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龍介くんの日常  作者: 桐生初
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龍太郎としずか

竜朗は、文武両道に秀で、しかも紳士という事で、昔からかなりもてていた。

しかし、言い寄って来る女の子には見向きもしなかった。

それはしずかの母、小夜子にご執心だったからだ。


5才も年上の小夜子だったが、猛烈アタックをしていた甲斐あって、竜朗が17歳の時、漸く付き合いだせた。


しかし、当時は今よりも、女性が年上という事を本人も周りも気にした。

大人びていたとはいえ、竜朗は17歳の高校生。

一方の小夜子は22歳の大学生。


二人の恋は、小夜子の両親の猛反対に遭い、小夜子が和泉謙という図書館の男性と無理矢理結婚させられるという形で、唐突に終わった。


その時、竜朗は小夜子と駆け落ちを図り、逃亡先で捕まってしまったものの、小夜子は父親の逆鱗に触れ、京極家を勘当された上、和泉と結婚させられた。


まさに悲恋といえる展開だったが、小夜子の父の京極恭弘は外務省では無く、内閣調査室特務機関特別捜査官という、図書館の人間で、竜朗の父は、当時そこの顧問だったので、余計な程、気を遣ったのだろうと言われている。


竜朗の父の方は、好き合ってるんだから、ほっといてやれと言ったのだが、京極恭弘の方は、年上の自分の娘が竜朗を誑かしているとしか思えなかったのと、世間体を考えての事だった様だ。


その後、流石の竜朗も荒れた。


まだ若かったのだろう。


当時何人かの言い寄ってくる女性の内、どこと無く小夜子に似ている子と付き合いだし、妊娠させてしまった。


それにより、竜朗は高3の8月という、まだ高校生の内に結婚する事になり、翌年の4月に龍太郎が生まれた。


その2ヶ月後にしずかが生まれる。


小夜子の夫である和泉謙は、とても温厚な懐の深い人物で、仕事人間ではあったが、小夜子としずかを大事にし、そして、小夜子と竜朗の仲も大切にした。


竜朗の妻となった龍太郎の母もそうだった。


従って、子供が同い年で生まれたという事や、近所に住んでいるという事もあり、子供同士をよく遊ばせ、竜朗が小夜子の身代わりの様にしずかを可愛がるのも、良しとしていた。


小夜子と竜朗の間に不倫などのやましい関係があったかどうかは、本人達しか知らない。


だが、この話を優子に聞かせてくれた、亀一の祖母の麗子が言うには、無かっただろうという話だ。


逆にそこまで双方の伴侶に良くして貰ったら、出来ないだろうと。


そして、もしかしたら、それは和泉謙と龍太郎の母の作戦だったかもしれないという事だ。



しずかはそれ程までに好きだった小夜子と瓜二つだそうだ。



そんな事情もあり、竜朗は龍太郎よりしずかを可愛がっていた。


というのも、竜朗と龍太郎は、どう考えても気が合わなかった。


龍太郎は独特な性格で、今の蜜柑の様に、年がら年中問題は起こすし、竜朗がいくらお説教しても、全く直らなかった。


その上、佐々木悟の父、公平に何か持ちかけられては、ホイホイやってしまう。

しかも、そんな事をしたら問題が起こるであろうと、想像もしないし、問題が起きたら、竜朗に任せっきりで終わらせてしまう。


例えば、公平が資材置き場で仮面ライダーごっこをしようと持ちかける。

確かに、ロケに使いそうな、広々とした敷地に砂山や、鉄骨などの資材が置かれ、仮面ライダーが戦うシーンの様ではある。


何も考えず、その場にいた他の子達と、立ち入り禁止のその敷地に入り、誰かが資材の下敷きになり、助けだしたものの、足が痛くて歩けないと泣き喚く。


そんな時の龍太郎は龍介の様に、頼もしくも無ければ、計画性も無い。


「叫んでれば誰か助けてくれるよ。ずっと叫んでな。」


と言って、怪我をして泣き叫んでいる子をそのまま泣かせ、それにより、どんどん不安が蔓延し、公平と龍太郎以外の全員が泣き叫び、龍太郎が帰って来ないという知らせを受けた竜朗が探しに来て見つけるなんていう事もよくあった。


1度や2度では無いのに、龍太郎は対策など1つもせず、常に行き当たりばったりだった。



父とも上手く行かず、誰に対してもそんな感じで、ボーっとしていた龍太郎だったが、2人の理解者がいた。


それがしずかと亡くなった祖父だった。


龍太郎が行き当たりばったりで、対策も何もしなかったのは、自分は仮面ライダーごっこも、他の遊びもしたく無かったからじゃないのかと言い当てたのだ。


「なんで分かるの?しずか。」


「だって長岡君と遊ぶ内容と全然違うじゃない。付き合ってあげてたんでしょ?そして、彼らに自分で学ばせたかったんじゃないの?こういう事は危険だとか、こういう事したいなら、色々想定して、準備していけよって。」


「うん…。」


「でも、あの人達、バカだし、子供だから、言ってやんないと、分かんないよ?」


「だったら分かんなくていい。でも、その内分かるだろ。人に言われてより、自分で思いついた方が身につくんだから。」


「だけど、それで結局龍太郎さんがおじさまに怒られちゃうんじゃない。」


「いいよ。そんなの。あいつらが危険てものを察知出来るようになったり、準備する事が出来るようになれればそれで。」


龍太郎は、本当はやりたくもない遊びに誘われ、それが危険な物だった時は、付き合ってやりながら、危険だという事を分からせようとしていたのみならず、その目的は誰にも言わず、竜朗に怒られるのを一身に受けていた。


本当は誰よりも優しい人間で、奥ゆかしいと、しずかは思ったのだそうだ。


勿論、はなから危険が分かっているなら、教えてやって、怪我をしないように指導してやるのが、親切だという考え方も正しい。


しずかも、竜朗もその考え方だ。


でも、龍太郎は、その先を見据えている。


子供というのは、人に言って貰って、やって貰ってばかりでは身につかない。

自分で失敗したり、経験したりして、真に身につくとも言える。


龍太郎は公平達にそうしてやっていた。

誰に感謝されるわけでもなく、寧ろ怒られてしまうのに。


しずかは、この頃から既に龍太郎の理解者だった。


そんなしずかを龍太郎は大好きだった。


お嫁さんになってねと口癖の様に言ってもいた。


しかし、報われる事はなかった。


しずかは、竜朗のお嫁さんになると、ずっと言っていたからだ。



そして、中学に入る直前、事件が起きる。

今もそうだが、当時も図書館の人間は、国内の事の全てを知っていた。

政治の裏の世界から何から。

表沙汰に出来ない政治家のスキャンダルから何から全て。

それは政治家の暴走を止める役割もしていた。


しかし、それを快く思わない者が出て来た。

権力を集中させたい者にとっては、邪魔でしか無いだろう。


その政治家、新見勇造は、総理にすらなった事はなかったが、影の総裁と呼ばれ、頭が上がる者は1人も無く、金も権力も全てを自分に集中させ、政界を牛耳っていた。


時の総理すら、一々彼にお伺いを立てる様になり、図書館側はこれではマズイと、新見を影の権力者から下ろす工作を始めた。


当然、新見は良しとしない。


そして、権力を使い、図書館の人間の素性を割り出し、脅しをかけようとした。


しかし、数人しか分からなかった様だ。


苛立った新見は暴挙に出た。


判明した人間を消そうとしたのだ。


それが、龍介が言った最初の犠牲者達だった。



和泉謙は、図書館で既に部隊長と言う実働部隊の長になっていた竜朗の部下に当たり、第1中隊の隊長をしていたが、夫婦揃って、買い物に出た帰り道、何者かに襲われ、トラックに轢かれて亡くなった。



小夜子の父、京極恭弘は顧問補佐という肩書きであったが、自宅に嫁である京極の母と妹、そして京極と一緒に居る所を、軍人風の男達の集団に襲撃され、3人を守りながら1人で果敢に戦い、敵を全滅させたものの、自身も亡くなり、嫁と孫も死に、京極恭彦は重症を負い、1人助かった。



竜朗の父で、当時の顧問であった龍太郎の祖父もまた同日に襲撃に遭った。


それは宅配便だった。


龍太郎は、お届け物は絶対に開けてはいけないと、竜朗にきつく言われていた。

だが、その爆弾らしきお届け物を受け取った時、自分なら解除出来ると思ってしまった。


あの英学園に満点で入った天才、神童とまで呼ばれ、なんでも作れるし、設計出来るし、自分に出来ない事は無いと、思い上がっていたのかもしれない。


龍太郎は、精密ドライバーとハサミを手に、蓋を開けた。

しかしその爆弾は、蓋を開けるとスイッチが入り、作動してしまうタイプの物だった。


異変に気が付いた祖父が走って来て、爆弾を確認した。

外の林に持っていく様な時間は残されていなかった。

祖父は冷蔵庫に爆弾を放り込み、蓋が爆風で簡単に開かない様にするためか、冷蔵庫を倒すと、龍太郎と龍太郎の母の手を引いて外に向かって走った。


「お爺様ごめんなさい!」


祖父は龍太郎に笑いかけた。


「あんなタイプじゃなかったら、龍太郎なら解除出来たのになあ。惜しかったな。」


祖父もまた、龍太郎の理解者だった。


泣きじゃくる龍太郎の頭を撫でてくれた時、爆弾が爆発した。

龍太郎の上に覆い被さる母の上に、祖父は屋根になる様に、2人の上に四つん這いになり、2人を守った。


「お爺様!」


「大丈夫だ、龍太郎。お前のせいなんかじゃねえよ。」


家が崩れだし、祖父の上に柱や壁がガンガン落ちてくる。

それでも祖父は微動だにせず、2人の屋根になり続けていた。


「お爺様!」


泣き叫んで自分を呼ぶ龍太郎に、祖父は最期の時まで笑いかけた。


「おめえのせいじゃねえよ。」


それが最期の言葉だった。


それからは、いくら呼びかけても、祖父の返事は無かった。

だが、2人の屋根になっている姿は全く変わっていない。

だから龍太郎は、祖父は死んでいないと思い、祖父の名を呼び続けていた。


でも、とっくに絶命していたのだ。


あの最期の言葉の後、頭に当たった大黒柱が、祖父の命を奪っていた。


竜朗が駆けつけた時、助かっていたのは龍太郎だけだった。

妻は祖父のお陰で殆ど無傷だったが、司法解剖結果から行くと、祖父が絶命した後、横から倒れてきた柱で頭を打ったのが致命傷だったそうだ。



竜朗は、龍太郎に何も言わなかった。

珍しくガミガミと叱る事もしなかったが、逆に、慰めもしなかった。


竜朗もショックだったのだ。


自分の親と妻、その上小夜子までいっぺんに同じ日に亡くした。

その上、やる事は山積している。

新見も黙らせなければならない。


龍太郎のフォローに回れる程、竜朗と雖も、余裕が無かった。


それと同時に、竜朗には、龍太郎にかける言葉が思いつかなかった。

口を開いたら、何故箱を開けたと責めてしまう。

でも、それは龍太郎が一番そう思って、後悔しているはずだ。

そう思うと可哀想にもなり、責める事も叱る事も出来なかった。


だからと言って、気にするななんて事も言えなかった。


竜朗は、我が子のした事とはいえ、許す事が出来なかったのだ。


結果、竜朗は何も言えなくなってしまった。



しかし、龍太郎は責めて欲しかった。

もう勘当だと言われてもいいから、竜朗には何か言って欲しかった。

罰して欲しかったのだ。


でも、それは無かったし、未だに2人の間でその話題が出る事は無い。


こうして2人の間には、大きな溝が出来てしまった。


そして、しずかは竜朗に引き取られ、京極の方は、海外勤務だった父親の京極格之進が帰国したが、その帰国が事件の1年後と、あまりに遅かった為、京極との間に溝が出来、現在の険悪な関係に至るらしい。




そんな龍太郎を支えたのが、自身も両親を亡くし、悲しみのどん底に居る筈のしずかだった。


しずかは、龍太郎のせいでは無いとは言わなかった。


ただ、龍太郎のせいじゃないと言って亡くなった祖父の事を話したそうだ。


「何回もそう仰ったのは、龍太郎さんがそう思って、自分を責めたりしないで欲しかったからだと思う。だから、龍太郎さんは、自分の事責めちゃダメなんだよ。後悔した分、進むんだ、龍太郎さん。」


「後悔した分進む…。」


「そう。新見は結局、命取らない代わりに、政界から完全引退しろって、新しい顧問の真行寺さんが迫った事で、完全に引退して、あれだけ行列が出来てた政治家の新見詣でもパッタリ無くなって、見る影も無く権力失った。

私達にとっては、殺しても飽き足らない奴だけど、アイツにとっては死ぬより辛い事なのかもしれない。

だから、仇はもう取って貰ったんだから、仇取るんじゃなくて、こんな事が起きない様にする人になるのよ。

私はそうする。」


「そうするって、どうすんの、しずかは…。」


「私、情報局か図書館に入る。そんで、あんな政治家が出ない様に見張る。」


「そうか…。」


「龍太郎君はどう前に進むのかね。」


「そうだな…。俺は…。世の中を平和にしようかな…。」


「平和に。」


「そう。平和に。新見がのさばったのは、元はと言えば、アメリカとの密約を良く思わなくて、日本を強く、権限を持たせてって、日米安保の破棄が目的だったって聞いてる。」


アメリカとの密約とは、当時はまだ地球温暖化は知られていなかったが、日本は武器輸出三原則を密かに破り、アメリカから注文を受けた武器を開発していた。


それが今、龍太郎達が居る、相模原の広大な地下研究施設で行われ、長岡家は代々その通称蔵と呼ばれる施設とその秘密を守って来たのだった。


「まあ、新見は段々拝金主義になって、忘れてったようだけどな。それを俺は変える。」


「変えるの?何をどうやって?」


「うん。アメリカからの受注だけじゃなく、日本が独自に開発した凄い武器を作って、アメリカにばっか物を言わせなくさせる。

アメリカは自国と自国に優しい国の事しか考えてない。

機密の方から立場を変えて、本当の意味で怖い国にして、アメリカと対等になって、世界中の国同士仲良くさせる。

そして、本当の意味で世界が平和になったら、図書館も情報局も要らなくなるだろ?

長岡んちが世襲制で蔵を守り続けなきゃならないなんてのも終わりに出来る。それを目指す。」


「それは凄いね。きっと龍太郎さんにしか出来ないよ。」


「そうかな…。」


「そんじゃ私は、そういう龍太郎さんを守ってあげる。」


「いー?しずかに守られんのか?なんか抵抗あるな、それ。」


「いいの。戦友なんだから!」


「戦友か…。」


「そ。戦友よ。だから私には愚痴っていいし、泣いていいんだよ、龍太郎さん。」


「うん…。」


「ほれ、お泣き。お爺様とおばさま亡くなってから泣いてないでしょ、あなた。おじさまの手前、泣くのも悪いと思って我慢してんでしょ。お泣き。」


「全くしずかは面白いんだから…。」


龍太郎の目には笑いながら涙が溢れた。

止まらなくなった龍太郎の涙が涸れるまで、しずかはずっと龍太郎の側に居た。












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