ベッチーン!!!
加納家に戻る車中で、竜朗の携帯が鳴った。
運転しながら竜朗がスピーカーにして出る。
「俺だ。」
「風間です。今しずかお嬢さんから連絡があって、柏木と夏目向かわせてますが、不審車がご自宅の前をうろついていると。」
「今戻ってる。こっちも援軍がいるから先ず大丈夫だろ。しずかちゃん、双子っちと一緒にシェルター入ったんだろうな?」
「それが…。」
竜朗の眉間に皺が寄る。
「双子ちゃんは入れた様なんですが、ご自身は見張ってると仰って…。」
「全くもう!分かった!急ぐ!」
竜朗は他の車を縫う様に運転し、加納家に急いだ。
その頃しずかはキッチンに居た。
加納家のキッチンは、竜朗がしずか好みのアイランドキッチンにしてくれたので、銃を持ち、その陰に潜んでいる。
玄関付近から男が2人、鍵を開け、気配を消して入って来ると同時に、キッチンの勝手口も同様に開き、男が2人入って来た。
男は縦に並んでリビングの方へ行こうと歩を進めている。
しずかはそっと立ち上がり、先ず後ろに居た男の後頭部を撃ち、前の男が振り返る前にその男のこめかみを撃った。
サイレンサーだが、男達が倒れる音は、玄関から侵入して来た男達に聞こえた筈だ。
こちらへ走って来る気配がする。
二手に分かれた。
ーセオリー通りね…。軍事訓練受けたプロかしら…。
しずかは先ほど撃った男を見ながら、キッチンの出入り口の陰に身を潜めた。
殺した男は覆面をしていて、目しか見えないが、少しでている肌の色が白人の色だった。
しかし、もう一人は褐色の肌をしている。
ーどこの国の奴かしら…。
玄関から走って来た男がキッチンの入り口に差し掛かった。
男が中を確認したかどうかという早いタイミングで、しずかが男の顎に銃身を上に向けて撃ち、男は即死で倒れた。
しかし、その男を盾にするかの様に現れたもう1人の男に銃を持った腕を掴まれる。
冷静にスカートの中に隠しておいた太股のホルターから銃を出し、男の足を撃ったが、男は怯まず、しずかの腕を掴み、身動きが取れない様に抱きかかえた。
「やってくれるな。あんた何者だ。」
ロシア語訛りの英語に聞こえた。
「ただの主婦よ。」
「日本のただの主婦ってのは、特殊部隊員並みなのかい。まあ、あんただけでもいい。加納龍太郎の愛妻らしいからな。来て貰おうか。」
しずかが覚悟を決めた時、突然男が膝を折って倒れた。
その撃った人影を見て、しずかは一瞬、龍介かと思った。
でも、龍介では無いのは背の高さで明らかだ。
夢にまで見た龍彦が、男の関節という関節、全てを撃ち抜きながら歩いて来る。
そして、ボカっと男をキッチンの入り口から蹴り出し、男の銃や武器を取り去ると、焦った顔でしずかの全身をゴシゴシと確認する様に撫でながら聞いた。
「大丈夫!?痛いところは!?怪我は!?」
「ー無いです…。龍彦さん…?」
龍彦はハッとなって固まり、申し訳なさそうに身を縮ませた。
「はい…。」
「なんで…?どうして…?夢なの、これ…。幽霊じゃないよね…。」
「ごめん…。生きてます…。」
付近を確認しながら入ってきた竜朗が、苦笑しながら説明すると、しずかの目からボロボロと涙が溢れ出した。
「会いたかったよお…。」
「うん…。俺も…。」
そして抱き合った2人。
ここまではいい。
しかしその後、いきなりチューッと凄まじい勢いでやり始めたもんだから、竜朗の機嫌は急転直下で悪くなった。
竜朗の眉間にはラオウよりも深い皺が刻まれ、物も言わず、龍彦の頭をべッチーンとひっぱたいた。
べッチーンという音が家中響き渡る様な力強い一撃に、龍彦は頭を抑えて、しゃがみ込んでしまっている。
「たっちゃん!あんた本当に変わってねえな!そのハレンチ!それは後で今後どうするか決まってからやってくんな!」
「す、すみません…。」
丁度そこへ柏木と夏目が駆け込んで来たので、流石の2人も状況が把握出来ず、目を点にして固まってしまった。
そして更に、この事を聞きつけてぶっ飛んで帰って来た龍太郎も、珍しく言葉を失っていた。
「真行寺…?生きてたのか…。」
やっとそう言った後でしずかを見つめると、急に無表情になり、冷たい声で言った。
「しずか、離婚だ。今すぐ龍と一緒に出てけ。」
「龍太郎さん…?」
「早く。」
そしてまた出て行こうとする。
しずかが止めようとすると、龍彦がむんずと龍太郎の腕を掴んだ。
「危険だからか。離婚して俺んとこ来たって大して変わりゃしねえよ。それに双子ちゃんどうすんだ。しずかも龍介も居なくなったら、もっと危険だ。どうせなら全員寄越せ。」
「ああ、そうしてくれ。」
話は終わったとばかりに行こうとする龍太郎。
すると、龍彦は、龍太郎の頭をいきなりべッチーンとひっぱたいた。
「カッコつけやがって!1人で戦うつもりか!」
龍太郎も負けていない。
返事もせず、ジャンプして自分より背の高い龍彦の頭をベッチーんとやり返した。
そして2人とも物も言わずひたすらベッチーンの応酬をやり始めた。
何故か竜朗は頭を抱えてしまい、しずかは恥ずかしそうに目を伏せている。
どうもこのベッチーンの応酬はこれが初めてでは無いらしい。
柏木と夏目の目は点になったまま元に戻らない。
そしてベッチーンの応酬は突然終わった。
「気にいらねえ!俺もここ住む!」
龍彦のいきなりの結論に目を丸くしている龍太郎。
「何言ってんだ!このバカは!」
「どうせ護衛が要るんだろ!だったら俺がやってやる!てめえなんぞの策に乗ってやるかってんだあ!」
そしてまた始まるベッチーンの応酬。
夏目が目を点にしたまましずかにそっと聞いた。
「なんなんです…。」
「あの…。龍彦さん…。みんなを守る為に死んだフリしてくれてたらしいの…。」
「は、はあ…。」
「で、偶然龍に会ってしまって、龍太郎さんの情報が漏れたかもって事で、お父様と来てくれて…。」
「はあ…。じゃあ、その辺の詳しい事は、また改めて伺いますが、この2人は何を揉めてるんですか…。」
「龍太郎さんは自分と居ると龍や私が危険になるから、龍彦さんが生きてるならという事で私達を切り離そうとした。でも本当はそんな事したくない。それが龍彦さんには分かってしまったので、1人でカッコつけんなと腹を立てて
…。」
「なんだあ。犬猿の仲みてえだけど、結局えらい通じ合っちまってんじゃないですか。」
すると2人揃って、ベッチーンを止めて、キッと夏目を睨みつけて怒鳴った。
「通じ合ってねえよ!」
そしてまたベッチーン再開。
「相変わらずだ…。この年んなってまだやんのかい…。」
竜朗が呆れ返って呟くので、今度は柏木が聞く。
「昔から…なんですか?」
「そうなんだよ…。初めて会った瞬間からやり始めたからな…。どうもお互い直感的に嫌いらしい…。」
ベッチーンはお互いの手が真っ赤に腫れ上がるまで続いた。




