蜜柑炸裂と謎の扉
龍介達は無事中学生になった。
白の学ランという、昔の海軍の様な雰囲気の制服を着た龍介達と、白いセーラー服というこれも一風変わった制服の瑠璃達は、電車の中でもかなり目立っている。
中でも取り分け目立ってしまっているのが、寅彦だった。
何故かと言えば、朝の電車で一緒になる鸞に会っただけで、真っ赤な顔になり、しどろもどろ。
龍介も一応気を遣って、鸞と会話をさせてやろうとするのだが、突然声が裏返ったり、上ずったりと、かなり変だ。
そして学校に着くと、ぐったり疲れた顔で、今度は真っ白な顔で机に突っ伏している。
「寅は大丈夫なんだろうか…。」
5人は運良く同じクラスになったので、龍介が寅彦の様子を見ながら心配そうに呟く。
ところが、亀一は笑っている。
そりゃそうである。
片思いで右往左往しているだけで、重大な悩みを抱えているわけでもないし、どこか具合が悪い訳でも無い。
心配など全く必要の無い恋の病なのだが、龍介にはそれが分からないもんだから、心配症も手伝って、すっかり心配してしまっている。
「龍、恋っつーのはそういうもんなの。相手に会いたいけど会いたくない様な、会えば、相手の一挙手一投足でドキドキしちまって、ボーっとなっちまったり。ほっといてやれ。」
「きいっちゃんはそうでも無かったじゃん。」
「実はそうでもあったんだよ。最近は。」
「全然分かんなかったな…。そうだったのか…。」
そして突然憎々しげに変わる亀一の表情。
「な、何…。」
「で、どーなんだ。最近はっ。」
「は?」
「イケメン親父としずかちゃんだよっ。」
「あ、ああ…。お父さん、実質無職なのを、あの大叔父さんの吉行さんという人が、お前はいつまで働かずに遊んでハレンチしておる気かああー!ってまた爺ちゃんの仕込み杖で襲って来たので…。」
「あの人は、普通にお前んちを訪ねるって出来ねえのかよ…。」
「出来ないらしい。爺ちゃんは俺やお父さんの顔見たいくせに素直に言えねえから、照れ隠しだろうっつってる。」
「面白い人だ…。そんで?」
「大叔父さんの下に本部長という日本勤務の役職があるので、それをやる事になったみたい。ヤダよ面倒くせえ、事務職なんてって言って、また大叔父さんに仕込み杖で斬りかかられてたけど。」
「その口癖、お前と同じだな。」
「そうなんだよな。DNAに入ってんのかな?」
「知るかい。で?しずかちゃんとは?」
「いや、正直よく分からん。」
「何が分かんねえんだよ。」
「見てる限り、お父さんが離婚させない様な感じ?」
「何考えてんだろうな…。苺達は懐いてんだろ?」
「とっても。何故か大きなにいにと呼んでいる。」
「それは分からなくも無えが。でも、離婚させて、お前ら子供達としずかちゃんと連れて出て行きゃあ、自分は天国じゃねえかよ。」
「まあそうなんだけど…。どうもあの3人には俺たちには説明出来ない、まだ知らされてない秘密がある様な…。で、爺ちゃんも敢えて何も言わねえし、大叔父さんもあんな怒ってる割に、この形態はやめろとは一言も言わない。」
「なんだろな。」
龍介達がそんな話をしている頃、竜朗は小学校の校長室で、苦虫を噛み潰したかのような渋面を作り、真っ青になって只管謝り続けるしずかの隣に座っていた。
そしてその隣には、一応反省した風な顔の蜜柑が、珍しく大人しく座っている。
3人の前には、困り果てた顔の担任の先生と、おでこに大きなたんこぶの出来た校長が座っている。
今日は、蜜柑が起こした事件?の呼び出しを受けて、ここに座っている。
蜜柑が入学して、3ヶ月。
呼び出しは既に2回目だ。
1回目は、トイレ掃除が面倒に思った蜜柑。
友達と相談して、せめて便器の中は洗わないで済む様にと画策。
トイレの水が勢い良く流れれば掃除しなくても、汚れはつかないのではないかという結論に達し、トイレの水流を大幅に調整。
その結果、トイレの水を1回流しただけで、かなりの水流があの小さな便器を通る事になり、面白がった他の子達が流しまくった結果、当然外に溢れ、トイレが洪水状態となり、階下のトイレにまで及ぶ水漏れ事故を起こした。
そして今日は、衝突事故を起こした。
1年生の教室は4階にある。毎日階段を登って降りてが面倒なった蜜柑。
階段の手摺を4階から1階までピカピカに磨き上げて、ご丁寧に滑りやすくする薬剤まで塗りつけ、4階の手摺に跨り、一気に降りようとした。
生徒達の歓声の声に、何事かと1階にある校長室から校長が出てきて、その現場を目撃。
これは危ないと、蜜柑を抱きとめようと、1階の最後の手摺で待ち構えていたが、蜜柑は校長が自分を抱きとめようと待ち構えてくれているとは思わず、邪魔だなと思ったそうで、校長を避けようとダイブし、華麗に着地したが、その際、校長の禿げたおでこを思いっきり蹴り上げてしまった。
そのお陰で出来た華麗なる着地なわけだが、その為、校長の広いおでこには大きなたんこぶが出来ているのである。
担任が事情を説明し終えると、校長は笑いながら言った。
「でも、運動神経の良さはお兄さん譲りだね。かっこ良かったよ、あの着地。」
調子良く目を輝かせる蜜柑。
「そうですかあ!?やった!爺ちゃん、にいにに似てるって!」
しかし竜朗にラオウより凄い眉間の皺の顔で睨みつけられ、たちどころにしゅんとなる。
「本当に申し訳ありません…。どうか治療費一切、負担させて下さい…。」
竜朗が言うと、校長は笑ったまま手を左右に振った。
「大丈夫ですよ。たんこぶだけですから。医者なんて。まあ、蜜柑ちゃん。あんまり派手にやらないようにね。取り敢えず、あれは他の子が真似しても危ないし、人を巻き込んでも大変危険だ。色々やってみたいのは分かるけど、ここには色々な人が一緒にお勉強している。蜜柑ちゃんが良かれと思ってやった事でも、その意図通りに機能するとは限らないんだ。みんなに危険が及ぶような事は止めてね?」
「はい…。」
小さな声で返事をする蜜柑にヤクザのようなど迫力で迫る竜朗。
「しっかり分かってんのかコラああ!!!」
「はい!分かりました!みんなが危険なるような事や、みんなが遊んじゃう様な事はしません!」
竜朗は蜜柑の頭を抑えつけ、自らも頭を深々と下げて謝ると、学校を出た。
龍介が剣道部の部活を終えて帰って来ると、丁度蜜柑がかなり落ち込んだ様子で竜朗の部屋から出て来たところだった。
「どした、蜜柑。」
「う…。」
キティちゃんの耳の様に、頭の上の方で作ってある2つのお団子も、心なしか元気が無く見える。
「またなんかやったのか?」
龍介が苦笑しながら聞くと、涙目で龍介を見上げ、コクっと頷いた。
「爺ちゃんのご機嫌、直らないよお…。」
「んじゃ直しとくから。宿題やっちゃいな。」
「はい…。」
蜜柑の頭を撫でて行かせて、竜朗の部屋ノックし入る。
ーおお…。これは大変だ…。
溺愛されている龍介が仰け反ってしまう程、竜朗の機嫌は悪かった。
ーラオウ通り越して、これは一体なんだろう…。
という深〜い深〜い眉間の皺。
「今度は何やったの、蜜柑は。」
斯く斯く然々と話し、付け加える。
「ありゃ、絶対龍太郎そのまんまだぜ。あいつもな、しょっ中こういうくだらねえ事を大事にしちゃあ、俺は呼び出されたんだ。まあ、今と変わんねえっつー話でもあるがな。」
「へえ…。父さんは子供の頃どんな事で怒られてたの…。」
「スーパーカーブームってのがあってよ。まあ、龍太郎達の世代より少し上なんだが、その流行りで、スーパーカー消しゴムってのがあったんだよ。消しゴムっつったって、消えやしねえんだ。要するにゴムで出来た、2.5センチくれえのミニカーみてえなもんよ。」
「ああ、成る程。」
「ガチャポンでさ。それがクラスで流行ってたんだ。んで、その消しゴムをよ、ボールペンのノックが跳ね返ってくる勢いで、飛ばして競うんだよ。」
「へえ。考えたね。」
「まあそこまではいい。そしたら、あのバカはそれをバージョンアップさしちまったんだよ。ボールペンのノックはえれえパンチ力にしちまうし、消しゴムの方も硬くさせて、尚飛ぶ様にした。他のガキ、みんなやってくれってせがんで、龍太郎がホイホイやってやったから、どうなったと思う?」
「そうだなあ…。凄え勢いで吹っ飛んでって、誰か怪我でもしたとか?」
「いや、幸い誰も怪我はしなかった。龍太郎が威力を説明して、人には絶対向けるなって言ってあったらしいから。」
「そこは偉いじゃん。」
不機嫌そうに黙ってしまう竜朗。
ーほ、褒めねえ方がいいんだな…。
そう思った龍介は、気をつけながら、続きを促した。
「人に向けねえ代わりに、全員で教室の窓ガラスに向けてやった。そしたら、消しゴムは止まる事なく吹っ飛んでっちまって、窓ガラスを突き破って、一年生の朝顔の鉢にバシバシ当たって、割っちまったんだよ。可哀想に、丹精込めて毎日世話して、もう直ぐ咲くって時だぜ。」
「ああ、それは罪深い…。」
「だろお?んなのばっかだ。本当、そっくりなんだよ!」
竜朗は、蜜柑の事だけでなく、龍太郎の事まで引っ張り出して、二重に頭に来ている様で、機嫌の悪さも複雑且つ、根深いものなっている様だ。
これはもう他の事で気を紛らわせて機嫌を直すしかなさそうだと判断した龍介は、話題を変えた。
「寅、大変なんだよ。鸞ちゃんが好き過ぎて、変になっちゃって。」
「可愛いじゃねえか。そんで?鸞ちゃんの方はどうなんだい。」
「唐沢の話では、寅の事は結構気に入ってるらしい。」
「ふーん。じゃあ、みんなでどっか遊びに行くって言って、連れ出してやったらどうだい。学校や行きとはまた違って、普通に話せたりするんじゃねえの?」
「ああ、そうだね…。にしても、なんであんな変になっちゃうのかな。全然分かんねえ。」
「分かんねえかい。」
「うん。恋と変て漢字が似てんのは、そのせい?」
「ふはははは!」
竜朗大受けで、機嫌も直った。
夏休みになったら、鸞はフランスの京極のところに行ってしまうらしいので、夏休み前の試験後の休みの日、英の5人で水族館に行った。
なんとか寅彦もやっと普通の声で話せる様になってきて、亀一と笑っていた帰り道、道の脇に妙な具合で見えている、変な扉を見つけた。
行きでは無かったそれは、その時は全部木の葉で覆われていた様で、今はまだ半分位、木の葉で隠れていた。
「何かしら?」
鸞が扉のノブに手をかけた。
その瞬間、突然扉は開き、鸞が吸い込まれ、鸞と手を繋いでいた瑠璃まで吸い込まれて行ってしまった。
「きゃああー!何なのー!?」
と、フランス語の叫び声と、瑠璃の悲鳴が聞こえる。
それと同時に止める間もなく、寅彦まで自ら飛び込んでしまい、扉はバタンと閉まってしまった。
「鸞ちゃん!唐沢!寅あああ!」
龍介達が叫びながら扉のノブに手をかけたが、ノブは回す事も出来ず、びくともしないし、扉も、力自慢の2人がかりで足をかけて開けようとしても開かない。
「なんだよ、これ…。」
つぶやく亀一に龍介が言った。
「取り敢えず、他の出入り口探してみよう…。」
すると今度は扉そのものが、ギュンという音共に、変形しながら消えてしまった。
「なぬー!?」
まったくもって、状況が分からない。
理解の範疇を超える展開に、龍介ですら呆然となってしまい、2人は扉のあった場所に立ち尽くしてしまった。




