやってるよ。」


「この間、大活躍したって?」


「してねえよ。あんなの。」


「いや、しただろう。あ、そうだ、なんつったっけ?御徒町だか、万世橋だかいう男、こっち帰って来ちまったって?」


「ー爺ちゃん、誰かと思ったぜ…。アキバさんだろ。なんか地名の距離的には近い様な気もするけど…。」


「ああ、それそれ。」


「そうなんだよ。目え離した隙に、置き手紙置いて居なくなっちまってさあ。年末年始で代わりの補充も厳しいからって、急遽寅が来たよ。」


「そらそうだろう。恭彦んとこは贅沢過ぎだもん。加奈ちゃんに寅だなんてよ。」


「そうみてえだな。でも、寅も楽しそう。お父さんの部下も面白いってさ。何故か俺の名前で呼びそうになるって。」


「ははは。そらそうかもな。吉行から聞いてるたっちゃんの仕事っぷりは、龍がピンチになった時とそっくりだもん。頼もしいのよ。」


「そらどうも…。」


「そろそろ真行寺さんがそっち着くだろ?」


「うん。これから迎えに行く。」


「ん。んじゃ家族でゆっくり過ごしな。」


「ー爺ちゃん、大変だったら、俺…。」


「いいから!いいから!こっちは大丈夫だから、冬休み中くらい羽根伸ばして楽しんできな!」


電話を切り、大きなため息を吐き、思わず携帯を抱きしめる竜朗を、佳吾が横目で見て、盃の日本酒を飲み干して言った。


「そこまで強がったのだから、貫徹すればいいものを。」


「だってさあ!はああ…。双子っちがどうこうって話でなく、龍に会いてえよ…。もう2週間も会ってないんだぜ?産まれてからこんな会ってねえなんて初めてだぜ…。しずかちゃんもさ…。まるで嫁行っちまった時みてえ…。」


「ならば義兄さんと一緒に行けば良かろう。双子ちゃんは優子さん達が預かってくれると言っていたじゃないか。」


「アレを人様になんか預けられっかい!」


「意外とよそ様の家に行ったら大人しくしているものだろう。」


「そうかあ?」


「そうだ。以前、義兄さんの家に龍介君と一緒に来た時、龍介君としずかさんが買い物と夕食作りの為、何時間か外した事があったそうだが、双子ちゃんは義兄さんと会話を楽しみ、アルバムなど見ながら大人しく過ごし、義兄さんはとても大人しくいい子達だったと言っていたぞ。」


「信じらんねえな、それ…。」


「幼くても、うちと外は分けるものだ。自由奔放なのは甘えられ、リラックス出来ている証拠だろう。」


「そうは言ってもよお、ありゃ酷いぜ?おめえもいっぺん体験してみなって。」


「私はベチャベチャの林に寝そべったりしない。」


「いくらおめえが服汚さねえ主義っつったって、ありゃあ無理だろう!?」


「いや、出来る。」


「出来ねえよ。」


「出来る。」


「んじゃやってみろ。」


「承知した。明朝な。では寝る。」


「いきなりだな、おい。風呂は?」


「お前の家の客間にはシャワーが付いていた筈だが。」


「付いてっけど、シャワーで大丈夫?冷えねえ?」


「問題無い。ではお休み。」


食器類をササッと片付け、猛スピードで綺麗に洗い、姿勢正しく客間に入ってしまった。


「うーん…。相変わらず謎な奴…。」




翌朝の6時、竜朗は佳吾に叩き起こされた。


「私は本部長の龍彦がイギリスだから、1日たりとも情報局を留守にするわけには行かないんだ。さっさと起きて用意しなさい。双子ちゃんには、もう朝食は摂らせてある。」


見ると、いつもの様にお洒落な三つ揃いのスーツをビシッと着こなした佳吾が、双子を連れて立っていた。ポチもついでに朝の散歩をさせてくれるのか、ポチもリードを付けて、いつもよりビシッとお座りしてそこに居た。


「ぬおおお…。どうしておめえはそう、だらしない事って無いのかね…。」


「早くせんか。」


「はいはい、只今…。」


もう顔も洗わずにジーンズに着替えて、背中に鯉が滝登りしているシャツを着て、ダウンを羽織り、煙草を咥えながら外に出た。


双子は佳吾と手を繋ぎ、余所見もせず、佳吾に楽しそうに、双子なりのご近所紹介をしながら大人しく歩いている。


「おじちゃま、ここは春になると、桜がいっぱい咲くんでちよ。」


「それは綺麗だろうね。蜜柑ちゃんは桜は好きかい。」


「あい。」


すかさず苺も近所の家を指差す。


「おじちゃま、ここの家の猫ちゃんは、毎日うちのお池の金魚ちゃんを狙いに来るのよ。おかたんと戦ってるの。」


「それは大変だ。」


「うん。でもポチがおうちに来てからは大丈夫になったの。」


「それは良かった。番犬をしてるんだね、ポチ。」


ーハッハッ。


気のせいかポチまで行儀良くなっている気がする。


竜朗が首が折れそうな勢いでなんでだろうと首を捻っている内に、問題の林に着いた。


「ここだよ、吉行。」


「ほう、成る程。確かに滑りやすそうだな。」


そう言いながら林に降り立ち、蜜柑を抱き上げ、ズルッと滑ったが、佳吾は蜜柑を小脇に抱え、蔦を掴んだ。

しかし、大人と子供の重量で蔦は直ぐに切れる。

すると佳吾は蔦が切れる前に次の蔦を掴むというサーカスの曲芸の様な事をやり始め、蔦の振りを使って徐々に道路側に移動し、ベッチャリとならずに華麗に歩道に着地してしまった。


「それ、おめえの体重だから出来んだろうがよお!」


佳吾は細い。

背は170センチあるのに、体重は多分60キロあるか無いかだ。


「条件がどうこうという話ではなかった筈だが?」


「まあな…。」


それに竜朗は蔦を掴む事すら出来なかったのだしと、素直に負けを認めた。


「では戻ろうか。ああ、しかし、靴は汚れてしまったな。磨いてから行かなくては。」


「じゃあ、苺が磨いてあげる!苺、得意なのよ!?」


「それは有難いな。お願いしよう。」


「じゃあ、蜜柑もお手伝いするう!美味しい朝ごはんの御礼!」


「あんな物でそこまでとは、こちらが得してしまった様だ。」


「何食わして貰ったんだい。」


蜜柑が目を輝かせて答えた。


「サンドイッチよ。綺麗なの。色んな色になってるの。信号みたいなの。」


「ははは。そうかい。良かったな…。」


竜朗は段々悲しくなって来た。


何故そんなに大した知り合いでも無い佳吾の前で、このチビと犬はこんなにいい子なのかと。


「どうした、加納。」


「なんか寂しくなってきた…。なんでこいつら、おめえの前だとこんな大人しくていい子なの…。」


佳吾は表には出さなかったが、心の中で仰け反ってしまっていた。


仕事上では政治家にですら言いたい放題。言う事も聞かせる度量も持ち、何があっても動じず処理出来るこの男が…。


ー泣いておる…。流石に対処法が分からんな…。


「だから…。慣れていないし、うちと外は分けているのだろう…。」


「俺にだってちょっとぐれえいいじゃん!大人しくいい子にしてくれたってえー!」


「ー加納…、子供じゃないんだから、こんな道端で泣き叫ぶな…。」


「だってさあ!」


ーこれは相当ストレスが溜まっているのかもしれない…。なんとかしてやらないと、仕事にも支障が出そうだな…。実際風間君が仕事の電話をしても、今それどころじゃねえ!って切っているという話だし…。


それどころじゃねえ!は問題である。

仕事が滞っては、職種柄、日本の損害に関わる話になってしまう。


「加納、この子達は暫く私が預かろう。

日中はお手伝いさんと執事がいるし。さあ、帰って、泊まる支度をして。おじさんの家でしばらくお泊まりだよ?」


「わーい!」


すると竜朗まで一緒になって万歳し始めた。


「やったあー!吉行、あんがとおー!!!恩に着るぜえ!」


なんとなく策にはまってしまった様な気がしないでもなかったが、妻も亡くし、子供も居ない佳吾は、それでもいい気がして、楽しそうに微笑んでいた。




その頃、真行寺はヒースロー空港に到着し、しずかの運転する車で、龍介と後部座席に乗っていた。


竜朗と電話で話した事を伝え、尚も龍介は心配そうに言った。


「爺ちゃん、大丈夫しか言わなかったけど、凄え無理してんじゃないかな…。」


真行寺は笑って、龍介の頭をグシャグシャっと撫でた。


「そういう事にしといてやれ。龍介の為に頑張ってんだから。」


「でもさあ…。」


「それに、あの双子ちゃんが、そんなに竜朗を困らせてるとは、実感が湧かないんだが。」


「ーまあ、俺にとっては日常だけど、爺ちゃんはあいつら1人で見てた事無えからさ…。あ、グランパ、ごめん、仕事大丈夫?」


「ああ、冬場は少ないからね。ただ、夏休みは正直言うと、全部こっちに来られちゃうと困るんだよな…。」


「ああ、夏休みは半分くらいだと思う。剣道部の合宿もあるし、そんな長く爺ちゃん1人で見させたら、本とに死んじゃう。」


真行寺はひとしきり笑った後、真顔になって、ルームミラー越しにしずかに話し掛けた。


「この間の一件、ちょっと事が大きくなってきたようだね。龍彦は帰れているかい。」


「はい。韓国のエージェントに調べを任せてます。中国人工作員から得た見返り情報の裏付けも一本さんがやってくれているようですから、龍彦さんの方は落ち着きました。」


「そうか。」


「あの韓国人、なんだと思います?お義父様…。」


「しずかちゃんの読みから言いなさい。私はもう引退した身だよ?」


「うーん…。アメリカの武器メーカーとして、探りたい事というと、龍太郎さんかなと…。」


「そう考えるのが妥当だろうね。」


「父さん?Gー84ーきとか、IH砲とか作ってるから?」


「そう。はっきり言って、一佐が登場してからというもの、商売上がったりだ。なんとか引き抜いて、メーカー側に転職させるか、黙らせるかなんとかしないと、死活問題になってくる。実際、メイヤーは、下請けで一佐が開発した武器を作っているアナシスというメーカーと比べると、売上げはガタ落ちだ。なんとか食い込もうとして、政治家なんかも使ってる様だが、今の大統領はアナシスと縁戚でね。上手く行かねえから、強行手段で、一佐の正体を掴もうとしたんだろう。」


「父さんの正体は知られていないんですか。」


「居ない。精々、この間漏れそうになった、静音装置の開発者じゃないか、だから設計図に名前があるんじゃないかって位の話だ。」


「じゃあ、名前も知られてないんだ…。」


「ああ、知られてないよ。そもそも、日本人の自衛官がそんな物を設計、開発しているなんて事も超機密だからね。」


「ああ…。そうなんだ…。ちょっとホッとした…。」


「うん…。」


しかし、それも時間の問題なのかもしれない。

その証拠に、真行寺もしずかも暗い表情をしている。

龍太郎の素性がバレたら、恐らく世界中の利権や戦争に夢中になっている奴らが襲って来る。


ーその時が来るまでに、俺は今より強くなって居られるだろうか…。












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