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龍介くんの日常  作者: 桐生初
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帰国早々

全く本意ではなかったが、波乱に満ちてしまったフランス旅行から帰って来ると、竜朗はやつれていた。


「爺ちゃん!?大丈夫かっ!?」


「おう…。」


返事も力が無い。

龍介としずかにべったりくっ付いている蜜柑をジロリ見る龍介。


「みかーん…。何してたー?」


蜜柑は大きな目を泳がせて、あさっての方向を向いて、やたら元気良く答えた。


「蜜柑、何もしてないでち!」


「でちになってんじゃねえかよ。」


蜜柑は焦ると、ちゃんと喋れなかった頃の喋り方になる。

蜜柑が黙ってしまうと、苺が話し始めた。


「蜜柑はねえ、おかたんの代わりにお池の金魚ちゃんを山田さんちの猫から守るんだって言って、お池の周りに変な装置作っちゃったの。」


「変な装置?」


龍介は汗を拭いながら聞き返した。

確かに暑い日ではあるが、家の中はクーラーが効いている。

なのに、何故汗をかいているかというと、苺に蜜柑が両側からべったりくっ付いている上、ポチが膝の上に乗っかっているからだ。

子供に大型犬はかなりの体温を発している。

見兼ねて、しずかが蜜柑を、龍彦が苺を膝の上に載せた。


「そう。変な装置。猫がお池の淵に足をかけると、『がおおお~!』って怪獣の鳴き声と一緒にビカビカに光る怪獣の模型がお池の周りに飛び出して来るの。それがスズメさんでも反応しちゃうセンサーだから、早朝とかでも、がおおお~!って大音量でかかるから、ご近所から苦情が来ちゃって、爺ちゃん謝りっぱなし。」


「またやり過ぎちまったのかあ…。」


「ごみんなしゃい…。」


小さくなって、しずかにピタリとくっ付き、チラリと苺を見て呟く。


「でも、苺もご迷惑かけた…。」


今度は苺があさっての方向を向いてしまった。


「苺は何したの?」


しずかに聞かれ、そのまま蜜柑が答える。


「大きいにいにと、にいにとおかたんが居ないって夜中にびえええええー!って、泣き出して、ポチがびっくりして吠えちゃって、爺ちゃんは警報かと勘違いしてピチュトル持って飛び起きて、おとしゃんベットから落っこちて、落ちた所におっきな本が落ちてて、その角で肋骨が1本折れちゃった。」


ピチュトルとはピストルの事である。


「えええ!?龍太郎さんけがしてるの!?」


「そなの。その上、蜜柑達のお部屋の窓ガラスが割れて、花瓶と水槽が割れちゃって、爺ちゃん大変。」


「それは大変だわ…。ごめんなさい、お父様…。」


「い、いや、大丈夫だ…。」


全然大丈夫じゃなさそうである。

苺の泣き声は何故か超音波で、本気で泣くと、窓ガラスが震えだして、本当に割れてしまうから、相当な物だ。

まさに人間兵器である。

窓ガラスが割れたという事は、家の本物の警報も鳴っただろうし、それを切ったり、苺を泣き止ませながら、水槽の金魚を救出したり、割れたガラスと、床一面に溢れ出た水槽と花瓶の水の処理を大忙しでやっている最中に、多分龍太郎はそれも手伝わず、のほほんとやって来て、


「お父さん、なんか骨折れました。」


とか言ったんだろうし、そうすると竜朗は、


「このクソ忙しい時になんだあ!1人で病院行って来い!」


とか言って、余計イライラしながら全部1人で片付けたのだろう。


目に見える様だが、竜朗がやつれるのも尤もな話だった。


それでも竜朗は、龍介達を見てほっとしたのか、笑顔で聞いた。


「こっちはいいんだよ。それよりどうだった?向こうは。」


龍介が京極の仕事の手伝いをした話をすると、面白そうに聞いている。


「で、どうだった、龍は。」


「ん?」


「ああいう仕事。」


「いやもう、オカマの相手はいい。」


「いや、オカマの相手の方じゃなくてさ。全体見て。」


「ああ…。それは、こんな事言ったら失礼かもしれないけど、楽しそうだなと思ってしまった。すみません。」


と、龍彦としずかに頭を下げると、2人共笑った。


「いや、実は俺達も楽しんでやってる。まあ、厳しい現実とか色々あるから、楽しい仕事だよとは言えないけど、好きだからやれてるんだろうなとは思ってるよ。」


「うん。俺もそうだな。龍は好きかい。あの手の仕事。」


「好きだと思う。」


「そうかい。そりゃ収穫だ。そんで?」


今度は悟に遭遇し、大蜥蜴に遭遇した話をすると、やっぱり眉間に深い皺がきざまれ、お決まりのラオウになってしまった。


「だっ、だから、あの、お父さんも怒っちゃって、佐々木に半径10メートル以内接近禁止って脅してくれたし、俺も改めて考えると、きいっちゃんの言う通り、中学生になって、面倒くせえ奴だなと思う様になったし、母さんが昔被った迷惑も聞いて、確かにうちの鬼門だし、付き合う必要は無いかなと思ったから…。」


竜朗のご機嫌はうなぎ登りに良くなった。


「そうかい。そりゃ何よりだぜ。しずかちゃんも佐々木の親父には迷惑かけられっぱなしだったからな。龍に話したのはどれだい?」


「アレです。お父様と龍太郎さんが助けてくれた、変態殺人鬼の…。」


「おう。アレか。」


「爺ちゃん、元警察だったんだね。」


「そうだよ。たっちゃん達は、外務省のお役人というカテゴリーで入ってるけど、俺達はみんな元は警察官だよ。ヘッドハンティングしたのも何人かいるしな。柏木なんかはそうだ。」


「へえ。そうなんだ。だから夏目さんも警察入るんだね。」


「まあな。でもあいつは、そのまんま刑事やってるとか言うかもしれねえよ?なんかやりてえ事あるって言ってたから。」


「あ、アレ?母さんを拉致した犯人みたいな、変態とか、猟奇殺人だけ扱う捜査課が出来るから、そこ入りたいって…。」


「そうそう。美雨ちゃんが犯罪心理学やってっから、影響受けてんだろうな。俺もちょっと意外だったが。」


確かに、変態と聞いたら、有無を言わさず鉄槌を下してしまいそうな男である。


「俺も意外だったから聞いてみたら、不思議だからって言ってた。例えば恨みとか、そういう目的も無いのに、楽しみや性癖だけで残忍な殺しをしてしまうっていう心理が理解出来ない。どうしてそうなったのか、美雨ちゃんじゃねえけど、知りたくなったって。」


「確かにねえ。でも俺は分かりたかないねえ。しずかちゃん攫った変態だって、何もしてなかったからいいようなもんの、なんかしやがったら、殺すだけじゃ飽きたらねえもん。どうしてなんてどうでもいいし、知りたくもねえな。」


龍彦も言った。


「それは一理ありますね。被害者の家族になったら、そんな事言ってられない。」


今度はしずか。


「でも、そういう異常者が出ない様にするためには、遠回りだけど、そうなった原因を究明して、早い内から芽を摘んで行くっていう意図で、美雨ちゃん達みたいな学者さんは研究してるんじゃないかしら。」


「そうか…。なるほどな…。あ、そうか。それが進み過ぎちまって、芽を摘むのが過激過ぎちまったのが、ジョーンズとか、あいつら宇宙人の星なんだな。」


「そうなんでしょうね。」


「なかなか難しい問題だねえ。」


しんみり難しい話をしていると、突然、玄関の呼び鈴が連打された。

何事かと龍彦が出ると、ボロボロの寅彦が立っていた。

しかも眼鏡は割れ、大荷物を背負っている。


「と、寅彦君?帰国早々どうしたの…。」


「家出して来ました!置いて下さい!家賃出世払い!」


顔を覗かせた竜朗が寅彦を見つめた。


「遂に来たか…。まあ、ほら、上がってジュースでも飲みながらゆっくり話しな。」


遂に来たとはなんなのか、龍介はさっぱり分からないまま、寅彦の眼鏡を直してやりながら、話を聞いた。


「俺、鸞と付き合うの止める!」


「えっ…。だって、あんなおかしくなるほど好きだったっんだろ?なんで急に…。鸞ちゃんと何かあったのか?」


「鸞とじゃない…。俺が鸞と付き合っていいはず無いんだ…。」


どうも大人達は事情が大体分かる様で、顔を見合わせ、困った顔をしている。

龍彦が寅彦の膝に手を置いて、優しい口調で宥める様に話しかけた。


「寅彦君、京極はそんな小さな男じゃないよ?君の事も、仕事だけでなく、性格も気に入ってた。鸞もいいの見つけたぜ、男見る目があって良かったって、2人の交際も喜んでたぜ?」


「組長はそういう人だと分かってます。でも、俺が許せません。あんな事した親父の息子なのに…。」


「誰から聞いたの?」


「親父です。帰国するなり、加奈ちゃんと2人して、深刻な顔で、鸞ちゃんとどうなってるんだって聞くから、付き合ってるって言ったら、それはやめてくれないかって…。なんでって聞いたら、昔、親父がした事を話し始めました…。親父は、組長に会わせる顔が無い事をしたし、人生を狂わせてしまった。でも、あんな風に見えて優しい人だから、親父に恨みがあっても、俺には普通にするだろう、だから逆に申し訳ないんだって…。」


「いや、京極って奴は、それとこれとは別って考えるぜ?実際そう言ってた。君の顔は加奈ちゃんそっくりだし、加来さんの事は全然気にもしてないって。」


「でも、いい気はしないはずです!大事な娘をうちのクソ親父の息子になんか渡したくないはずだ!なのにあの人は我慢しちゃうんです!そういう人でしょう!?」


「ー確かに、京極はあんな風に見えて、意外といつも我慢してしまうし、それは表に出さない。でも、鸞ちゃんの事に関しては我慢も妥協もしない筈だ。」


寅彦は龍彦の言葉にかぶりを振り、考えを変えなかった。


竜朗がおもむろに聞いた。


「それで加来とやりあって来たのかい?」


「はい…。だって…、許せません…。加奈ちゃんは何も言わなかったけど、加奈ちゃんだって、本当は京極さんと結婚したかった筈です。それを親父が強姦した事で、全て狂わせたんですから…。」


龍介が寅彦の眼鏡を放り投げて、目を剥いて叫んだ。


「強姦!?なんだそれは!」


「強姦なんだよ、龍!」


大人3人は首を捻る。


「いや、寅ちゃん…。強姦つーほどでも無いと思うんだけども…。」


しずかが取りなすが、寅彦は聞く耳持たない。


「強姦だろ!しずかちゃん!本当は嫌だったんだからあ!」


「まあ、厳密に言うと、そうなるのかね…。」


竜朗が首を捻りながら言うと、激しく頷いた。


「ごめん、寅…。話が全く見えねえ…。」


悲しそうにそう言った龍介を、やはり悲しそうに見つめる寅彦。


「龍にそのまんま説明しても、分かんねえんじゃねえかな…。」


「男女間の事なのか…。」


「そう…。しかもとても大人な話で…。正直、俺も完全には理解出来てない…。」


そこで電話が鳴り、しずかが出ると、加奈の様だった。

やり取りを聞いていると、どうも泣いている様だ。


「じゃあ…。俺には分かんねえなら、きいっちゃんも呼ぶからさ…。ちゃんと話そうぜ?加奈ちゃん泣いてるみてえだし、このまんまは良くねえよ。」


龍介がそう言って、亀一にメールすると、すぐ行くという返事が来た後、暫くして、『お袋に聞き込みしてから行く。』とメールが来たので、そのまま待つ事にすると、電話を終えたしずかが戻って来た。


「寅ちゃん…。加奈ちゃん凄く気にしてるわ…。鸞ちゃんとの事、本当に申し訳ないって…。」


「加奈ちゃんが気にする事じゃねえ。」


「そこも気にしてたわ。加来さんと仲違いしちゃったのも、全部自分が悪いんだって、凄く自分の事責めてた。」


「……。」


「寅ちゃん、終わった事なのよ。加来さんはそう言ったかもしれないけど、私もやっちゃんは、自分達の過去のせいで、寅ちゃんと鸞ちゃんが不幸になる事の方が嫌に思う人だと思うわよ?」


「だけど…。」


「寅ちゃん真面目だからね…。龍、お部屋連れて行ってあげなさい。寅ちゃんのお部屋は一応用意しておくから。」


「うん。」




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