後味の悪い事件
龍介が蓋を開けると、マウスには見た事もない装置が埋め込まれていた。
「きいっちゃん、これは?」
「強力な磁場と振動を起こす装置だ。この組み合わせ、覚えてるだろ、龍。お前の読み通りだ。」
「物質瞬間移動の条件…。でも焦げ跡も無えし、こんなに正確な場所まで飛ばす事出来んのか。」
「とりあえず、親父達はもう成功した。
焦げ跡も付かず、身体も熱くならず、気絶もしない。
人体に負担をかけず、目的地に的確に飛ばせる方法をな。」
「ーじゃあ、父さん達の仲間が?」
「あり得なくは無えが、それで1つ思い出した事がある。」
「なんだ。」
「日本人でその理論を唱えた男が居た。
ただ、彼は学者でなんでも無い普通の男。
それ発表した場が悪かったとは思うんだが、ブログでそれをのたまわったら、凄え勢いで馬鹿にされ、非難され、ケチョンケチョンにやられた。
実は親父達はこのブログを偶々見つけてさ。
それでヒントを得て、実用化出来たんだ。
宇宙に宇宙船でなく、人や物を移す為にさ。
でも、ヒントも貰ったし、あんまりにも可哀想だから、援護してやろうかと思ったそうなんだが、話は終わっちまって、それを言った男も消えちまい、ブログも手付かずで放置になっちまったから、そのままだって話。」
「その男が犯人の可能性があると…。でも、何の為だ?」
「そこが分からない。」
栞が亀一の腕を突いて、兄のパソコン画面を指差した。
「龍、人間がドンドン増えてってるぜ…。流石流行りのネットゲームだな…。釣り放題って感じだ…。」
龍介も悟のパソコンの画面を見た。
「本当だな…。」
確かに画面の中には、続々と少年少女が増えて行っている。
「これ、どんなゲームなんだ。」
「俺もよく知らんが、拓也がやってたんだ。
課金が一切無いし、ストーリーが面白いんだってさ。
ただ、拓也は途中で飽きちまったみてえで、今、心配になって確認したら、もうやってねえって言ってたけど。」
「うーん…。初めからゲーム作りが目的じゃなくて、こうして拉致るのが目的だったのかな…。」
「だろうな。どんなゲームでも課金制度は設けてるからな。
そうだ。煩い広告も入らねえって言ってた。」
「じゃあ、ゲームでの収入は無えんじゃん。目的はこっちだな。」
「だな。」
「一応、朱雀んとこ行って、これ回収して、瑠璃んちに居る。」
「了解。あ、栞から報告。ケーブルテレビの修理が兄貴の留守中に来たらしい。」
「今日?」
「今日。10時頃だって。」
龍介は電話を切ると、呆然として、目を回す寸前の悟の祖母に聞いた。
「ケーブルテレビの修理が来たのは、何時頃ですか?」
「10時半位かね…。」
栞の家からここまで、車なら作業時間も考えると、丁度いい感じだ。
朱雀の家に行くと、やはり同様のマウスの中の装置が見つかり、半狂乱の朱雀の母からどうにか聞いた所によると、ケーブルテレビが来たのは、10時20分だという。
栞の家、朱雀の家、悟の家と回った様だ。
龍介は瑠璃の母に作戦本部にした事を謝り、快く了承して貰うと、瑠璃の部屋で聞いた。
「ネットゲームって、どこの誰がやっててとか、住所とかも割り出せるもん?」
「そうね…。普通は出来ないわ。
でも、仕掛けを作っておけば、パソコンに侵入出来るから、そこから割り出せる。
ネットでお買い物とかって、住所と名前は入れるでしょう?
その履歴、パソコンの表では消えていても、裏では全部残ってるから。
一度でもネットで自分の住所とか入れたら、バッチリよ。
電話番号だけでも住所は割り出せるしね。」
「なるほどな…。このゲームにその仕掛けがあんのかな?」
「こっち終わったら、調べてみるね。もう少しだから。」
「うん。急がなくていいよ。」
そこへ鸞と寅彦が来た。
「また大事件だって?手伝うぜ。」
「どっから聞いたんだよ。」
「きいっちゃん。LINE来た。」
「いいのに、デートなんだから。」
「いや、夕食までに送り届けねえと、あの人間じゃねえ組長のお父さんが、玄関で仁王立ちして、『そういう付き合いは如何なものか…。』って凄むからさ。」
鸞が苦笑しながら付け加えた。
「だから、大事件で、友達助けるからまた出ますって言ってきたから大丈夫。」
「そりゃすいません。じゃ、寅、早速だけど、これ調べて。」
「はいよ。」
さっき瑠璃に依頼したゲームの仕掛けを探して貰う。
「あったぜ。ウィルスが仕込まれてんな。これじゃ、セキュリティー丸見えだ。他の全てのパスワードまで分かっちまう。」
そして瑠璃の方も分かった様だ。
「住所は川崎よ。閉鎖された金属加工工場みたい。」
「爺ちゃんに知らせよう。で、目的と犯人の正体は何かだな。」
龍介が竜朗に拉致現場と状況を知らせると、竜朗は直ぐに警察を向かわせると言った。
「バッシング受けたって言ってたよね?ついでに、ちょっと見てみようか?」
「うん。」
瑠璃が調べ始めた時、画面中でまた動きがあった。
カメラに総勢100人近い人間が瞬間移動させらて、揃うと、変成器で声を変えた男の声がし始めた。
「右端のお前から、どうやってここへ来たか言ってみろ。」
「ーえ…えっと…。俺は…。ゲームをしようとしたら、急にここに来てた…。」
声だけの男は次の少年、次の少女と同じ質問をし、同じ答えを聞くと、怒鳴った。
「分かったか!愚かなネット住人共め!
俺の理論は正しかったんだ!
こいつらは俺がここへ瞬間移動させたんだ!」
そして、男は大きな箱を蹴り、中身を出した。
ガラガラと音がし、刀やハンマーなど、凶器になりそうな物が山の様に出てきた。
「さあ、殺し合え!
バカでクソで、ノンリアルの世界にしか生きられない、顔が見えないからって言いたい放題のお前らへのご褒美だ!
勝者だけをここから出してやる!勝つまで戦え!」
龍介達は顔を見合わせた。
「なんだこりゃ…。ネットで誹謗中傷を受けた逆恨みを晴らす気か?殺し合いをさせて?」
龍介が言うと、亀一達も頷きながら唸り、瑠璃が難しい顔で言った。
「まあ、分からなくはないけどね…。
匿名性の高さをかさにきて、やりたい放題の言いたい放題の人っていうのは実際いくらでも居るし、責任も負わないわ。
実際の人付き合いでやったら、相当失礼な事でも、ネットの相手なら平気で出来る。
さっき長岡君が言ってた掲示板見たら、元々はこの発言者の人、ブログみたいなので、それ書いてたの。
それをこの掲示板の人がバカにし始めたので、参戦しちゃって、ぼろ負けしちゃったみたいよ。」
「なるほどな…。傷つき方はリアルでのイジメとかと変わんねえだろうし、言い方はもっと酷えんだろうから、しんどかっただろうとは思うが…。
この拉致られた人達の中に、その中傷した奴が居るとは限らねえだろうに…。」
寅彦は犯人の身元を割り出していた。
「本名浦田静夫。32歳。IT系のプログラマーだ。だから、色々とネットを駆使した事が出来たんだな。」
そして、画面には警察が突入し、浦田静夫という男は、逃げる間も無く、あっという間に捕まってしまった。
浦田の叫びが虚しく響いている。
「俺は悪くない!
悪いのは、ネットだからって、顔が見えないからって、名前出ないからって、好き勝手やってるこいつらだ!
そんなにゲームで戦闘がしたいなら、本当にやりゃあいいんだ!
本当に傷付きゃいいんだあ!」
お陰で、怪我人も出ずに済んだ様だが、なんとも後味が悪い気がした。
龍介達だって、ゲームはするし、ネットも便利に使う。
匿名性に甘んじて何か悪い事をするとか、人に言えない事をするとかはしないが、その代わり、ネットでの攻撃対象にはならないように、情報は極力流さない様に注意はしている。
そのお陰もあって、また、龍介や亀一、鸞はあまり好きではないのもあり、そういった事とは無縁だったが、ほんの小さなミスや失言が、誰かの琴線に触れたら最後、凄まじい勢いで攻撃対象にされる事も、よくある事なのかもしれなかった。
でも、それはリアルの虐めとは、また別の次元で辛いものだろう。
自己責任と言われる事も多々あるだろうし。
この浦田という犯人が悪くないとは思わないが、100パーセント悪いとも言い切れない気がして、なんだかやり切れない思いがした。
龍介の電話が鳴る。
「お手柄だ、龍。感謝状くれるってよ。」
そんな気分であったし、とても受け取る気にはなれない。
「いいよ、そんなの。色々バレると困るから、辞退しといて。」
「はいよ。じゃあ、爺ちゃんからみんなにご褒美やろう。Xファイルみてえなもんだからな。」
電話を切り、龍介が大きなため息を吐くと、亀一が言った。
「なんかスッキリしねえな。解決した、悪党成敗って言い切れねえ感じがさ。」
「そうなんだよな…。」
そう言う龍介の顔も、いつになく疲れていた。
スッキリしない事件だからかもしれない。
寅彦が慰める様に笑いかけた。
「でも、今回、えらい早い解決だったな、組長。」
「ああ、ほんとだな…。ネットなんてよく分かんねえから、妙に頭使って、ちょっと疲れた。」
「少し横になったら?」
瑠璃が言うと、また鸞が悪乗りしだした。
「折角だから、瑠璃ちゃんに膝枕して貰ったら?うちのお父さんいっつもお母さんにやらせてるわよ?」
さあどうするかと、仲間達が固唾を飲んで見守っている。
瑠璃はおずおずと膝を出した。
「よ、良かったら、どうぞ…。」
龍介、照れる事も無く、
「じゃ、遠慮なく…。」
と横になってしまう。
やっぱり煩悩は蘇っていなさそうだが、これがきっかけで蘇らないとも限らない。
期待して見守ると、龍介は目を閉じて言った。
「うわー!気持ちいい!これはいい!これ最高!組長が病みつきなのも分かるぜ!瑠璃、またしてね!」
その顔は少年では無く、5歳児。
無邪気に可愛い笑顔で言う龍介の煩悩の無さに、瑠璃の心に冷たい風が吹き抜ける(春なのに)。
瑠璃の寂しそうな、微妙な微笑を見て、寅彦が肩を揺らして笑い出し、それを嗜める様子で鸞が寅彦に肘鉄食らわし、亀一は情けなさそうに苦笑し、目を伏せた。
龍介の煩悩復活はまだまだ遠そうだ。