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龍介くんの日常  作者: 桐生初
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寅彦立ち直る

御手洗が京極の部屋に入ると、京極はベットに死体の様に腹ばいになって転がって、虚ろな目をして、空に近いフォアローゼスというバーボンの瓶を握り締めていた。


「何やってんだ、組長。」


「ー何をどうしたらいいのか分かんねえんだよ…。」


御手洗はバーボンの瓶を奪い取り、振り回しながら言った。


「はっきり言っちまえよ。スッキリするから!好きなんだろ!?」


真っ赤になって、枕に突っ伏す。


「ほらあ!もう帰り仕度始めちまってるぜ、あの子!行って来い!」


「ー嫌いと言われたら…。」


御手洗は情けなさそうにため息をついた。


「あのなあ…。あんた自分から女の子好きになった事無いにしても、中学生より酷いぜ。あんだけ素直じゃねえ事やってきたんだから、嫌われてたって仕方ねえだろ。いいから玉砕して来いよ。このまま帰られちまうよかマシだろ。これじゃ仕事になんねえだろうが。真行寺組に負けちまうぞ。」


京極はのっそりと起き上がり、力無く頷くと、加奈の部屋の前に立った。

ノックして、どうぞと言われ入ったはいいが、なかなか言えない。

餌を待つ檻の中のライオンの様に、部屋の中を右往左往しながら、漸くボソボソと喋り始めた。


「ええっと、俺は…。女には不自由した事無いっていうか…、常に言い寄られる側であり…。自分から好きになった女は今まで居なくて…。」


加奈は、京極が何を言いたいのかサッパリ分からないながらも相づちを打っていた。


「そうでしょうね…。」


「だ、だけど、この年になって初めてその…。好きになった…。俺には実は理想の子が居て…。だけど、顔はよく覚えてねえんだ…。その子に似てるというのも変かもしれねえけど、君はその…。」


加奈の顔を見る。

丸で捨てられた子犬の様な目をしている。


ー可愛い…。


思わずそう思ってしまいながら、続きを待った。


「その…、その理想の子に見えた…。雰囲気が同じで…。つまり俺はその…、君が…。」


京極は突然目を閉じて叫んだ。


「君が好きになってしまった!会った瞬間から、どうしたらいいのか分かんねえ位!」


京極の手に加奈の小さな手が触れた。

恐る恐る目を開けると、加奈は微笑んで、京極を見上げていた。


「理想の子って、もしかしてですけど、中学生位の時に、日比谷公園で迷子になっていたしょうもない子ですか。」


「ーしょうもなくねえけどそう…。もしかして…、やっぱ君!」


「はい。あの時保護して頂いた者です。覚えていて下さったんですね。もう忘れていらっしゃると思っていました。」


実は、加奈は中学一年生の時、日比谷公園を父親と散歩していたが、日比谷花壇の美しい花々に引き寄せられ、気が付いた時には父親と離れており、途方に暮れて泣いていたところを通りかかった京極に声をかけて貰い、父親が探しに来るまで一緒に待っていて貰ったという事があった。

その時、京極は外交官になって、海外で仕事をするのが夢だと言った。

加奈はその仕事を手伝えるようになって、自分も外国へ行くと言い、じゃあ一緒に仕事しようと指切りげんまんして約束したのだ。


「あの時の約束…。それでフランスまで来てくれたのか…。」


「お名前はあの時伺わなかったけど、凄く綺麗な顔の人が居る所って、情報局に入ってから探しました。違うかなと思いながら来たけど、空港に居るチーフは昔と変わらずかっこよくて綺麗だったから、当たりだ!って思ったんですけど、会った時からものすごく不機嫌だし、どう考えても私の事覚えていらっしゃる風でも無いし、怒ってばっかりいるから、もう諦めて帰ろうかと…。」


京極は焦って加奈の肩を掴んだ。


「帰んなよ!」


「ーはい。」


微笑む加奈につられて、京極もやっと笑った。




それからはもう、京極はすっかり元に戻った。

加奈の苗字すら呼べなかったくせに、


「加奈~。」


と指示でなく、名前を呼ぶ。

でも加奈は、京極が求めている情報を言われなくても、出す。

2人はまさに阿吽の呼吸で、仕事もプライベートも、見ている方が幸せになるような、いい関係で過ごしていた。


京極は、相変わらず加奈には何故か、歯の浮く様なセリフは言えなかったが、加奈はそんな照れ屋の京極を分かっている様子で、2人はとても上手く行っており、幸せそうだった。


順当に結婚話も出て、幸せの絶頂だった時、寅彦も聞いた加来との一件が起きる。


加奈は死にたい位だったそうだ。

でも、それは、可哀想だからと断れなかった自分を責めての事であり、加来が強姦したわけではないというのは、しずかにも話していたらしい。

そして妊娠を知った。

堕ろす事も考えたが、どうしてもそれは出来なかった。

自分を選んで来てくれた、そんな気がしたのだという。

散々迷った挙句、加奈は京極に正直に話す事にした。


京極は仕事を早めに切り上げて、新居となる2人のマンションに急いで帰って来てくれた。


「どうだった、病院。大丈夫か?明日の式、キャンセルしようぜ?」


加奈は真剣な目をして京極を見つめた。


「赤ちゃんが出来てたの…。」


京極は、加奈が暫く欲しくないと言っていたので、かなり気をつけていたつもりだったが、100パーセントとは限らないという話だし、そういう事もあるのかなと思い、素直に喜んだ。


「そっか…。ごめんな。でも俺は、親父になるのも、やぶさかじゃないぜ。」


「うん…。」


加奈の目には涙がいっぱいに溜まっている。

京極は指先で涙を拭いてやりながら、元気づけるように笑いかけた。


「どした。産みたくない?」


「ううん…。産みたい…。でも…。」


「でも何?」


「ごめんなさい…。」


「何がごめんなさいなんだよ。謝んのはこっちだろ?欲しくなかったのに…。」


「違うの。この子達は…恭彦さんの子じゃないの。」


京極の表情が一転して青ざめる。


「ー何…。どういう事だ…。」


「貴寅さんの子なの…。」


「強姦されたのか。」


拒否しなかった以上、そうは言えないと、加奈は思い、首を横に振った。

しかし、説明する間もなく、京極は冷たい目をして凍りついてしまった。

そして加奈に背中を向けた。


「クビだ。3日やる。3日以内に日本に帰れ。結婚式関係は全部こっちでキャンセルしといてやる。安心して加来んトコ行け。」


「恭彦さん!違うの!」


「何が違うんだよ。俺はあんなのに浮気される様な、頼りない男って事なんだろ。だったら、向こう行け。熨斗つけてくれてやる。」


京極はマンションを出て行き、3日間別の所で、不眠不休で仕事を全部終わらせ、そのまま日本へ行くと、いきなり図書館の加来の所に乗り込んだ。

図書館の駐車場で、加来の愛車のアルピーヌA110をランチャーで吹っ飛ばし、その足でオフィスに乗り込んで怒鳴った。


「出て来い!加来貴寅あ!」


何事かと出て来た加来の足元スレスレに一発撃ち、怒鳴る。


「加奈はくれてやる!お前の命も取らねえ!産まれて来る子が父親無しじゃ可哀想だからな!」


「な…なんの話…。」


そしてまた頭上スレスレに一発。


「すっとぼけてんじゃねえよ!」


さらに一発撃って、嵐の様に帰って行ったが、その最後の一発が、当時の顧問である、真行寺の椅子の頭をぶち抜いていた。


「おおお。俺が殺されんのかと思ったぜ…。相変わらず荒っぽいなあ、恭彦は…。つーか、何をやったんだね、君は。」


加来はサッパリ分からない。

というのも、加奈が日本に帰ってきているのも、京極と別れたのも、加来には寝耳に水だったのだ。

加来は、加奈の実家に行き、やっと事態が掴めた。

そして、加奈に謝りつつ、結婚してくれと頼み込んだ。


こうして2人は結婚したのだが、襲撃事件が当時の局長だった京極の父の耳に入り、クビと言い出したが、龍彦の父の方の真行寺が必死に止め、どうにか減俸処分で済んだ。


その後、京極は荒れてしまい、大使館員の女性数人と同時に付き合い、1人が妊娠した為、結婚したが、鸞が生まれた後、すぐに別れ、鸞を引き取って、1人で鸞を育てて来たのだった。



話し終えると、しずかは寅彦の前に座り、寅彦の手を取って言った。


「加奈ちゃんは正直にやっちゃんに話して、それでどうしたかったのか、本当の所は私にも話してくれない。

本当は、加来さんの子だけど、一緒に育てて欲しかったのかもしれないわ。

でも、加奈ちゃんの性格だと、そんな図々しい事って思って、やっぱり言えなかったのかもしれないわね。

寅ちゃん達が強姦て思うのも、一理はある。

加奈ちゃんは拒否したかったけど、出来なかったんだものね。

でも、それは加奈ちゃんの優しさであり、弱さなのかもしれない。

それを加奈ちゃんは分かっているから、加来さんの事、悪く言わないのよね。

でも、加奈ちゃん言ってたわ。

これはこれで幸せだって。

寅ちゃん達産んで、本当に幸せだったし、寅ちゃん達に大人にして貰えて、幸せ沢山もらえた。

加来さんもいいお父さんしてくれてるし、贅沢な位幸せだと思うって。」


「……。」


「加奈ちゃん、こうなった事、誰の事も恨んでないって言ってたよ。寅ちゃん達が居て、加来さんと家族してる今がとっても幸せだからって。」


「……。」


「だから寅ちゃん、望まれずに産まれて来たわけじゃないよ、あなたは。あなた達が生を受けた事で、やっちゃんが不幸になったわけでも無いの。あなたが自分を責める理由なんてこれっぽっちも無いのよ。」


寅彦の目から涙がぽとりと落ちると、しずかは寅彦を抱き締めた。


「あなた達は加奈ちゃんの大事な宝物なんだから。だから幸せにならなきゃダメなのよ。」


「うん…。」


「大体、やっちゃんも、ちゃんと加奈ちゃんの話聞けば良かったのよ。そしたら結果はもっと違う物になってたかもしれないんだから。やっちゃんも若くてとんがってただけなんだから。寅ちゃんが気にするこっちゃないの。」


「はい…。ありがと…。しずかちゃん。」


「はいはーい。」


タイミング良く、寅彦の携帯からメールの着信音がした。


「組長だ…。」


「ほら来た。読んでみ。」


読むと、寅彦はクスっと笑い、しずかに見せた。

しずかも笑って読み上げた。


「おい、鸞がお父さんのバカって泣いちまったじゃねえかよ。なんで俺が悪者になんなきゃなんねえんだ。俺はね、加奈の事、本当に好きだった。だから、恨んでもいない。本当に昔の事で、終わった事なんだ。だから、寅も気にしないで欲しい。俺は寧ろ、その大好きだった加奈に顔も仕事もそっくりな寅が可愛くて仕方がない。そんだけ。他には何も無い。だから鸞と別れるなんて言うなよ?これ、組長命令だから。お前、京極組だろ?京極恭彦。」


亀一と龍介がニヤリと笑った。


「カッコイイー。」


「ほら。お返事しなさい。そして鸞ちゃんにもごめんねって。」


「ーはい…。」


寅彦がやっと笑い、3人共ホッとした。













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