龍介くんイギリスでも活躍します
龍介は、龍彦の事務所に来ていた。
今日は宇宙関連では無いが、やはり機密情報の漏洩を防ぐ仕事の様だ。
自衛隊の下請けの下請けである会社が、潜水艦の部品を作っており、その部品がかなりの音を消す最新鋭の装置で、潜水艦の要であり、そして国家機密でもあるのだが、その設計図のデータを金に目が眩んだ社員が会社から盗みだし、このイギリスで中国人に売り払う算段になっているらしく、それを阻止する任務だ。
夏休みにフランスで手伝った仕事と殆どいっしょだが、公になっていないだけで、この手の仕事が任務の殆どを占めているらしい。
海外にそういったやましい人間が出るのも、結局は、公安などの目を逃れる為で、それを逃さないのが龍彦達の仕事なのだろう。
龍彦のチームは、当時の仲間が再集結したらしい。
情報官だけは病気で引退したそうで、泣く泣く来られなかったようだが、後のメンバーは龍彦が復活すると聞き、集まってきた様だ。
だから年齢は京極組同様龍彦と同じ年齢層だ。
日本人男性2人に、イギリス人1人と、京極組と同じ組み合わせになっている。
そして、情報官が1人。
これは、京極組を半ば追い出されたアキバが入っている。
「お会い出来なかった羽田原五右衛門です。」
イギリスに来た初日にそう挨拶された龍介は、一瞬、名前を処理出来なかった。
漢字もパッとは思い浮かばなかったし、ゴエモンという名前がこの平成の世の中に、スパゲッティ屋以外で存在するというのも、ピンと来なかった。
それにお会い出来なかったという意味がわからない。
そんな珍妙な名前の人が記憶無いからだ。
挨拶もそこそこに、あまりに龍介がポカンとしているので、羽田原と名乗った情報官は、悲しそうに俯いて、小さな声でもう一回名乗り直した。
「京極組ではアキバって呼ばれてました…。」
「ああ!アキバさんですか!」
「やっぱり組長、本名で言ってくれなかったんだ…。」
と言うより、京極組で誰も本名は覚えていない。
「ま、真行寺組でも同じですけどね…。」
自嘲気味に寂しそうに笑っているのが痛々しい。
若干ウエットなタイプのアキバの他のメンバーも、なかなか個性的だが、特にイギリス人のデビットはある面特殊だった。
「じゃ、Jr.いい子で待ってるのよ~ん?」
頭を撫でて、そう言い残し、他のメンバーと出て行ったデビットは、凄まじくがっしりとした体躯のオネエである。
龍介はアキバと2人きりで事務所に残った。
事前調査で件の社員と中国人工作員が落ち合うパブには、既にビジネスマンに変装した龍彦、それにデビットが客として入り、しずかはウェイトレスとして入っている。残りの高坂と渡部は外の車で待機中だ。
「うちの母さんがウェイトレスって無理が無いですか?もう39ですよ?」
「には見えない上、日本人は若く見えますから、しずかさんなら全く問題ありませんよ。ほら、少女のようですよ。」
ハッキングしたパブの監視カメラに映るしずかは、確かに20代にしか見えないし、パブの暗めの照明では、下手したら10代にすら見える。
「チーフも若く見えるし、いいなあ。」
そう言うアキバはまだ20代だろうに、40と言われても、ああなるほどという感じがする程の老け顔だ。
そんな訳で、なんのコメントも出来ない龍介は、そのまま監視カメラの映像を見ながら無線を聞いていた。
無線は時々、外で監視している高坂からの状況報告が入る。
「マルトク、パブに入った。」
マルトクとは、ターゲットの会社員の事だ。
見るからに悪人そうではなく、寧ろ極めて平凡などこにでも居そうなタイプに見えた。
「どうして悪事に手を染めようとしたんでしょうね、この人…。」
龍介が聞くと、アキバは考えながら慎重に答えた。
「それは僕にも分かりません。どうも彼はお金に困っていた様です。趣味のパチンコや競馬で相当な借金を抱えています。それが原因で離婚された様ですが、養育費も支払えていない。金に目が眩んだ、明るみになっている事実から行くと、そう言えるのかな。」
「お金って、罪を犯す程大事な事なんですかね…。この人、捕まって、直ぐに出られる訳じゃないでしょう?」
「はい。特殊刑務所を出られたとしても、一生監視され、普通の生活が出来ない制約を受けます。」
「なのになんで…。」
「悪い事する時に捕まる事を考えたら、出来ないからじゃないですか。それに、そういった機密漏洩犯だけが入る特殊刑務所なんて一般の人は知らないですし。」
「絶対捕まらないと思ってるんですか。」
「恐らく。日本の機密監視力はかなり舐められてますから。公にしてないだけで、アメリカ並みに素早く捕まえてるんですがね。」
「なるほど。有難うございます。もう話しかけません。」
龍介がそう言うので、なんだろうと思ったアキバは外の監視カメラを見て、舌を巻いた。
中国人と思われる2人連れがパブに向かって歩いて来ていたからだ。
「凄いな。どうして彼らが特殊工作員だと分かったんですか。」
「周辺をかなり注意深く見ながら歩いて来ました。一目散にパブではなく、何度も様子を見ながら進んでた。却って怪しいから…。」
「流石Jr.ですね。」
「いやいや、止めて下さい。」
中国人2人がパブに入り、日本人会社員のテーブルに着いた。
日本人会社員がUSBを見せると、中国人がアタッシュケースの中をチラリと見せた。
「アキバ、見えたか。」
龍彦の声が無線から響く。
「見えました。ドル札ザッと500万分。」
アタッシュケースは二つある。
情報の代価は1千万というところか。
中国人の後方で給仕をしているしずかが報告する。
「渡した。」
日本人会社員がUSBを渡したらしい。
中国人が手持ちのパソコンに差し込むと、アキバが素早くハッキング。
「チーフ!潜水艦の静音装置の設計図です!」
「確保。」
龍彦の号令でしずかと龍彦が中国人の後ろに回り込み、銃を隠して押し付けると同時に、デビットも同様に日本人会社員に銃を押し付け、高坂と敷島が入って来て、中国人のパソコンを奪った。
龍彦は英語で言った。
「日本国外務省の者です。そのUSB、国家機密が入っていますね。ご同行願います。」
誰もがひと段落とホッとしかけた時、龍介がアキバの無線を奪い取り叫んだ。
「銃持った韓国人らしきが2名、裏口から入った!」
一斉に裏口の方向を向き、構えられたお陰で、相手側には一発も撃たせず、他のメンバーは容疑者を守る余裕も出来、龍彦が1人で撃ち、直ぐにカタが着いた。
「龍介、お手柄だ。助かった。」
アキバは呆然としている。
本来ならば、パブの周辺の監視カメラはアキバが監視していなければならない。
それをうっかり見逃した上、隠し持ってきた筈の銃の存在まで、中学生の龍介にしっかり見破られている。
侵入した韓国人2人は、コックの格好をしていた。
もしかしたら、アキバは見ていても、見逃してしまったかもしれなかった。
「アキバ、図書館の方は?」
龍彦の指示で漸く我に返った。
「あ、はっ、はい…。ええっと…。」
龍介が別モニターにメールを出して見せてくれる。
図書館の人間がヒースローに到着した旨伝えて来たメールだ。
「到着したとメールが来てます。5分前ですね。」
「そのまま待ってて貰え。しずかと高坂でこの人渡して来て。アキバ。掃除屋頼んでくれ。」
「は、はい…。」
「大丈夫だよ。お前はミスなんかしていない。」
龍彦の低くて少し掠れた優しい声で言われ、アキバは泣きそうになっていた。
龍彦達が中国人を連行し、龍彦の指示で射殺した中国人を調べていたしずかから、遺体の写真が送られて来ると、それを顔認識ソフトにかけ、アキバは龍介に頭を下げた。
「有難うございました。龍介さんが見てて下さらなかったら、こっちに怪我人が出ていたかもしれません…。」
「そんな事ないですよ。皆さんのあの身のこなし。仮に言わなくたって大丈夫でしたよ。暇だったから、そこら中見てただけです。」
「いや、違います。あなたはちゃんと見ているべきところを的確に随時見ているんだ。僕とは違います。」
「ー父も言ってたじゃないですか。そんな気にしなくていいって…。」
「いえ、それじゃいけないんです…。僕はこういうミス、京極組でも2回もやりました…。組長はそのせいでクビとは言わなかったけど、組長のスピードに付いて行けないとかいう問題じゃんなく、僕自身の素質に問題が…。うううう…!」
泣き出してしまった。
ー相当ウェットなタイプだなあ…。
龍介は慰める言葉も見つからないし、少々面倒くさくもあったので、アキバの仕事を手伝い始めた。
「顔認識ソフトにヒットしてますよ。アキバさん。」
「うわああああー!!!」
もう号泣していて手が付けられないので、龍介がしずかに報告した。
「母さん、日本で一度、姿だけ確認され、その時はRF-4Eの機密を探っていた様だが、証拠は上がらず強制送還になった。身分的には会社員になってる。メイヤー銃器株式会社ソウル支店社員って、コレ、アメリカの企業じゃねえの?」
RF-4Eとは、日本の自衛隊で使われている偵察機の事だが、かなりデータは公表されているし、特に盗み出して得する様な事は無い。
「そうね。お使いの銃もメイヤーの38口径だわ。所持品無し。どう見てもプロね。嫌〜な臭いがして来たわね。龍彦さんには私が伝えておくわ。」
「奴らの目的は、本当はRF-4Eじゃなかった?」
「その可能性が高いわね。大体、あんなもん調べたって、特に得な事無いし。ーところで、なんで龍が報告して来るの?アキバくんは?その後ろで聞こえて来る雄叫びは何?」
「アキバさん号泣してる…。雄叫びは泣き声…。」
「ええー!?全くもう…。しょうの無い…。ちょっと?アキバくん?」
「すびばせん!僕、帰ります!」
「ええ!?今困るわよ!龍、止めて!」
「落としていいの?」
「なんでもいいから!」
龍介は大人相手に通じるだろうかと思いつつ、アキバの背後に回ったが、泣きながら荷物纏めるアキバは全く気付いていない。
ーこりゃいかんだろ…。だからこの人、寅みてえにあっちこっちに注意が向けられねえんだ…。確かに向いてねえかもな…。
そういう訳で、難なく落とせた。
ーはあ。静かになった…。




