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龍介くんの日常  作者: 桐生初
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花には水を。空幕には微笑みを

亀一はある疑問を優子に投げかけているのだが、優子は珍しく、笑って教えてくれない。

では、と和臣にも聞いてみるが、やはり笑って教えてくれない。


「優子に聞けよ。」


「だから教えてくれねえから、親父に聞いてんだろ?」


「じゃあ、俺が教える訳には行かねえなあ。」


という訳で、いくら聞いてもダメなので、竜朗に聞きに行く事にし、拓也と2人で加納家を訪ねた。


今日は亀一と寅彦の稽古日でもあったので、稽古が終わってから聞くと、竜朗は笑い出した。


「そら疑問に思うよな。あの格好で自動小銃バカバカ撃って、百発百中なんだもん。」


亀一達の脱出時、優子はいつものセーターにスカートにヒールまで履いた状態で、慣れた様子で格好良く、自動小銃を撃っていた。


「お袋って何者なんですか。」


「優子ちゃんは、図書館で働いてくれてたのよ。

和臣と付き合ってたから、海外任務は困るっつーし、けど、自衛隊ってのも勿体ねえかなと思ってさ。

だって、京大出の才媛だもん。

で、うちでスパイみてえな事してくれてたのよ。

ああ、国内だから、しずかちゃんほどは、実際のドンパチは経験してねえが、一通りの訓練は受けてるし、全く無かったって訳じゃねえからさ。」


「スパイってどんな事を?実際のドンパチ経験て?」


「動向が怪しい政治家の秘書になりすまして、探るとかな。

なんてったって、あの美貌と、優しい雰囲気で、政治家の方もコロッと騙されちまうし、直ぐ秘密喋っちまう。

敏腕スパイだったぜ。

ドンパチの方は、過激派左翼とかさ、ちょっと調べに行って貰ったら、やっぱ武装してたとか、そういうんで、こっちが突入して、ガサ入れなんて時に、ちょっとな。

急所外して、上手いもんよ。」


「あのお袋が…。」


「今だって、片鱗はあるだろう。あの軽業師みてえな身のこなしとかよ。」


そう言われてみると、優子は絶対に転ばない。


昔、亀一と龍介と拓也の3人でレゴで遊んでいた時の事。

いつもの様に、龍介が段々面倒臭くなって来て、3人分のレゴを集めた、壮大な城作りに飽きたらしく、適当な事をやり始めた。


「龍!そんなでっかいのてっぺんに持ってったら、崩れるだろ!」


「しょんな事言ったって、めんどくちぇえじゃん!ちゃっちゃと終わらちゅんだよ!」


ちゃんと喋れないくせに、面倒くせえと、ちゃっちゃと終わらすという口癖はこの頃からあった。


そして、強引にでっかく適当に作った部屋部分をてっぺんに置いてしまい、城は総崩れ。

長岡家のリビング中に、レゴブロックが散らばった。

そこへ折悪しく、優子は3人分のジュースとケーキをトレーで持って来ていた。

しかも、優子が次の足を出そうと片足立ちになっている所にザーッと散らばったのだから、当然よろめくなり、トレーの中身をぶちまけるなりしそうなものなのだが、優子はひらりと身を交わし、飛んで来るブロックを避けながら、足元に散らばった、踏んだら相当痛いブロックを華麗に避けて歩を進め、さながらフィギュアスケートの様にくるくると回りながら、トレーの上のジュースも一滴も零さずに、3人の元へ。

そして何事も無かったかのように、そばのテーブルにトレーを置いた。

しずかから驚きの拍手喝さいを浴びていたが、とかくこの手の神業を見る事は、確かに多い。


「そういやそうですね…。」


一緒に聞いていた龍介も珍しく何かを思い出す。


「こんなのも見た事あるぜ?ほら、ローリングキャッチ。」




それは、双子が1歳位の時だった。

なんとか、よちよち歩きは始めたが、その頃から、ロクな事をしなかった蜜柑。

長岡家に龍介としずかの4人で遊びに行き、目を離したほんの一瞬の隙に、高さ1メートル程のリビングのキャビネットによじ登り、


「蜜柑、鳥しゃん!」


と言って、手を広げて飛ぼうとしたんだか、落ちようとしたんだか。

保護者一同バッと駆け出したが、しずかは龍介達が広げていたでっかいおもちゃに蹴躓(けつまづ)いてべっターンと素っ転んでしまう。

龍介、亀一、拓也はもっと遠くに居て、しずかの次に近い所で走っていたのは、優子だった。


しずかに代わり、蜜柑に手を伸ばす優子。


しかし、その足元に空気を読まない苺が何を思ったのか突然ゴロゴロと転がりだした。

優子は苺を避けながら蜜柑に手を伸ばす。

しかし、また戻って来る苺に流石に足元の均衡を崩される。

流石によろめいて、バランスを崩しかけたが、落ちて来る蜜柑をキャッチしながら、そのまま華麗に一回転。

何事も無かったかのようにスッといつも通りのいい姿勢で立ち上がり、にっこり。



「そんな事もあったな。」


「母さんはよくすっ転ぶけど、優子さんは絶対転ばねえもん。」


「確かに…。」


拓也も頷きながら、でも…と首を捻る。


「でも、なんかうちのお母さん、完璧に見えて、時々とんでも無い事やらかさない?

怪我とかはしないけどさあ。」


すると、竜朗が何かを思い出した様に笑い出した。


「ーそういや、こんな事あったな。

政治家の汚職掴んだ。

じゃあ、後は証拠だってんで、優子ちゃん、自分が私設事務所に忍び込んで持って来るって言ってくれてさ。

こっちも門と玄関の鍵用意して、少し離れた所で待機してたんだよ。

事務所の金庫の鍵は、優子ちゃんがくすねて合鍵作っといてくれたからさ。

ところが優子ちゃん、門と玄関の鍵忘れちまったんだな。

でも戻って、機を逃したら不味いと思ったんだろう。

2.5メートルの塀をタイトスカートにヒールでよじ登ったんだと。」


「ええええー!?」


龍介達の知っている優子からは、想像もつかない光景だ。

寅彦は今の優子にそれをやらせている所を想像しているらしく、もう笑い始めている。


「ところが、よじ登った所で、門はクリア出来たが、玄関の鍵は開いてねえ。

優子ちゃんに鍵開けは教えて無かったから、優子ちゃんはまた塀をよじ登り、来た道を戻ろうとした所で、鍵忘れて行っちまった事に気付いたうちの奴が届けに現れて、今度は塀をよじ登らずに済んだと。」


やりそうに無い人が面白い事をやるから、人はおかしく感じる。

スゴスゴ塀を往復してよじ登る優子なんて想像がつかないから、余計面白い。

少年達の大爆笑が起きた。


「母さんなら容易に想像つくけどな。」


確かにしずかは抜けている。

よくすっ転んでいるし。

敏腕スパイと言われても、優子の様に妙に納得が行くという事は、あまり無い。


優子の謎が解けた所で、龍介はもう一つの疑問を口にした。


「大叔父さんは、ランチャー好きなの?

脱出の時も2発要るとは思えねえ所で2発撃っちゃって、一階真っ白にしちゃったり、防弾怖くないドンと来い改も、2発目を撃とうとして、お父さんに叱られてたし…。」


その途端、楽しげだった竜朗が言葉に詰まり、若干、顔色まで悪くなった。


「よ…吉行な…。ありゃ、なかなか大変なランチャー好きだ…。」


「ん?」


「あの通り、後先考えねえで、ランチャー構えて、『加納、これで行こう。』って…。

吉行、そりゃマズイのよ、後が困んでしょって言ってんのに、ドッカーン…。

後始末でどんだけ俺が始末書書いて、工作したか…。

せっかちなんだよ。

チマチマやってんのが大嫌い。

あんなジェントルマンぶってるくせに、やる事強烈なんだからもう…。」


竜朗、結構、佳吾で苦労しているらしい事が判明。


「龍、防弾怖くないドンと来い改ってなんだ?」


寅彦が聞くと、龍介はすらすらと答えた。


「この間、防弾壁ぶち抜くのに使ったランチャーだよ。

BD58971-D51改って言ったからそうかなと思って。

ね?爺ちゃん。」


今度はラオウになる竜朗。


「ー全く…。どうしてあいつは、ああ、ふざけた名前ばっか付けるんだか、もう…。

龍、そんないとも簡単に分かってやってんじゃねえよ。」


龍彦同様、あのネーミングセンスは気に入らないらしい。


「何が花には水を。空幕には微笑みをだ。微笑ましいで済まねえっつーんだよ。」


そういう標語の下、出来上がっていたとは知らなかったが。


「あ、そうだ。うちのバカで思い出した。

そろそろ夏休みだ。龍と亀一は、龍の16歳の誕生日が過ぎたら、あのバカんとこ行って、戦闘機の訓練受けときな。」


亀一と龍介は顔を見合わせた。

しかし、裏では戦争の危機が迫っている。

いざという時、乗れないよりは乗れた方がいいに決まっている。


「分かった。」


「はい。」


2人が神妙な顔で返事をすると、竜朗は2人の顔を心配そうに覗き込んだ。


「気が乗らなかったら無理せんでいいんだぜ?」


「そんな事無えよ。俺はやってみたいぜ、爺ちゃん。」


「俺もです。先生。」


「そうかい?ま、嫌になったら、いつでも言いな。あ、寅は別口で、ナビの講習があるから、良かったらどうぞってよ。どうする?」


「勿論行きます。」


「ん。じゃ、一応手配しとくな。おう、達也も来るからよ。」


「夏目さん!?来るの!?」


「おう。3人仲良く習って来な。」




龍介は夏休みに入り、真行寺とイギリスへ行き、大分いい子になった双子やしずか、龍彦と落ち着いた幸せな家族の時間を過ごし、誕生日後に帰国すると直ぐ、戦闘機訓練に行った。

期間は1週間。

蔵に泊まり込んで、みっちり叩き込まれるらしい。

夏目は夏期休暇の全てを使い、参加していた。


「美雨ちゃんどうしてるんですか?」


龍介が聞くと、ぼんやりと答えた。


「俺んち。」


「あのマンション?」


「いや、実家の方。」


「ああ、市ヶ谷の?」


「そう。親父と妙に馬が合うっつーか、親父が猫っ可愛がりすっから、連れてっちまった。」


「だって、1週間も帰れないんですから、1人で置いとくよりは…。発作も心配ですし…。」


「まあそうだけど。」


「なんかあるんですか。」


「1回親父んとこ行っちまうと、帰って来いっつっても、帰って来ねえんだよ、あいつ。親父も返さねえしさあ。」


亀一が何の気なしに、龍介の代わりの様に言った。


「だったら同居しちまえばいいじゃないですか。結婚すんでしょ?」


その瞬間、夏目はギロリと亀一を睨み付けた。

言った事を激しく後悔するが、もう遅い。


「てめえ…。同居なんてしてたまるか。

大体、なんの為に俺はわざわざ大学入った途端、不便でも無え家から出たと思ってんだ。

親父と住んでんのが窮屈だからに決まってんだろ。」


夏目の父は、竜朗の大学の同期だし、仲もいいらしく、よく加納家にも来るが、夏目程おっかなくもないし、面白いおじさんという程度にしか、龍介の記憶には無い。

父と息子となると違うのかなとしか考えも及ばないが、夏目の機嫌がここまで悪くなってしまうのだから、この話はこれ以上突っ込まない方が身の為だ。


震え上がりながらも、訓練が始まった。

先ずは普通の戦闘機訓練を3日間。

3人は筋がいいと、和臣に褒められ、4日目からは、ステップアップだと、龍介達の拉致事件の時に、和臣が乗って来たステルス戦闘機の訓練に入った。


ところが、夏目の青筋は、顔中の青筋全部立っているんじゃないかという勢いで立ってしまった。

流石の龍介も唸り、亀一に至っては真っ青というその戦闘機は、非常に特殊だった。

操縦が特殊というのではない。

計器板が特殊なのだ。


「みんな分かったあー?」


龍太郎がのほほんとやって来て、龍介のコックピットを覗いた。


「どう?龍。」


「何故漢字…。アメリカへの嫌がらせか?

食料は…燃料計?

爆進てえのはなんだ…。スロットルか?

速い、遅いって、何もメーターにわざわざ書かなくたって…。

魅佐威留?ミサイルか?

どうして、これだけ暴走族の夜露死苦みてえなんだ。」


「凄えな、龍!流石俺の息子!後は大丈夫?」


「後はデジタル計器だから大丈夫…。」


「んじゃ、耳は分かる?」


「耳?」


次の瞬間、龍太郎が目を剥いた。

なんと夏目機が、龍太郎に向きを変え、機銃を作動させ始めたからだ。


「てめえは国税使って、何遊んでんだあ!ミニマムミサイルで蜂の巣にしてやるぜえ!!!」


龍太郎はニヤリと笑った。


「夏目は耳がミニマムミサイルって分かった様だし、大丈夫そうだね。

亀一は長岡の子だから大丈夫だよねー?」


「ー初めて血を恨みましたが…。」


「ん?

では訓練開始。

呉々も、蔵を破壊しない様に出て下さい。

この機は、飛んでる時は、肉眼では見えないし、レーダーにも引っかかりません。

好き勝手に飛んで大丈夫。

燃料が空になる前には戻って来る様に。

教官として、長岡が亀一の機に同乗するので、分からなくなったら、直ぐ相談する事。

んじゃ、気をつけてねー。」


操縦はし易いし、強烈なスピードと性能を誇るこのステルスは、確かにいい戦闘機だと思うが、随所に龍太郎のおふざけが入っており、その度に夏目の青筋が立つ。


「そいじゃ、魅佐威留撃ってみようか。水しか出ないからやってご覧。」


和臣に言われ、ミサイルのスイッチを押すと、コックピット内だけではあるが、

『ポコン』

と可愛い音がする。

因みに、耳だと、

『ピチャン』。

なんの意味があるのかサッパリ分からない。


夏目は青筋を立てっぱなし。


訓練を終えて帰って来るなり、龍太郎にがなる。


「てめえは何考えてんだあ!普通にやれ!普通に!」


「花には水を。空幕には微笑みを。」


「微笑ましいで済まねえっつーんだよ!」


とうとう殴り掛かるので、総出で夏目を抑える始末。

とはいえ、超優秀という評価を貰い、3人の訓練は1週間を待たずに終わった。


しかし、寅彦は10日も帰って来られなかった。


寅彦が受けたのは、戦闘機に一緒に乗り、戦闘機で分かる事以外の事をパソコンで調べ、パイロットに伝えるという訓練である。

上空で使うので、特殊なパソコンを使うし、パイロットが求めている情報も、地上の任務とは変わって来るので、その勉強もする。

そっちの勉強の方や、特殊なパソコン操作には全く問題が無く、寧ろ、元々の勘の良さも手伝って、こちらは好成績を挙げた。


問題は寅彦の酔い易さにあった。

じゃあ、という事で、戦闘機の後ろの席に乗る、実際の状況を想定した訓練となると、寅彦は直ぐに吐き気を催してしまう。

これではいくら優秀でも戦闘機には乗れないという事で、耐G訓練が追加されてしまったのだった。


しかし、訓練の甲斐あって、寅彦はどんな戦闘機でも吐かなくなって帰れたのだが、今年の剣道部の合宿は遅れて行く事になってしまった。












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