やっぱりトラブルメーカー?
瑠璃は携帯を見ながら、例の可愛い顔台無しのにやけ顔で悶絶していた。
コーギー犬のセーラが、瑠璃の膝の上で、不思議そうに瑠璃を見上げている。
「セーラ、見て見て。龍介君、かっこいいでしょお!?」
その写真は鸞が送って来てくれた、龍介の元服式の写真だった。
例の伝統行事は、スポーツ大会で一時帰国した龍彦の日程に合わせて、スポーツ大会の翌日の今日、真行寺家で行われた。
鸞は親戚だからと瑠璃の為に強引に着いて行き、写真を撮って送って来てくれている。
でも、結局、寅彦や亀一、朱雀まで見たいと言って、優子や柏木までくっ付いて行ったらしいから、親戚でなくても、行きたいと言えば呼んで貰えたのにと、鸞にメールで言われてしまったが。
写真の龍介は、ところどころに赤の入った、真っ黒な、かなりかぶいた感じの、今見ても格好いい鎧を着て、刀を2本差し立っている。
瑠璃でなくても、かっこいいと見惚れる位、きつい目や端正な顔立ちによく似合っている。
「かっこいいなあ。絶対、本物のお侍さんよりかっこいいわね。でも、この時代の男性って、156センチ位だったんだよね。真行寺家の鎧は、162センチの龍介君が着てもつんつるてんじゃないのね…。聞いてみよ。」
鸞にメールすると、直ぐに返事が来た。
ー私もそう聞いてたから聞いたら、真行寺家のご先祖様はみんな大きいんだって。170センチはあったみたいなんだって。今、懐石料理頂き中よん。見て見て。凄い綺麗。あ、ついでに着替えた龍介君。
懐石料理の写真と一緒に、オフホワイトの三つボタンとまた凝ったデザインのスーツ姿の龍介の写真が送られて来た。
またしても悶絶。
「かっこいい~!!。素敵過ぎ~!!!こっちがついでっておかしいでしょ、鸞ちゃん!」
どっちかおかしいか、それは価値観の問題。
セーラが大きな鼻息で溜息を吐いて、そっぽを向いてしまった。
瑠璃はご機嫌でセーラの散歩をしていた。
理由は龍介のかっこいい写真が手に入ったから。
ただそれだけなのだが、足取り軽く歩いていると、ばったり悟に会った。
今日は自転車のカゴにネギは積まれていない。
「なんかご機嫌だね、唐沢さん。」
「見る!?見る!?」
見ないとは言わせないという迫力で迫ってくるので、仕方なくうんと言うと、龍介の鎧姿とスーツ姿を見せられた。
「何?日光江戸村でも行ったの?七五三は終わってるよね?」
「違うわよ!真行寺家の伝統で、男子は元服式をやるの!その写真!」
「あ、ああ…。本当のお父さんの…。ふーん…。」
「かっこいいでしょお!?」
かっこいいなんて言ってたまるかとばかりにそっぽを向くが、珍しく瑠璃は気付いてくれない。
またうっとりと写真を眺めている。
「これ、パソコンに取り込んで、壁紙にするんだあ…。」
ニタニタ…。
「ねえ、唐沢さん。それはどうでもいいけど、坊ちゃんと付き合ってんの?」
瑠璃の顔が一転して暗くなった。
「そんな段階になる訳ないじゃない…。あの龍介君よ…。相変わらずお友達です…。」
「あんな時間にデートしてんのに?」
「ええ…。でも、危ないからって、玄関まで送り迎えしてくれるし、気分はデートなんだけどねえ!」
再び崩れる顔。
悟は若干引きながら言った。
「そしたらさあ、せめて呼び方とか変えてみたらどう?」
「呼び方?」
「うん。龍介君じゃ、なんとなく他人行儀じゃん。長岡達みたいに、龍って呼んだら?家族にもそう呼ばれてるみたいだし。呼び方から関係が深まるなんて事もあるんじゃな…。」
最後まで聞き終える間も無く、妄想し始め、にやけ顔で身をよじり出す瑠璃。
悟は更に半歩引いてしまった。
ーこんなおかしな、怪しげな人だったのか、唐沢さんて…。やっぱり諦めといて正解だったかな…。
「いやあ~ん!恥ずかしい~!」
ー道端でそんな事してるあなたの方が恥ずかしいと思いますが!?
悟の心の叫びにも気が付かず、にやけまくって身悶えしていると、携帯に電話がかかって来た。
「きゃあ!龍介君だわ!」
いそいそと電話に出ると、龍介の緊迫した声が聞こえて来た。
「今、佐々木と会ってんじゃねえか!?大丈夫か!?」
「え!?どうしてそれを…。」
「それ、うちの前だろ!?寅が仕込んどいた佐々木センサーが反応したから、監視カメラ見てみたら、お前が捕まってるから!大丈夫か!?」
「だ、大丈夫よ。すぐ別れます…。」
「そうしとけ!?」
気が付けば、確かに加納家の前だった。
今日はみんな元服式に行っていて無人だが。
ー佐々木君センサーって…。本当に凄い扱いになってるわね…。
「佐々木君、龍介君が心配するから、これで…。色々ありがとお。」
「いえ…。」
電話の龍介の声は悟にも全部聞こえていた。
ー全くもう。何その変質者扱い!
当然ながら納得行かない悟だった。
朱雀が、
「いつも3人でずるいよ!」
と、涙ながらに訴えるので、久し振りに次の週末の日曜は基地で会った。
別に朱雀を仲間外れにしていたつもりは無い。
朱雀はすっかり悟と仲良くなり、しょっ中基地で遊んでいる様だし、そうなると、接近禁止令が出ている龍介は基地には行かない。
それに、加納家には寅彦も住んでいるから、便宜上3人は加納家に集まっていただけだったのだが、そういう事なら悟は連れて来ないと言うので、かなり久し振りに4人で集合した。
「しかし、1番地味っぽくて、疎そうな寅に彼女が出来るとはねえ。びっくりだよ。しかも、あんな美人さん。いいなあ。」
ところが、3人は驚いた目で朱雀見ている。
「何よ。」
亀一が言いづらそうに、恐る恐る聞いた。
「朱雀は…、女の彼女が欲しいのか…?」
ムッとする朱雀。
「当たり前じゃない!何言ってんの!僕はノーマルです!」
「そうか…。」
なんだか悲しげに納得する亀一の脳裏には、弟拓也が龍介をうっとりと見つめる顔が浮かんでいる。
それを察した寅彦と朱雀が、優しく肩を叩いた。
「どしたんだ、きいっちゃん…。なんか悩み事でもあんのか…?」
1人訳が分からない龍介が聞くが、苦悶の表情で首を横に振るだけ。
「でも、残念だなあ、龍が悟と会えないなんてさ。もうみんなで集まれないんだね。」
「ごめんな…。ていうか、お前、悟って、随分仲良くなったもんだな。」
「うん。仲良し。それにやっぱり、名前呼び合う様になるだけで、なんか違うよ。うん。」
気をとり直したのか、亀一が言った。
「ふーん…。俺達は苗字のままだったけどな。まあ、それでいいが。」
「何?きいっちゃんも悟と接近したくないの?」
「だってアイツと居るとトラブルばっかじゃねえかよ。いいよ、この年になってさあ。」
寅彦も頷く。
「そうだよ。フランス行った時だって。真行寺さんがあんな怒ってんの初めて見たぜ。龍そっくりなのは笑えたけどな。」
「いや、俺とは迫力が違うだろ。」
「言えてんな。でも、サッカー部の部長もテニス部の部長も、龍の迫力が恐ろしくて、気がついたら抜かされてたって言ってたぜ?」
「中1相手に何を言うか。」
朱雀が首を捻りながら笑った。
「龍達は中1の概念からは逸脱してるよ。あ、ねえねえ、悟はね、なんか別の女の子好きになったから、唐沢さんはもういいんだって。だから龍、もう変態扱いしないで上げてくれる?」
「んな事言ったって、その別の子がまた被害に遭うかもしれねえじゃねえかよ。」
「い、いやだから…。大丈夫だから、その辺は…。」
「ホントかあ?佐々木だぞ?」
「だからあ…。」
それは兎も角、久し振りに4人で会話を楽しみ、しずかが持たせてくれたクッキーも堪能して基地を出て、林を出ようとした所で、寅彦のパソコンからアラーム音が鳴り始めた。
急いでパソコンを開く寅彦。
「ああ!やべ!龍、出るな!」
しかし、丁度龍介達は林から一歩出てしまった所だった。
パソコンを開いて、周囲を見ていなかった寅彦に猛スピードで突っ込んで来たのは、悟の自転車だった。
龍介は咄嗟に長い足で悟の自転車の前輪を上から踏みつける様にして止めた。
「もう…。もっと監視区域広げねえとダメだな…。」
「寅、なんでそんな一生懸命なんだ…。お父さんから何か貰ってんのか…。」
黙る寅彦。
これは絶対何か貰っている。
寅彦が目の色を変えるといったら、パソコン関係か鸞だから、まあどっちかの何かなんだろうと予想は着くが。
「ああ!加納!悪いけど、助けて!」
「なんだよ。」
「あそこの崖っぽい所に財布落っことしちゃったんだ!」
「どこの崖だよ。」
寅彦が龍介のラグジャーの袖を引っ張った。
「龍、関わんな。」
亀一も渋い顔で首を横に振るが、悟の困り果てた顔を見て、ほおっておける龍介では無い。
「そこ!小原さんちの裏!今、うちからロープとか持って来たんだけどさあ!」
小原という大きな家の裏の林の様な崖は、確かにかなり急な崖で、ほぼ直角に近い。
悟では無理だと思われた。
「分かった。行ってやる。」
亀一と寅彦は、呆れ返った様な、嫌そうな顔をして首を振りながら龍介を窘めた。
「龍、ホントやめとけって。スケベ親父だけじゃなく、しずかちゃんもダメだって言ってんだからさあ。」
「そうだよ。下宿人として黙ってる訳に行かねえな。」
龍介は少し笑って2人を見た。
「そう言うなよ。困ってんじゃん。ちょっと手え貸すだけだから。な?」
龍介は2人にそう言って、悟と一緒に行ってしまった。
「流石龍!」
嬉しそうに朱雀もついて行ってしまい、亀一と寅彦は顔を見合わせ、仕方なさそうに溜息をつきながら、渋々くっ付いて行った。
崖に着き、龍介は手慣れた様子でロープを木に繋ぎ、軍人の様に1メートル間隔で飛ぶ様に足を着きながら、素早く降りて行った。
「黄色い財布なんだ!」
悟が叫ぶと、ああと聞こえる。
しかし、暫くして、龍介が叫んだ。
「無えぞ!本当にここか!?」
「そうな筈なんだけど!?」
「もうちょい探してみ…。なんだこりゃ…。」
龍介の言葉に亀一と寅彦が反応した。
「どうした!?」
ところが龍介の返事が無い。
亀一は嫌な予感がし、直ぐに叫んだ。
「すぐ上がって来い!」
やはり龍介の返事は無い。
「チキショ…。だから佐々木には関わるなっつったのに…。」
亀一はそう呟くと、新たもう1本、木にロープを繋いだ寅彦と一緒に、龍介と同じ様に素早く降りて行った。
ところが、降りた2人は何も言わない。
「どおしたのお〜!?龍は大丈夫だったのお〜!?」
朱雀が叫ぶが、やはり返事は無い。
朱雀は心配そうに、悟と顔を見合わせた。
「どうしちゃったんだろう…。なんかあったんだ…。僕、降りて見に行ってみるから、悟は大人に連絡して来て。」
「いや、僕も行くよ。朱雀だけ行かせるなんて出来ないよ。あの3人が帰って来ないなんて、凄い危険だと思うもん。」
朱雀は嬉しそうに笑うと、寅彦が繋いだもう1本のロープを悟に持たせた。
「じゃ、教えるから一緒にゆっくり降りよう。」




