鈍感龍介くん
「あああ、良いのかな…。なんか却って申し訳ねえな…。」
基地で悟が渡したい物があると言うので集まると、悟の命と引き換えに、其々が出した物をくれたので、龍介は困った顔で呟いた。
悟の父は、ネットオークションや中古屋や古本屋を目を皿の様にして悟と探し回り、龍介のS2も、亀一の本も、寅彦のダイナプロも揃えてくれた様だ。
「本当だよ…。これ、高かったろうに…。」
亀一も申し訳なさそうに言ったが、寅彦は満面の笑みだ。
「おおお!これはほぼ俺のダイナちゃんのスペックに近い!後はアレとアレを買ってきて組み込めば…。」
「あ、それが分からなかったんで、聞いてきてってお父さんに言われたんだ。何買ってくればいいの?」
「いや、いい。これはアキバのディープゾーンにも表には置いてない。常連の俺が行かねば売ってくれない。これで十分。本当すいませんねえ。親父さんに宜しく言っといてくれ。」
「寅、ゲンキンだよ。」
そう言う朱雀に、悟は謝った。
「ごめん。柏木のぬいぐるみだけは、どうしても手に入らなかったんだ…。代用品の現代のうさ子ちゃんになっちゃって、本当にごめんね。」
「ううん、いいの。あれは仮に同じ物があったとしても、僕が抱き続けた事による型みたいなのが絶妙だったから、世界に一つなんだ。でも、佐々木君が助かったんだから、お別れでいいの。本当に気にしないで。」
「有難う…。みんな本当にごめんね。僕が余計な事したばっかりに、こんな迷惑と心配かけちゃって…。」
4人は笑って首を横に振った。
結局、失った筈の物は帰って来てしまったが、悟が無事に生還した、その事の方が大切で嬉しかった。
季節はなんとなく秋になり、11月になって漸く少し肌寒くなった。
2丁目の穴が出来た空き地は、コンクリートで整地された広場になったので、また自転車レースをやろうという事になると、悟が基地で鼻息を荒くして言った。
「もう直ぐ卒業だし!」
何だろうと思っていると、龍介を見据えて宣言の様に言った。
「勝負だ!加納!」
「何だいきなり。だいたいお前、自転車どうすんだ。」
悟の身代わりで、東発自動車幻の自転車は無くなった筈だ。
「自転車は幻の一台をお父さんが新たに作ってくれたから大丈夫!」
「そんでなんで卒業だからって、俺と勝負なんだよ。」
「卒業…、君たち3人ともお別れだが、唐沢さんともお別れだ。」
「ああ、お前はな。」
悟から『カチン』という音が聞こえたかの様だ。
「だからあ!唐沢さんへの告白権を賭けての勝負だあ!」
「なんだ告白権て。」
龍介、全く分かっていない。
亀一達はもう笑い出している。
「お前、唐沢になんか言いづれえ事でも隠してんの?それは早いとこ言っちまった方がまだ許して貰える可能性があるぜ?」
3人大爆笑。
悟は唖然とした後、怒り出した。
「違うってば、もう!なんでそんな鈍いんだよ!」
「俺は鈍かねえよ!」
「鈍いよ!鈍すぎる!」
「だからてめえはさっきから何が言いてえんだよ!はっきり分かる様に言ええ!」
「だから普通の人なら分かるんだよ!」
「俺は普通だ!」
3人は腹を抱えて転げまわって笑っている。
龍介が普通とは多分誰も思っていない。
変わっているという自覚は、本人には往往にして無いらしい。
「もう!好きだって言う権利だよ!」
「なんで!」
「なんでって、あんた唐沢さん好きだろう!?」
「どっちかってえと好きな部類の人間だが、なんでそんな事一々言わなきゃなんねえんだよ!俺はきいっちゃん達に面と向かって好きなんて言わねえぞ!」
要するに、龍介にとって瑠璃は、仲のいいお友達という認識らしい。
恋愛感情はおろか、恋愛という物にも丸で考えが及ばない様だ。
そこまで行っていないお子様という事だろう。
亀一達はひーひー言って笑い転げて大受けしているが、悟は愕然としていた。
ーなんなんだ…。あんな大人っぽくて、何が起きても冷静沈着に行動して解決して行くくせに…。これじゃ幼稚園児じゃないかよ…。
いや、幼稚園児の方がまだおませかもしれない。
「じゃあ、僕言うよ!?唐沢さんに好きって!お付き合いして下さいって!」
龍介は真面目な顔で黙り込んだ。
そう言われて、やっとそれは嫌だと、自分の気持ちに気付いたのかと亀一達は笑うのを止めて、固唾を飲んで見守った。
「ーよく分かんねえな…。」
「何が…。」
「お付き合いって何。」
「だ、だから一緒に出掛けたりとか…。」
「してんじゃん。一緒に南国の孤島に飛ばされただろう。」
やっぱり全然分かっていない。
再び笑い転げる亀一達。
悟は目を点にした。
ーどおしたらいいんだ、この男…。全然話が通じないぞ…。
「違うよ!デートとかだよ!2人っきりで出掛けたりとかあ!」
今度は腕組みをしてしまい、うんうん唸り始める龍介。
「ー加納…。君はラブストーリーとか見ないのか…。」
「見ねえな。興味無えもん。」
「でも、君の好きなアクション映画にだって、恋愛シーンとかはあるじゃないか…。」
「ある場合は飛ばす…。ああ!そういう事か!」
何か分かったらしいが多分間違っている。
その証拠に、龍介は突然怒り出した。
「つまりてめえは唐沢にいやらしい事しようってのか!この変態!」
やっぱり微妙に間違っている。
今度は真っ青になって怒る悟。
今日は悟の百面相の日らしい。
「んな事言ってないだろう!バカなのか!このお坊ちゃんはあ!」
「バカとはなんだあ!てめえにだけは言われたくねえよ!」
亀一達は笑い過ぎて腹痛を起こしている。
「きいっちゃん、なんとかしろよ…。もう俺笑い死にしそう…。」
「僕もー。」
亀一が笑い過ぎで出た涙を拭きながら助け船を出そうとした時、龍介が言った。
「みすみす唐沢を変態の餌食にするわけには行かねえ!勝負してやる!首洗って待ってろ!」
完全な勘違いに、悟は呆れ返って大きなため息をつき、亀一達はまた笑いが止まらなくなった。
話を聞いた竜朗も大笑い。
「うはははは!そうかい!まあ、そうだな!佐々木の倅になんか負けんなよ、龍。」
「当たり前だあ!佐々木があんな変態とは思わなかったぜ!」
また笑い出す竜朗にしずかが頭を抱えながらそっと言った。
「訂正しないの?お父様…。」
「だってしずかちゃん。どうやって訂正すんだい。あながち間違っちゃいねえぜ?男が女の子と付き合うっていうのには、そういう下心が含まれてんだろう。」
竜朗の目に怒りが燃えている。
「そうなんですか。」
「そうだろうがよ。しずかちゃんっ。16やそこらの子と付き合って連れ回す大学生とかよっ。」
しずかは顎に指を当て、空を仰いだ。
「ーえ~、あ~…。確かに~。」
「な?だから間違っちゃいねえ。」
「はあ…。でも、それだけじゃないんじゃ…?」
「んっ!?」
ギロリと見られ、しずかはスゴスゴとキッチンに下がった。
夕飯時、亀一は今日の話をして、拓也と優子を笑わせていた。
「本当、龍君て面白いわね。その大人だか子供だか分からない所が。」
「だろ?あ、ねえ、龍ってさ、本当にあの親父の子なのか?」
優子の顔色が変わった。
「どしたの…。急に…。」
「この間パラレルワールド行った時、親父が違ってたんだ。はっきり言って、龍が大人になったらああいう顔だろうっていうイケメンだった。先生にたっちゃんて呼ばれてた。龍は加納家の誰にも似てねえじゃん。何かが違ってたら、しずかちゃんはあのイケメンと結婚してたんじゃねえのかなと。」
「それ、龍君に言った?」
「言うかよ。なんか親父と上手く行ってるみてえだし、デリケートな問題じゃん。」
「ーこの先も言わないでくれる?ってまあ、大学入る時に戸籍謄本見るだろうから、その時に分かってしまうでしょうけど…。」
「うん。言わねえ。何?」
「拓也も言っちゃ駄目よ?」
「うん。言わないよ。」
優子は深呼吸をして話し始めた。
「実はしずかちゃんは18歳の時に結婚したの。
別の人とね。
亀一が見たそのイケメンさんと。
真行寺龍彦さんというのだけど…。
2人の出会いは、しずかちゃんが中学2年位かな。
真行寺さんのお父様が加納先生のお仕事の上司で、真行寺さんの叔父に当たる方が加納先生の東大時代のご友人でもあったご縁で、加納家に遊びに来たの。
しずかちゃんのご両親は中学入った頃に事故で亡くなってしまい、他に身寄りも無かったので、加納先生が引き取っていらしたのよ。
だから、しずかちゃんはその頃には加納家に住んでいて。
それでお互い一目惚れみたいな感じだったのかな。
取り敢えず真行寺さんの方はそうだった。
でも、真行寺さんは中学からイギリスに行っていて、2人は長いお休みの時に、親同席で日本で会う感じだったわ。
で、2つ年上の真行寺さんが東大に合格して日本に戻って来た時、しずかちゃんは16歳。
いきなりお嫁さんに下さいって加納先生に言っちゃったんだけど、高校生の内は駄目って猛反対されて、お付き合いを始めて、しずかちゃんが大学入って、18歳になった途端結婚したの。
で、幸せに暮らしてたわ。
外交官の真行寺さんのお仕事手伝いたいからって、しずかちゃんも外務省に入って。
で、しずかちゃんが25歳の時、真行寺さんは事故で突然亡くなってしまった。
その時、しずかちゃんのお腹の中には、真行寺さんの赤ちゃんが居たって、亡くなってから発覚したの。それが龍君。」
「可哀想だね…。死んじゃったんだ…。」
「そうなのよ。しずかちゃんも死んじゃうんじゃないかっていう位落ち込んでたわ。その時龍太郎君が子供1人で育てるなんて大変過ぎ。生まれて来る子と俺は絶対気が合う。我が子としか思わない、だから結婚しようって、そりゃもう熱心に…。」
「お袋、熱心にじゃなくて、しつこくだろ?」
「まあそうとも言うわね…。で、最後は加納先生も後押ししてくれて、龍太郎君と再婚して、今に至るという事です。」
「ふーん…。じゃあ、あのパラレルワールドは、あのイケメンが生きてたらって世界だったのか。」
「その様ね。」
「でも、しずかちゃんは加納先生の本当の娘みたいだったぜ?」
「それはだったらの世界ならあり得るかもよ?加納先生は昔物凄いモテ男だったらしいから。しずかちゃんのお母様は自分が年上だからって身を引いたけど、本当は加納先生が好きだったって話も聞いた事あるわ。」
「じゃあ、しずかちゃんのお袋さんが加納先生と結婚してたらって世界でもあったわけか。」
「そういう事。加納先生の方は未練があったから、あんなに昔からしずかちゃん可愛がって、引き取ったりしたのかななんて噂もあったわよ。」
「ふーん…。でもしずかちゃんに身寄りが無かったってどういう事だよ。美雨ちゃんの親父さんて、しずかちゃんの親父さんの弟なんだろ?」
「だってその頃、美雨ちゃんのお父さんは未だ学生だったのよ?未婚だし、しずかちゃん引き取らせるのは可哀想だって加納先生が…。まあ、龍太郎君より剣道の筋がいい、可愛いしずかちゃんを要するに引き取りたかったんでしょうけどね。」
「へえ。」
「だって、龍太郎君より可愛がってたもの。もうああいうの溺愛っていうんだなって感じ。」
「龍に対してみてえな?」
「龍君は男の子だからまだマシよ。もうひたすら甘いの。メロメロのベロベロ。」
「ベロベロってなんじゃい…。」
若干気持ち悪い。
「だから、真行寺さんとお付き合い始めた頃はもう大変だったわ。真行寺さんが送って来るたびに、道場来なって言って、いきなり凄まじい稽古始めちゃうんですって。真行寺さんも剣道は相当お強かったみたいだけど、それでも先生には敵わないから、稽古というより吹っ飛ばされてるだけって感じ。でも、絶対参りましたって言わないし、必ずしずかちゃんのこと送り届けてたから、根性だけは認めて貰えたみたいだけど。」
「つーと?交際反対だったのか。」
「そうね。しずかちゃん可愛さだけじゃなかったみたい。なんか危なかっしいって仰ってた。龍太郎君もなんかすぐ死にそうなタイプだからやめとけって凄い言ってたわ。まさか本当になっちゃうとは思わなかったけど…。」
しずかにそんなに好きな人が居たという事に、いささかショックを受けている風の亀一に微笑みかけると、続けて言った。
「まあ、いくら大好きで、しずかちゃんを大事にしてくれてても、結局は先に死んじゃったんだもの。ズルいわよ。」
「俺はしずかちゃんより先に死ぬ事は先ず無いぜ。」
「そ。亀一はそれが強みね。」
いい子で聞いていた拓也がしみじみと言った。
「お兄ちゃん、お母さんだけだね。しずかちゃんとの事応援してくれるの。」
「うっ…。お前も応援しろよ!」
「したいのは山々だけど、ちょっと現実味がなさ過ぎるんじゃないかな?26歳も離れてるんだよ?厳しいよ、お兄ちゃん。」
「う、うるさい!お前まで正論言うな!」
「僕はお兄ちゃんに幸せになって欲しいんだよ。奇跡が起きて、しずかちゃんと再婚して貰えたとしても、しずかちゃんがすぐ死んじゃったらどうすんの?」
すると味方の筈の優子が神妙に言った。
「そうね。短命と言われている京極家の人だしね。」
「えっ?京極家の人?あの謎の?」
「なんで謎なの。お年寄りが1人で住んでるだけでしょうに。しずかちゃんのお母さんは京極家の人なのよ。」
「んで今年寄り1人で住んでるって、身内居んじゃねえかよ。」
「そうなんだけど、しずかちゃんのお母さんは何があったのか知らないけど、勘当されちゃって、しずかちゃんは今あそこに住んでるお祖父さんとはお会いした事も無かったんだって。しずかちゃんにとって、その方は叔父さんに当たるんだけどね。だからその叔父さんが、しずかちゃんを引き取るって申し出て来たそうなんだけど、他人同然だから、可哀想だからって加納先生が…。」
「じゃあ、あの人間じゃないみたいに綺麗なイケメンの親戚?」
「あら!京極さん見たの!?いつ!?」
「パラレルワールドで。」
「なんだあ。でもそう。しずかちゃんの叔父さんがその京極さんのお父さん。しずかちゃんのお母さんは京極さんのお父さんの妹。だから京極さんとしずかちゃんは従兄妹ね。」
「へえ。あ、そうだ。その京極さんと加奈ちゃんが結婚して、寅と凄え美少女が生まれてたみてえなんだ。どういう事?」
「ー知らないわ。加奈さんも外務省だったから、顔見知りではあるかもしれないけど…。私、加奈さんとは、寅ちゃんが生まれてからしずかちゃんに紹介されて知り合いになったから、昔の事はよく知らないの。」
優子はそれだけ早口で言うと、夕食の後片付けを始めてしまった。
「なんか知ってんの隠してる風だな…。」
「そんな感じだね…。」
拓也はまだ五年生だが、ありとあらゆる本を読んでいるので、亀一よりませている所がある。
だから亀一も話しやすいのだが…。
「きっとさ、なんかこうドロドロとした子供には話せない修羅場があったんだよ…。ふふふ…。」
この様に、時々おばちゃんぽくなる所が、兄としては気にかかる…。
亀一は気をとり直し、話をかなり元に戻した。
「つー訳で、龍は絶対勝たせねえとな。」
「お兄ちゃん、また改造するの?」
「ん。ギアに仕掛けを…。」
「それ、お兄ちゃんが自分のでやって、失敗したヤツじゃないの?向こうの相模原まで飛んでっちゃったっていう…。」
ここは小田急相模原で、小田急相模原周辺に住んでいる人は、JR相模原の事を向こうの相模原と言う。
亀一はギアの改造に失敗し、スピードは落ちないし、ブレーキまで壊れるという状態になり、向こうの相模原まで走って行ってしまい、とぼとぼと歩いて自転車を押して帰って来た事がある。
優子が思い出して吹き出した。
「あの時はしずかちゃん抑えるのが大変だったわね。迎えに行くって愛車のルノーをブイブイ言わせちゃって。自己責任なんだからほっといてって宥めるのに苦労したわ。」
亀一はそこまで自分を心配してくれたのかと感激したが、後で龍介に聞いたら、単にその日納車されたばかりのルノークリオウィリアムズを飛ばしてみたかっただけらしい。
亀一はそれも思い出し、しかめっ面になってしまった。
「ともかく!龍にはつがいを充てがわねえと!今度は失敗しねえから安心しとけ!拓也!」
「僕も見に行ってもいい?」
「ん。あったかくして来い。」
「うん。」




