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龍介くんの日常  作者: 桐生初
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望まれたタイムスリップ

悟は朱雀に教えられながら、ゆっくり崖をくだっていた。


「朱雀、こんな事も出来るんだね。」


「一応一通りはね。」


「ーじゃあ、銃も使えたりするの?」


「使えるよ。スピード勝負とかじゃなく、腰落ち着けてゆっくり狙えるなら、4人の中で、僕が1番精度が高いんだ。」


「へええ…。そうだったんだ。」


「うん、でも出来たら、こういう事出来るのは出したくないんでさ。あ、悟、そろそろ着くから足元、気を着け…ん?」


朱雀は腕時計見ていた。


「どしたの?」


悟は腕時計はしていない。

遅刻大魔王のくせに。


「ちょっとこれ見て!逆回転してるよ!」


「ええ!?」


2人共、地面に着地し、ちゃんと見ようと時計を覗き込んだ。


その瞬間、眩しい光に包まれ何も見えなくなり、気を失ってしまった。





「朱雀…。朱雀。大丈夫か?」


龍介の声に目を開けると、さっき見えていた風景とは丸で違う場所にいた。


木は小さいし、崖でも無く、どちらかというと草原の様な雰囲気だ。


「あれ…?ここ…どこ?」


亀一が、悟もやっと目を開けたのを見て、不機嫌そうに言った。


「タイムスリップしちまったんだよ。さっき木綿の着物姿の侍が走って行った。どう見たって映画のロケじゃねえ。」


「ええ~!?」


龍介が朱雀の口を塞ぎ、大きな目に物を言わせて、脅す様に言った。


「落とされたくなかったら静かにしとけ。こんな格好でこの時代に居たら、何されっか知れねえ。見つからねえ内に戻る方法を探すんだ。」


朱雀が涙目でコクコクと頷くのを見て手を離すと、司令を出した。


「時計が逆回転で過去に来た。つまり、戻るポイントがあるとすりゃあ、早送りの様に高速回転してるはずだ。そこ探せ。」


「ごめん…。僕、時計無い。」


悟が言うと、龍介はちょっと驚いた顔をした後、妙に納得しながら、悟をジト目で見ながら言った。


「それで遅刻大魔王。でもだからこそ持つべきだな。携帯じゃ一回一回出さなきゃならねえ。必然的に時間を見る回数は減る。戻ったらお前こそ持っとけ。じゃ、お前は全員見てろ。言う間も無く消えたら直ぐに言え。」


「了解しました…。」


探し始めたが、ポイントはなかなか見つからない。

そうこうしている内に、人の声がし始めた。


「隠れろ。」


龍介に言われ、全員身を潜める。


「若ーっ!若は居られませぬかー!若ー!」


木綿の着物姿の武士達は、若殿を探しているらしい。


4人は気配を消して身を潜めたが、普通の少年にそんな芸当は出来ない。


悟の気配に侍達が気付き、見つかってしまった。


「若!如何なされました⁈斯様な身なり、それに遠眼鏡など!」


若というのは、悟に似ているらしい。


「ぼ、僕は若って人じゃありません!」


「何を申されますか!?お加減でも悪いのですか!?急ぎ館に戻りましょうぞ!刻限まで時がありませぬぞ!」


そう言って悟の腕を掴み、連れて行こうとしたので、これはまずいと、龍介と朱雀が立ち上がった。


「ちょっと待って下さい!違うんです!」


そう言った龍介を見て、朱雀を見て、立ち上がった亀一と寅彦を見て、侍は目をこすった。


「なんだ一体…。この様に面妖な出で立ちのワッパが5人も…。しかも1人は若にしか思えぬが…。一体どういう事だ…。」


龍介が理路整然と説明を始めた。


「僕達は未来の人間です。詳しくは分かりませんが、なんらかの原因で、タイムスリップしてしまいました。どうも、過去に戻るポイントに入ってしまったからの様なので、今、戻れるポイントを探していた所なんです。こいつはお探しの若では無く、佐々木悟という13歳の男です。」


侍は唸りながら眉間に皺を寄せている。


「たいむすりっぷ…。ぽいんと…。サッパリ分からぬ…。」


「あなたと関わる事で、未来を変えてしまったら、俺達は元の世界に戻れません。どうか見逃して下さい。」


「ーそれは可哀想だな…。しかし、この辺りは、日が暮れると、夜盗が出て危険なのだ。ワッパだけでは危ない。」


「夜盗程度なら大丈夫です。どうかお願いします。ほっといて下さい。」


「しかし、雨も降りそうだ。それに、ちと頼みがある…。」


それこそ、聞いてしまったら、歴史を変える事になりかねない。

龍介は困り果てた顔で侍に頼み込んだ。


「本当にまずいんです。あなたとこうして話している事だって、既に歴史を変えてしまっているかもしれないんだ…。」


「しかし、若が見つからないという事は下手したら当家は氏照様の怒りを買い、滅ぼされてしまう…。その若そっくりのワッパに婚礼の席にだけでも出て貰えぬだろうか…。」


「氏照の怒り…。ちょっと待って下さい。あなたはどこの御家中の方ですか。」


「山中家の者だ。」


「御当主は?」


「山中大炊助ーつまり若だ…。」


「北条家家臣の…。」


「左様。若には好いた女子があり、しかも、氏照様ご息女の貞心様はその…、器量が…。それで若にそのお鉢が回って来てしまったのだが、どうにも得心していただけぬ。若が貞心様を嫁に貰わねば、逆臣扱いされた父君の汚名はそのままとなり、お家断絶、所領も召し上げになると申すに…。」


「そんな事情があったのか…。」


亀一が龍介のラグジャーの袖を引っ張った。


「龍、さっきから何の話をしてんだ。」


「ああ、ごめん。俺、六年の時の自由研究、この辺りの歴史調べたんだ。」


「ああ、賞取ったヤツか。」


「うん。この辺りは元々は油井源三って人の所領だったんだ。小田原北条一族のね。で、その人が北条氏照と名乗って、八王子城主になった後、山中大炊助の所領になったんだけど、それは、氏照の娘、貞心と結婚したから、氏照が与えたって事みたいだった。山中大炊助がそんな若い人だったっていうのも知らなかったし、お父さんが逆臣扱いされて、その弱みにつけ込まれて、誰とも結婚出来ない様な娘を充てがわれたなんていうのも知らなかった。」


「なるほど。つー事は、貞心て女と、佐々木そっくりの若ってのは、結婚しなかったら、歴史が変わっちまうって事か。」


「そういう事だ。このタイムスリップは望まれて起きた事らしい。」


龍介は侍に向き直って言った。


「いいですよ。お貸しします。」


「かたじけない!助かった!」


「ちょっとお!?僕抜きでどういう事なの!?」


しかし悟は無視して話はまとまり、5人は山中家に連れて行かれた。





悟は直ぐに眼鏡を外され、婚礼衣装に着替えさせられている。

その間に先ほどの林という侍は、龍介の話を聞き、やっとタイムスリップも理解してくれた。


「では若が見つかり次第、そのぽいんととやらを探しに参ろう。」


「ありがとうございます。」


「しかし、お主らもその出で立ちでは却って目立つ。着替えを用意させた故、あちらで着替えて参れ。」




着替えを手伝ってくれた女性達が、龍介を見ては頬を染めて笑っている。


「龍はこの時代でも大人気だな。」


亀一が言うと、寅彦が言った。


「だって、時代が違うからって言やあ、それまでだけど、男にしたって女にしたって、日本人とは思えねえようなご面相だぜ?龍は俺らの時代でも美しいもん。この時代の中なら神がかってんだろ。」


「それは言えてるね。ああ、でも、悟は大丈夫なんだろうか…。結婚式なんて…。」


心配そうに言う朱雀に、龍介が事も無げに言った。


「大丈夫だろ。黙って座ってりゃいいんだ。どんなバカだって出来るぜ。」


「そうでなくて、僕が言いたいのは、その後の事だよ。お嫁さんと寝室に引っ込むでしょ?2人きりで。」


龍介は顔色を変えて怒り出した。

これは間違いなく勘違いをしている。


「そうだ!あいつは変態だった!替え玉なんだから、妙な気を起こすなって言っとかねえと!」


やっぱり間違っていたので、亀一と寅彦は笑い出し、朱雀は情け無さそうに龍介の着物の袖を掴んだ。


「違うってえ!悟は好きでも無い人にそんな事しないし、それは分かってるから大丈夫だよ!僕が言ってるのはそうではなくて、普通しなきゃいけない事から逃れられるのかって事!」


「うーん…。それは確かに難問だな…。」


「でしょお?全くもう!」


「でも、歴史で見る限り、貞心という人は悪い人では無さそうなんだ。大きな声じゃ言えねえが、大炊助も娘も早死にしてしまい、その菩提を弔う為に荒れ果てた下溝天応院て寺を再興して、生涯弔い続けた。その貞心に付き従って、家臣が2名程、ずっとここに住み続けたらしいから、悪い人だったら、そんな史実は残ってねえだろう。」


「つまり、龍は何が言いたいの?」


「本当の事話しても、親父に言いつけたりせず、本物の大炊助が出てくるの、待っててくれんじゃねえかなって事。」


「はあ…。そうなんだ…。まあ、大丈夫だといいけど…。」




そうこうしている内に花嫁が到着し、婚礼の儀が始まった。


確かに物凄いご面相だ。

若というのが、悟と瓜二つだとすれば、この時代にしてはマシな部類の顔の様だし、これじゃあ逃げるかもしれないと納得出来てしまう程酷い。


目はあるんだか無いんだかという位細い上、太っているせいか、上がり目になっているし、それに反して唇は異様に分厚く大きい。鼻の穴は真正面を向いているかの様だし、その上小豆がすぽっと入りそうな位の大きさだ。


龍介達は目立たない末席で、林と一緒に列席していた。


朱雀が小声で林に聞いた。


「大炊助さんが好きな女の人っていうのは、やっぱり綺麗な方なんですか。」


「そうなのだ…。この城下では知らぬ者が居ない程だ。しかし、その娘には別に好いた男がおってな。飯屋の娘であるし、身分も違い過ぎる。いずれにせよ、叶わぬ思いなのだ。」


龍介の眉間に皺が寄る。


「こっちの佐々木も変態か…。」


「ん?ヘンタイとはなんぞ?」


朱雀が慌ててとりなす。


「いえ!大丈夫です!こっちの話!」


林の部下が何人か居ない事に気がついた亀一が林に聞いた。


「他の人は若を探しに行かれてるんですか。」


「そうなのだ。まあ、この近辺に隠れて居ないとすれば、行方は知れたも同然。妙な頃合いに戻られぬ様、説得に行っておる。」


龍介が無表情に言った。


「その飯屋ですか。」


「左様。ほんに困ったお方だ…。娘はその好いた男と婚礼まで決まっておるというのに…。」




悟は寝所で花嫁の貞心と向かい合い、手に汗を握っていた。


「あ、あのですね…。僕はその…、大炊助さんじゃないんです…。」


貞心は笑って、楽しそうに聞いた。


「ではどなたなのですか。」


「未来から来た人間です…。本物の大炊助さんが逃亡中で、このまま結婚式が出来なかったら、おうちが無くなってしまうからと林さんに泣きつかれて、身代わりをしてます…。」


「おうちがなくなってしまう…。ああ、私の父に事が露見したら、お取り潰しという事ですね?」


「はい…。あの…、この事言っちゃいますか…?」


「申しません。私の様な者と、家臣だから、お父上の汚名を晴らしてやるからなどと、脅す様に夫婦にさせようだなどと、父のやり方もどうかと思っておりました。私はこんな醜女。寺にでも入れば良いのです。」


「そんな…。人間顔じゃありませんよ。僕なんか、僕の時代では顔がでっかいとか、目が細いとか、クソミソに言われてるけど、だからって、性格まで酷い訳じゃないし…。」


「まあ。あなた様は男前ではありませぬか。」


「えっ…!?あ、そう?そうなんですか?うふふふ!」


「そうですよ。」


「この時代に生まれてれば良かったなあ。」


「そうですね。引く手あまたですよ。」


「わーい。」


貞心は楽しそうに一緒に笑った後、悟を心配そうに見つめて言った。


「父には私が当たり障りの無い様に申しておきます。従者の井上達にもその様に言い含めておきましょう。大炊助様が戻られなくても、戻られても、私とは夫婦にならずとも、大切に仲良くしていただいていると言っておきます。ですから、あなたはご家族の待つ未来とやらに帰れる様になさって下さい。」



2人の会話を障子の向こうで、じっと聞いている者が居た。

本物の大炊助だ。

林が後ろに片膝をついて控えている。

しかし、林は何も言わないし、大炊助も入って行く気配も無い。


龍介は大炊助に声をかけた。


「性格はとってもいい人そうだぜ?」


「ーそうだな…。」


「好きな飯屋の娘は他の男と結婚すんのが決まってんだろ?」


「ー先ほど、婚礼をしていた…。」


婚礼を目撃してきてしまい、失意のどん底の様だ。


「あんたの赤い糸の人じゃなかったんだよ。その娘は。」


「赤い糸?」


「将来結婚する相手とは目に見えない運命の赤い糸が小指と小指で繋がってんだって。まあ、それは兎も角、結婚相手っていうのは、生まれた時から決まってんのかもな。それ外すと不幸になる。周り見てると、そんな気はする。」


「……。」


「取り敢えず、話してみたら?それでお互いをよく知ったら、夫婦になる気になれるかもしれないぜ?」


「ーそなた、林の話では、遠い先の時代から来たと…。」


「ああ。」


「山中家は残っておるか。」


龍介は答えるのに、躊躇した。

でも、この大炊助の目は、思っていた程バカ殿様でも無い様に見えた。


「残念ながら残ってはいない。でも、あんたはちゃんと仕事した。実際、親父さんが逆賊だなんて歴史には出ていない。それに神社にしっかり名前が残ってる。山中貞心神社ってね。」


「そうか…。父上の汚名は後世には受け継がれぬのだな…。それだけでも良いか…。」


大炊助は、林の方を向いた。


「この者達に支度をさせ、そのぽいんととやらを一緒に探してやれ。ワシはワシの為さねばならぬ事をしよう。」


「は。」


今度は龍介に向き直り、脇差を抜いて差し出した。


「褒美に取らせるような物が何も無い。せめてこれを受け取れ。」


龍介は笑って、それを押しとどめた。


「タイムスリップ先の物は持ち帰ってはいけない決まりになってるんだ。お気持ちだけ頂いて置くよ。」


「そうか…。色々とかたじけない。そなた達のお陰で、貞心があの腹黒い卑怯者の氏照の手先でない事が分かった。感謝している。」


大炊助が何歳で死ぬのかは分からないが、早死にする事を知っている龍介は、切ない思いを隠しながら笑って、障子を開けた。


「佐々木、お役ご免だ。ポイント探しに出るぜ。」


悟は、さもほっとした様に、両手を後ろ手に着いて、大きなため息を吐いた。


「はああ、良かったあ。戻って来たんだ。大炊助さん。」


「手数をかけたな。かたじけない。」


「いえいえ。よく話してみてくださいね。貞心さん、本当にいい人ですよ。」


「ああ。」















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