父もトラブルメーカー
悟を悟の父が待つホテルに連れて行くと、しずかは悟の父を睨みつけた。
「な…、何?姫…。悟が何か…。」
「なんかもへったくれも無いわよ。本当、顔だけでなく、いらん事しいと、集団行動から直ぐに外れて迷惑かけんのもそっくりね。思わず小5の林間学校思い出しちゃったわよ。あなたに言えた義理じゃないかもしれないけど、よ~くお説教して、いい加減に直させないと、ロクな大人にならないわよ。」
「ごっ、ごめんなさい…。あの、なにがあっ…。」
バタンと勢い良く閉まるドア。
無言で閉まったドアを呆然と見つめた後、悟を悲しそうな目で見る父。
「何しちゃったんだよ…。姫怒らせたら、一生もんだぞ…。」
「すみません…。」
これ以降、悟は大人しくなったとか…、ならなかったとか…?。
その後、京極のマンションに帰って来ると、先に帰って来ていた京極と寅彦に笑われた。
「俺だってまだ使ってねえのに。新作のIH砲。どうだった?」
京極の興味は、専らそっちらしい。
「最高よ!早くやっちゃんも使いなよーん!」
嬉しそうに言うしずかを悲しそうに見ながら、龍彦が口を挟んだ。
「京極家の人間にあんな危険な物をいち早く届けるなんてどうかしてるぜ…。んな事より、大丈夫だったか、そっちは…。」
「ああ。まあなんとか。大トカゲは把握してなかったが、よくよく調べたら、見たって観光客が何人かはいたらしい。まあ…。全部灰だったんで、何がなんだかって感じではあるらしいがな。」
「す、すまん…。」
「いいだろ、別に。どうせ最近よくある異常気象の突然変異だろうし、あのまんまにしてたら、どんどん増えて、いずれ人間襲って来てただろうし。でも、凄えなあ、IH砲。本当に全部一瞬にして灰なんだな。名前の通りじゃん。」
龍介が目を丸くした。
「一瞬にして灰の略だったんですか!?ガスコンロかと思いました!」
「そうだよ。加納一佐の発明品は大体そう。発信器はG84き。さてなんだ。」
暫く考えた龍介、直ぐに答えた。
「ガッツリ発信器ですか。」
「さっすがー。よく分かったな。」
龍彦がこめかみに青筋を浮かべながら、嫌そうに抗議。
「何が流石だ。ふざけやがって。」
「でも、お前も分かっちまうじゃん。IH砲だって、G84きだって、こめかみに青筋立てて、一佐が説明する前に怒り出したろ。」
「うるせえ。分かるのがこんなに虚しい事は無えぞ!」
確かに…と、龍介と亀一は目を伏せた。
「きいっちゃんも分かった…?」
「分かっちまったな…。残念ながら…。」
「分かって嬉しくねえって初めてだな…。」
「そうだな…。正解があまりにバカみてえだからだろうな…。」
「確かに…。爺ちゃんが父さんの事、天才とバカは紙一重の代表って言ってたのを体現してるな…。」
ブツブツ言っていると、女の子2人と寅彦にクスクスと笑われてしまった。
「あ、ところでしずかちゃん。小5の林間学校って何があったんだよ。」
亀一は、悟を送り届けたしずかに、しっかり着いて行ったので、悟の父へ発言が気になっていたのだ。
「ああ…。あれは今思い返しても腹が立つ…。あの龍太郎さんがマジギレした位だから、よっぽどだと思って頂きたい…。」
しずかの目が座ってしまった。
どう考えてもいい思い出ではなさそうだが、しずかは語り始めた。
しずかと龍太郎が小5というと、1981年だ。。
今の様に、バスをチャーターなんかしないので、最寄りの小田急相模原から電車に乗り、バスを乗り継ぎとやって、丹沢湖へ行き、二泊三日の予定だった。
しずかと龍太郎は学級委員だった。
温厚といえば聞こえはいいが、勉強以外ではかなりボケーっとしている龍太郎に代わり、殆どの業務をテキパキとこなすしずかは大忙しだった。
それもそのはず。
班長も兼ねており、しかも、その班には、悟の父が居た。
電車の中では行儀よく、静かにというお約束は、しずかの班から破られた。
悟の父が、空いているのをいいことに、電車の床のスペースで、班のみんなとトランプを始めてしまったのである。
「佐々木…。」
背後に立つ、並々ならぬ殺気のしずか。
班の人間は一斉に、悟の父1人残して、行儀良く席に着いた。
「ひ…姫もやる…?」
「やらん…。とっとと片付けろお!ここはあんたんちの居間じゃなくて、公共の通路っつースペースなのよ!」
「はい!すみません!」
暗雲立ち込める行きの電車。
しずかの嫌な予感は直ぐに当たった。
丹沢湖になんとか到着し、点呼となったら、やはり悟の父が居ない。
「佐々木!佐々木公平!」
先生より恐ろしいしずかが呼ぶが、返事が無い。
仕方がないので、他の子には先に行って貰い、先生と龍太郎と共に、付近を捜索する。
悟の父、公平は丹沢湖のほとりに打ち上げられた、朽ち果てたボートをしゃがんで覗き込んでいた。
「あんた何してんの…。」
「あ、姫!これ、なんかおかしくない?凄い重くて、持ち上がらないんだよ。」
どうだっていいという顔のしずかに代わり、龍太郎が覗いた。
「なんか重しがつけられてるみたいだな…。」
先生も、2人の興味が解決しない限り、ここは立ち去れないと思ったのか、先生も興味を持ってしまったのか、定かでないが、3人の男で、ボートをひっくり返すと、そこには、髪の長い女性の屍体がくくりつけられていた。
「ぎゃああああ~!」
悟と先生が悲鳴を上げ、龍太郎は咄嗟にしずかに見せないように、しずかを抱きしめた。
「何すんの!龍太郎さんのエッチい!」
「違うよ!こんなもん見せたくないんだよ!」
「どんなもんなの?」
「屍体だよ。少し腐ってきてる。」
「うーん…。それはありがとう。確かに見たくない…。じゃあ、先生、ほら、警察に連絡しないとでしょう?」
「あ、あああ…。そうだったね…。とにかく移動しよう…。」
そして警察が来て、子供達は予定通り、警察の捜査に支障が出ない遠くの方で、ボートに乗ったり、湖周辺の植物を調べたりと、予定をこなし、宿に戻って、夕食になった。
なにやら、公平の挙動が怪しい。
「佐々木、なんか企んでるなら、今言いなさい。」
しずかに睨まれ、絶句してしまった公平の代わりに、渡辺というお調子者のおバカが言った。
「なんでもねえよ!女は引っ込んでろ!」
「あーん!?」
しずかの眉間に青い血管が出て、目が殺気立ってしまった。
同じ班では無かったが、隣の班で班長をしている優子が、しずかが全力で切れる前に怒り出した。
「何その言い方。バカの癖に。」
優子もなかなかキツかった小学生時代だった様だ。
渡辺は反論も出来ず、ただいきり立った。
「うるせえな!バカにしてると、後で痛い目に遭うからな!」
しずかは心の底から嫌そうに、渡辺を横目で見据えながら言った。
「そんな小者のセリフほざいてないで、さっさと食べなさいよ。あと10分で食事時間終わるわよ。」
そして事件はその日の夜起きた。
朝、子供達が起きると、先生達は一睡もして居らず、公平と渡辺が居なくなったと、警察にまで頼まねばならない、大事になっていたのである。
どうも、夜中の内に2人でこっそり出て行ったらしいのだ。
仲間に誘われた男子が泣きながら話していた。
「昨日見つかった殺された女の人の事件、解決するんだって、行っちゃったんだ。僕、怖くて断ったけど、止めれば良かったよお…。」
犯人に見つかって拉致されたのか、ただ単に何処かで迷っているのかは分からないが、警察や先生方が付近を片っ端から捜索しても、見つからなかったそうだ。
このままでは、林間学校どころではない。
残りの子は、急遽親に迎えに来て貰える子はそうして貰い、帰る事になった。
「和泉は加納のお父さんが迎えに来て下さるそうだから、加納と待っていなさい。」
和泉というのは、しずかの旧姓である。
先生にそう言われ、子供達は、大広間の一箇所に集められて、親の来る子はそのまま待ち、親が来られない子は、帰宅準備を始めていた。
大広間で龍太郎と並んで座っていると、宿の人が突然しずかに声を掛けてきた。
「和泉しずかさん?」
「はい。」
宿のハッピを着た男性は、ほのかに微笑むと、小声で言った。
「お母さんから電話が入ってるよ。本当は子供に直接連絡取っちゃ行けない事になってるそうなんだけど、どうしても話しておきたい事があるって仰るんで、内緒でね。」
「はあ…。ご親切にありがとうございます。」
一緒に行こうと言う龍太郎を、その男性は止めた。
「君まで動くと、先生にばれちゃうよ。トイレに行ったとか言っておいてくれないか。」
「はあ…。」
しずかは男性が案内する通りに着いて行ったが、どう考えても、フロントの方向には歩いていない。
地下の従業員しか行かない様な所まで来て、しずかは歩を止めた。
「あの…。フロントじゃないんですか。」
「フロントじゃばれちゃうよ。従業員控え室の電話に繋いでおいたから。」
「そうですか…。」
しかしそれは嘘だった。
しずかはいきなり薬品の臭いのする布を口元に当てられ、抵抗する間も無く、廊下に置いてあった、シーツなどの洗濯物が入った大きな入れ物に放り込まれ、宿の外に運び出されてしまった。
龍太郎は、なんだか嫌な予感がしていた。
あの男、どうも怪しい。
どう見ても、いい人の目では無かった。
それに、しずかを見た時、ほんの一瞬見せた、あの邪悪な微笑み…。
どうも引っかかる。
龍太郎はフロントへ行き、男性の特徴を言い、そういう人がこういう用件でしずかを呼び出したのだがと言うと、フロントの支配人という名札を付けた中年男性の顔色が変わった。
「そんなお電話はお受けしておりません…。そんな従業員も当方にはおりません…。まさか…!」
そのまさかの可能性が高かった。
しずかは誘拐された。
そう考えざるを得なかった。
龍太郎は、頭をフル回転させながら、外へ飛び出した。
そこへ丁度、飛ばしまくって来たと思われる、当時の竜朗の愛車である、ジウジアーロデザインのフォルクスワーゲン・ゴルフGTIが急停車して止まった。
「龍太郎!?」
「お父さん!しずかが誘拐された!」
「なんだとおお~!?」
先生達もそれを聞いて、真っ青になり、倒れかかっている人までいた。
「どういうこったい。説明しな、龍太郎。」
「俺が思うに、多分こうだ。」
龍太郎はしずかが連れ去られた経緯を話すと共に、自分の考えを言った。
「だから、多分裏から入って、従業員控え室とかにあるハッピを盗んだんだと思う。そして、表じゃ目立つから、当然、裏から出て、そのまま車に乗せた。」
「うん。珍しく正しいな。俺もそう思うぜ。裏行くぞ、龍太郎。」
それを慌てた様子で止める先生。
「か、勝手に困ります、加納さん。今警察に連絡しましたから、そのままにしていないと…。」
竜朗はギロリと先生を睨み付けた。
「俺は元警察だ。警官が来たら、加納竜朗が動いてるから、邪魔すんなって言っとけ。そんなくだらねえ事言ってる間に、他の子も誘拐されねえようにしっかり見張ってろ。大体、誘拐犯が侵入したのも気付かない上、みすみすしずかちゃんを攫われたんだぜ?少しゃあ責任感じて、動いたらどうだい。しずかちゃんに傷の1つでもついてみろ。てめえら全員クビにしてやる。首洗って待っときな。」
先生達が棒立ちになっている中、竜朗は龍太郎と共に、裏手に回った。
辺りを見回す竜朗。
「ここは、この辺よく知ってる奴じゃねえと、どこが入り口だかも分かんねえな。土地勘がある奴か、ここに勤めてた事がある奴か…。龍太郎、地面よく見ろ。」
「ーここにカートみたいな跡がある…。」
「そうだ。」
カートを辿って行くと、敷地の外に、シーツの入った洗濯物入れが転がっていた。
「これに入れてしずかちゃん運び出したな。」
タイヤの跡は暫くあったが、路面が土からアスファルトになると、タイヤの痕跡は見つからない。
当惑する龍太郎に竜朗が言った。
「で?なんでしずかちゃんだけ。そして名指しなんだろうな。しかもフルネームで呼んだんだろ?」
「はい。」
「身のこなしはどうだった?」
「普通の人間だった。素人だと思う。訓練受けた人間じゃない。」
「ふーん…。あの馬鹿たれの佐々木達は、犯人探しに行った。そしてかなり深く探しても見つからない事から考えると、犯人にとっ捕まったと考えるのが妥当だ。その矢先、しずかちゃんが攫われた。来る前に調べて来たが、お前らが発見した被害者は、中学生の、相当可愛い女の子だったそうだ。犯人は少女好きだとしたら…。」
龍太郎の目が、竜朗も見た事が無い程、怒りに燃えた殺気立った目になった。
「あいつら…。見つけ出したら半殺しだ…。」
「俺も混ぜろ、龍太郎…。」
本気で怒った加納親子は、無言で竜朗の車に乗り込んだ。




