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龍介くんの日常  作者: 桐生初
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京極と加奈

亀一が来たので、寅彦はやっと本題に入り始めた。


「昔、加奈ちゃんは組長のチームに居たんだ。情報官として。んで、2人は付き合いだし、婚約までして、来月結婚式って時、うちの親父が仕事絡みでフランスに行った。実は、親父は加奈ちゃんと大学時代に付き合っていて、組長と付き合うまで、ちゃんとは別れてなかったらしいんだけど。まあ、その時はもうとっくに別れてた訳だよ。加奈ちゃん、はっきり言えねえから、別れてって言えなかっただけらしい。」


「龍、ここまで大丈夫か。」


亀一に確認され、頷く。


「で、そん時、うちの親父は、両親を飛行機事故で亡くしたばっかで、すげえ落ち込んでたのと、まだ加奈ちゃんに未練があったのとで、慰める加奈ちゃんを押し倒してしまったらしい。加奈ちゃんは親父が可哀想で、またはっきり言えねえ悪い癖も出て、拒否出来ずって、これ、強姦だろう!?」


頷く2人の少年。

所詮中学生なので、こんなもんである。


「で、運悪く俺達が出来ちまった。しかし、親父も押し倒した後で、加奈ちゃんが、本当は嫌だった事が分かり、しまったと思ったそうだ。謝って、もう2度と近付かないと誓って帰国したんだが、式の前日になって、加奈ちゃんは身体の異変を感じて病院行ったら、俺達が腹の中に居たと。で、正直に組長に話したところ、組長は、加奈ちゃんが親父に心変わりしてしまったと思ったらしい。親父のところに行けと、婚約解消したと、こういう訳だよ。」


亀一が考えながら言った。


「つまり加奈ちゃんは、お前の親父に強姦されたとは言わなかったんだな…。ああ、そっか、言ったら殺しに行っちまいそうだもんな。京極さんて…。俺だってそうするだろうし。」


「うん…。俺もそうすると思う。俺が聞いたのはこんだけ。」


寅彦は鸞を諦めると言いつつも、とても暗い顔をしている。

自分の出生の秘密が、父親が母親を強姦したというのもショックだろうし、真面目なだけに、京極に対して申し訳ないと思ってしまうのだろう。

龍介は、そんな寅彦を心配そうに見つめながら言った。


「でも、だからって、寅が鸞ちゃん諦める事はねえと思うけどな。母さんが言ってた通りだと思うぜ?京極さんて人は。」


「俺もそう思うぜ?」


亀一も言うが、寅彦は激しく首を横に振り、自分自身に言い聞かせる様に言った。


「いや、ダメだ!いかん!」


そして、2人がかりで止めるのを振り切って、鸞に別れるとメールしてしまった。


「寅早まるなってえ!」


亀一が止め、龍介も止める。


「そうだよ!お前そうやっていつも頭でだけ考えて行動して、気持ちが付いて行かなくて、落ち込むじゃ…。」


言ってるそばから、部屋の隅で膝を抱えて、負のオーラ全開で落ち込み出してしまった。


「ほらあ…。」


そこへしずかがジュースとおやつを持って来て、固まってしまった。


「と、寅ちゃんまた…。どしたの…。」


亀一が困り果てた顔で答える。


「鸞ちゃんに別れるってメールしちまったんだよ…。止めたのに…。」


「また早まっちゃったのね…。男らしいんだか、男らしくないんだか…。じゃあ、私が全部の経緯話すわ。やっちゃんにも伝えとく。」


「俺も聞きたい。お袋に聞いたけど、今寅が話してくれた内容しか知らねえんだ。あの人。」


「うん。優子ちゃんは図書館の人だし、加奈ちゃんとは母親同士になってからのお付き合いだから、そうだと思う。」


しずかは、京極にメールした後、昔話を始めた。




凡そ17年前の1997年。京極は面倒臭そうに、パリにある事務所からドゴール空港に車を走らせていた。


今日は、病気で泣く泣く辞めた情報官の代わりが来るので、その迎えに出たのだった。


京極にはよく分からないが、京極のチームに入った人間は、直ぐに根を上げて辞めるか、居座るかのどちらかだ。

結束力も固い。


だからこそ、京極は、女性では無く、男性を希望した。


京極本人は女性が苦手な訳ではない。

寧ろ得意な方かもしれない。

顔の良さとルックスの格好良さを最大限に自覚して、生かしているので、女性の扱いに困った事はないし、大抵の女性は一発で落とせる。


しかし、チームのメンバーとなると、話は変わって来る。


女性が入ると、便利な面もあるが、大体は恋愛問題が起きて、ゴタゴタする。

どうしても男性ばかりなので、当たり前の事ではあるが、よそのチームでは、それがこじれて、チームのメンバーが総入れ替えになったという話も聞く。


意外と仕事に関してだけは、きっちりスムーズにやりたい京極としては、それは非常に困る。


だからこそ、男性を希望したのだが、今回男性で京極のペースに合わせられる優秀な人間は居ないという事で、女性が送られて来る事になってしまった。


それともう一つ。

この手の職業に就く女性に、顔の期待は出来ないとも思っていた。

親友の真行寺龍彦の妻であるしずかは、例外と言っていい。

京極の従妹でもある彼女は、京極家の血を受け継いだ、とてもチャーミングで、可愛らしく美しい女性だ。


しかし、そんな絵に描いたような女スパイなど、幻想というのが現実である。


それなりに銃も扱え、外務省の試験にもパスして来てと、要するに、お勉強も出来て、頭も良く、腕っ節も揃ってなんて女性は、大体がアマゾネスのような男女か、お世辞にも、可愛いとも、美しいとも言い難いものだ。


その様な恋愛対象にならない女性なら、ゴタゴタも起きにくいから、いいかもしれないが、潜入仕事の時には、見た目が美しい方がやりやすいし、それを求める場合の方が多い。

女性の居ない京極チームでは、日本大使館でまあまあの美貌の大使館員を借りて来るのがいつものパターンだが、そういう顔の不自由な女性が入ってしまったら、いくら言いたい放題の京極でも、『君の顔じゃ無理だから。』とは言えない。


色々気を遣ってめんどくさい。


寄って、憂鬱なのだ。



ドゴール空港に着いた京極は、ロビーで、当時出たばかりのノートパソコンで仕事をしながら、その女性を待っていた。

暫く報告書を書いていて、ふと、何の気なしに顔を上げた。

大きなトランクを手に、キョロキョロと辺りを見回す日本人女性が目に入った。


ーなんか危ねえな…。


大人しそうで、気弱そうで、高校生の様にしか見えない可愛らしさ。

なんとなく目が離せなくなり、そのまま見ていると、女性が京極を見た。

そして、顎に人差し指を当て、何か考えた後、恐る恐るという感じで、京極に近付いて来る。


ー迎えが来てねえのか…。1人で動くのに、もう訳分かんなくなったのか…。


観光客だろうと思っていた京極はそう思った。

ところが女性は思わぬ言葉を口にした。


「あの…。京極恭彦チーフですか…。」


「ーえ…。」


「あ、すみません。申し遅れました。樋口加奈と申します。本日付けで、こちらに配属された情報官です。宜しくお願い致します。」


彼女の可愛らしく、不安そうな顔を見て、京極は自分でも予期もしなければ認知もできないまま、頭に血が昇った。


ーこ、これがかよ!


どこからどう見ても、近付いて見れば見る程、高校生にしか見えない。


そして可愛い。


なんだか純粋な感じという、今まで付き合った事も無ければ、知り合いにも居ないタイプ。


しずかもそのタイプかもしれないが、従妹であり、親友の元彼女で今妻だから、そういう対象で見た事も無いから論外だ。


しかし、しずかとはちょっと違う。

あの性格の強さはまるで無い。

寧ろ、どっちかというと、ほおって置けないような、頼りなげなタイプである。


京極は、人生初、何をどうしたらいいのか分からなくなるという、自分でも、理解不能な状態に陥った。


しかし、そうもしていられない事も分かっているので、加奈のトランクを奪う様に取ると、大股でズンズンと駐車場へ歩き出した。


180もある長身に加え、足もかなり長い。

それに比べて、加奈の身長は150位しかないから、必死にちょこまか着いて行く状態になってしまっている。


それすらも気が付かず、駐車場に着くと、愛車のプジョー405Mi16のトランクに加奈の荷物を放り込み、ドサッと運転席に座った。


加奈が運転席のドアの外から声をかける。


「フランス国内の地図は全部頭に叩き込んできました。運転します。」


京極はそんなつもりも無いのに、思わず怒鳴ってしまった。


「いい!さっさと乗れ!」


悲しそうな顔で、急いで助手席に乗る加奈を見て、後悔するが、もう遅い。

加奈は極限まで緊張してしまっている。

なんとか緊張を解そうと思うが、それ以前に、京極の方があり得ない程に、緊張してしまっている。


「なんで…、俺だって分かった…。」


やっと口を開いて会話を試みたが、黙っていたせいで、酷い声は更に酷くなり、ドスが効いてしまっているから、怒っているようにしか聞こえない。

それを証拠に、加奈は泣き出しそうに震えた声で答えた。


「ーすみません…。本部長が少女漫画から出てきた様な、誰の目も引く様な美しい男性で、靴はピカピカに磨いたJ.Mウェストンの紐靴を履いて、必ずワイシャツの第2ボタンまで外して、ネクタイも緩めているとお聞きしたので…。」


「そう…。俺は君が…。」


そこで京極はまたしても珍しく言葉に詰まった。


ーこんなに可愛いとは思わなかった。


それが本心なのに、どうしても言えない。

女性相手にポンポン出て来る筈の甘い言葉なんて、頭にも浮かばない。

黙ってしまうと、加奈は申し訳なさそうに、小さい身体をさらに縮めて言った。


「男性をご希望だったとお聞きしました…。がっかりなさった事でしょう…。」


ー違う!そうじゃなくて!


そうじゃなくて、なんなのか、京極にもこの未体験の感情はサッパリ分からなかった。

意に反して、加奈はどんどん元気を無くし、どうすればいいか分からなくなればなるほど、京極も仏頂面になっていってしまう。


ーあああ!!!どうしちまったんだ、俺はあああ~!!!


重苦しい沈黙を充満させたまま、事務所に着くと、京極は仲間達に加奈を紹介するなり、そのままの仏頂面で指示を出した。


「今夜、大使館のパーティに行くが、そこに某国の武器商人が来る。顧客リストが欲しいから一緒に来い。詳細は丸山に聞け。丸、後宜しく。」


それだけ言って、仲間に任せて、自室に閉じこもってしまった。


「どーしちまったんだ、プレイボーイの組長のくせに。」


アランが言うと、加奈が暗い顔で言った。


「お気に召さないんだと思います。」


しかし、アランも含めた他のメンバーは、にやけながら首を捻った。


そう。

京極は人生初、自分から女の子を好きになるという、本人的にはあり得ない状況に陥っていただけだったのだ。


しかし、24にもなっての京極の初恋は混迷を極めた。

ドレスを着て、美しくなった加奈を見ては真っ赤な顔で押し黙り、仏頂面になってしまい、歯の浮く様ないつものセリフなど全く出て来ない。

カップルを装わなければならないのに、手を腰に回すのもギクシャクギクシャク…。


パーティの仕事がどうにか終わり、他の仕事にも入りだしたが、無線で加奈を呼ぼうとするだけで黙ってしまい、加奈の方から、何か御用ですかと言ってくれるまで、指示も出せない。

とうとう仕事にまで支障が出だしたそんなある日、とうとう加奈は京極の部屋に飛び込んで、直談判をする事にした。


あまりはっきりと物を言えない加奈にしては、初めての事だった。


「チーフ!お、お話しがあります!」


京極は大きな目を皿の様にして、振り返って、恐る恐る加奈を見つめた。


「な…なんだよ…。」


「わ、私、日本に帰ります!クビにして下さい!」


京極には青天の霹靂だった。

慌てふためいて、なんとか言う。


「そ、それは困る!」


「すぐ代わりの人が来ますから!」


「なんで辞めるとか言うんだよ!」


「だって、嫌われてます!」


「誰に!」


「チーフにです!ここまで嫌われてても、ここにしがみついて仕事が出来る程、私にはプロ根性も、普通の根性もありません!どうかお気に召す方に来て頂いて下さい!私では京極組の結束を壊してしまうだけですから!」


京極は呆然と立ち尽くし、また黙り込んでしまった。

加奈は一礼し、出て行ってしまった。
















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