やっぱり事件勃発
「ていう事は、車は2台で行かなきゃダメね?」
悲しそうに言うしずかにもっと悲しそうに言う龍彦。
「離れ離れだね、しずか…。」
「くすん。龍彦さん。」
「もう甘えん坊なんだから。」
抱き合って、ちゅー!。
もう見慣れているので、亀一の拳が怒りに震えている以外は、なんとも思わないが、悟は激しく衝撃を受けている。
「す、凄い、なんというか…、日本の風土が合わない感じのお父さんだね…。」
「そうらしい…。俺もここ来て初めて知った…。」
という訳で、龍彦は京極が用意してくれた、プジョー406を運転し、しずかはもう1台、完全に趣味に走った、ルノースピダーという2人乗りオープンカーを借りて来てしまった。
「母さん…。2人乗りって…。」
「だって、車に乗る人数は7人よ?406は5人乗りだもん。」
「5人乗りに5人乗ったら、狭いんだっつーの…。」
「いいじゃない、別に~。ロングドライブな訳でなし~。きいっちゃん、おいで~。」
「はあ~い!」
途端に上機嫌で、羽根が生えたかの様な軽やかなステップで亀一が行ってしまうと、龍介は悟に助手席を譲った。
勿論、瑠璃を守る為である。
「ああ~、いいなあ、406だあ。」
悟がキョロキョロとダッシュボードの辺りを見渡して言うと、龍彦が笑った。
「君もフランス車が好きなの?お父さん、東発自動車の設計エンジニアなんだろ?」
「そうなんです。お父さんには言えないんですけど、僕も本当はフランス車の方が好きなんです。」
「そっかあ。みんなフランス車党だなあ。」
「おじさんはどこの車が好きなんですか。」
にこやかだった龍彦の目つきが突然険しくなった。
後ろの3人は笑いを堪えるのに必死だ。
「おじさん…?今、おじさんて言った…?」
「い…、いけませんでしたか…?ではなんとお呼びすれば宜しいんでしょうか…。」
「瑠璃ちゃんの様に、真行寺さんと呼びなさい。全くもう。瑠璃ちゃんは初めからそう呼んでくれてたぜ?失礼しちゃうな。」
ー失礼なのはどっちだよ!僕は普通の呼び方しただけなのにい~!!!
この至極当たり前の悟の心の叫びは、どうも真行寺親子には届かないらしい。
おじいさんの方の真行寺も、絶対おじいさん呼ばわりはさせないし。
「そ、それで真行寺さんはどんな車が…。」
「俺はイギリス車が好き。」
「へえ…。ジャガーとかですか?」
「まあ、今は子供達も乗せるから、ジャガーXJRに乗ってるけど。」
「あ、でも、ブイブイ走る方の車種なんですね。」
「おお、詳しいね。若い頃はTVRとかジネッタG4とか乗ってたんだけどね。」
「へええ。ロータスとかじゃないんですか。」
「うん。ロータスはそんなに好きじゃない。」
「てゆーか、お金持ちなんですね。」
「ああ、いや、そんな事は…。」
「やっぱり外交官てお給料が違うんですね。」
「う、うん…。」
「今も外務省にお勤めなんですか。」
悟は亀一に差し障りの無い範囲で、聞いているので、龍彦が海外勤務の外交官をしていたというのは、知っている。
「日本勤務の事務職だけどね…。」
「へえ。なんか、やっぱり世界が違うな、加納の家って。」
ある意味、その表現は正しい。
しかし、プライベートでは嘘がつけない龍彦が困ってきている。
龍介は話題を元に戻した。
「お前はフランス車で、何が一番好きなの?」
「加納のお母さんの車…。」
「クリオウィリアムズ?」
「うん。やっぱりホットハッチが好きで~。」
と、悟の長い長い薀蓄が始まったので、全員右から左で、別の話を始めた。
「モネの睡蓮が描かれた所に行くの?」
龍介に小声で聞いた鸞に何故か、龍彦が答える。
要するに龍彦も聞いていないのだが、悟はまだ語り続けている。
「そうだよ。その後、モネの美術館でメシ食おう。」
「私あそこ好きなんです。瑠璃ちゃんもきっと気に入るわ。」
「写真で見たけど、素敵な所よね。」
「あ、そうだ。どうしてお友達同士なのに、瑠璃ちゃん達は苗字で呼び合ってるの?こんなに仲良しのお友達なんだから、名前にすればいいじゃない。」
「え、えっと…。」
瑠璃が真っ赤な顔で黙ってしまうと、龍介の方から、全く表情も変えずに言った。
「じゃあ、瑠璃でいいの?ちゃん付ける?」
瑠璃は、顔というのはそんなに赤くなるのかという位、更に赤くなって、倒れそうになりながら、にやけまくった。
ー瑠璃。瑠璃だって。遂に呼び捨て。ヌフフフフ!
「はい!。瑠璃でお願いします!。」
「じゃあ瑠璃ちゃんも、龍介君の事、名前で呼ばなきゃ。」
「龍介君…。きゃあああ!もう駄目~!」
「何が駄目なんだ、大丈夫か、唐沢。」
鸞は完全に悪乗りし始めている。
「あら。ねえ、龍介君。瑠璃でしょ?」
「ああ、そうだった。瑠璃ってば。大丈夫か?」
「はい!」
上機嫌で返事をし、龍彦と鸞に笑われて、悟の目が線になっている頃、亀一も上機嫌で助手席に乗っていた。
「しずかちゃん、なんで俺ご指名だったの?」
「だってきいっちゃん、オープンカー好きじゃない。」
覚えてくれていた事が嬉しくて、にやけていると、いきなり現実に引き戻された。
「どう?学校は。鸞ちゃんや瑠璃ちゃん以外で可愛い子はやっぱり居ない?」
「居ねえよ。なんでそんな事聞くんだ。」
「いや、なんつ~か…。」
「なんつーか、何。」
「あのさ、やはり、年相応の子の方が楽しいよ?。」
「それは俺が決める。」
「そ、そうね。あ、ほら、見えたよ、きいっちゃん。綺麗ね。」
モネの睡蓮が描かれた池や住んでいた建物が見えてきた。
「うわ、本とだ。絵の通りなんだな。」
「ねー。」
「しずかちゃんも初めてなの?」
「うん。フランスは仕事でしか来た事無いから。」
「ふーん。じゃ、俺と初めて見るんだ。」
「そうね。まあみんな一緒だけども。」
ーガクッ。
車を駐車して降りるなり、しずかは龍彦の所に、まさしく飛んで行ってしまい、亀一は仏頂面で腕組みしてしまっている。
「どっこがいいんだかっ!」
憤懣やるかたなしといった様子で言う亀一に、鸞が冷静に言った。
「どっから見たってかっこいいし、紳士だし、ちょっと天然で面白いし、優しいし。当然でしょう。」
「ら…鸞ちゃん…。俺になんか恨みでもあんのか…。」
「別に無いけど、100パーセント以上可能性が無いんだから、潔く諦めたらどうなのかなと思って。」
「あんた顔が綺麗だからってそういう事…!」
綺麗だけに反応して、また頬に手を当て、微笑む鸞。
「うふ。まあね…。」
ー寅あああ!お前はこの子のどこに惚れたんだか、400字以内に纏めて、俺に説明してみろおおお~!
龍彦が2人を呼んだ。
「子供達、整列~。」
並ばせると、1人づつ名前を呼んでは、笑顔で頭を撫で、ふと考える。
「あれ?なんかちっこいのが足りない様な…。」
その時点で既に、亀一と龍介としずかは真っ青になっている。
「佐々木が居ねえんだよ!お父さん!」
「うおおおお~!嫌だああ!なんか探すのも嫌だあ~!」
それは同感だが、そういう訳にも行かない。
龍彦は諦めた様な顔で言った。
「仕方ない。2人組になって探そう。きいっちゃんとしずか。龍介と瑠璃ちゃん。鸞ちゃんは俺。見つかったら叫ぶ。見つからなかったら、15分後にまたここに集合。」
龍介と瑠璃は池のほとりに出た。
悟探しでなければ、ロマンチックないい雰囲気である。
思わずぼーっとなっていて、よろけると、龍介が支えてくれた。
「ここぬかるんでる。気を付けて。」
「はい…。」
もううっとり。
その顔を見て、苦笑する龍介。
「どうしたんだよ、もう。さっきから。変なの。」
ーなんだかもう幸せ過ぎてえええ~!
支える為に掴んだ手を、瑠璃は離さず、逆にしっかり握った。
離してくれそうに無い感じだ。
「じゃ、危ないから繋いでてやるよ。」
ーやったあ!ラッキー!
ニタニタしている瑠璃を見て、苦笑のまま首をかしげる龍介。
ーこれでもう少し普通レベルに鈍くなければなあ…。天は二物を与えずって本当ね…。
その頃、亀一もしずかと手を繋いでいた。
「しずかちゃん、こんな所ですっ転ぶと大変だから。」
「いや、私、美雨ちゃんみたいにしょっ中すっ転んでもいいないし、達也君みたいにダイブで助けるなんて苦労、つがいにさせた事ないから。」
「いいんだってば!俺が危ねえと言ったら、危ねえんだよ!」
「へいへい。」
しずかも苦笑して、亀一と手を繋いだ。
「きいっちゃんのお手手も、すっかり大きくなったわねえ。」
「そうだよ。あと2年もすれば元服だぜ。」
「ー元服といえば、やはりうちはアレをやるんだろうか…。」
「何?」
「いや、真行寺の家はね、かなりの名門のお武家さんなのよ。だから、まあ形だけなんだけど、15歳になったら、元服式を内輪でやるんだって。龍彦さんもやったんだけど、ご先祖の鎧兜着て、昔からのお付き合いの神主さんに祝詞上げて貰うの。龍にもやらせんのかなあ…。まだ加納だけど…。」
「へえ…。そんな事すんのか…。でも、龍はどハマりじゃねえの?凄え似合いそう。お袋がまた一眼レフ構えて行っちまうぜ?」
「そうね。私もちょっと見てみたいかな。」
「でもなんで加納のままなの?」
「ーうん…。まあ色々かな?」
大人の複雑な事情なのだろうか。
珍しく言葉を濁すので、亀一もそれ以上は聞くのを止めて、しずかとのデートの様な散歩を満喫していた。
瑠璃も亀一も、もはや悟の事など全く頭になかったが、2人の至福の時は突然終わりを告げた。
「ぎゃあああ~!!!助けてえええ~!!!」
悟の叫び声が、池のほとりの脇にある、茂みの中から聞こえたからだ。
龍介はその方向に走りだしながら瑠璃に言った。
「ここじゃ危ないかもしれない!駐車場戻ってろ!」
同じ頃、しずかも叫びながら走り出していた。
「龍彦さん探して言ってきて!」
しかし、瑠璃と違って、亀一が言う事を素直に聞く訳が無い。
「嫌だ!しずかちゃん1人じゃ危ねえじゃん!俺も行く!」
そう言って一緒に走りだしていた。
龍彦もその叫び声に気付き、池の方に走りながら、鸞に叫んでいた。
「車戻ってて!車入って、鍵閉めとくんだよ!?」
「はい!」
そして、龍彦は走って来た瑠璃とぶつかりそうになって、抱きとめた。
瑠璃は、どういう訳か、この緊迫した状況で、突然にやけ顔になって叫んだ。
「きゃああ!龍介君と同じ匂いがするう!」
「ん?」
「ーはっ!失礼しました!」
「ああ、いやいや。」
瑠璃をそっと離すと、瑠璃が早口で言った。
「茂みの方から佐々木君の叫び声がして、龍介君行っちゃいました。私には車戻ってろって。」
「ん。よしよし。分かってるな。鸞ちゃんに車のキー渡してる。2人共、鍵閉めて、出ちゃダメだよ?」
「はい。」




