初喧嘩、そして急展開
結構忙しく夏休みが終わり、2学期になった終わり頃、体育の後で、龍介は、突然瑠璃に深刻な顔で詰め寄られた。
「龍…。」
「ど、どした…。」
「まりもちゃんの事、抱っこしたってどおいう事なの…。
心の声から聞いたのよ…。
不安に思ってると抱っこしてくれた、優しくて気持ち良かった、またされたいなぁってえええ…!。」
亀一と寅彦は笑いだし、全く助けてくれる気配は無い。
龍介は焦りながらも、駆け巡る疑問と対処法に頭をフル回転させた。
ーなんで今頃になって、あいつはそんな事を思い出して、心の叫びで暴露すんだよ!?
「そ、それはあの非常時で、柊木の心の声が抱っこしろって、あんまうるせえから…。」
「うるさく抱っこしてって言われたらしちゃうの?!。酷いわ…。」
瑠璃の目に涙がいっぱいに溜まり出し、とうとう伝い落ちると、今度は鸞が父親譲りの迫力で迫る。
「どういう事なの?ちゃんと説明しなさい、龍介くん。」
寅彦と亀一は完全に面白がって、距離を取って笑って見ており、助けを求めようと視線を送ったが、スルーされた。
「瑠璃…、あの…、それは…。取り敢えず黙らせねえとうるせえからさ…。そんな泣かないで…。」
瑠璃は涙目のまま、キッと龍介を睨んだ。
ーさっきまで泣いてたのに、今度は怒ってんのか!?
「な、何…?」
「じゃあ、龍は、私が他の男の子に抱っこさせてってうるさく言われたからって、仕方なく抱っこされたらどうなの?」
「そりゃ相手の男、半殺しに決まってんだろ。」
考えるだけでムッと来て、思わずそう言ってしまったが、これが更に龍介を窮地に追い詰める。
「自分は半殺しにするほど嫌なくせに、なんでやっちゃうかなあ!!」
瑠璃、大激怒。
龍介、大ピンチ。
青くなって、慌てふためく龍介など、長い付き合いだが、初めて見るので、亀一達は面白くて堪らない。
「ご、ごめん…。作戦成功させる事しか頭に無くて…。」
「もう知らない!龍のバカあ!」
「いい⁈瑠璃、ちょっと待った!」
「嫌です!お付き合いは白紙に戻して!」
更に真っ青になる龍介。
そこで始業の鐘が鳴ってしまい、仕方なく席に着き、帰りに話し合おうとしたら、瑠璃は龍介に捕まる前にさあーっと帰ってしまった。
「どおしよお?!どおしたらいいの、俺!」
亀一と寅彦を揺さぶり、必死に聞くが、笑って答えてくれない。
鸞は瑠璃と一緒に怒っているらしく、龍介は無視だし。
龍介はがっくり肩を落としながら、1番相談し易くて、頼りになる大人である優子に会いに、亀一と一緒に長岡家にお邪魔した。
話を聞いた優子は、龍介の分のカレーを出しながら苦笑した。
「そりゃ怒るんじゃないかしら。
いくら龍君は作戦の一部で、まりもちゃんに何の感情も無く、どっちかって言うと迷惑に思っていたにしても、瑠璃ちゃんにしてみたら面白くないでしょうね。
だって、実際、龍君が反対の立場だったら、凄く嫌なんでしょう?」
「うん…。ヤダ…。」
「じゃあ、分かるでしょう?瑠璃ちゃんの気持ち。」
「ーけどさあ…。」
「そうね。
だけど、龍君は作戦を成功させなきゃならなかった。
その為に仕方なかったんだからっていうのは、あるわね。」
「そうなんだよ…。」
「でも、それとこれとは別なの。」
「別なの…?」
「そう。女心は難しいのよ。」
「全然、分かんねえ…。」
優子はクスクス笑うと言った。
「あとは、これは私の推測でしか無いけれど、瑠璃ちゃんは、まりもちゃんから聞いたのが初めてっていうのが嫌だったのかもしれないね。」
「ーん?」
「龍君から正直に、こういう事があった、ごめんなって言われたのが先だったら、じゃあ仕方ないか、私も抱っこしてって言って甘えて、終わったかもしれない。
でも、その事実を全然知らなくて、まりもちゃんから今になって聞いたっていうのが、腹立たしかったのかもしれないわ。
これだけ嫌な事なのに、どうして正直に直ぐに教えてくれないのって。」
「な…なるほど…。」
あんまりよく分かっていない様だ。
「龍君?大丈夫?」
「いや、だってなんか…。
ごめん、優子さん。
優子さんの説明はよく分かるんだけど、瑠璃があそこまで怒って、お付き合いも白紙とまで言われる程の事とは思えねえんだけど…。」
「だから、そこ。」
「どこ?」
「そんな大事な事、正直に言ってくれないなんて信用できないと。」
龍介が大きな目を更に見開いた。
「信用問題になっちまうの!?そんな事で!?」
「龍君、女と男は気にする所が、微妙にずれているものなのよ。
そこで喧嘩にもなるし、行き違いにもなるの。
確かに男性的な考え方からすれば、くだらない事。
任務の為、仕方なくした事なんだから、いいじゃないかって思うよね。
でも、女はそうじゃないの。
その違いは理解出来なくても、お互いに受け入れないと、男と女は一緒には居られないのよ。
相手が怒ってるのに、そんな事でって片付けたら、傷付くでしょう?」
「はああ…。なんかやっと分かって来た…。そういう事か…。」
「そうなの。
しずかちゃんは、考え方も男の人だから、相手の男性は、面倒が無くていいでしょうけどねえ。
だから、男性は、『そんな事で』は禁句なのです。
勿論、女性にも言える事だけどね。
お互い、怒ってる事が、『そんな事で』と思う様な事だとしても、それは口にしちゃ駄目なのね。」
「ああ…。分かりました。そっか。じゃあ、誠心誠意謝ります。」
「うん。それしか無いと思う。」
「はい。」
話が終わると、楽しげな亀一を一睨み。
「なんでそんな楽しそうなんだよ。」
「だって龍が、そんな真っ青んなって困り果ててる所なんざ見た事無えもん。どんな状況下だって動じねえ男がと思うとついね。」
「ふん。あんた栞さんと喧嘩はしねえのか。」
「喧嘩は無いですな。」
間髪を容れず、拓也が呟く。
「栞さんが大人だからね。」
亀一は反論しようとしたが、優子にまで真剣に頷かれ、龍介まで凄い勢いで納得しているので、機を逸した。
龍介は帰り道に、瑠璃にLINEを送ってみた。
ー直ぐに瑠璃に言わなくてごめん。
俺にとっては、柊木はかなりどうでもいい位置に居る。
だけど一緒に拉致られてる以上、無事に脱出させなきゃなんなかったから、そうしただけなんだ。
だから、俺にとっては、終わったら忘れてしまう様な事だった。
ただ、計画を上手く行かせる為だけだったんだ。
分かってると思うけど、柊木に対しては、瑠璃に対してみたいな特別な感情なんて全然無いし、瑠璃を抱っこする時みたいな幸せな感じも、ほっとする感じも、そして最近ちょっとある、ドキドキする様な落ち着かない気分も全く無かった。
本当に義務でしか無かった。
でも、瑠璃にしてみたら、凄く嫌だったと思う。
俺からでなく、柊木から聞いたってのも、凄く嫌だったんだろうし…。
本当にごめん。
もう2度と、こんな嫌な思いはさせません。
どうか許して下さい。
付き合いを、白紙になんか戻さないで下さい。
俺が好きなのは、瑠璃だけです。
瑠璃以外に、嫁は考えられません。
結構、自分でも頑張って書いたと思う。
俺様龍介にしては。
ー送信と…。これで勘弁して…。お願いします…。
思わずそのまま、LINEを打っていた公園のベンチで拝んでいると、直ぐに既読され、返事が来た。
ーおお!?
瑠璃の返事は、かなりいい感じだ。
ー龍、LINEありがとう。
凄く嬉しい部分が沢山ありました。
私の方こそ、プリプリしちゃってごめんなさい。
明日会える?
明日は土曜日だが、学校は休みだ。
ー会おうぜ!どこ行きたい?
ー龍にお任せしていい?
ーじゃ、お詫びデートコース考えとく。
ー楽しみにしてるね。
ーじゃあ、10時に迎えに行く。
ーはい。
龍介は、ニタニタと笑いながらスマホを制服のポケットにしまいかけ、慌てて出して、今度は優子にLINEを送った。
ー有難うございました。優子さんの仰る通りでした。誠心誠意謝ったら、許してくれました。
優子からは、良かったねの後、ラスカルが蜜柑の様な悪企みの笑顔で木の洞から覗いているスタンプが来た。
「優子さん…。この笑顔は何…?」
龍介は若干笑顔を引きつらせながら帰宅した。
翌日、龍介は練りに練ったデートコースを計画し、瑠璃を迎えに行った。
瑠璃は少し不安そうな目をして龍介を見つめると、まず謝って来た。
「ごめんなさい…。大変な状況だったっていうのに、あんなに怒っちゃって…。」
「いいよ。」
飛びついて来るセーラを抱き上げながら言うと、瑠璃は、ほっとした様子で微笑んだ。
「今日は一段と可愛いね。」
瑠璃は、龍介お気に入りの白いレースのワンピースを着て、ピンクの可愛いカーデガンを着ていた。
初の喧嘩も、やっとおしまい。
瑠璃はデレデレとにやけて、龍介に笑われ、セーラに呆れられながら手を繋いで家を出た。
龍介は熟慮の結果、少し遠いが、鎌倉を選んだ。
今は晩秋だから、寺院の紅葉は綺麗だし、以前しずかと龍彦に連れて行って貰った、美味しくて可愛いケーキ屋には、この季節だとミモザは咲いていないだろうが、窓からは紅葉が見えるはずだ。
それにリスも来るし。
リスは鎌倉の住人を悩ませている様なので申し訳ないが、観光客にとっては、嬉しい生物である。
餌をやらない事で勘弁して頂く事にして、それも瑠璃に見せられるし。
ちょっとお高いが、美味しいビーフシチュー屋も知っている。
ちょっと足を伸ばせば海岸もあるし、お散歩にはもってこい。
なかなか女の子受けして貰えそうな、自信作の企画だ。
瑠璃は期待通り喜んでくれた。
女心は分からないが、好みは分かる龍介。
ー良かった、良かった…。
デートの締めで海岸をお散歩。
もう結構肌寒くなって来ていたので、人影もまばらだ。
龍介は立ち止まり、瑠璃を見つめた。
「瑠璃。」
「はい。」
ご機嫌の良い返事。
「抱っこしてもいい?」
「うん。」
瑠璃は恥ずかしそうに微笑んだ。
瑠璃を大事そうに抱きしめると、龍介は笑った。
「なあに?」
「やっぱ瑠璃じゃねえと。この小さくて華奢な感じが可愛くてたまらない。」
ー龍、ドキドキする様になったって、LINEで書いてた…。それにこの発言…。煩悩が徐々に蘇って来てるのかな…。
期待していたら、瑠璃もドキドキ…。
「龍…。」
「ん?」
見つめ合う2人。
かなりいい雰囲気。
今までに無い感じ。
これは遂に、亀一の様な事に!?
と思った時だった。
海の遠くの方で、大きな音を立てて飛来して来た何かが墜落した様に見えた。
「なんだ…。」
龍介は瑠璃の手を引き、足早に海岸から出て、高台に登り、斜め掛けした黒い帆布のバックから単眼鏡を出して確認した。
「な…。」
「どうしたの?何か調べる?」
流石にデートにダイナプロは持って来て居ないが、タブレットは持っている。
「これは…。まずい…。始まっちまったのか…。」
珍しく龍介の顔色がなくなっている。
瑠璃も急激に不安になって行った。
その頃、図書館では緊張が走っていた。
「どっからだ!今のミサイル!」
竜朗は執務室から走って出て来て、オフィスで叫んだ。
今日は龍介が居ないので、竜朗も珍しく出て来ていた。
加来が叫び返す。
「国籍不明機です!
ただ、これだけじゃないです!
日本だけじゃない!
イギリス、アメリカ、フランスこの4ヶ国が標的にされているようです!
各国に5機づつ領空ギリギリに来ています!
1発目のこれは外して来ましたが、次はどうだか!」
他の情報官も叫んだ。
「戦闘機だけでは無いようです!
自衛隊と米軍の報告に寄ると、潜水艦が一隻づつ領海ギリギリに配備されています!」
「風間、総理に連絡!空自と海自にスクランブルかけろ!龍太郎と繋げ!」
龍太郎がスピーカーにしている無線に出た。
「龍太郎、クラリス出来てるか。」
「出来ては居ます。手動ですが。」
「出来るか?標的は日本だけじゃねえ様だが。」
「ーやらなきゃ、最終兵器作んなきゃなんねえ。足の指使ったってやりますよ。」
いつになく真剣で、落ち着いた声に、竜朗は本の少し笑った。
「頼んだぜ。」
「了解。長岡、クラリスシステム発動。」
「了解。」
龍太郎と和臣は、畳1畳程もある、大きなタッチパネル式の、細かい世界地図が映った操作盤の前に立った。
そこには、敵味方の潜水艦と戦闘機の位置が正確に映し出され、番号が振られている。
敵は国籍不明を表す、unknownのUを頭文字にして、Uー1という様に。
「長岡、Uがミサイル発射したのだけ、番号で教えてくれ。」
「加納、敵は全部で24。
同時に何発も撃って来やがったら、相当な数だ。
それは誰か他の奴にやらせて、俺もクラリスの操作をやろう。」
「ーいや。他の奴じゃとっ散らかるかもしれねえ。
お前の冷静さが必要なんだよ。
こっちは俺1人で大丈夫。」
「ーうん…。」
龍太郎はニヤリと不敵に笑うと、操作盤を見据えた。
「さあ撃ってみろ。全部そのまま返してやるぜ。」
完
長らくご愛顧いただき、ありがとうございました。
また近い内にお目にかかるかと思います。
その節はよろしくお願い致します。