何故ここに!?
それから、京極組の情報官が復帰するまでという約束で、寅彦は嬉しそうにイソイソと仕事に行ってしまい、鸞のご機嫌は、完全に斜め方向を向いてしまった。
「遊びに来たくせに…。お父さんの馬鹿。何がアキバクビにして寅雇おうかなよ。すっかりその気になっちゃってるじゃない…。」
アキバというのは、今、寝込んでいる情報官の仇名だ。
見た目がアキバ系という意味で、アキバと京極が名付けたが、今では誰も本名を覚えていないという、少々可哀想な男だ。
カフェで出てきた美味しそうなケーキには手も付けずに言う鸞を瑠璃が慰めた。
「でも、趣味でやってる事をあんなに褒めて下さるんだもの。京極さんも、真行寺さんも。嬉しくなっちゃうのは、仕方ないよ。それに、加来君て、本当に凄いもん。ハッキングとかの技術だけでなく、現場で動いてる人が欲しい情報を聞かれる前に出してるし。私なんかまだまだなんだなって思っちゃった。大人になるまで置いておくのは、もったいないかもしれないよ?」
「なんか、お父さんが昔、物凄く気に入ってた情報官の人そっくりなんですって。理想の情報官て人に。本当にフランスに転校して手伝いだしちゃったらどうするの。」
3人は『ん?』と思った。
どうするのとは一体どういう意味なのか、何故そんなに鸞が怒るのかも、気にするのかもよく分からない。
龍介が代表して不思議そうに聞いた。
「なんで鸞ちゃんがそんなに気にすんの?寅と離れると、困る事でもあんの?」
鸞の答えはまさに衝撃的だった。
「当たり前じゃない。だって私達お付き合いしてるのよ?遠距離過ぎよ、フランスなんて。折角私が日本に来たっていうのに、どうしてくれるの?」
いつの間に!?と驚く亀一と瑠璃だったが、やはりこの男は別の事で驚いている。
「お付き合い!?つまり寅まで変態って事!?一体どおしちまったんだ!寅はあ!」
「りゅ、龍介君…?何言ってるの…?」
「だってお付き合いって変態的な事をするって事なんだろ!?鸞ちゃん、こんな事は言いたくねえが、気を付けた方がいい!」
目を点にして龍介をポカンと見つめる鸞に、亀一が龍介の口を塞いで、引きつった笑みで言った。
「き、気にしなくていいんだ、鸞ちゃん…。龍はどうしても、そういう事は分かんねえからさ…。で、いつ付き合う事に?」
「フランス来てから直ぐよ。寅彦君が好きだあ!って言ってくれたから、私もって。」
「寅にしちゃ上出来だな。」
「鸞ちゃんは、他の男の子達からのアプローチが凄いもの。加来君も焦ったんじゃない?」
良かった良かったと会話が始まったが、まだ1人、龍介が衝撃の中に居て、
「寅が変態に…。寅が変態に…。どう更生させるべきか…。」
などとブツブツ言っている。
「龍介君、私、幸せだから。大丈夫よ?龍介君の言う変態っていうのがどういう意味なのかよく分からないけど、みんながみんな変態になる訳じゃないと思うわよ?」
「ーならいいのか…?いや、大丈夫なんだろうか…。」
ブツブツ言っていると、聞き覚えのある声がした。
「あれ?長岡と加納?」
顔を上げると悟だったので、龍介は思わず指まで差して叫んだ。
「出たな!元祖変態!」
すかさず隣の瑠璃が見られない様に、瑠璃の盾になる。
「久しぶりに会うなり、なんなんだよ!相変わらず失礼な坊ちゃんだな!」
しかも今回は、亀一まで失礼な事を言った。
なんと言っても、悟から逃げる為に来たフランスである。
亀一にしてみたら、どうしてここまで来たのに、会わねばならんのかといった具合だ。
「なんでこんな所にまで出て来んだよ!この大凶男!」
「長岡までなんなのさあ!。僕はお父さんの出張に付いてきただけですう!」
後から来た悟の父が目を丸くしている。
「あらら。奇遇だね。子供だけなの?」
挨拶をした後、踏ん反り返る亀一。
「一応フランス語は出来ますんで。」
「本当に?凄いなあ。じゃあ、悟預かって貰えないかな?今日は大事な商談で、4~5時間置いとかなきゃでさ。1人にしといたら、怖いじゃん、この子。」
思わず激しく頷く、鸞以外の3人。
「あ、あれ?君はもしかして、京極さんのお嬢さん?」
「はい。どうして…。」
「いや、お父さんが中学生位の時にそっくりな美しさだからさ。」
ーやっぱりこんな綺麗だったのか!京極組長!
今では、顔は相変わらず美しいものの、組長呼ばわりだが。
鸞はにっこり微笑んで、頬に手を当てた。
「まあ…。ありがとうございます。京極鸞です。」
顔の美しさに自覚と自信に満ち溢れているのも、姫なのも、父譲りか。
「じゃあ、ここは払っておくから、宜しくね。」
悟の父は、何の脈絡も無く、いきなり逃げる様に悟を置いて行ってしまった。
だからと言って、英語すら話せない悟をほったらかして置いて行ける様な龍介達では無い。
それも悟の父は計算に入れていたのかもしれない。
「どっか行くの?」
悟に聞かれ、龍介が答えた。
「ここで俺のお父さんと待ち合わせ。それからブルターニュ地方に観光へ。」
「お父さん…?」
龍介は龍太郎の事は、父さんと呼んでいたはずだから、不思議に思って聞き返すと、サラッと言った。
「実の父。事情があってどうしても出て来れなかったんだが、実は生きていて、もう出てきても大丈夫という事になり。詳しくは聞かないでくれ。」
「もしかして、卒業式に来てた、あんたそっくりの…?」
「そう。母さんとも仲良く幸せそうだし、もう学校変わったから、父として行事にも参加して貰ってる。」
龍介は全く隠し立てせず、英で生活している。
もしかしたら、影で何か言われているのかもしれないが、本人が全く気にしていないので、龍彦も学校行事には、龍太郎と反目しながら参加している。
「そうなんだ…。ん?あれ?そしたら、長岡は、加納のお母さんとは…。」
「言うなああああ!!!」
涙目で叫ぶ亀一に、目を伏せる龍介。
「言うなよ、お前…。わざわざさあ…。」
「ご、ごめん…。」
そこへ仕事を終えた龍彦としずかがやって来た。
悟を紹介すると、龍彦は手の甲を口元に当て、仰け反るという、見るからに慄いた様子で言った。
「君がかの有名な加納家の鬼門の佐々木君…。こんな所まで嗅ぎ付けてやって来るとは、お義父さんの言う通り、何か魔物がかってるな…。」
初対面でいきなりこれだから、悟は怒る前に呆然としてしまった。
ー加納が失礼なのは、この人譲りなのかあ!?
とはいえ、鬼門の悟が急遽参加である。
何か起きない訳がない。




