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龍介くんの日常  作者: 桐生初
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亀一考える

自転車レースは、何故か亀一が日にちを決め、来週の日曜日という事になったので、 今週末は、一応受験生で忙しい3人の模試の予定等で先延ばしになっていた悟の家へのご招待を受けた。

悟の父だけでなく、母も完全に理解は出来ないものの、悟が龍介達に凄まじく世話になり、命まで救って貰ったという事は分かっている様で、是非お礼がしたいと、大分前から佐々木家に呼んでくれていた。

お礼は頂いたし、そこまで気を遣って貰わなくてもいいと再三言ったのだが、それでは気がすまないなどと言われ、有難く受ける事になった。


通された客間の座卓の上には、お寿司、ピザ、唐揚げにケーキと、奮発して出前取りまくりました!という感じの物が所狭しと並び、悟の母からプレゼントまで貰った。


「僕が選んだんだけど、どうかな。あ、柏木のは妹が選んだから。」


龍介達のは、其々好きな車のプラモデルだった。

寅彦にはアルピーヌA110。

龍介にはプジョー205GTI。

亀一にはBMW Z4。

そして朱雀のは…。


「わあ!可愛い!これ原宿にしか売って無いんだよお!?すごおおおおい!」


大喜びのそれは、ショッキングピンクの雫型のぬいぐるみと文房具のセット。

なんだかさっぱり分からないが、リボンを付け、うるうるのでっかい目まで付いている。


「なんだそれは…。雫の妖怪か…。」


ドン引いている3人の内、龍介がやっと言葉を発すると、朱雀は龍介をキッと睨み付け、のたまった。


「龍、知らないの!?女の子のお兄ちゃんのくせに!これはねえ!小学生の女の子達の間で絶大な人気を誇る、ポニョンたんなんだよ!妖怪だなんて失礼な!これは雨粒の妖精ですっ!」


「そ、そう…。それは失礼しました…。」


朱雀のもドンピシャだったようだし、3人も好みピッタリの物を貰えて喜んでいる。


「有難う。コレ夏目さんが乗っててさあ、かっこいいなって思ってたんだ。」


龍介が言うと、ニヤリと笑う悟。


「そうだろうと思ったんだ。加納、そんな様な事言ってたし。でも、あの人の205は、ちょっとデザインが違うね。」


「ああ、あれはITSチューニングって、別の所がチューニングしてパーツ付けてるんだってさ。」


「それは無かったなあ。」


「自作で付けてみる。」


「加納、そんな事もするんだ。」


「おう。」


実はこの中で誰よりも完成度の高い物を仕上げるのは龍介なのだ。

ラリーカー等は、泥汚れまで再現するのだから、かなりのこだわり様である。


頂きますと食べ始めると、人の気配がした。

襖の方からだ。

何だろうと龍介が見ると、悟の弟と妹がノートの様な物を手に、襖を少し開けて覗いていた。


「一緒に食えば?」


龍介が声をかけると、ブンブンと首を横に振る。


悟が虚ろな目になった。


「どした、佐々木。」


ピザで頬が膨らみ、ハムスターの様になった亀一が聞くと、情けなさそうに答えた。


「こいつら加納のファンなんだよ…。」


ビクッとなって、弟妹たちを恐る恐る見た龍介は、あのファン特有のキランキランした目を見て、目を伏せて項垂れた。


「サインお願いします!加納先輩!」


弟が勇気を振り絞って言うと、龍介の首がガクッとなって、更に下を向いた。

ゲラゲラと笑う亀一達。

龍介は悲しそうな顔で、そう言った弟を見た。


「お前、いくつ?」


「小4です!」


「ーじゃあ拓也が喋った訳じゃねえな…。一体なんなんだ…。」


「学校じゃ加納先輩は有名人ですよ!悪人教師をクビにして、いじめっ子を改心させて、不良まで更生させたという!そして剣道の全国大会小学生の部で優勝するのはもう3回目!」


「だからクビにさせたのは爺ちゃんだってのに…。なんでそんな知れ渡ってんだよ、きいっちゃん…。」


すると、何故か亀一はパッと目を逸らし、あらん方を見だした。


「なんだ…。きいっちゃんが絡んでんのか…。」


「お、俺では無い…。正確には…。」


「んじゃ正確に言ってみな。何だよ。」


「ーお、お袋が作ってる会報に龍の武勇伝は事細かく載っている。最近会員数もまた増えて、今や他学年に渡り…。だから、お前の知らない所で、生徒達にも逐一伝わっているはず…。」


「はあ!?」


「ごめん…。お袋のローストビーフで許してやってくれ…。」


優子はしずかに並ぶ料理上手で、中でも取り分け龍介が好きなのがローストビーフだった。


新たにアイスクリームを持って入って来た悟の母も、にこやかに言い放って、龍介を追い詰める。


「私も入らせて頂いたの!ファンクラブ!」


龍介は白目を剥いて畳に倒れ込んでしまった。




龍介はもう一つ衝撃を受けて帰って来た。

それは悟の妹の大きさだ。

横幅もあるが、背も高く、悟と同じ様な大きさなので、てっきり小4位で、弟と双子なのかと思ったのだが、まだ2年生だという。

つまり、苺達と2つしか違わない筈なのだが、体積から言ったら、軽く2倍はありそうだ。


「母さん、苺と蜜柑は大丈夫なんだろうか…。」


帰宅して夕飯までの間、苺と蜜柑のお勉強を見ながら深刻な顔で言う龍介を不思議そうに見るしずか。


「何が。」


「大きさ。今日佐々木の妹に会ったんだけど、凄えでっけえの。佐々木のお袋さんも親父さんも、佐々木も、弟も、みんな小さいんだけど、親父さんの家系は親父さん以外みんなでっかいそうで、妹だけに遺伝したんだって。苺達の2倍は軽くあんだぜ?年は2つしか違わねえのに。」


「大丈夫よ。龍だって小学校低学年までは物凄いおチビさんだったじゃない。それに私も龍太郎さんも小さいし、そんなには大きくならないかもね。双子で生まれて小さかったし。」


「んじゃ俺は?」


「ー爺ちゃんに似たんじゃないの?」


しずかは少し黙った後、そう言った。

確かに竜朗はあの年齢にしては背が高い方かもしれない。

172センチはある。


「ふーん…。」


「にいに。できまちた!」


苺が誇らしげに漢字ドリルを見せた。

龍介の眉間に皺が寄る。


「苺~。だから漢字は勝手に作るなって言ったろう。全くなんでも作っちまうんだから、父さんみてえだな。練習して本物覚えなさい。」


「はーい…。」


「にいに!蜜柑も!」


今度は笑顔になって蜜柑の頭を撫でる龍介。


「はい、蜜柑はよく出来ました。」


「わーい!あちょぶ!?」


「あちょびません。にいにはポチの散歩があります。」


ポチはさっきからリードをくわえて待ち続けている。

龍介大忙し。

しかし蜜柑は食い下がる。


「にいに、ちょっとでいいんでち。見て欲ちー物があるんでち。」


「分かった。なあに?」


「ちょっと待っててくだちゃいねっ。」


蜜柑はうふふと笑いながら2階の双子の部屋に駆け上がり、何かを持って駆け下りて来ると、龍介の目の前にペタンと座って、しずかも呼んだ。


「おかたんも来てっ。」


未だに双子はお母さんと言えず、おかたんになっている。

可愛いのだが、来年小学生。

若干不安ではある。


蜜柑が手に持っていたのは、金色の、何処かで見た様な時計に似た物体だった。


「いいでちか?ここ押すでち。」


蜜柑が突起を押すと、何かが飛んだ。

それは目にも止まらぬ速さで龍介達の目の前から消え、窓ガラスを突き破り、庭の池の水道管に突き刺さり、水をブシューッと噴出させた。

庭はみるみる内に水浸しになって行く。


「ね?ね?ちゅごいでちょっ!?」


暫く呆然としていたしずかと龍介だったが、蜜柑にそう言われ、はたとその惨状に気付いた。


「うわああ!水道代があ!」


そう叫んで庭の水道に走るしずかと一緒に庭に走り、龍介も応急処置の手伝いをしていると、騒ぎを聞きつけ、部屋に篭っていた竜朗が出て来た。


「どしたんだい…。んん!?」


言いかけて、蜜柑の持っている金色の物体を見て目を丸くする。


「みっ、蜜柑!それ…それ…それはあああ!」


滅多に見れない竜朗の狼狽ぶりを見て、龍介としずかもその金色の物体の正体に気が付いた。


「どっかで見たと思ったら、母さん、アレ…。」


「だわ!」


それと同時に竜朗も叫んだ。


「それは爺ちゃんのお時計さんだろおお!」


「うん。そでち。どう?ちゅごいでしょ?」


「ーうおおおおおー!」


竜朗は叫び声を上げながら頭を抱えて、どかっと蜜柑の前に胡座をかいて座ると、眉間に深~い深~い皺を刻み、腕組みをし、目をギュッと瞑って話し始めた。

なるべく落ち着いて話そうとしているらしい。


「ー蜜柑、そこに座んな。」


「座ってるでちよ?」


可愛いどんぐり眼で竜朗をニコニコと見つめる。


「ーあのな、蜜柑。そのお時計さんはね、爺ちゃんの宝物なの…。とってもとっても高えんだ…。しずかちゃんの車買ってもお釣りが来んだよ…。それに、爺ちゃんはそのお時計さんをとっても、とお~っても大事にしてたの…。だからね…。」


「あい。」


竜朗はカッと目を開くと、蜜柑を見据えて怒鳴った。


「すぐに元に戻せえええ!!」


蜜柑は座ったまま5センチは飛び上がっていた。


「あい!す、すぐ直すでちっ!ごみんなしゃい!」


金色の元アンティーク高級時計を抱え、猛ダッシュで部屋に行ってしまった。


「お父様、申し訳ありません…。」


「いや、ありゃあ龍太郎に似ちまったんだ…。しずかちゃんのせいじゃねえよ…。」


そして3人でなんとなく苺に目をやると、苺はそんな騒ぎの中でも全く動じず、龍介に言われた漢字練習をしていた。

顔を上げたので、騒ぎに気付いたのかと思いきや、


「にいに、出来まちた!花丸くだちゃいな!」


と天使の笑みで言った。


竜朗は涙目で額を抑えた。


「こっちも龍太郎そっくりだぜ…。あの血だけは要らねえって、しずかちゃんの妊娠中、あんだけ毎日祈ったのによお…。」


どうも本気で泣いている。


「じ、爺ちゃん…。そう気に病むなよ…。あの年であんな改造出来るなんて天才かもしれないぜ?」


「龍…。天才ってえのは、得てしてバカと紙一重なんだよ…。龍太郎がいい例じゃねえか…。」


「あ…ああ…、でもさ、苺みてえな集中力ってのも、凄えんじゃねえかな?きっと何かの役に立つよ。」


「集中力って言やあ聞こえはいいが、てめえの事しか頭に無えとも言えるぜ…。」


ーどうしよう…。爺ちゃんが珍しくマイナス思考だ…。


竜朗はその日一日、ドヨドヨしたままだった。




翌日は、亀一が龍介の自転車のメンテナンスをしにやって来た。


「きいっちゃん、改造はやめてくれよ?フェアじゃねえからな。」


「はいはい。分かってますよ。」


素直にタイヤチューブの交換を始める亀一に昨日の出来事を話すと、涙を浮かべて笑っている。


「凄えな、蜜柑。」


「だろ?まあ、末恐ろしいって爺ちゃんの気持ちも分からなかねえけどさ…。」


「まあ、曲がった事はやんねえだろ。蜜柑も苺も性格は天使みてえだもん。」


「まあねえ…。そこが可愛いんだけどね。」


「だからってお前は甘やかし過ぎだけどな。」


「そうかなあ。」


ポチが2人の間に割って入って来て、かなり亀一の邪魔になっている。


「ちょっと龍、ポチ連れて中入ってろ。」


「でも申し訳ねえじゃん。俺の自転車なのに、きいっちゃんにやらせて家ん中に居るなんて。」


「いいよ。好きでやってんだから。終わったら中入るから、中で好きな事してろ。」


「うーん…。」


とはいえ、ポチは『何してるの?』とばかりに亀一の手元に鼻をくっ付けたり、持つ物持つ物の匂いを嗅ぎと、かなり邪魔だ。


「却って迷惑か…。じゃあ、ごめんな。」


「おう。」


龍介が行ってしまうと、亀一はニヤリと笑った。


「やはり。ポチが邪魔する事を計算に入れた俺の作戦、上手く行ったな。」


そう呟きながら、道具箱の下の段から機械を出した。

ギアのパワーアップパーツだ。


「フフフ…。龍、お前の大好きな夏目兄貴のプジョーITSチューニングならぬ、プジョー亀一チューニングにしてやるからな…。」


龍介の自転車はプジョーだ。

しずか達は、夫婦二人共ルノーに乗っているのだから、自転車もルノーを買い与えるのかと思いきや、しずかの強いこだわりでプジョーになったらしい。


ギアのパワーアップを始めた所で龍太郎が帰って来た。

亀一と挨拶を交わした後、暫く様子を見ていて、いつもの様に冷静な普通のトーンで言った。


「亀一、龍を勝たせたい気持ちは有難いけど、それ、龍は喜ぶか?」


「別にエンジン付ける訳じゃねえし、レギュレーション違反じゃねえと思うけど…。」


「そうでも、悟君にはしてやらないんだろ?」


「佐々木には親父さんがついてるじゃん。」


「佐々木は子供の勝負にしゃしゃり出たりしないし、そんな危ないもん付けたりしねえな。それに亀一のそのパーツはレギュレーション違反の部類だと思うけど。」


龍太郎はちょっと見ただけで、亀一のパワーアップパーツの内容が分かってしまったらしい。

エンジンこそ付いていないが、このギアに持って行ったら、瞬間速度はバイクより出る。


全て見抜かれてしまった事に悔しくなり、口を尖らせる。


「ー龍なら大丈夫だよ。乗りこなせる。」


「かもね。」


龍太郎はクスっと笑うと、中に入ってしまった。


1人になった亀一は手を止め、暫く考え込んでいた。







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